Q:誰とステイホームしてるの?→A:天ヶ瀬冬馬!


「冬馬、家から出られないからってカレーしか食べない生活はだめだよ」
「か、カレー以外も食ってるっつーの!…いや、でもカレーは保存きくし飽きないし別にいいだろ」
「えぇ……」

 ステイホーム週間です。不要不急の外出はおひかえください。じしゅくしましょう。毎日そのニュースで、ある意味まったく変わり映えしない世界。日本。ゲームや教科書の中になら出てきそうな「誰も経験したことのない未曽有の事態」を、じわじわ受け入れてしまいながら、一日一日が過ぎていく。

「冬馬ー、去年の合同ライブのブルーレイ流していい?」
「ん?ああ、べつにいいけどよ…」

 テレビは、バラエティもドラマも再放送とか傑作集ばっかりで。(もちろん、それでも娯楽を提供してくれるテレビ業界に敬意は払っているつもり)ニュースも、まあ、そういうニュースだし。冬馬の部屋で、冬馬の出ているライブの映像を眺めているほうが、私には楽しかった。自分の家と冬馬のマンションが徒歩圏内じゃなかったら多分、こうやって顔を出すこともできなかったんだけど。レコーダーの再生ボタンを押す頃には、冬馬も私の隣でテレビを眺めている。最初に映し出されるのは客席。ライブっていつもそう。冬馬はこの、ただ客席が映っているだけの映像中、絶対に早送りボタンを押さない。飛ばさない。

「このライブのセトリ、豪華だったよねえ……」

 ぼんやりとつぶやく。テレビの中のお客さんたちに教えてあげたいわ、あなたたちこのライブ中三回は泣くわよ、これから死ぬのよ、みたいなことを。ちらりと冬馬の横顔を見たら、じいっと真剣な表情で、画面を見つめていた。ステージの上から見るのとはまた違う目線で、観客たちの反応を、じっと。
 曲が始まれば、私も冬馬も自然と口ずさんでいたし、指でリズムを取っていた。観客と一緒になって、「おおー!」とかも言ってしまう。ライブのブルーレイ見るときって、いつもこんな感じだ。ステージの上の人間からも、観客からも、楽しいって気持ちがいっぱい伝わってきて、もう全部がキラキラしてて。それを見る冬馬の目がきらきらしている。テレビの中の冬馬も、きらきらしてるのに。

「冬馬、歌っていいよ?」
「…はっ?」
「踊っていいよ?」
「い、今かよ!?」
「だってさ、歌いたいでしょ。踊りたいでしょ」

 うずうずしちゃうでしょ?私が、へへ、と茶化すように笑うと、冬馬がうぐっ、と身を引いて、それからすぐに「そりゃあ、そうだろ」って言った。ちょっと口を尖らせて。そりゃあ、そうだ。そうだよね。冬馬だもの。こんなの見たら、ステージに立ちたくって仕方なくなっちゃう。

「……ごめんね、なんか」

 私が見たいから、流しちゃったけど。生殺しだよね。声が、急激に沈んでしまう。
 冬馬が、Jupiterが、出演するライブの中止がこの間発表されたばっかりだ。リモート出演できる番組はそれで収録してるけど、ロケとかも中止が相次いで。なるべく家から出ないように、って、なかなか思うようにレッスンもできない。それってきっと、私が想像つかないくらい、冬馬にとってつらいことだ。だって冬馬は、アイドルの「天ヶ瀬冬馬」だから。誰かを笑顔にできる、ステージに立つ男の子だ。だから、きっと、一番つらい。こういうときこそ、と歌って踊りたいひとなのに。

「…あのなあ、なにお前がしょんぼりしてんだよ」

 ぺち、と冬馬が私の額をたたく。だって、とぐずぐず口を尖らせる私に、呆れたように言う。「お前は、なんのためにこのライブの映像見てるんだよ」って。その声が、全然しょんぼりも、拗ねてもいなくて、私は顔を上げる。

「テレビもやることもなくて、でもアイドルがそこで歌って踊ってるの見たら元気になるから、見てるんだろ」
「…」
「なら、ちゃんと元気になれよな」

 そうじゃなきゃ、意味ないだろ、って。冬馬が自信満々に、強気に笑う。ああ、たぶんこれは、私にだけじゃないな。全国の、今おうちでアイドルを見て元気チャージしようとしてるファンの子、全員に向けている言葉だな。

「それに、うちの事務所はプロデューサーの力もあってSNSとかで結構ファンのみんなと交流もできてるんだぜ?こういうときならでは、って感じだよな」
「……」
「そりゃあ、ライブが中止になったのは悔しいけどよ。その悔しさの分、次のステージでは絶対パワーアップしたオレたちで、待たせたファンを喜ばせるって決めてるからな。Jupiterならそれくらい楽勝だって知ってんだろ?」

 私が想像していたよりもずっとずっと、嬉しそうに、楽しそうに冬馬が話す。私はそれを黙って聞いて、薄く口を開いたまま何も言えずに、ああ冬馬だなあ、ってぼんやり思った。テレビの画面の中の冬馬が、まだまだついてこいよ!って叫んでいた。それを聞いたら、自分の中で何かが弾けた。掻き立てられるように、じっとしていられなくて、立ち上がる。突然すぎてびくっと身を引いた冬馬が、私を見上げて「どうした?」って困惑していた。

「よし!帰る!」
「…は、はあ!?いきなりだな…」
「だめだ、私、やっぱだめだな!しばらく冬馬と会わないようにしよう!」
「なっ、…は!?なんだよ、おい、!?」
「いいから!帰ります!追いかけなくてよろしい!密ですバリア!」
「な、なんだそのバリア!きかねーよ、おい、!いきなり、」
「だって今ここにいる『私』が、もし私じゃなかったら、すっごく腹立ってたと思うもん。ずるいもん」

 こういう立ち位置にいる時点で、そりゃあ冬馬のファンの女の子には申し訳ないと思ってるけど。でも、今の自分がやってることは、さらになんか、ダメな気がした。みんなじっと待ってるのに。冬馬のこと。私が我慢できずに会いに来ちゃ、ずるいな。私が言った言葉、きっとよく意味なんか伝わらないだろうって思ったのに、冬馬は驚いた顔で言葉をなくして、それから、ちょっと眉を下げて、頭の後ろを掻いた。そっか、なんか、悪いなって。小さい、申し訳なさそうな声。さっきまでの状況とは反対だ。なら、私が言う言葉は、「なにお前がしょんぼりしてんだよ」だけど。

「よし、今日から私と冬馬はしばらくの間織姫と彦星だ。ゆるしが出たらまた会おう」
「お、おう。…そうだな」
「じゃあね、またね、織姫」
「お……、…織姫オレじゃねーだろ、逆だろ!」

 笑って、玄関で靴を履いて、冬馬を振り返って手を振る。私の勝手さや突拍子のなさに、しょうがねーなあ、って顔をしている彼が大好きだ。あのねえ冬馬、私「天ヶ瀬冬馬」が大好きなんだ。知ってるかもしれないけど、大好きなの。扉を閉めてから、ああ、別れ際のちゅーくらいしとけばよかったと思った。だけど、いいや、おあずけだ。楽しみに、とっておこう。


すっとんでけ、未来まで //200502