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※微妙に刀剣破壊台詞に関する話なので注意
「主、飲み物持ってきたよー。あと、何か食べたいものあったら、言ってくれよー?おれ、台所使う許可は取ってあるからさー」 「…ありがとう……ゴザイマス…北谷菜切サマ…このご恩はかならず…」 「あっはは。サマとか、要らないってー」 じわじわ、暑い。べつに熱中症とまではいかない、ぶっ倒れたわけでもない。けど、明らかに体力が奪われてる。いわゆる「夏バテ」みたいな状態でぼけーっと横になっている主の元へ、その小さな足音はやってきた。可愛らしいピンク色の髪と、愛くるしい幼顔。花の精霊と言われたって誰もが信じそうな見た目をしていたけれど、その実態はもっと別の、物騒なもの。戦いに使う、刀という道具。――の、中でも彼は、自分はもともと料理包丁のようなもので、戦いよりは家事向きなのだからそちらを主な専門としたい、とよく主張している。弱った様子の主を、心配しつつも、世話を焼く役目を任されたことを少し嬉しく思っていた。戦いには、出なくて済むのだし。自分の好きな家事だって主のために思う存分役立てられる。 「北谷菜切は…体大丈夫?今日、暑いのに畑見に行かせちゃったよね…」 「おれ?ははは、過保護だなー。おれは、暑さには強いからさー」 「そっか…たのもしい」 「おおっ?そうかい?じゃあ、もっと頼ってくれよー?主、すーぐ無茶するんだから」 ぼうっと視線を適当に投げている主の枕元に、北谷菜切がそっと膝をつく。髪に手を伸ばした。その小さい手のひらで、子供を寝かしつけるように優しく撫でる。それに意識を委ねるように、主が目を細めた。 「……髪、汗かいてるから触るときちゃないよ」 「きちゃなくないよー」 「…ふふ」 ありがとぉ、と間延びした礼を口にする。北谷菜切はその言葉に、胸がほっとした。なんて、おだやかで、やさしい時間の流れ方だろう。なつかしささえ感じるこの感覚に、思わず笑みを浮かべる。 「夏は嫌いなのに、短刀ちゃん達との遊びにはしゃぎすぎちゃった……すっかりダウン…体力つけなきゃなあ」 「そうだぞー。まずは主、好き嫌いしないでたくさん食べるようにしないと」 「えー、野菜…野菜かー…やだなー…」 「トマトと茄子が美味しそうに実ってたなー。おれが主のために、美味しいもの作らないとだなー」 「うへえ…」 不満そうなふりをしても、そんなのは口先だけで、機嫌良く笑っていた。「でも、そうだねえ。食べられちゃうかもしれないな、今なら」その言葉に、北谷菜切が嬉しそうに笑う。目を閉じて、眠ってしまいそうに心地よさそうな様子の主の顔を見た。 「昔は、嫌いだったんだけどなー。今は食わず嫌い。チャレンジしたら食べられちゃうかも。なんでも」 「うひゃあ、それこそ頼もしいなあ。楽しみだ」 「ふふ。君の料理の腕を買ってるからだよ。きっとやさしい味がする」 作る前から、食べる前から、ずいぶんと信頼されている。ちょっと照れくさいような気になって、北谷菜切が眉を下げて笑う。それを閉じた瞼の向こうに感じながら、ぽつり、ぽつりと主は話す。眠りに落ちる前の、なんでもない会話。そんな曖昧なもの。 「でも、なんで…嫌いだったんだろうなあ…野菜も、夏も…」 「…主?」 「楽しくなかったのかな……やさしい味なんて、知らなかったのかなあ…」 「……」 「"ここ"に、来る前の……みんなに"主"にしてもらう前の、私……いったいどんな人間だったか…」 ぼんやり、靄がかかる記憶。わからないけど、きっと今よりいいものではなかった気がする。誰かに慕ってもらえて、誰かに必要とされて、楽しくはしゃいで、みんなとご飯を食べて、そりゃあ戦いなんて血生臭いものも傍にあるけど、だけど…「ここ」での普段の生活は穏やかだ。怖いくらい、幸せだ。「昔」に比べればきっと。思い出せないのに、それだけはわかる。北谷菜切は、主の顔を見下ろして…撫でる手を止めた。それから、ごろんと主のすぐ横の畳に寝転ぶ。 「おれも、一休みしようかなー」 「ん。家事やってくれたもんね、お疲れ様」 「へへ……うん、そうだなぁ…」 「うん…」 「…主、おれもだよ。おれも、忘れちゃったなあ、たくさん。主のところによばれる前のこと、わかんないさー」 「……そうなの?」 「だって、おれ、今は主のそばにいるから。主と会ってからのおれのほうが、好きなんだなぁ、おれ」 はにかんで、すぐ近くにある主の顔を見る。安心させるための言葉に聞こえた。だけど、言い聞かせるような、縋るような、苦しい言葉にも聞こえた。主は眉を下げて、小さく微笑んだ。小さい手に、また別のちいさい手が重なる。手を繋いで、二人して目を閉じた。じわじわ、暑い。けれど、つないだ手は離さない。 「君みたいな、優しいひとばかりだったらよかったのにな。あの頃のわたしの、傍にいるのが」 北谷菜切は、眠っているふりをした。聞こえなかったふりをした。だって、ずるいじゃないか、そんなこというの。「なんだ、おぼえてるんじゃないか」って。そんなことを、北谷菜切は口にできない。口にしてしまったら、自分の嘘も同じくあばかれてしまうから。(裏切らないでくれよ、主。見たくないものから目を背け続けるおれを、ひとりにしないでくれ。同じ嘘を、吐き続けてほしいんだ、一緒に)
祈るように君の涙を拭う、それはただの我が儘
(見ない振りしてきた報いなんて、この先きみに一生訪れませんように)
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