「というわけで、今日はちゃんと一緒にご飯食べよう!」

今日は屋上でご飯食べよう!と言い出したのがついさっき。言い出したくせに俺と林檎の背中をぐいぐい押して何故か「先に行ってて!」とどこかへ姿を消したかと思ったら、屋上に顔を出すなり晴れやかな笑顔で春輝はそう宣言した。

02:はじめての音がきこえる


先に屋上のタイルに腰を下ろして適当な世間話をしていた俺と林檎は、春輝の顔を見上げてぽかんと口を開ける。突拍子もなくてわけがわからない。何が「というわけで」なのかもよくわからないが、そもそもって誰だ。ツッコもうと頭の後ろを掻きながら口を開いたところで、春輝の背後から細っこい体の女子がじりじりと顔を出した。春輝の肩を盾にするように、本当、じりじりと勿体ぶるように。警戒するように。

…って、ええと…ちゃん?」

すぐ横に座っていた林檎が少し戸惑ったようにそう名前を口にした。。名前を口の中だけで復唱して、改めて春輝の背中に背後霊のようにツイてる女子の顔を見た。長い髪に、じっと据わったような目で俺と林檎を見つめている。目が合っても、逸らしはしない。だから俺も逸らさずに眉を寄せてそいつをじぃっと見ていたら、春輝が首を大きく横に傾けて、俺の視界に割り込んできた。

「そんなに怖い顔しちゃダメだよ、龍也」
「…べつにガン飛ばしてなんかねぇよ。ただ…」
「うん、じゃあご飯食べながらおしゃべりしよう」
「んな…あのなぁ」
「えっ、駄目かな?」
「や、だから駄目とかいう問題じゃねーよ!」
「ハルハルってば、いつの間に仲良くなったの?」
ちゃんと?…うーん…昨日かな」
「昨日かよ」
「あ〜、そういえば昨日の午後の授業、仲良く二人で遅刻ギリギリに入って来たわねぇ」
「あはは」

あっけらかんと笑う春輝に呆れて肩を竦める。林檎は感心したようにしみじみ言いながら頷いているが、俺は未だに引っ掛かる。。何度頭のなかで名前を唱えても、いまいち、しっくりこない。こんなやつクラスにいたっけか。普段、学園内で春輝と林檎以外の人間と交流を持たない俺は、どうも記憶の中からに関するデータを拾えずにいた。だが、確かに昨日春輝が午後の授業ギリギリに教室へ入ってきたとき、隣に誰かを連れていたっけな。それがか。そんな結論に辿り着いても、「どんなやつだったか」というイメージはついてこない。いつも教室にいたはずだ。大人しくて目立たないタイプの人間。いくら交流なくたって、全く思い出せないっていうのも、相手に失礼だな。考え込んでいる間、春輝が定位置である俺の隣へ腰を下ろした。それから、首をひねっての方を振り返り、手招きする。少し戸惑ったように瞳が揺れたが、春輝がぽんぽんと自分の横を叩き「ここに座って」の合図を送ると、は大人しくそこへ正座した。その動作を視線で追っていると、ふいにの首にかかっている黒くてずっしりと存在感を主張しているヘッドフォンに目がとまった。途端にピンとくる。

「ああ、お前…いつもヘッドフォンで音楽聴いてる…」

そういえば、いた。教室内で、いつもいつもヘッドフォンを耳に掛けて過ごしている女子。休み時間も毎度毎度そうしているもんだから、周囲の女子も話しかけ辛そうにしていたっけな。すぐにそのと眼の前にいる人物が結びつかなかったのは、記憶の中のヘッドフォンをすっぽり被っている姿と違っていたからだ。今、目の前にいるはその印象強いヘッドフォンを首に下げている。べつに、今から人と会話しようってんだから耳から外すのはなんら不自然じゃない。むしろ四六時中耳から外していない普段のほうがおかしい。耳から外して誰かと会話しているところを見たことなかった。っていうかそれ以前にこいつがまともに誰かと話す声を聴いたこともない気がする。

「…音楽は聴いてない。落ち着くから、耳に掛けていただけ」

とか思っていたら早速、喋った。いや、やっと喋った。ぽつりと、無愛想とも取れる態度で。ああこんな声だったのか、と間の抜けた感想が浮かんだが、口には出さない。代わりに、林檎が身を乗り出してに食いついた。

「えっ!そうだったの!?アタシ、ずっと音楽聴いてるんだと思ってたわ!」
「…聴いてない」
「あはは、なんだかダテ眼鏡みたいだね」
「あら。オシャレでヘッドフォン被ってたの?」
「!? ち、ちがっ…そういうわけじゃない…!」

あたふたと否定の言葉を困ったように口にして、それから隣に座る春輝の顔を恨めしげに睨んだ。「知ってるくせに」みたいなニュアンスの視線だろう。だがあえて春輝は素知らぬ顔で、いや微かに笑いながら、弁当箱の蓋を開ける。その間にも、林檎がそれとなくとの会話を続ける。いつも俺達といるから女子にガツガツ話しかける林檎は少し新鮮だったが、どちらかというと、居心地悪そうなに気を遣って話題を絶やさないようにしているようにも見えた。だから余計に、俺は小さく溜息吐いて、達に聞こえないように春輝へ耳打ちする。

「おい春輝。なんだっていきなりを飯に誘ったんだよ?」
「え…ごめん、嫌だった?」
「だーからそうじゃねえって!明らかにアイツ困ってんじゃねえか。いきなり連れて来られて」
「…もしかして龍也、僕が無理やりちゃんを引きずってきたと思ってる?」
「ん?…違うのか?」
「違うよぉ!」

耳元で少し大きめの声を出されて、俺は顔を顰めつつ首を捻って春輝から耳を遠ざけた。林檎と話していたがキョトンとした顔で俺と春輝を見る。林檎も真似るように視線をこちらへ向けた。なんとなく気まずくて俺は視線を逸らす。むくれた顔の春輝が、ピッと人差し指を空へ立てながら、少し得意げな声音で話しだした。

「そりゃあ最初に誘ったのは僕だけど、ちゃんだって一緒に食べたいって言ってくれたんだよ」
「……」
「だからほら!みんな早く食べよう?ちゃんもお弁当広げてさ」
「…ん」
「ふふ、そうね!昼休みが終わっちゃうわ!」

春輝と林檎に促されるまま、俺はおにぎりの入った包みを開けた。も持参していた袋から昼飯らしきものを取り出している。なんとなく、流されている感はあるが…それにしても不思議だった。はどちらかというと、一人で行動しているようなタイプだったと思う。教室でも、誰ともつるまず過ごしていた。どういう理由で誘ったのかは知らないが、春輝が一緒に飯どうだ?と声をかけても無表情に断る姿が簡単に想像できてしまうくらい。そんなが、なんで俺達と飯を食いたがったんだ?いやそもそも、なんで春輝はを誘ったんだ?こんなこと言っちゃ自惚れかもしれないが、春輝が俺以外の人間にもこうやって干渉するとは、と少し驚いた。そもそも俺に初対面の時からくっつき回ってきたのは「歌ってほしい!」という一心で、だろうし。は確か、作曲家を目指している側の人間じゃなかったか。俺と同じ理由は当てはまらないはず。

「日向龍也さん」
「…あ?あ、ああ…なんだ?」

いきなりフルネームで呼ばれて、俺は微妙な表情のままへ視線をやる。だが視線が合わさることはなく、は伏目がちに、ぽつりぽつりと言葉を続ける。「迷惑だったら、帰る」唐突にそう言い切られて、俺は目を瞬いた。もしかしたら、さっきの俺と春輝のやり取りで、「なんでこんなやつ連れてきたんだ」と俺が怒っているという誤解を生んだのかもしれない。

「私が勝手に来た。だから、春輝を怒らないでほしい」
「…あー、いや、あのなぁ…」
ちゃん、龍也は怒ってなんかないよ。むしろ逆。ちゃんを心配してるんだよ」
「…心配?」
「なっ!おまっ…」

大きな弁当箱を広げて、ぱくぱくとおかずを口に運びながら、春輝がなんてことない表情で余計な茶々を入れてくる。不思議そうに首を傾げるに見上げられて、俺はがしがしと頭を掻いた。

「なんつーか…まあ、あれだ。俺の噂とか聞いてんだろ?学園で知らない奴はいねえと思うし」
「噂……どんな」
「知らねえのかよ」
「シャイニーさんに喧嘩をふっかけた不良」
「知ってんじゃねえか!」
「…合ってた」
「ソレ以外にねえだろ」
「…その噂を知っていたら、一緒にご飯は食べない方がいい?」
「食べないほうがいいっつーより、普通ビビって近づかねえだろ。一緒にいたら周りに嫌な目で見られるかもしんねーし。お前、女なんだし余計にそういうの気にしろよ」
「……」
「つまりね、もし僕に無理やり連れて来られたんだったら可哀想だ、って。そう心配してるんだ」
「無理矢理じゃない。それに私、あなたのことあんまり怖くない」
「…なんでだよ」
「殴られたら怖いかもしれないけど、私は殴られてないし」
「……は?」

思わずマヌケな声が出た。話を聞きながら平然と飯を口に運んでいた林檎もキョトンとした顔でを見る。俺はこめかみを押さえながら、「噂を信じてねえってんだったら、勘違いだぞ。その噂は事実だ」ときっぱり言ってやる。だがは表情一つ変えず、「私のことは殴ってない。だからべつに怖くない」と答えた。淡々と。だけどどこか、誇らしげに。俺は口元を引き攣らせた。林檎が興味津々に口を挟む。

「殴られそうで怖い!とかは無いの?」
「特には。殴られそうになってないし」
「お前、もしかして馬鹿か」
「…心外」
「ぷっ」
「ふふっ」

はむすりと口を尖らせた。そんな俺達のやりとりを見守っていた春輝と林檎がけらけらと笑い出した。「笑うなお前ら!」と声を上げる俺。「どうして笑うの」と不服そうな。その声がほぼ同時だったので、俺達は顔を見合わせる。「意外といいコンビじゃない、二人とも」という林檎の言葉に、なんだか微妙に恥ずかしさがこみあげて俺はそっぽを向いた。二人の笑い声が治まってきた頃、はそっと口を開いた。

「それに、春輝の友達だから。だから怖くないし、喋ってみたいと思った」

「その理由じゃ、だめ?」小首を傾げながらそう尋ねて、俺の返事を待つ。…春輝の友達だから、怖くない。そんな言葉、よっぽど春輝のことを信用していないと口にできないだろう。(そういえば林檎も、俺のこと怖くないのかと聞いたとき「シャイニーが連れてきた人間だから」とか返しやがったな)春輝とが仲良くなったのはつい昨日のことじゃなかったのか。この短時間で、なんでそこまで春輝を信用できるんだ?ちら、と春輝の顔色を窺うと、春輝本人でさえの言葉にキョトンとしていた。だが、春輝が何か言うよりも先に、林檎がずいっと俺のほうへ頬を膨らませた顔を近づける。

「んもー、細かいことはいいじゃない!龍也も追い出す気はないんでしょ?ならみんなで楽しく食べましょ」
「…お前は細かいこと気にするの面倒なだけだろ」
「違うわよ!そりゃあ、アタシだってよく知らない女の子がいきなり『ご飯食べよー!』って突撃してきたらちょっとビックリするけど。でも、この子はハルハルが誘ったのよ?ハルハルの友達。悪い子なはずないわ」
「またそうやって…」

やっぱり入学したての頃に言われた「シャイニーが連れてきたから信用してあげる!」という言葉を思い出す。小さく溜息を吐いた俺とは反対に、春輝は「さすがリンちゃん」とやけに嬉しそうに笑った。…春輝の友達だから悪いやつじゃない、か。さっきのの言葉そっくりそのままじゃねえか。俺だってべつに、悪いヤツだなんて疑ってねえし。というか…まあ、どんなやつなんだと興味はある。春輝とどういう経緯で仲良くなったのかもよく分からねえし、気になる。ちらりとのほうを見やると、奴はじっと林檎の顔を見つめていた。ただ、無表情ではない。なんか少し、嬉しそうだ。あまり表情を変えない人間のようだから、なんとなく今見ておかないと勿体無い気がして、無言のまま眺める。からの視線に気づいた林檎がハッと口を押さえ、困惑したようにを見つめ返した。

「あら…?アタシ何か変なこと言っちゃった?」
「変なことは、言ってない。私が嬉しい事を言ってくれた」
「まぁ、本当?」
「…、…」

林檎がほっとしたように微笑むと同時に、が目に見えて「どきり」として、そわそわと春輝の顔を窺いだす。それに気づいた春輝が飯を口に詰め込む手を一度休め、のほうへ「どうかした?」と小声で話しかけた。手で口元を林檎からは見えないように隠しながら、春輝の耳元へは内緒話をする。「こういうとき、お礼を言ってもいいと思う?」すぐ近くにいた俺にも聞こえたその囁き声に、春輝がくすりと小さく笑った。そのままの流れで、親指と人差し指を丸めて「OK」のジェスチャーをしてみせると、がこくっと緊張気味に頷く。見守っていた林檎が何かを察したようににこにこ笑ったので、一連の会話が少し聞こえていたのかもしれない。

「…ありがとう。月宮林檎さん」
「いーえ!どういたしまして〜。…って、春輝のことは『春輝』なのに、アタシと龍也はフルネーム?」
「! 春輝は、春輝と呼べと言ったからそう呼んでるだけ」
「えー!そんな僕が命令したみたいな…」
「あらあら〜!ハルハルってばだいたーん!」
「リンちゃあん、誤解だよー」
「ハルハルは、春輝?月宮林檎さんは…リンちゃん?」
「ええ。アタシのことは好きなように呼んで?」
「わ 私のことも、好きにで、いい。がいい」
「好きに、っつったわりに限定されてんじゃねえか」
「……この人のことはなんて呼べばいい?」
「指を差すな」
「龍也のことは龍也でいいよ!」

微妙にむっとした顔で俺をびしりと指さしていた相手は、満面の笑みを浮かべた春輝にそう言われると、間髪入れずに「龍也」と声に出した。当初抱いていた「ぼそぼそ」というイメージは、そこにない。背筋を伸ばすように凛とした声で呼ばれた「龍也」という自分の名前に、俺は目をまたたく。意表を突かれたような気になって、少し悔しい。「なんだよ」とぶっきらぼうな返事をしたら、「あなたは、『龍也』ね」と確かめるように名前を繰り返された。お前は龍也だと言われなくてもそんなこと生まれた時から知ってるっつーの。

「…って、おい春輝!なんでお前が勝手に龍也でいいとか許可出してるんだよ」
「え?『龍也』じゃ駄目だった?…龍也くん、とか…」
「龍くんとか?あっ!龍ちゃんっていうのはどーぉ?」
「お前らおちょくってんだろ」
「龍也は龍也でいい。決定した」
「おーまーえーもーだー、。なんか俺の扱いだけ雑だろ」

眉間にしわ寄せてそっちを睨むと、何か言い返すわけでもなく、きょとんとした顔をされた。むっとしたまま「なんだよ」と文句を言うと、相手はやけにぼんやりした声で、「今、って呼んだ」と呟く。なんだそんなことかよと言おうとした直後、春輝が横から「うん、呼んだね!」と嬉しい事のようにへらりと笑うから、言葉に詰まる。べつにたいしたことじゃないだろ、第一お前だってさっきいきなり俺のこと龍也って呼んだじゃねえか、お前がって呼べって言ったんじゃねえか。なんだかどれも照れ隠しのような、言い訳のような響きを伴っている気がして、口にだすことは躊躇われた。だが、

…うん。私は、『』ね。龍也」

そう噛みしめるように繰り返したの顔は、少し嬉しそうに見えた。なんっか調子狂うんだよ。ったく。