「ねーえっ、こっちのワンピースはどう?!」
「り、りんちゃん…私のはいいから…」
「やっぱりピンクがいいかしら…あ、でもこの色も良いわね〜!」
「りんちゃん…」

 なんにも恥ずかしいことなんて無いのに、うう、と肩を縮こませて落ち着かない様子の。アタシがすすめる服にアワアワしながら首を横に振るけど、めげずに、というか懲りずに?アタシは可愛い洋服を次々にに提案していく。スカート、ピンク、花柄、リボン、フリル。アタシの思う「カワイイ」を見つけては、の首から下にあてて合わせてみるけど、じりじりと後ずさられてばっかり。ちょっとだけ!ちょっと着てみるだけ!お願〜い!と可愛く言ったら、はぐぬぬーって顔をして、視線を店の一角に向けた。柱に背中をもたれて雑談していた二人に助けを求めるつもりらしい。けれど、こっちだってそうはいかない。むしろいいことを思いついた。アタシはわざと「ねえねえ!ふたりとも!」と手を上げておいでおいでをする。にやにやとご機嫌なアタシと、それを見て顔色を悪くする

「こっちとこっち、どっちの方がに似合うと思う?」
「りっ!?りんちゃんってば…!」
「うーん…僕はどっちでも可愛いと思うなあ」
「ぶー!『どっちでも』は無ーし!」
「えっ!ごめんね…僕こういうの疎いから自信無くて…龍也は?」
「…俺も女の服なんて普段見ねえからな。どっちでも…」
「あーんもう!『どっちでもいい』が一番参考にならない意見よ!」
「わ、わたしどっちでも似合わない…!」

「そんなことないわよ」「そんなわけないよ」「そうは言ってねえだろ」

「…!?」

 また、うう、とじりじり後ずさったを、三人で声を揃えて引き止める。近くにいた店員さんがくすくす笑った。




06:あの日の僕が笑って話した




「騙された。洋服を見ることになるなんて思ってなかった。私は新しいヘッドフォンを見たかっただけなのに」

 そうむすっとしながら言うけれど、だんだんも諦めがついてきたのか、その場から後ずさって逃げようとはしなくなった。ただ、アタシに次々服をあてがわれながら、棒立ちになっている。「騙すつもりなんかなかったわよ」って言いながら、にっこり笑ってみせる。休日に四人で出かけようって約束を最初に提案したのはアタシだったけど。買い物が目的だっていうのは当初の予定通りだし。電気屋、楽器店、雑貨屋、CDショップ、本屋。いろいろと皆の行きたい場所を出し合って、そのついでにちょっと洋服を見に来ただけじゃない?そもそも、とアタシは人差し指をピッと立てて、にずいっと詰め寄る。

「前日になってから『りんちゃん…私おしゃれな服とか持ってないけど、一緒に行ってもいいの?』なんて泣きついてきたのはじゃない!」
「う…だって持ってない…けど泣きついたわけじゃない…ちょっと相談しただけ。それとこれとは話が別」
「別じゃないわよ?服装を気にするってことは、おしゃれしたいなって思ったってことでしょ?今日お気に入りの服を一つでも二つでも見つけて、次のおでかけのときは前日からルンルンでいられるようにしておきましょうよ!」
「…それは…その…」
「もちろんアタシ達四人でのお出かけに限ったことじゃないわ。突然デートのお誘いがあったときのため、とか!」
「なっ…ない!それはない!」
「分からないわよ〜?どうする?突然ハルハルが『リンちゃんと龍也には内緒で二人でデートに行かない?』なんて言ってき・た・ら!」

 当のハルハルは龍也と一緒にいろんな絵柄のTシャツが並んだコーナーで足を止めて何やらいろいろ漁っていた。ので、聞こえないだろうとは思うけど、アタシは小声でに耳打ちする。キャッキャとはしゃぐアタシとは違って、は頬を赤くして俯く。照れてる、照れてる。想像して赤くなってる。いじらしい、可愛らしい反応に、「からかいすぎちゃったかな」とちょっと反省して、話題を変えようと口を開いたとき、それより先にが小さな声で呟いた。え?と驚いて、聞き直す。

「…私は、デートより、四人で出かける方が良い。その…また次も、誘ってくれたら、嬉しい…」

 照れくさそうに、視線を上げずに、でもしっかりとアタシに言ってくれた言葉。感極まって、なんだかじーんときてしまった。はしゃいだあまり好きな子の話題出してからかった自分を叱ってやりたい。「そ…そもそも春輝とはべつにそういうんじゃない…」とがぶつぶつ呟いている。あ、そこ、やっぱり自覚ないのね。認めてないのね。

「当然、今回限りなわけないじゃない。いつだって誘うわ。またみんなで遊びに来ましょ!」
「! ありがとう…!」
「というかアタシ的には、どうして一緒に洋服を見るのがそんなに嫌なのか、理由を教えてほしいんですけどねっ」

 べつに本気で怒っているわけじゃないけど、ぷくーっと頬を膨らませて、腰に手をあててそう言ったら、はぎくっと肩を揺らしたあと、「だって…」ともごもご口ごもった。

「可愛い服は…私には可愛すぎて落ち着かないと思うから…もったいないし似合わないし…」
「そんなことないったら。そりゃあ、『可愛い』も大事なんだけど…何より、アタシは『に似合う服』を探してるのよ?似合わない服をすすめてなんかないんだから!」
「でも、可愛い服は可愛い人が着たほうが可愛い。…例えばその…りんちゃんみたいな可愛い人」

 きょとん、と目を丸くしてを見る。それまでぐいぐい迫っていたこちらがぽかんと大人しくなったのをいいことに、はアタシがかごに入れた服の中から一着取り出して、アタシの肩にあてがう。「ほら、りんちゃんは可愛い」って。自分が褒められることの何百倍も誇らしげに、自信満々に、口にする。この見た目で過ごすうち、「かわいい」って言葉は、自慢じゃないけど何度も耳に入れてきた。その後ろに、「男の子なのに」とか、そういう言葉がくっついてくる時も多いけど。学園を卒業して、本当に「アイドル」っていう存在になったのなら、もっともっと「かわいい」って言葉を聞くかもしれない。ファンがついたら、それこそ、心からのその言葉をくれるのかも。もちろん、今アタシの目の前にいる女の子のくれる「かわいい」も、心からのものなんだろうなってわかる。わかるけど、なんだか、言葉に出来ない「何か」が胸のどっかに渦巻いている。あらありがとーって、やーんうれしーって、言えるはずなのに。
 「かわいいね」って言葉に、「自分とは違って」なんて意味がくっつくと、こんなにも、違うんだ。

「…ねえ、アタシ…に話してなかったわよね」
「え、なに…?」
「アタシ、昔はすーっごく人見知りだったの」
「……え?り、りんちゃんが?」
「そうよ!ものすーっごく!幼稚園も通えないレベルだったし、学校でも友達なんて全然できなくって。この内気な性格なんとかしなくちゃーって頑張ったけど、どう話しかけていいか分からないし、話しかけられてもどう応えていいのか分からなくって、もうさんざん!」
「……」
「想像つかない?」

 ぽかんとしてる顔を見て、ふふっと思わず笑っちゃう。でも、本当のこと。今のアタシを知ってる人には、なかなか信じてもらえないだろうとは思うけど。がそのぽかんとした表情のまま、「想像つかない」って呆然と言った。

「でもひとりだけ、うまくおしゃべりできないアタシにもいつも笑顔で話しかけてくれる女の子がいたの」
「…うん」
「明るくて優しくて…憧れだったな。その子に励まされて、ちょっとずつ友達もできるようになった」
「……うん」
「こんな自分でも変われるのかな、ってきっかけをくれた存在。…まあ、実際ここまで吹っ切って明るくなれたのは、その後のシャイニーとの出会いのおかげだけど」
「…そうだったんだ…」
「ねえ。誰かさんと、ちょっと似てると思わない?」

 その言葉に、が目をまたたく。アタシの顔を、見つめて。アタシも目を合わせて、しばらく見つめ合った後、とびきりの笑顔で笑ってみせる。あの日、アタシの憧れだった女の子も、「私も昔は人見知りだったよ」って励ましてくれた。同じことを、今自分が誰かに話す時がくるなんて思わなかったな。でも、にとっての「励ましてくれた、変わるきっかけをくれた存在」っていうのは、アタシじゃなくて――

「……私と、私にとっての春輝…みたい?」

 そう、たぶん、アタシはの気持ちがちょっと分かる。放っておけないのも、納得だ。二人を応援したくなっちゃうのも、納得。当時の甘酸っぱい気持ちがよみがえってくる。同時に失恋の胸の痛みも、ちょっと思い出しちゃうけど。でも、アタシとは似ているようで、違うから。きっと同じ悲しい結末にはならない。

「さ!ここまで話しても、『私とりんちゃんは全然違うもん』なーんて寂しいこと言うのかしら?」
「…え、でも似てたのは昔の話で、今のりんちゃんは『変われた後』かもしれないけど私はまだそこまで到達したわけじゃないから…」
「えーっ!屁理屈よ〜!ってば頑固なんだから!視野をもっと広げて、いろんなものに触れて、いろんな自分と出会わなきゃきっと素敵な曲も作れないわよっ!ねえねえ、やっぱりこの色が一番似合うと思うんだけど」
「う…うん、わかった、じゃあもうそれにする…買う…」
「んもう!何よぅ、その投げやりな返事〜!さっさと済ませて解放して〜みたいな!」
「投げやりなわけじゃ…でも、だってやっぱり自分じゃまだ分かんないから。自分に似合う服も、可愛いの自分で着たいっていう気持ちも。だから…たぶん、りんちゃんに任せるのが一番いい。りんちゃんが言うなら、間違いない」
…」
「ありがとう、りんちゃん。私に似合うもの考えてくれて。あと…昔の話も、話してくれてありがとう」

 なんだかうれしい、って。が小さく、照れくさそうに、恥ずかしそうに言う。ああ、そんなこと言われちゃったら。こっちだって、うれしい。に話すことで、話してくれてありがとうって言ってもらったことで、なんだか改めて自分でも、前を向けているような実感があって。

「おーい、お前らまだ終わんねーのか?」
「終わったらあっちのフードコート寄ってもいいかな?僕お腹ぺこぺこで…」
「あ、ごめん…今レジに、」
「待って!試着してからにしましょ。、一回着たらアタシ達に見せてちょーだい」
「えっ!えぇ…それは…」
「『りんちゃんが言うなら間違いない』も嬉しいけど、『三人が言うなら間違いない』にしておいたほうが、自信になるでしょ?」
「うぅん…」
「あ、買うもの決まったんだね、ちゃん。どんなのにしたの?」
「ねーっ!ハルハルも見たいわよねーっ!」
「…何事もすぐ春輝を味方につけるのはずるいと思う」
「こいつ、お前が着ないと意地でもここから動かねーつもりだろ。観念して着とけ」
「わかった……」

 そう言って、可愛らしいワンピースを手に試着室に向かう姿を見送る。アタシの、可愛い可愛い女の子の友達。