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「あークソ、死んだ」 「あー…やっぱ炎で行ったほうがいいんじゃない?」 「それはもう試した。けどボスの手前の弱点属性の敵で死ぬ。なら慣れてる装備でゴリ押しのほうがイケる気がする」 「まじかー」 ラスボスが手強いらしい。冷徹な殺し屋みたいな目でテレビ画面を睨んでいる至さんの横顔と、テレビ画面に映るゲームの中の勇者を見比べているだけで、日曜日が終わっていく気がする。日頃の鬱憤を全部このゲームで晴らしているのかというくらいのコントローラーさばきと、時折こぼれる暴言。休日の至さんはいろんな意味で面白いなあとしみじみ思う。二人用のソファーの右と左、隣同士、近い距離に座っていても私たちの視線は合わない。至さんはゲームに集中するとよそ見はしないし、私もそれに文句を言うわけでもなく一緒にゲームを楽しんでいる。見ているだけだけど。でも小さい頃からゲームは自分でやるより他人がやってるのを見るのが好きだったので、退屈はしない。ゲーマー様からすると「見てるだけって何が楽しいの?」って感じかもしれないが、自分で操作してキャラクターが死んだり先に進めなくて腹が立ったりするより、楽しいと思う。私はだけど。至さんはたぶんそんなこと思わないだろうけど。 「これ倒したらエンディング?」 「そー、そのはず…チッ、ああもうまたかよ下からくるとかウッザ」 ちょいちょいゲームについて私が気まぐれに口を挟むと、視線は動かさないけど何かしら答えてくれる。あんまりしつこく言うと「今それどころじゃないちょっと黙って」とか言われそうなので、最低限の会話に努める。画面の中で縦横無尽に駆けながら真っ黒いドラゴンみたいなやつの攻撃を避けている勇者を見てると「あっあぶない!」とか「あちゃー!」とか声に出ちゃうときもあるんだけど、今のところは注意を受けていないので、私はミニクッションを抱きしめながらじぃっと勇者の行く末を見守っていた。 そんな時不意に、充電器を繋いだまま放置していたスマホが小さく通知音を鳴らす。至さんはそんな音聞こえていないみたいに見向きもしない。けど、鳴ったのは私のスマホなので当然と言えば当然だ。勇者の行く末も見ていたいけど、とりあえずスマホに手を伸ばした。これで顔上げたらいつの間にかボス倒してたらなんとなくちょっと寂しい。そう思いつつも、無言で画面をタップして、スクロールして、友人からのとあるメッセージに思わず「えっ」と声が漏れた。すぐに口を押さえる。至さんは無反応。 「LIME?誰から?」 …じゃなかった。私のほうを見向きもしないけど、コントローラーを動かす手に何の動揺も見られないけど、誰から?って聞いてきた。ゲームに集中しきっていると思ったから反応があったのがちょっと意外だったのと、微妙に内容を話したくないような、でも話さないのも逆に変に思われるような、そんな気持ちになってしまったので、返事が「ん?んー」なんて曖昧なものになる。ちょっと迷う。けどやっぱり、隠すのも変な気がして、結局は話す。見知った人間からの、幸せの込められた文字を見つめながら。 「友達から。なんかねー、近いうち結婚するんだって。たまーに相談とか乗ってたから、一応報告してくれたみたい」 「へー。おめでと」 聞いてきたわりに興味のない話題だったようで、ゆるい反応が返ってくる。私におめでとって言われてもな。でもまあ、めでたい。良いニュースだ。至さんも(興味なさそうな声音とはいえ)祝ってくれているし、至さんの分も含めて、祝福の言葉を返信しておこう。おめでとう、って五文字を慣れた動作で入力したところで、送信ボタンを押さないまま指が止まる。 頑なにスマホの画面から離さなかった顔を上げて、至さんの横顔を見る。殺し屋みたいな目はしていなかった。あまり表情に色がついてるようにも見えなかったけど。 「……」 「…」 「さん」 「なんでしょう、至さん」 「べつにその手の話題に触れて機嫌悪くなるような人間じゃないつもりなんだけど」 うん。分かっているんだけど。「プレッシャー掛けられてるなんて思わないから」うんうん。「逆にそこまで露骨に話流そうとされる方が気まずい」まじかー。「ゼクシイのCM流れるといきなり音量大きめに話すのとか」バレてた。 周囲から結婚の報告やら噂を聞くのはべつにこれが初めてではなかったし、つまり自分と同じくらいの歳の子が結婚しているということで、それは突き詰めて言えば自分だって結婚してもおかしくない歳やらタイミングなわけだ、世間一般的には。一般的。に、は。どちらかといえば女性の方が「結婚」っていうものに夢を見ていて、いい歳になれば「結婚」というものを真剣に考えるものらしい。付き合っている彼からのプロポーズを待ちわびるものなのかもしれない。それが男性にとって「重い」という場合もある。結婚の話を持ち出した途端、お前重い女だなめんどくせえ…ってなるケースも、ある。 それが怖くて、「結婚」という文字をできるだけ二人でいるときには遠ざけようとしていた。…というわけではないんだ。私は。 「俺だって、」 「避けたかったのは至さんに気を遣ってじゃないよ。私がただ、その話になるの嫌だっただけ」 「…マジか」 「マジ」 「それはそれで男として複雑」 ゲーム画面から目を離さない男が本当に複雑に思っているのかは判断しかねる。けどべつに至さんに不満やら不安があるわけじゃない。ゲーム中毒とはいえ仕事は出来るし収入面での安定が見込める。顔もいい。だらしないように見えてやるときはやる男です。愛がないというわけでもない。なんだかんだ大事にしてくれる人だと思う。いい物件です。こんな素敵な男、逃すなんて人生においてそんなもったいないことない。分かるよ。とってもわかる。だからね私はね、「至さんと結婚したくない」じゃない。「至さんと結婚したいと思えない」じゃない。「結婚したいと思えない」、それだけ。 「周りの女の子より結婚願望が薄いっていうか。べつに、必ずしも結婚したり子ども産んだりしないと幸せになれないってわけじゃないと思うんだよ。なんか、そんなに良いものなのかなって。むしろ本当にそれ幸せなのかなって。…なんて、私が今までろくな恋愛してないせいかもしんないし、親がきらきらした夫婦なんかじゃなかったせいかもしんないし、偏った考えかなあ。あはは」 話しながら、なんかこれ、ダメだな?って思った。結婚に夢を見るきらきらした女の子に、「そういうのいいわ、重いわ、めんどくせーわ」ってなる男と何も変わらない。もし、もしも万が一、至さんが私との将来を考えていてくれているとしたら、こんなふうに言われたら腹が立つかもしれないし、悲しむかもしれない。拒絶だと思われる。貴方との未来は要らないって、考えてないって、そう言ったように聞こえてしまう。けど違うんだ。べつに、重いとかじゃなくて、そうじゃなくて。型にはまることしか幸せと呼ばないのか。型にはまることさえすれば幸せになれるのか。そんなふうに信じ切ってしまうのはとてもとても恐ろしいことなんじゃないか、って。(だってそんな強く確かなものに見える「幸せ」だって、時には簡単に裏切るものでしょう)(結局、怖いだけだなぁ。諦めちゃってるなぁ) 「……」 「…」 「でも至さんは」 「うん」 「女の子が憧れるようなプロポーズ、完璧にこなしちゃいそうだよね」 「そう?」 「ぴしっとしたスーツで、高級レストランで、夜景をバックに指輪渡すの」 「ベタだなー」 「でも至さんスーツ似合うし。女の子間違いなくはわわーってなるよ」 「相手さんじゃないんだ?」 しぃんとした。時間が止まって、空気が凍ったような気さえした。けどそんなのは気のせい。テレビから激しいゲームの音が聞こえているし、コントローラーを動かす音がするってことは時間が止まっているわけがない。その言葉を告げた至さんの声も、目つきも、殺し屋みたいなんかじゃなかった。だけど明らかに、おもしろくない、に、違いない。殺し屋みたいなんかではないけど、茶化すように言いながら、声が笑ってなかった。 想像したんだよ。想像できたんだよ簡単に。こうやって休日スタイルじゃなくて、特別な日だって誰が見ても分かるような綺麗な格好で、綺麗な場所で、幸せにするよって誓う至さん。でも、当の本人に指摘されて、思った。私は今、果たしてそんな素敵な至さんの向かい側に座る自分を、想像しただろうか?「はわわーってなる女の子」って、誰?その女の子、誰? そこにいるの、自分じゃないんだ?さんは、俺と別の女の子が結婚するの想像できるんだ?って、嫌じゃないんだ?って、そういう意味だった。怒らせた。間違いなく、不快にさせた。思わず、ソファーに手をついてぐっと隣の至さんと距離を詰める。違う、違うそんなことない。別の女の子と幸せになってくれてかまわないなんて思ってない。私だって、本当は、(幸せになりたいだけなんだ)(だけどどうやったって上手く想像できない) どうして、この人に出会ったのが、好きになったのが、今なんだろう。どうしてもっと、自分が、きらきらしているときじゃなかったんだろう。上手く「幸せな自分」を想像できる頃に、幻想にひどく失望する前、純粋に幸せを信じられる頃に、出会えなかったんだろう。 「私、」 「結婚しようか」 しぃんと、した。時間が止まった。ゲームの音もコントローラーを動かす音もしなかった。何故かというと、至さんがコントローラーの真ん中の、ポーズボタンを押して、ゲームを中断させたからで。ゲームの中で勇者もドラゴンも動きを止めている。剣を振るう音も無い。至さんの顔がこちらに向いている。ゲーム画面なんかではなく私の方に向いている。コントローラーから離した手を、ソファーに付いた私の手にいつのまにか重ねていた。 何も言えずに、ぽかんと私は至さんの顔を見る。至さんも私を見ていた。長く、短い、見つめあいが終わる頃、至さんが目を細めて笑った。そこで、時間が動き出したのが分かる。いいや本当は止まっていなかった。止まっていたのは、私の方だけだ。未来を見ようとしなかった、私の時間だけだ。 「……それ、ゲーム…ポーズ画面にしながら言うせりふじゃない…」 「あー…そこはむしろ俺がラスボス戦中断するほどの事だって思ってほしい」 「いや…重大なんだか…そうじゃないんだか…だって…めっちゃ、軽く…高級レストランでも、至さんスーツでもないし」 「それ、さん以外の女の子にプロポーズする場合のシチュエーションらしいから使えない」 「…至さ、」 「だから使う予定もないよ。必ずしも結婚して子どもがいないと幸せになれないってわけじゃないと俺も思う。でも自分がそうなるんだったらこの人と、って相手は、一人」 「…、…」 「さんの過去を俺と過ごした時間に変えることはできないけど、さんのこれからの時間は、俺でいっぱいにする気でいるから」 「…はい」 「俺の時間も、もらってくれると嬉しいんだけど」 「……ゲームの時間にしなくていいの?」 「………そこは隣で一緒に見ててくれれば二人の時間に変わりないのでは?」 大真面目に、真剣な声でそう言った至さんに、ぷっ、とふきだす。なにそれ、って笑って、ほんと滅茶苦茶すぎるよって笑い倒して、いつのまにか滲んだ涙が、笑いすぎたせいなのかなんなのか分かんなくなって、拭っても拭っても止まらなくて、ついには顔を覆って、泣き出した。至さんを困らせてしまうかと思ったけれど、頭を抱き寄せられてよしよしと頭をぽんぽんされた。 「私も、嫌だなぁ…至さんが別の女の子と幸せになるのも…私、至さんと幸せになれないのは嫌だなぁ…っ」 「よしよし。そんなルート進む気無いって」 「幸せ」っていうものは、目に見えないものでもなければ、難しくも怖くもないらしい。こうして触れてくれる手のひらのことをきっと、幸せって呼ぶんだろう。 |

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「あー、けど俺としてもさすがにもうちょっと設定気にしたかったな。指輪が無いのは痛いわ」 「…ごめん…勢いで言わせた感がすごい…」 こんなの予定外に決まっている。至さんはいつもどおり、ゲームに費やすいつもの日曜日を送る予定だっただろうから。だけど至さんは頬を掻きながら、「いや、その場の勢いだけで言ったと思われるのも切ないんだけどね」と複雑そうだ。いや、全然、不満とかじゃない。疑ってるとかじゃない。嬉しかった。何より至さんらしい、私たちらしい、約束の仕方だったから。そう思ってる私の横で、至さんは、はー、と長く息を吐いたかと思うと、「あ、指貸して」と私の左手を持ち上げた。意外にも、薬指に唇を押し当てるなんて、少女漫画みたいなことをした。 「至さん…」 「……滑った。ごめんなんも言わないで。恥ずかしいことやった自覚はある」 小さく、「指輪、実は前から目星つけてるのがあるんだ」なんて言って、珍しく少し赤い顔をふいっと逸らした。嬉しくって、可愛くって、また少し笑ってしまいそうになるけど、同時にまたちょっと泣きそうにもなりそうで、誤魔化すように私は、テレビの方に顔を向けた。「ねえ、ボス倒さなくちゃね」と話を振ったら、「そうだった」と至さんも体をテレビの方に向ける。ちょっと前のめりだ。このボス倒したら、改めて話そうか。未来のこと、これからのこと。エンディングにはまだ早い。これから続いていくんだ、ずっとずっと。 |