「泉くん、今度のお休みの日なんだけどねっ」
「何度も確認しなくても空けたってば。モデルの仕事も入れてない。一日オフだけど?」
「そ、そっか。ごめん、なんか、ここ最近アイドル科の方忙しそうだったから…久しぶりのデートが嬉しくてつい…」
「…ふぅん」
「あ、でも疲れてたらせっかくの休日に無理に付き合ってもらうのも申し訳ないような…」
「べつにぃ?それで、どこか行きたい所でもあるわけ?」
「……えっ!あっそっか考えてなかった!」
「はあ?そんなにしつこいなら行きたい所考えてるのかと思えば…計画性の無さは二重丸だよねぇ」
「ごごごめん…!!でも、だって、ほら、泉くんとならどこでもいいなっていうか…」
「……」
「あっえっ怒った!?適当なんじゃなくて、ええと」
「怒ってないし。いちいち狼狽えないでよねぇ、うざいから」
「す、スミマセン…泉くんはどこか行きたいところある?この時期だと何があるかなぁ…」
「…行きたい所ねぇ…」
「あ!ねぇ、この前言ってた、」
んち」
「…えっ?」
んちに行きたい」
「えっ?」
「いいでしょ?ダメなわけ?」
「えっ?あっ、イエ…だめなわけじゃ…」
「じゃあいいじゃん。決まりね」





 泉くんと付き合い始めて三ヶ月だ。もう三ヶ月なのかまだ三ヶ月なのか、人と付き合うのが初めてな私にはよく分からないけれど、三ヶ月だ。いつもデートと行ったら二人で街に出掛けてご飯食べたり買い物したり遊園地やら映画に行ったりしていたので、家に呼ぶのは、初めてなわけで。私は数日掛けてお部屋の大掃除をしていた。生まれて初めてこんなに部屋の掃除したわってくらい掃除した。だってお部屋に呼ぶのはあの泉くんだ。あの、泉くん。部屋が汚かったら絶対嫌がるし!変なもの置いてあったら絶対嫌な顔する!もうかれこれ何回掃除機をかけたか分からない。かけてもかけても不安でもうカーペット用のコロコロが手放せない。そわっそわしながら時計を見て、携帯を見て、次に鏡を見た。おでかけじゃないにしろデートだし、おうちデートというやつだし、お気に入りの服で髪も可愛くしといた。あ、あと、一応、ほんと一応だけど、下着も可愛いのにした。友達に話した時に「エーッ部屋に来たいってことはもしかしたらもしかしてもしかするんじゃないのーッ?」って言われたので無駄に緊張してる。付き合って三ヶ月だけど実はキスすらしたことない。それが遅いのかはよくわからないけど!でも!今日その関係が一歩か二歩か500メートルくらい前進するかもしれない可能性がなきにしもあらずなわけだから!心の準備をしておきたい!って脳内で騒いでいたら玄関のチャイムが鳴ってビクッと立ち上がった。立ち上がる拍子に足をテーブルにぶつけた。悶絶している暇はない、這ってでも玄関へ向かうのよ

「い、いらっしゃい、ませ…」
「……はぁ…何、その顔色」
「なんでもありません…あ、どうぞ入って…」
「まぁいいけどぉ?…お邪魔しま、…え、だからなに?」

 違うの、今のは違うの、私服姿の泉くんが私の家の玄関に立っていてしかも泉くんの口から「おじゃまします」っていう言葉が出ることがむしょうになんだか新鮮でかわいくて幸せに思えてしまっただけなんです。顔を両手で覆って固まる私を泉くんが「はぁ?」って心底意味分かんなそうに小突くので、数秒後やっと復活して二度目の「なんでもありません」を口にして自分の部屋へ案内する。大丈夫、自分の部屋へ辿り着くまでの廊下も綺麗に掃除機掛けたんだから、大丈夫大丈夫。

「あのぉ、一応頑張って掃除はしたんだけど、物がいっぱいでごちゃっとした部屋で…」
「ああ、あんた掃除下手そうだしね。物も捨てらんなそうだしぃ?」
「えっそこはもうちょっとなんか無いの!?汚くても気にしないのにとか無いの!?無いな!?泉くんだもんな!?」
「当たり前でしょ。汚かったら帰るから」
「えっ!!…ちょ、ちょ、ちょっと待って、部屋に入れる前に最終チェックしていい!?自信なくなってきた」

 いや自分的には今までになく綺麗な部屋になってるんだけど!すっごい頑張って掃除したんだけど!でもきれい好きな泉くんの基準で見るとまだまだかもしれないし心配になってきた。もしかしたら帰られるかもしれない。冗談抜きで帰りそうこの人。部屋の扉の前で一旦泉くんを待機させて自分だけ中に入ろうとしたら扉を閉める前に泉くんがドアを押さえた。ぎゃー!って内心悲鳴をあげて泉くんをこわごわと見上げたらすっごい意地悪そうにフンって笑われた。ぎゃー!悪魔め!

「泉くん待ってタンマタンマ!ドント!タッチ!ミー!」
「なんで俺が待たないといけないわけぇ?掃除したんでしょ〜?俺を呼ぶためにさぁ?」
「したけど!したけどもな!」
「観念しなよねぇ。大人しくしないと買ってきたケーキあげないから」
「えっ」
「えっ(早ッ)」

 ケーキにつられて思わず道を譲ると、譲られた側である泉くんの方がなんかちょっと納得いかない顔して私より先に奥へ入った。勢いで入室を許可してしまったけれどハッとして泉くんを振り返る。彼は「ふぅーん」と品定めするように部屋全体を見回すと、私の方へ顔を向けて、「まぁ思ってたより綺麗かな」と合格を出してくれた。一安心だ。ふぅ、と息を吐いて、脱力。

「じゃあ、適当に座ってくださいな」
「ん」
「……」
「…」
「……」
「物欲しそうに眺めないでよ。べつにおあずけなんかしないから」
「だ、だって…」
「は〜い、の大好きな高カロリーの食べ物〜」
「わ、わあい!わあい!すごい嫌な言い方だけどわあい!」

 泉くんが部屋の真ん中のミニテーブルに、持っていたケーキの箱を置く。大好きなケーキ屋さんのロゴの入ったその箱に目を輝かせる。その中には、ショートケーキやモンブランやチーズケーキやプリンにシュークリームやら、見ているだけで幸せになっちゃう、美味しそうなケーキが並べられていた。ほわ〜っと見惚れていると、泉くんが呆れたように溜息を吐いた。それにハッとして、顔を離して背筋をぴんと伸ばす。いかんいかん。小さく咳払いしてから、ぺこりと頭を下げる。

「ありがとうっ、泉くん…!」
「はいはい、どーいたしまして〜」
「でもこんなにいっぱい…お金使わせちゃったでしょう?えっこれ何個…ひとり何個食べていいの…?」
「はあ!?ちょっと、逆に聞きたいんだけど、アンタ一人で何個食べようとしてんの?」
「えっ泉くんと半分こずつかなって」
「馬鹿じゃないの?俺はねぇ、アンタんち兄弟多いからその分と思っていろいろ買ってきたわけ」
「ええっ!?家族の分まで!?えっ、あっ、ううありがとう…」
「はあ…まさか一人で食べようとするとは思わなかった…どんだけ食い意地張ってるわけぇ?」
「ぐうの音も出ません」
「ほら。さっさと自分の分選んで。残りは冷蔵庫しまって来て」

 ほらはやく、と急かされて、慌てて箱の中をもう一度覗き込む。どれにしようどれにしようとアレコレ視線を移していると、はた、とあることを疑問に思い顔を上げた。視線に気付いて泉くんが私に「なぁに」と言うので、素直に疑問を口にしてみる。

「泉くんは?どれ食べるの?」
「俺?俺はべつに…誰かさんみたいにカロリー気にせずバクバク食べたり食い意地張ってたりしないしぃ?」
「うぐっ…うう…で、でもせっかくだし一個食べようよ…数に余裕あるみたいだし…」
「俺が買ったんだから食べるのも食べないのも俺の勝手でしょ。太るから嫌」
「女子か!」
「うざぁい。そうなるとアンタは女子じゃないけどぉ?」
「うっ…う〜でもさ〜…えーと、えーと、カロリー控えめの…生クリームとかバター多くないやつ…」
「…はあ…分かった、じゃあプリンは俺のね。はい、アンタは?」
「あっうん、じゃあねぇ…うーん…ショートケーキは妹が好きだし…モンブランは弟が好きだし…」

 泉くんが無事「食べる」と言ってくれたので安心して、再度箱の中とにらめっこしていたら、ねぇ、と泉くんに呼ばれて顔を上げる。不機嫌ではなく、ちょっと不思議そうに、私を見ていた。きょとんと目をまたたかせたら、泉くんがさらに不思議そうに首を傾けた。

「アンタってさぁ、いっつもそうやって下の妹弟に譲ってんの?」
「え?…あー、言われてみれば…家族の好み分かってるから、自然とそれは避けちゃうかなぁ」
「ふぅん?」
「あ、でも我慢するってわけじゃなく、自然とそういうふうになるだけだよ。私はショートケーキとかモンブラン以外に好きなケーキいっぱいあるから。せっかく泉くんが家族にって買ってくれたんだし、そのケーキを一番喜ぶオチビたちにあげたいなーと思って…」
「へぇ…そっか。まぁ、お兄ちゃんお姉ちゃんってそういうものかねぇ」
「あれ、泉くんって兄弟いたっけ」
「…弟みたいな子はいるからいいの」
「あ、うん…?」
「そっかそっか。もお姉ちゃんなんだねぇ…」

 なんだかちょっと目を細めて、優しい表情でそんなことを言うから、調子が狂う。いつもみたいに「ばかじゃないの」って呆れられたり不機嫌になられたりする方が自然に思えるっていうのが悲しいところだけど。妙に気恥ずかしくなって、ぽん、と両手を叩いて「よし!決めた!私チーズケーキ頂くね!今食器持ってくるね!」と立ち上がる。そして廊下に出た時に、玄関の方から音がしてビクッとした。誰かが家へ入ってくる音。ぱたぱたと駆けてくる音。

「ぅえっ!?お、お母さん、今日は叔父さんちにチビ連れて遊びに行ったんじゃ…」
「ごめんごめん!ちょっと忘れ物しちゃって引き返してきたの。大丈夫、すぐ戻るから!邪魔しないから!って、あっ!もう彼氏来てるの?…ね、挨拶していい?」
「しなくていい!しなくていい!」
「えー、でも見たぁい…かっこいいんでしょ!?」
「かっこいいけど!いいから!戻って!」

 こそこそとそんなこと言ってくる母を無理やり押しやって部屋から遠ざけようとしていると、中途半端に閉じきれてなかった部屋の扉からひょいと泉くんが顔を出した。ぎょっとして目を丸くする私と、同じく驚いている母に、泉くんがにっこりと微笑む。あ、めっちゃにっこりしてる、これぜったい営業スマイルだ。営業スマイル!って分かってるけど私にはめったに向けてくれないスマイルにどきっとときめいてしまった。ついでに言うと隣の母もやられている。恐るべしアイドル瀬名泉様。今はただその笑顔拝みたい。

「お邪魔してます。ケーキ買ってきたんで、後で食べてください」
「あ、ありがとう、ごめんなさいね、わざわざ…!ごゆっくりぃ…」
「い…泉くんが敬語…泉くんが好青年…」
「やだほんとかっこいいじゃない泉くん…優しそうだし…どこが『大体いつも意地悪』なの…?」
「ふふふ。へーえ、ご家族に俺のことどう話してるのかなぁ?気になるなぁ?」
「お母さんさあ向こうへ!!忘れ物取りに来たんだよね!向こうへ!私もキッチンに用があるのでこれにて!」

 泉くんへ「地獄耳め!」と心の中で文句を言いつつ、母に対しても「余計なこといいやがって!」と頭を抱え、その背中を押してさっさとその場から離れる。キッチンでお皿とフォーク、スプーン、それから紅茶の準備をしていると、母がまだ横で「モデルさんなんでしょ!?ほんと綺麗なお顔してるよねぇ…」とうっとり話すので適当に相手をした。ふいに、廊下の方から物音がして、ん?と首を傾げる。なんだか嫌な予感がして恐る恐る廊下に出たら、案の定、小学生の弟が私の部屋のドアの隙間からじぃーっと中を覗いていた。わー!わー!と慌てて駆け寄った時、弟が部屋の中にぶんぶんと手を振ったので、えっ、と視線をそちらにやると、泉くんがひらひらと弟に向かって手を振っていた。きょとーんと私が見ているのに気付いて、泉くんがピタッと手を止める。

「……なぁに、その目は。チョ〜うざぁい」
「ご、ごめん…なんか意外で…」
「はぁ?」
「おにいちゃんばいばーい」
「はぁい。バイバーイ」

 とたとた廊下を走っていく弟を見送ると、ちょうどそのとき母も支度を整えて出て行くところだった。廊下から「じゃあ泉くん、また遊びに来てね〜!」との声。再度、弟の「ばいばーい!」の声。上機嫌だ。母も弟も。それと、意外にも、泉くんまでもご機嫌。玄関の扉が閉まって家の中が静かになった頃、そーっとトレイにのせた紅茶たちをテーブルに置いてカーペットの上に正座して、じぃっと泉くんを見つめる。

「だから、なぁに?」
「泉くん…子供嫌いかなって思ってた…このクソガキって言いながらしっしって追い払いそうな…」
「そりゃあ生意気なクソガキは大っ嫌いだけどぉ?」
「あっまさかお母さんのみならず弟にまで営業スイッチを…? そんな…無理して子供の機嫌まで取らなくても…」
「申し訳無さそうにしながら結構ズカズカ言うなぁ?べつに誰に愛想良くしようが俺の勝手でしょ?それに…」
「それに?」
「…『おにいちゃん』って響きは悪くないしねぇ?」
「あ、うん…?」

 なんだかちょっと口元を緩ませながらふふんと鼻を鳴らす泉くん。たまによくわからないなあ。でも機嫌がいいってことは嬉しかったんだな。お兄ちゃんって呼ばれたのがそんなに嬉しかったんだ。弟欲しいのかな。おずおずと「お、お兄ちゃんって呼ぼうか…?」って提案したら「はぁ?」って睨まれた。難しいなあ。

「でもさぁ、のお母さんって…」
「うん?」
「似てるよねぇ」
「私に?」
「そ。騒がしそうで」
「め、めんぼくない…」
「べつにぃ?嫌だとは言ってないけど?」
「そっか…?」

 お皿に乗ったチーズケーキに両手を合わせて心を込めて「いただきます」と頭を下げて、私はおいしいケーキをぱくりと口に運んだ。おいしい!すっごくおいしい!うへへうへへと幸せに頬を緩ませる私を、泉くんはなにも言わずに見ている。

「あ。泉くん、紅茶に砂糖いる?」
「要らない」
「ミルクは?」
「要らない」
「そっか。じゃあ持ってこなくてもいいのか」
「あれぇ?…アンタいれないっけ?」
「うん。家では」
「なんで外出先ではスティックシュガーとミルク使い切るわけ?」
「え、だってなんか付けてもらったら使わないと申し訳ない気がして…モッタイナイ…」
「はぁ?要らないなら要らないって最初から店員に言えばいいだけの話じゃん」
「ぅえっ…うぅん、たしかに…でもなんかこう、せっかく、要りますかって聞いてくれてるし…?」
「ばーか」
「えぇ〜」

 むーっと口を尖らせても泉くんはしれっとしているので、私はそれ以上むっとせずに紅茶にふーふー息を吹きかけた。ちょっと熱い。ちらりと窺うと泉くんはまだ紅茶に口を付けていなかったので、少しホッとする。猫舌そう。熱いって文句言われそう。チーズケーキをフォークで崩しながらうんうん頷いていると、泉くんが手を止めてじっとこっちを見た。何か声に出していただろうかと身を縮こませると、泉くんが私の座ってる方にひょいと距離を詰めてくる。途端にどきっとして鼓動がはやくなるので、私はわざとそっちを見ずに自分のフォークの先っぽを凝視した。いつもの調子でおしゃべりしてるけど、ここは二人きりで、親たちも追い出しちゃったし、何かが、こう、起こったり起こらなかったりする、かも、しれないわけでした、はい。忘れそうになってた。

「ねぇ、。ちょっと、」
「いいいずみくん、アッわかったもしかしてチーズケーキひとくち食べたい?」
「は?べつに」
「し、しかたないな〜!はい!」

 眼前に突き出されたフォークとその上にのっかったチーズケーキに泉くんが思いっきり迷惑そうに眉を顰めたけれど、私と目が合うときょとんと目を丸くさせた。なんとなく、自分の顔が赤いような、熱いような、そんな気配がする。あと差し出したフォークがぷるぷる震えてる気がする。それに気付いた泉くんは、先ほどと打って変わって機嫌良さそうに、いじわるそうに、にやりと、「へぇ?そういうこと〜」みたいな笑いを浮かべた。あ、なんか失敗した気がする。はいあ〜ん!とか自分でやっといてすっごい恥ずかしい気がする。何をされるか分からなくてドキドキするよりもこんなバカップルみたいなことやらかす方がドキドキする。けど下手に引けない。固まっていると、泉くんがそのフォークにぱくりと食いついた。ぎょっとするような、どきっとするような、とにかく心穏やかなものではないので、そろりそろりとそのフォークを泉くんの口から引き抜く。

「…おいしい?」
「ん、決まってるでしょ。俺が買ってきたんだから」
「あっはい…ですね…?」
「そうじゃなくてさぁ」

 フォークから口を離したのにその場からはなれようとしないのでどきどきし続けていたら、泉くんの顔がもっと近づいた。整った顔立ち。こんなに至近距離で見られる人なんてめったにいないのではと恋人の特権を感じつつも心臓がかわいそうなくらいうるさくて無視できなくなってきた。思わず顔を背けると、「ちょっと」って不機嫌そうな声が私をちくちく攻撃してくる。

「何を期待してるのか知らないけどさぁ…俺はただ教えてあげようとしただけなんだけど?」
「え、な、なにを?」
「口のまわりに食べかす付いてるって」
「どぅええっえっ」

 アワアワとまわりを見回して、テーブルわきに置いてあったティッシュ箱を引っ掴み、「どこ?どこについてる?」と訊く暇もなくごしごしと口まわりを拭った。そんな私を、フンっとまた鼻を鳴らして泉くんが眺める。恥ずかしい。

「早く言ってよ!」
「アンタが聞かなかったんでしょ〜?ちょっと近づいただけで馬鹿みたいに顔真っ赤にさせて身構えてさぁ?」
「うっ…み、身構えたわけじゃ…」
「…もしかして、部屋に呼んだくらいで俺に襲われるとでも思ってんの?」
「おそ、おそ…!?」
「人をケダモノ扱いしないでよねぇ?チョ〜うざいんだけど?」

 そう文句を言いながら、泉くんはちょっと冷めてきた紅茶に口をつける。私は文句を言いたくてぱくぱくと口を動かしつつも、顔を真っ赤にさせて体を強張らせていたのは事実なわけだし、泉くんに口喧嘩で勝てるとも思ってないので、黙る。黙る、けど。さっき意地悪そうな顔してたし絶対泉くん、私が意識してるの分かっててわざと顔近づけたじゃん!?そこ無意味に煽ったじゃん!?黙るよ?黙るけどもな!?うぐうぐと唸っていたら、泉くんがヤレヤレみたいな顔して溜息吐いた。やっぱりお母さんに話したこと嘘じゃないもんだいたいがいじわるで構成されてるもん泉くん。

「あーあ、俺が部屋に来たいって言った時からそういうヤラシイ妄想してたんだぁ?ふぅん、下心丸出しみたいに見えたワケねぇ?心外だなぁ?傷ついちゃうなぁ?俺はこれでも紳士なんだけど〜?」
「うぐっ…うっ…で、でも…うう、じゃあ!泉くんは!」
「なぁに」
「い、泉くんは、なんでうちに来たいって言ってくれたの?うちなんにもないし、面白くないけど…」
「はぁ?…そりゃあ、まぁ…」

 泉くんは口をつけていたティーカップを離すと、む…と眉を寄せた。しばらく黙って、何か言おうとして、理由を話すのかなって思ったら結局やめて「べつにぃ?」ってそっけない返事をされた。こういう反応をされるときって、絶対、なんでもなくない時だ。何かぜったい、理由があるはず。私がむむむと見つめ続けていると、イラッとしたように泉くんが眉を吊り上げて、でも結局はぁ〜っと大きな溜息を吐いて、脱力した。こういう反応のときは、諦めて話してくれる時、だ。ぽつぽつと。

「ただ…知りたいと思っただけ、だけど…」
「…知りたい?なにを?」
のこと」

 目をぱちくりさせる私を、泉くんが数秒黙りこんだ後ムッとした顔で睨んでくる。だから言いたくなかったんだ!みたいな顔。いや、そんな、やけになられたって、だって、「えっ?」って思ったんだもん。ぽかんとしている私に、「だからぁ!」といらついた声でまくし立てる。

「俺はアンタのこと、もっと知ってやろうと思っただけだってば!最近構ってやってなかったし、俺はアンタの部屋の壁の色も、好きなケーキも、家族の顔も、家では紅茶に砂糖いれないってことも、知らなかったんだからさぁ!?」

 何をそんなにいらついてるのか、何をそんなに、恥ずかしがるのか。泉くんの顔色はいつもと違ってほんのり赤に染まっている。私はやっぱり目をまたたかせて固まっているものだから、泉くんがああもう!と頭の後ろを掻いた。そして誤魔化すように紅茶を一気に飲み干す。怒んないで泉くん、だって、だってさ、そんなの私も一緒なんだもん。彼の言葉を聞き、ぎょっとして、ぽかんとして、最終的に今の私は笑っていた。

「あのね泉くん、私もだよ!」
「…なにが」
「いつもむすっとして意地悪な泉くんが、よその家にあがるときはきちんと『お邪魔します』を言ってくれて、お母さんにはにこにこ丁寧に挨拶してくれて、ちびに優しくしてくれて、いいお兄さんなんだーって、私知らなかった。今日初めて知った!」
…」
「えへへ」
「…俺をなんだと思ってたわけ?ひとんちに来て失礼な行いしかしない非常識男だと思ってたってことだよねぇ?あと母親にも普段意地悪だとか話してるらしいじゃん?俺が印象良く挨拶しても元のイメージで台無しだよねぇ?」
「わーーーわーーごめんなさいごめんなさい違う違うのそうじゃなくって!」

 にこにこしながらも背後に何か黒いオーラをまといこちらに迫ってくる泉くんを押しやって、「とにかく、とにかくね!?」とどうどう落ち着かせる。納得行かなそうにしながらも泉くんは口をむすんで、なにさ、と言いたげに私を睨んだ。さっきまでの赤い顔が頭に浮かんで、なんだか睨まれてもぜんぜん怖くなくって、可愛いとすら思えてしまう。

「知らなかった泉くんを知れて、良かったなぁって。今日うちに来てくれてよかったって、本当に本当にそう思うの」
「……ふぅん」
「うん…ウン…あの…下心あったのは私の方というか…ハイ…そこは重々承知しています…ハイ…」

 ウン。ハイ。怖くはないんだけどそこらへん、申し訳なくなって目を逸らしつつ謝る。家に来たいって言われて、エーッどうしようあんなことこんなことされちゃうかもーってふしだらな想像をしていたのは、はい、私ですね。泉くんは純粋にこう、二人の仲をよりよく、お互いのことを知るためにと、健全な目的で来てくれたわけですからね。可愛い下着とか、お布団干しとくとか、なんかこう自分が世紀のエロ魔神になったような気分だ、あんまりにも泉くんがこう、そういうの無いから。うん、やっぱ、まだ、いいと思う。ゆっくりで、いいんだと思う。少しずつ知っていこう。そのたびにきっと好きなところが増えていくと、信じて。
 泉くんは黙ってじぃっと私を見ていた。まったくだよねぇ本当、人をケダモノみたいにさぁ?みたいなことをまた意地悪な笑みを浮かべて言うのかと思ったら、ふむ、と何かを考えるような素振りを見せて――、あ、結局、笑った。でも意地悪っていうよりか、いたずらっぽく、笑った。

「でもまぁ…」
「うん?」
「もったいないからキスぐらいしてもいいけど」

 思考回路が一瞬本当にショートした。見えない煙が上がったと思う。ぼんっと顔を赤くする私と、にっこにこしている泉くん。そろりと彼がこちらに距離を詰める。私はあわあわと体をのけぞらせて、逃げようとするも、気づけばぺたっと背中がカーペットの上にくっついていた。

「も…もったいなく、ない、かと?」
「ふぅん?本当にぃ?…要らないなら要らないって最初から言えば、無理にはしないけど?」

 あ、さっき、そんな話した。砂糖もミルクも本当は要らないって、でももったいないからいつももらっちゃうって、そんな話した。要らないなら最初から貰わなきゃいいじゃんって、要らないって言えばいいじゃんって。でも今のこの状況にはたぶん関係ない。関係ないよ!?うーっと両手で顔を覆って、見下ろしてくる泉くんの視線を一旦遮断。数秒唸って、結局、指の隙間からちらっと、彼の顔をうかがう。あ、やっぱり、機嫌良さそうな笑顔。

「…や、やっぱり、いります……ください…」

 機嫌良さそうなその口元が、もっともっと機嫌良さそうに弧を描く。泉くんに褒められたことなんかたぶん全然ないのに、よくできましたと花丸を貰った気持ちになる。

「俺も、今日は特別甘くしたい気分かもねぇ?」
My Sweet Sugar Home