「うわ、誠さん何してるんですか」
「…それくらい見て分かれ。どう見てもいつも通り締め切りに追われているだろう」
「いや、まあ見て分かるんですけど、でもなんでいつも通り締め切りに追われてるんですか。人類最後の日ですよ?」
「何?」
「テレビ見てないんですか!みんなその話題で持ちきりですよ」
「ああ…どこぞの胡散臭い予言者の世界滅亡の大予言か」
「それそれ」
「それがどうした」
「どうもこうもないですって。いつもどおりの仕事してる場合じゃないですって」
「何の確証もないだろう。メディアが面白おかしく取り上げるだけで、一般市民には何ら関係ない。事実、京介はスケジュール通りに撮影に向かったし、世のサラリーマンは満員電車に揺られ今日も通常出勤だ」
「いやいや分かんないですって。大洪水とかありますって」
「何年も前に同じような予言が世界を騒がせたが、その日も結局何も起こらなかった」
「いつも大丈夫だからって今日も大丈夫とは限らないんですよ」
「…成る程。それは一理ある」

 誠さんがそこでようやく手を止めて、私を振り返った。なんだかんだ言いつついつものお菓子の差し入れの袋を私が持っているのを見て、誠さんは少しだけ微笑んだ。「仕方ない。休憩にするか」との声を聞き、私はそのままキッチンへお茶の用意をしに向かった。「まあでも、人類最後の日にも執筆してるってめちゃくちゃ誠さんらしくていいと思いますけどね」なんて言いながら、袋をがさごそする。耳に心地よく響く低音ボイスが、「ああ…」と少し考えこむように私の言葉に相槌を打つのが聞こえた。

「そうだな…確かに、君の言うとおり本当に人類最後の日だと、何かしらの確証がありそれが決定事項だとしても…」
「小説を書いてる?」
「ああ」
「どうして?」
「後悔するだろう」
「そうなの?」
「まだ書いていない物語がある限り」

 そういうものなのか。物書きっていうのは。難儀な生き物だ。ふうん、って気のない返事をしながらも、私は、「確かに。私もまだ読んでない物語があるかぎり、読みたいですもんね」なんて言った。するりと出てきた言葉だけど、読者の鑑みたいなセリフじゃないか、これ。いやはや、小説家と同じくらい、難儀な生き物だ、読者って。感動してくれるかと思ったけど、誠さんは「そうだな、それに」とすぐ別の話へとつなげてしまった。

「人類が滅んだとしても文明が滅びるとは限らない。そう考えると今の我々の文字や思想を目に見える形で遺すというのも大切なことだ」
「なるほど。百年後、誠さんの本が大切な文化資料として発掘されたら面白いですね」

 切り分けたケーキを皿にのせて運んだ先で、誠さんは難しい顔をして私を待っていた。べつに茶化して言ったわけじゃなく、本当にそうなったら面白いなって思ったから言ったんだけど。今のうちにサインをたくさんもらっておこうかな。なんて考えていたら、誠さんは「そもそも、」と再度話しだした。また難しい話が始まりそうな感じだ。

「君も、そんな予言を本気で信じてはいないから、いつも通りに此処へやって来たんだろう?」
「……」
「違うのか?」
「違うといえば違いますね。どうせ最後なら誠さんの顔を見たいと思ったんですよ」
「…そうか」

 君は素直だな、と笑う声は、私をからかうものではなかった。本当なら泣き出してしまいたいくらい、いつもどおりにそこに誠さんの姿があるのが、今日はこんなにも心強い。本気にするなんて馬鹿馬鹿しいって分かってても、でも、万が一の可能性に怯えてしまう。このケーキが最後の晩餐になったらどうしよう、って呟いた声が、ちょっと震えそうになる。まだ夜じゃないから晩餐では無いだろう、って言われた。誠さんは今日も誠さんだ。




アイミー、ラブユー