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「おい」 低い声に呼び止められて、振り返る。その、私をこの場所に繋ぎとめている「理由」の方から、勝手にこちらへ寄ってきた。 「いつまでチンタラやってんだよ。俺を待たせるとはいい度胸じゃねーか」 「申し訳ありません、レオナ様。こちらの片付けが終わり次第、すぐ飲み物をお持ちいたしますので。あ、いえしかしこれ以上お待たせするわけにはいけませんので、よろしければ、私以外の者に運ばせま」 「あのなァ…」 不機嫌そうな声と顔で、私の頬をつまんでくる。痛い。あんまり痛くないけど。「ふざけるのも大概にしろよ」といらいらしていらっしゃる。私は頬を軽くつままれたまま、澄まして言った。「らって、れおなひゃま」ああ、せっかく澄まして言ってあげているのに間抜けな声が出てしまうけど。私のその聞き取りにくい間抜けな声―…ではなく、「レオナ様」という名前をきちんと聞き取ったうえで、さらに目の前の人物は眉を寄せる。 「特別に許可してやったよなァ、"様"は要らねえって。いちいち毎回言わねえと直んねーのか?」 「仕事中ですので」 「今は誰も周りにいねーだろ」 「仕事中ですので」 「俺のご機嫌取りとどっちが重要な仕事か考えろ」 「あ、ちょっと、こら、レオナ」 掃除用具が、ひょいっと取り上げられてしまう。む、と口を尖らせる私と、それを見下ろし、ふん、と鼻で笑うレオナ様、もとい「レオナ」。使用人が第二王子のことを呼び捨てる上に「こら!」とか言ってるの、他人に見られたらたまったもんじゃない。最大限、周囲に気を配って「そういう仲」だと悟られないようにしているのだ、私は。周囲に知られたら厄介なのはレオナも同じだし、っていうか私以上に彼の方が厄介だと思うのに、こうやってちょっかい出してくるから困る。まあ、聡明な彼のことなので、下手を打つことはないと思う。本当にちゃんと周りに誰もいないのを確認したうえで、こういうことをしているんだろう。それでも。 「ホリデー中、よっぽど暇なの?チェカ様と遊んであげたらいいじゃない」 「…うるせえな、やっと撒いたんだよ、こっちは」 「こういう休みのときしか帰ってこないせいで、こういうときしか会えないのに。さみしがると思うけど」 「誰かさんもそれくらい素直に寂しいって口にすりゃ可愛げがあるんだがな」 「私はお仕事中です。公私混同しません。っていうか、まあ……仕事中じゃないとレオナと会えないし」 そういうことだ。ホリデーにしかこの家に帰ってこないレオナに会うためなら、嬉々として世間がホリデーエンジョイ中でも「お仕事」に励むのだ。でも、「お仕事中」である限り、全面的にレオナに構っているわけにはいかないし。いやまあ、王子様と使用人という立場の時点で、仕事中だろうがなんだろうが、だめなんだけど。釣り合わないんだけど。(っていう話をしたらしたで、「どうせ王位を継ぐわけじゃあるまいし」みたいなひねくれモードになりそうで、言わないけど) 「あと数日で、寮に帰るんでしょう。私もチェカ様と一緒に『帰っちゃやだー!』運動を大々的に行えればいいんですけど」 「……ハッ、お前が泣いて喚けば、この家にずっといてやってもいいかもな」 「…うそくさーい」 うそくさいどころか、嘘なんだろうけど。私のちっとも可愛げのない様子に、レオナが眉を寄せて、けど、すぐにいつもみたいに不敵に笑う。そのままやっぱり掃除用具なんて放り投げて、私の腕を掴んで適当な部屋に押し込み、ふたりっきりになれる空間を作り上げては、扉の鍵を閉めた。「試す価値はあるだろ。お前のやり方で、俺をこの家に縛り付けてみたらどうだ」囁いて、私を捕食しようとする若き王子様。その顔を見上げて、私はちょっと困ったように眉を下げた。腕を伸ばしてそっと髪を撫でれば、獣は目を細める。本当はね、この家にずっといてほしいどころか、どこかへ行っちゃえたらいいのになあ、連れ去ってくれたらいいのになあ、全部全部全部捨てて、諦めて、私だけで妥協してくれたらいいのになあって、思ってることは、誰にも秘密。レオナにも秘密。 「素直に、『寂しいって言ってくれないと寂しい』って口にしてくれたら、可愛げがあるんだけどなぁ」 「……あぁ?」 引き留められた実績は今のところゼロ//200505 |