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窓もカーテンも閉め切って、それでも外からはしとしと雨の音が聞こえていた。今晩が雨なのは昼間のうちから天気予報で見て知っていたけれど、一晩中雨らしいと聞くとなんだか気が滅入る。たとえ朝起きた頃には止んでいたとしても、なんだか、気が滅入る。二人掛けのソファーを大胆に独り占めし横になって、溜息吐いてからテレビのリモコンに手を伸ばした。ソファーから手を伸ばせば取れる位置に常に置いておくのは大事だと思う。この時間のテレビはあんまり好みな番組がやっていなくて、リモコンを操作する指は早々に録画してあった音楽番組を再生しだす。結局、迷ったらこれ。暇さえあれば、これ。レコーダーは「何回目だよ」と文句を言うことなく、素直にその番組を流してくれる。 何度も聴いた曲、聞きなれた声、見慣れた綺麗なお顔。 「…いやあ、今日も壮五くんはかっこいいねえ…」 実物のほうがかっこいいって知ってるんだけどな。べつに誰にも聞かれないのだから口にしたっていいはずだけど、心の中だけで付け足した。テレビの画面には同じユニットのメンバーと歌って踊る、今をときめく人気アイドル様の逢坂壮五くんが映っている。きらきらだ。顔が良い。歌声だって優しくて。笑った顔も素敵だな。テレビの向こうのファンにきらきら振りまいて。 「いや、実物の笑顔のほうが素敵だって知ってるんだけどな」 あ、今度は口にしてしまった。心の中だけで付け足すつもりだったのに。最近独り言増えたなあ。なんか悲しいな。悲しくなったところで、もう一度リモコンに手を伸ばして、ぷつんと画面を消した。ボタンを押す、ただそれだけで、それまでそこにあった壮五くんの笑顔は一瞬にして消えるわけだ。なんか悲しいな、寂しいな。 「もー寝よっかなー」 べつに声に出さなくたって構わない一言を、こうやってまた声に出す。誰も返事しない。だってこの部屋には私一人だし。ベッドに移動するのも、部屋の電気を消すのも面倒になって、私はそのままソファーでくったりと眠る体勢に入った。瞼を閉じてしまえばさっさと眠りに落ちそうなくらい。けれど目を閉じたことによって、妙に聴覚が仕事を張り切り出す。テレビを消したから無音なはずの部屋で、外の雨の音がやけに耳につく。しとしと。しとしと。雨は止まない。一晩中止まない。「彼」も来ない。きっと一晩中来ない。 もし来たら、そうだな、たぶん、怒るかな。うん。まず怒る。 「さん、さん」 うん、聞きなれた声。穏やかで優しい声だけど、今はちょっとだけ機嫌が悪い時の声だ。 「合鍵があるんだからドアの鍵は閉めておいていいって言ったじゃないか。不用心すぎるよ。入ってきたのが僕じゃなかったらどうするつもりなんだ、まったく、信じられない。鍵を開けたつもりが閉まったから焦ったよ。誰かに入られてたらとか、何かあったらどうしようって。急いで奥の部屋まで来たら、君はソファーで寝ているし…」 あ、怒ってる怒ってる。やっぱりな。絶対怒るとおもったんだ。ぶつぶつ独り言なのか私に言ってるのか微妙なライン。 「電気はつけっ放しだし…寝るなら電気を消して、ドアに鍵もかけて、ベッドで寝るようにって…」 そこで数秒、沈黙。おや、どうしたかな、と思った直後、ふに、と頬っぺたに他人の人差し指が触れる。つん、つん、つんつん、と突っつく間隔が狭まって、結局そのしつこさに折れて負けた私が目を開ける。思ったより近い距離に見慣れた顔。綺麗なお顔。「やっぱり起きてるじゃないか」という聞きなれた声。むっとした表情は少し見慣れないかもしれないけど。いやここ最近は見慣れたかな。最近容赦なく私にも小言をいうようになったんだから。 「だって今晩も忙しくて来れないのかなーって思ったら、いいや寝てやるーって」 「どうしてそういう結論になるかな。というか、僕が来なそうって思ったなら余計に戸締りをちゃんと…」 「あっ、壮五くん。待って」 手を伸ばせば届く距離に置いてあったリモコンを手に取る。きょとんとした顔の壮五くんに、そのリモコンの先を向けてみる。「ピッ」と自分で声に出しながらボタンを押してみた。やっぱりきょとんとする壮五くん。 「何してるの?」 「いやあ、消えないなあと思って」 「何が?」 「本物は。リモコンのボタン押しても消えないなーって」 きょとんとしていた顔が、やがて困ったような、呆れたような、そんな表情になる。「ボタンひとつで消えたら困るよ」って言った。私も困る。でも事実テレビに映る君は、消えちゃうんだからやっぱり困る。いつもいつも不安になる。ひとりきりの夜は、しとしと、不安が降ってきて、つもっていく。でも、こうやって、きみは来てくれた。「雨、思ったより早くあがった」ちいさくつぶやく。苦笑した壮五くんが私に言う。 「雨ならもうとっくにあがってるよ」 あら、本当だ。もう雨の音がしない。 |