おわかれ3秒
「僕とさんの今後のお付き合いについて、話したいことがあるんだ」

 改まった様子でそう話を切り出されて、しかも壮五くんはとても真剣な表情で、もうそれだけで私は悟ってしまう。あ、ついにきたな、この時が、って。壮五くんが「アイドル」なんてものになると聞いてから、いつかこの日が来ると思っていた。覚悟していた。避けては通れないというか、「そういう終わり」しか用意されていないお付き合いなのだと、分かってしまった。
 思っていたより、もったほう。本当はもっと早くこの日が訪れていても不思議じゃなかったのに。それこそ、アイドルになるって彼が決めた瞬間とか、正式に事務所に所属した瞬間とか、初めてCDを出したとき、ファンの前に出たとき。来るか来るか?と身構えて、結局、彼がその話を切り出すことはなかった。会える時間はどんどん少なくなっていったけど、それでも決定的な「それ」は無く、殺さず生かされ続けてるっていうか、なんか、そういう感じだった。
 もしかして自然にフェードアウトするのが彼の望みかな?とも思ったけど、そういうわけでもなかった。しっかり変装して周囲の目に気を遣って、久しぶりに会うと彼は毎回まず謝って、それから嬉しそうに笑っていた。「変わらず僕と会ってくれてありがとう」みたいなことも言う。まるで「捨てられると思ってたけど捨てないでくれてよかった」みたいな。なんでだ。
 捨てられるのは私の方であるべきでは?

「……ずっと、長い間切り出せなくてごめん。でも、しっかり話し合って、結論を出すべきだよね」
「うん。私もそう思ってた」
「…そっか。同じ気持ちだったんだね」

 眉を下げて笑う。いつも見るその表情が、今はちょっと目に痛くて直視できなかった。優しい人の笑い方だ。ずっと前からそう。付き合った頃から、そう。付き合い始めたときは、まさかこんな遠い存在になるなんて思わなかったけど。
 壮五くんは優しい。そしてちょっと心配症だ。そんな彼が、「アイドル」なんて存在になった後も私とこうしてこんな関係でいてくれたの、苦しかったに違いない。ファンの子や周囲に嘘をつきたくないだろうし、迷惑をかけたくもないだろうし。そしてこれはたぶん自惚れでもなんでもなく事実だと自信があるんだけど、私に一番申し訳なく思っていたと思うんだ。優しい人だから。

「壮五くん、私から言っていいかな」

 驚いた顔で壮五くんが私を見る。捨てられるべきは自分の方だと分かっているけど、でも、嫌な役目を、その傷つけるかもしれない一言を、彼に言わせてしまうのは気が引けた。変に申し訳なさを抱いたまま、この先を生きてほしくはないわけで。なら、私から言うべきなのだと思う。
 深呼吸してから、口を開く。けれど、声に出す前に、「やっぱり、ちょっと待って!」という声に遮られた。

「僕から言わせてほしい。そもそも、僕の都合に付き合わせているようなものだし」
「いや、私が今まで壮五くんが言い出さないのを良いことに甘えてずるずるきちゃったんだし」
「ずるずる先延ばしにしていたのは僕の方じゃないか。さんは何も悪くないよ」
「でも……」

 その真剣な表情に圧し負けて、結局私は何も言えなくなる。ああ本当結局、甘えるのか、私。最後まで。息を吐いて、「わかった、どうぞ」と壮五くんからの言葉を待つ。分かり切った言葉。約束された結末。ギロチンの刃が落ちる瞬間を、待つ。

「それじゃあ、話し合おう。僕たちの交際を公表するタイミングについて。まず、さんの希望を聞きたいんだ。マネージャーや社長には、具体的な案が決まってから、二人で真剣に話し合った結果ですって頼み込みに行くつもり。アイドルの結婚については、統計的に見ても三十、」
「え?」
「えっ?」
「何の話?」
「……えっ?」
「え?」
「えっ?」
「僕と別れてください、じゃないの?」

 ぽかん。そんな、音ともいえない音が似合う。壮五くんの顔も、そして、きっと私の顔も。それまで自分の中に渦巻いていた感情が、全部真っ白になる。なにをいっているんだ、という私の言い草に、壮五くんはたっぷりと沈黙してから、なにかとても、怒ったような悲しいような、なんかもう、泣きそうな、ぐちゃぐちゃっと感情をかき混ぜられたような表情をして、言った。

さんは、僕と別れたかったの?」

 思った以上に情けない声を聞いた。さっき、ぺらぺらと夢物語みたいな「私たちのこれから」を語っていたときの彼の声は、もっと毅然としていて、真剣で、頼りがいがある声だったのに。本当に、「そんなの無理だよ」「そんな甘くないでしょう」なんて言う隙を与えないような、そんな声だった。信じて、人生ぜんぶをこのひとに賭けたっていいくらいの。

「別れたくない…に、決まってる…よ、……別れるわけないじゃない……っばかぁ!」

 気付いたら泣き出した自分のその台詞は、壮五くんじゃなくって、数分前の私に向けられていた。ばーか。もう一回いってやろ、ばーか!