「十ちゃん、十ちゃん、ケーキたのしみだね!」
「ああ」
「ふふー。チーズケーキ、いちご、チョコー、あとー…」
「フルーツタルト」
「そうそう!半分こしようね!」

 上機嫌に四角い箱を抱きかかえる。そんなに巨大な箱ではないはずなのに、自分より一回りも二回りも小さい女子が、両腕で大事そうにしっかと抱えているのを見ると、やけにケーキの箱が大きく、重そうに見える。もしかしたら自分にとってはそうじゃないというだけで、にとっては運ぶのに力の要るものなんだろうか。


「うん?」
「…ケーキ、俺が持つ。こっち寄越せ」

 店員から受け取るとき、待ちきれない様子でニコニコしながら手を伸ばしたもんだから、「持ってやる」と言うタイミングもなかった。重かったんなら悪いことをした、と微妙に申し訳ない気持ちになる。ほら、と手を伸ばしたら、は俺の手と、自分の抱えている箱と、俺の顔、全部を見た後、「じゃあ、順番ね」と言った。

「三つ先の角を曲がるまでは、十ちゃんね。そのあと私ね」
「は…?いや、俺が…」
「そうだよね。十ちゃんも持ちたかったよねえ。独り占めしてごめんね」

 そこでようやく、「俺が持つからこっち寄越せ」という台詞が、変な誤解を生んだことに気付いた。俺が持ちたいんだからお前は持つな、と取り上げるような台詞に、聞こえたのか。言葉一つ口にすることの難しさやら伝わらない歯痒さに、自然と眉が寄る。

「…やっぱ、お前が持ちたいんならいい。お前が持ってろ」
「え、いいよ。十ちゃん持ちなよ!」
「…」
「ケーキ持ってるとね、人間ってね、笑顔になるよ。知ってた?」
「……そういうもんか?」

 言葉では疑いつつも、ニコニコと嬉しそうに笑ってるその顔に、妙な説得力を感じた。結局「まあ…そうだな」と返事をしたらが俺を見上げて、何かに気付いたような顔をしてから、もっと笑顔になった。そこで、ああ、たぶん、ちょっと俺も笑ったんだろうな、と自分で気付いた。結果的に俺が箱を持って、その隣を並んでが歩く。おどけるようにわざと大股に一歩一歩あるいたり、スキップしたり、機嫌がいい。それを見てると、俺だって悪い気はしない。

「十ちゃん、見て見て。チューリップ!かわいい。きれいに咲いてる」
「ん。ああ。あるな」
「チューリップって色によって花言葉違うっていうよね」
「へえ…」

 あんまりそういう話題に明るくない俺はおもしろい相槌も打てないまま、ころころ笑うに歩幅を合わせる。女はそういう話題が好きなんだろう。そう思っていたら、徐々に話の方向は逸れていく。

「味も違いそう。ピンクは甘いけど黄色はレモンケーキみたいな味がしそう」
「…なんだそれ」
「え、思わない?見た目かわいくて、はなやか?で。おかしみたいじゃない?ん?花だからはなやかなのは当たり前?」

 道のわきに咲いていた花壇のチューリップと視線を合わせようと、立ち止まってが花を覗き込む。合わせて足を止めて、たしかに、ケーキ屋にいけばピンクや白や黄色いケーキがショーウィンドウにはよく並んでるな、とぼんやり考えた。考えて、ふと視線をにやれば、本当に間近に顔をチューリップに近づけている。唇が触れそうなくらいに近い。

「おい、食うなよ」
「くわない〜」

 む、とむくれながらが首を動かして、こっちを見る。ちょうど花とが並んで、ああ、臣さんとかだったらこの目の前の光景を切り取って、シャッターチャンスだ、と言うのかもしれない、と思った。それでも俺は手が塞がってて、唇も動かなくて、この瞬間を切り取る方法も、上手く表現する言葉も分からない。ただ、もうすこしこの瞬間がとどまってほしいと思った。口にはしなかった。

「十ちゃん、十ちゃん」
「…どうした?」
「春のにおいする」

 へらりと笑って、手招き。しゃがんで、というジェスチャー。この歳で、という気恥ずかしさはあったが、真似るように隣に寄った。「いいにおいするでしょ?」とうっとり花に顔を近づけかけたが、はっ、と俺を見た。そして、俺の持っていたケーキの箱を見た。「だめだ、ケーキのにおいには勝てない!」と声を上げる。今度こそ気付かされるより先に俺は笑った。ケーキ持ってると笑顔になるんじゃなくて、お前といると笑ってんだよ。