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「ちゃーん、開けてー」 ドンドンドン、とドアをノックする音に私は飛び上がった。見ていたテレビはちょうどバラエティだったのでひとりでににやりとしていた表情がすぐにビクゥっと引きつる。なんでドア叩いてんのあのひと。ピンポン鳴らせば、いいのに。そうすれば私普通にドア開けるのに。(あなたが私の家に来て嫌だって思ったこと一度もないし中にあげなかったことだって一回もないでしょうが)私はとたとた裸足で玄関まで歩いて、鍵をガチャリと開ける。女の一人暮らしなんて物騒だ、絶対夜は鍵かけるんだよ、って何度も子供に言い聞かせるように彼が言っていたのを覚えている。今日も今日とて私はその言いつけを守っている。偉い。夜に私の部屋に訪れる人間なんて、だいたいこの人以外いないけど。鍵が開いた音を聞くなり、ドアの向こうの彼が中に侵入してくる。私が扉を開けるより先にだ。それも、倒れこむように。私はぎょっとして思わず手を伸ばし倒れこむ彼の体を支えたけど、ずっしりしたそれは私の肩に寄りかかってすっごく重い。あ、お酒くさい。 「あ、足立さん?どんだけ飲んできたんですか…!?」 「だぁってさ〜、堂島さんガッポガッポ飲むからそれに付き合わされてさ〜」 「ならまっすぐ家に帰って寝たらよかったのに…」 「え、やだよ〜!僕今日泊まるから」 「えっ」 「ん〜…なに、めーわく?」 「えっ」 「酔っぱらいはぁ〜、ふらふら一人で歩いて帰って〜、車にでも轢かれろってかんじ〜?」 「ち、ちがいますけど!」 私の家の近くの飲み屋にでもいたんだろうか。自分の家よりこっちに帰ってくるほうが楽だった?ってこと、だよね。「ちゃんのいじわる〜」と拗ねたようで上機嫌な足立さんの声。そのまま私にがばっと抱きついてくるので、私はドアの鍵をかけてからしぶしぶ彼の体を引きずるようにして部屋の奥へ戻っていく。上着は適当に床に放ってしまった。重くて足がよろよろする。そのままソファの上に寝かせると、むにゃむにゃ寝言だか酔っぱらいの戯言だかをしばらく喋っていた。仕事の愚痴だか堂島さんの愚痴だかよく分からないけど。こうして見るとほんと疲れて帰ってきたサラリーマンそのものだ。いや実際そうだけどさ疲れて帰ってきてるけどさ。たくさん飲んできて、顔も赤くて、お酒くさくて。隣の部屋に布団を敷きながら、足立さんの愚痴にハイハイと返事をする。ぐだぐだ、呂律のあやしい、言葉たち。何故か途中から愚痴じゃなくて、「ちゃん好きだよ」「愛してるよ」を繰り返すようになって、私は一瞬カッと顔に熱が昇ってきたけど、まあどうせ酔っぱらいのセリフだし朝になればコロッとしてるだろうし気にしないようにしよう、と自分をしっかり持った。 「足立さん、布団敷きましたから。ソファー狭いでしょ?こっちで寝て」 「ん…ん〜…立てない。起こして、ちゃん」 両手を伸ばして、私に引っ張ってくれの合図を送る。私はちょっと呆れて溜息ついて、それでもおとなしく彼の手を取る。子供みたいだな。普段からべつにしっかりした大人ってイメージはないけど、こんな甘えてくるへろへろな足立さん、それはそれでまあ、いいのかもしれない。(なにがって、べつに、深い意味はないけど)私がぐいぐい腕を引っ張ると、よろよろのそのそ足立さんが起き上がった。ふらつく足元を気遣って、私が肩を貸す。隣の部屋の布団に寝かせてさっさと離れようとしたのに、足立さんが肩に腕を回したまま放してくれない。寝ぼけてるのか。顔が近い。やっぱりお酒くさい。足立さんの腕って思ってたほど細っこくない。ちゃんと、おとなだ。男の人だ。 「足立さん?はなしてくださいよー」 「ん〜…ふふ、だぁーめ」 上機嫌な酔っぱらいは、笑いながら私をがっちりホールドしている。わざとそんな、甘えたような声。ちゃんと大人なのに、やっぱりちょっとこどもみたい。しょうがないなあ、と肩に置かれた足立さんの腕を取って無理矢理引き剥がそうとしたら、逆にぐいと強い力で引き寄せられてしまった。そのまま布団にどさりと倒れたら、すぐに足立さんが抱きついてくる。ほんと、抱き枕みたいに。足を絡めて、ぎゅうっと。 「ちょ、ちょっと、足立さ…」 「いーじゃん、僕明日非番だし、今夜くらいきみとずーっとくっついててもさぁ」 「こ、困ります…!」 「んー、そーなの?僕はぁ、困んない。ぜーんぜん」 至近距離で足立さんがあははと上機嫌に笑って、やっぱりお酒くさいなって私はちょっと顔をしかめる。それに気づいて、足立さんはへらへら笑う。馬鹿にしたようにわざとハァーっと私に息を吹きかけてきた。くらくらする、このにおい。ぷいっと顔をそむけたら、足立さんの手が伸びてきて、頬に添えられる。ああもう、逃げらんないなあ。「お酒嫌い?」微笑みながら私にそう訊いたくせに、返事を聞く前に唇を重ねられる。否、重ねるというよりも、塞ぐ、というほうがしっくりくる。いつもより彼の手も唇も、熱く感じる。お酒のせい?なんだかキスの味も苦い。…気がする。たっぷり数秒経ってから唇が離れて、は、と小さく息を吐く。見あげれば、こんなに近くに足立さんの顔がある。なんだかとても満たされた表情で、私のことを眺めている。キスした直後にそんな目で見つめられると、かなり恥ずかしい。視線を泳がせて、なんなんですかもうって文句言おうとしたのに、いきなりまたがばっと抱きしめられて、変な声しか出なかった。びっくりした。いつだって心臓に悪い。ほんと、つらい。私の心臓かわいそう。 「いいにおいだねえ」 「な、なにが」 「髪?…っていうか、ちゃんが。お風呂上がったばっかり?」 言いながら、私の髪に顔をうずめて、くんくんと犬みたいに鼻を動かす。「…シャンプー、かえましたし」聞かれてもいないのにそんなことを勝手に私の唇が口走っていた。呆れられるかと思ったのに、「へえ〜」としみじみつぶやく足立さんがすこし可笑しい。深呼吸するように足立さんが肺いっぱいに私のにおいを吸い込む。なんなんだこの変態くさいひと。嫌悪感よりも恥ずかしさが勝ってしまうけど。私はじっと身を固めて動かなかった。はあ、とうっとりしたような声が耳元で聞こえて、なんだかすこし、ぞくぞくした。そんな私に追い打ちをかけるように、足立さんは私の耳朶をそっと口に含む。ぴくりと肩が揺れる。舌を押し当てたあと軽く歯を立てられて、思わず漏れた自分の声はやけに熱っぽくて、甘ったるくて、怖いくらい。その声を聴いた足立さんがやけに楽しそうにククッと笑って、耳元でぼそぼそわざと囁く。心臓の音がはやくなってく。いっそとまってくれ!いやとまったらすごく困るけど! 「ちゃんさ」 「は…、い」 「お風呂上がりにブラはしない人?」 ハッとして首だけで自分の格好を見下ろした。お風呂上がって、Tシャツ一枚にゆったりしたホットパンツ。明らかに部屋着。べつにこういう格好を初めて見られたわけでもないけど、どっと危機感が押し寄せる。胸の形が、…とくに先っぽが、シャツの上からでもはっきり分かるくらい自己主張してる。足立さんの口の端っこがゆるやかに持ち上げられて、視線は私の胸元から外さない。「や、やだ…っ」身を捩って逃げようとしたら、足立さんがずしっと私に馬乗りになってくる。手を押さえられた。言わずもがな、逃げ場がない。 「酔っぱらいの力に為す術もなく組み敷かれちゃうって、やっぱり女の子は弱いよねぇ」 「ち、ちがっ…」 「まぁ…酔いはとっくに醒めてきちゃってるけど」 「ええっ!?」 言われてみれば、部屋に押しかけてきたときよりずっと呂律もはっきりしてる。私の腕を押さえつけてる力も強い。上機嫌にへらへら笑っている表情は、全く変わらないけど。「なぁんか都合よく行きすぎちゃって僕ちょっと疑っちゃうよ。僕が来るって分かっててお風呂済ませてノーブラで待っててくれたの?」足立さんはそう言いながら鼻を鳴らして、私を見下ろす。「そんなわけ…、」言いかけてる内に恥ずかしさが波のように押し寄せてきて、声が詰まる。違う、違うって否定したいのに、否定できるはずなのに。足立さんが視線を私の顔から胸に移して、勃ち上がった先端をじっとりと見つめた。火だるまになりそうなくらいには顔が熱くなる。堪えきれなくて顔を背けたら、その直後にツンと胸をつつかれた。びっくりして「あっ」って声が漏れる。…あっ、て!そんな、わざとらしい、いかにもな声!顔が熱いのは相変わらずのこと、恥ずかしさで涙ぐんできたし、ぶわっと全身汗ばんできた。逃げたい。逃げ場がない。足立さんは片手で私の腕を押さえたまま、空いた手でまた胸の先っぽを突く。ぐりぐり指の腹で、遊ぶように、ぐりぐり、ぐりぐり。反応だけを楽しむみたいに。 「…っふ、う…や、め…っ」 「服の上からでも硬くなっちゃってるの分かるけど。結構敏感なんだよねぇ、ちゃん」 「違う、ちがっ、あ!」 ぷっくりとTシャツ越しに浮き出てるそれを認めるのが嫌で唇を噛む。足立さんはそんな私の反応を楽しんでるんだか呆れてるんだか、ふっと息を吐いて、自分のネクタイに手を掛ける。ゆるゆるとした動作でそれを外してから、私と視線を絡めてにっこり笑う。うらめしそうに涙目で睨む私に構わず、いいこと思いついたみたいな顔して。「やっぱり、ネクタイとかで縛られたら興奮するの?そっちのほうがいい?」笑顔ですごいこと言ったよこのひと。笑顔で言うことじゃないよそれ。馬鹿にしてる…なんか悔しい。ぶんぶんと首を振ったら、足立さんは肩を竦めてポイとそれを放った。 「はいはい。じゃあちゃん、バンザイして」 「な、なんでですか…」 「脱がすからだよ。シャツ。言わなくても分かるでしょ。…ああ、言われたほうが興奮するの?」 「…っさっきから、興奮するの興奮するのってそればっかり!わっ私が変な性癖でも持ってるみたいに!」 「ごめんごめん!馬鹿にしてるわけじゃないって!…あーほら、上脱ぎたくないならいーやそのままでも。下から脱ぐ?」 そう言って、するりと太腿に手を滑らせる。ぴくっと体が跳ねて、弱々しくも小刻みに首を振った。その反応すら可笑しそうに足立さんは笑って、優しく私の頬を撫でる。「ヤなの?でも、ここまで雰囲気盛り上がっちゃって途中でやめるのって、僕ら馬鹿っぽいよ?」だからそんなの、笑って言うことじゃないってば。優しく言うことなんかじゃないってば。私は口を結んで、足立さんを睨む。へらりと笑う彼は、「どーしよっか?どうしたい?どうされたい?」と面白がって私の口元に耳を寄せた。私は口をへの字にさせたまま視線をそらす。 「ふぅん。言ってくれないんだ。僕テレパシー使えないから、分かんないんだけどなぁ」 足立さんの手がTシャツの中に侵入してくる。胸の膨らみを乱暴とも優しいとも言えない手つきで揉みしだいて、たまに人差し指の爪で先端をちょっと引っ掻く。そのたびに魚みたいに跳ねる私の体を、くすくす笑った。未だ私の瞳は涙で膜を張ったまま足立さんを睨んではいたけれど、だんだんと荒くなる自分の呼吸のほうが恨めしい。熱っぽい湿った吐息と足立さんを煽ることしかしない自分の喘ぎ声に死んでしまいたくなる。放っておいてもそのまま恥ずかしさで死ぬかもしれないな、なんて、溶けてく脳みそでぼんやり思った。 「話、戻すけどさ。ちゃんっていっつも寝るときの格好、こんな感じ?」 この状況で話戻されても、困る。最初何を言われたのか分かんなくて、返事をする余裕もあんまりなくて黙っていたら、足立さんの手が私のホットパンツに伸ばされる。「こうやって、ノーブラでTシャツ一枚で、下も露出の高いもの穿いて、乳首おっ勃てて夜過ごしてんの?」「は…ぁ!?」あえて服の上から、敏感なところを指先で擦る。ぞくりと背筋に上ってくる変な感覚に頭が真っ白になった。「や、め…っ」「えー?やだよ。やめてあげない」ホットパンツの上からのくせに、奥へ奥へと指をねじ込むようにぐりぐり刺激してくる。「うっぁ、やだ…っ」むずむずする。無意識に太腿を擦り合わせたら、間にあった足立さんの手を挟む形になってしまった。彼は「そんなことしなくったって、大丈夫だってば。触るのやめたりしないからさぁ」と笑った。私が足立さんの手を逃がすまいと、もっと触ってほしいと、そんなふうに思って動いたと勘違いしたらしい。ううん、この人のことだから、勘違いしたフリ、だろうけど。なんでこの人はとことん私が恥ずかしがる言葉を、…ああ、うん、わざとなんだろうけど、さ。 「僕ってこう見えて心配性だからさー…べつに君を疑ってるわけじゃないんだけどね?」 「…な、んですか…」 「さっき玄関のチャイム鳴らしたのが僕じゃなくても、君そのままの格好でドア開ける?」 「……」 「……」 「足立さん、さっき、チャイム押してない…」 「あ。…って違う違う!そーじゃなくて!」 例えば宅配便とかさ、サイン必要なものとかが届いて、玄関に出るじゃん。そーいうときって、宅配便のおにーさんだって男なわけじゃない?君がそのあきらかノーブラで部屋着で一人暮らしだろーって感じの格好でドア開けたらさー、間違いだって起こるかもしれないよね。っていうかいやらしい目で見られるのは確実だと思うわけね。ね、ちゃん僕の言いたいこと分かる?僕以外の人間に見せたくないわけだよ、そーいうラフな格好。っていうかラフすぎだし。欲情しない男がいると思ってんの、きみ。わざと?誘ってんの? ――そう畳み掛けるように言い切って、言い終わったあとちょっとだけ罰が悪そうに、私から視線をそらす。私はそんな彼に一瞬ぽかんとして、それから、しばらく黙る。やっとぽつりぽつりと声を発したとき、無意識に私は足立さんのシャツを引っ張っていた。子供が甘えるみたいに、くい、と小さな力で。 「…足立、さん」 「ん」 「してない、です」 「…なにを?」 「足立さん以外の人が来ても、ドア開けない、です。…だって、」 「だって、なに?」 「足立さんの言いつけ、守ってる…から…」 小さな声を振り絞ってそう言ったら、足立さんが薄く唇を開いたままびっくりしたように固まった。意外そうに、ぽかんと。「だって、足立さんが言ったんじゃないですか…!夜は危ないから鍵かけて、気をつけなさいって。私ちゃんと、守ってる。足立さんが、心配してくれたの…う、れしくて…っ」ああもう、恥ずかしい。言ってる内に羞恥心に負けた。顔を背けて、手の甲で口元を隠す。そういえばいつの間に、腕の拘束は解けていたんだろう。そんなの気づく余裕がないくらいに、抵抗することを諦めていたなんて。結局は、受け入れちゃっていたんだろう。この人の行為を。だって、しょうがない。(私はこの人のことがどうしようもなく、)好き、なんだから。 「……僕の言いつけを守ってる、か…」 「…」 「あはは!いいね、それ。なんか今すごくぞくぞくした。従順な女の子って可愛いなぁ」 前言撤回したい。すごく。なんでこんな人好きになったんだろう。さいあくだ。心のなかでそう唱えていたら、足立さんが顔を近づけてきて、「手ぇどかして」と注文してきた。だけどそう言うのと同時に私の腕を取って、勝手に自分でどかした。そして目を閉じたと思ったら、噛み付くようなキスをしてくる。私もすぐに瞼を閉じて、その口付けに身を任せる。離れたかと思えば、もう一度。もう一度。もう何回も。舌が割って入ってくる。わざと音を立てて、舌を絡ませて、吸い上げて。音が部屋に響く。たまにくぐもった声がお互いの口から漏れた。その声が余計に、この場の雰囲気を煽っているような気がして、心臓が痛いくらいうるさい。 「ねぇ、ちゃん。もっともっと、僕のためだけのお利口さんになってよ」 口の端に垂れた唾液も綺麗に舐めとって、褒め言葉のように足立さんは私にそう言った。呼吸が苦しい状態から解放されて、はぁっと息を吐くと、足立さんが頬にわざとチュッと可愛い音を立ててキスする。そのあとまた服越しに触ろうとするから、ぎゅ、とその腕を掴む。なに、と視線だけで足立さんが尋ねてくる。私はその視線に一瞬だけ怯んだ。言うな、言っちゃいけない、言ったら負けだ、と言い聞かせて。言い聞かせたはずなのに、唇は勝手に動いていた。さっきのキスで毒でも回されたのかもしれない。たちの悪い、毒だ。「も、いいから…っ、直接が、いい。下も、さわって…」鼻歌でも歌い出しそうなくらい、足立さんが上機嫌に笑った。ああもうすでに手遅れ。みっともないくらいに堕ちている、わたし。 熱に浮いた夜 |