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「堂島さん、コーヒー淹れたんですけど、如何ですか?」 「ん、ああ…すまんな」 「さーん、僕にはー?」 なに僕の存在堂々とスルーして堂島さんに媚売りに行ってるんだかこのひとは。わざとらしく拗ねた感じで「僕の分は?」と催促したらさんはパッと顔を赤らめて「す、すみません今用意します!」と頭を下げた。ぱたぱたと駆け足にその場から逃げ出す。そんな様子と僕の顔を見比べて、堂島さんは首をかしげた。彼女に淹れてもらったコーヒーに口を付けながら。「何苛立ってんだ?足立。他人のことパシれる身分か?」言いながらちょっとだけからかうように笑った。「えーだって僕のほうが一つ二つとはいえ年上ですし、いーじゃないですかぁ。パシってるわけじゃないですって。気遣いっていうか、ごく普通のことでしょ。僕の分だけ用意してくれないなんて、まるで仲間はずれですよぉ。もしくは」 「堂島さんだけ贔屓してるんですかね〜、さん」 ちょっと離れたところから「あつっ!」って声がした。どうやらコーヒーを淹れる過程で火傷したらしい。ははは。乾いた笑いが隠せない。「おい、大丈夫か」堂島さんがさんに向かって尋ねる。すると彼女は顔を真っ赤にさせて、ぽーっとしたままに「は…はいぃ…」なんてみっともない声をだす。うーわ分かりやすすぎ。握りしめたペンをボキボキっとやってしまいたくなる衝動。けどしませんそんなこと。ボールペン一つでも買い換えるのは面倒だ。やがて堂島さんがコーヒーを飲み干して、書類に目を通し始めたとき、タイミングよく携帯が鳴った。液晶に映った名前を見て、堂島さんは迷わず通話ボタンを押す。俺だ、どうした、と返事をしながら、席を立ち、そのまま扉の向こうに消える。誰からかなー。仕事関係かなー。それとも菜々子ちゃんとかかなー。 「さんさあ、堂島さん狙いなんでしょ?」 鼻で笑いながらそう声をかけたら、わかりやすく彼女は動揺して、バッと顔を逸らした。「そーだねー、奥さん亡くなってるもんねー。まあ不倫ってわけでもないしさー」逸らした顔を今度は勢い良くこっちに向けてきた。カッとしたような表情。何言ってるんですか!って目だけで僕に訴えている。べつに変なことは言ってないと思うんだけどな。そのとーりじゃないのか。僕はペンの先端をコツ、コツと何度か机に押し付けた。 「けど厄介なことに子持ちだよー?かんわいい小学生の女の子。親父さんに似て正義感の強〜いイイコ」 「そ、んなこと…」 「おとーさん取らないで、なんて言われたら心痛むだろうし。どうやって娘さんに取り入るかがさんの今後の課題だろうね。あ、あとあと今年の四月から甥っ子も堂島さんちに住んでるから、そっちにもいい印象与えないとだね、懐柔しないとだね」 「やめてください!そんな言い方…っ」 「なーんて本気にしないでよ〜!冗談冗談」 「……」 はははと笑ってる僕の前にドン!とコーヒーが置かれた。クソ、ちょっと飛び散ったじゃん。白いシャツにシミできたらどうしてくれんの。クリーニング代払えよ。内心イラッとしながらコーヒーを置いた張本人を見たら、それはそれは不機嫌そうに、僕に負けないくらい苛立っている様子だった。僕を睨みつけながら、「コーヒー、どうぞ」とわざとらしくツンとした声で言ってくる。生意気。先輩を敬え。社会のルールを思い知れ。まあ僕は大人だからエリートだから、彼女のそんな態度、へらりと笑って躱すことができちゃうけどね。涼しい顔して僕は湯気の出てるコーヒーをひとくち飲んだ。「熱っ!」「あ、そうだ熱いんで気をつけてください。なんて遅かったですね。ごめんなさい」うっぜえ。コイツほんとうざいなどうにかなんないの?イライラしてたら堂島さんが部屋に戻ってきた。 「…悪い、家の方で少し気にかかることがあってな。この書類まとめたら先に…」 「あ!いいっスよ、堂島さん。僕、代わりにやっときますよ。今日は早めに帰ってあげてください」 言うと、堂島さんが目玉飛び出すくらい驚愕した。「なんだ足立、どういう風の吹き回しだ?」変なものでも食ったのか!?とでも疑ってきそうなくらい、ていうかむしろ心配するような声で言われて、僕もさすがに口元がひくつく。そりゃあまあ、いつもの僕だったら言わないけど。報告書のまとめとかダイッキライだし。けどなんか今日はそんな気分だったんだ。さんから一秒でも早く堂島さんを遠ざけたい、そんな気分。 「すまんな、足立。じゃあ後は頼んだぞ」 「了解でーす、おつかれっしたー」 「あ、ど、堂島さん!お疲れ様です!」 「おう。お疲れ。コーヒーありがとな」 去り際にかけられたその言葉に、さんがわかりやすく顔を赤くして嬉しそうに「はいっ!」と返事をした。へらあっとだらしなく緩んだ表情。あーもう幸せそうな顔しちゃってさ。扉の向こうに堂島さんが姿を消すと、スイッチ切ったようにしょんぼりして、はあ…と物憂げに溜息吐いた。イラッ。「じゃあさん。堂島さんのためにも二人でちゃっちゃと残った仕事終わらせちゃおうか」わざと堂島さんの名前を強調して言ったら、さんは苛立つ様子もなく、むしろ沈んだ様子をふっ飛ばしてちょっと嬉しそうに、「はい!」と返事をした。素直だ。堂島さんと話してる時みたいな笑顔。ムカつく。「二人で」を強調すればよかった。二人っきりで、って強く言ってやればよかった。ああムカつく。そんな笑顔。それを向ける先が僕だったら。可愛がってやるのに。堂島さんと違ってちゃんと、応えてやっていいのに。くたびれた中年おっさんの何がいいんだ?渋い大人の魅力?歳の差?子持ちっていう背徳感?全部僕には無いみたいだ。むかつく、むかつく、うざい、うざいなあんな女。ほんとクソみたいな世の中だ。早く終われ、こんな世界。はやく、はやく。(出来れば彼女を突き落としたくなる前に) 行く末には興味がございません |