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家に入って電気点けたら部屋の隅っこに人が転がっていた。「うわあ!?び、っくりしたなーもう…」大袈裟にのけぞった僕を見向きもせずにその人間は丸まって自分の折りたたんだ足を抱きしめながらめそめそ泣いている。部屋の電気もつけず、真っ暗な部屋の隅っこで何時間も何時間も泣いていた彼女を想像するのは容易すぎてドン引きした。ジュネスの買い物袋を適当に放って、頭の後ろをがしがし掻きながらその人に近寄る。足取りは重い。めんどくさい。ここまでめんどくさい女は初めてだった。べつに女性経験が豊富なわけじゃないけど。彼女のすぐ傍にひょいとしゃがみこんでみる。髪の毛はぼさぼさ、部屋着のまま。なんだか自分は人間を相手にしているというよりは何か得体のしれないペットと生活しているんじゃないかと疑いたくなる。「ねえ、ただいま」手を伸ばして、ぼさぼさな髪に触れる。ペットだってもっとマシな反応をしてくれるだろう。ご主人様が帰ってきたら、普通は。「ご飯買ってきたよ。まだ食べてないんでしょ?」食べよう、と言いかけたとき、その人物がしゃがんでる僕の右足にぎゅっとしがみついてきた。びっくりして思わず立ち上がって足を引いたら、しがみついて離さないもんだから、彼女の体ごと引きずってしまった。「あのさあ、ホラー映画じゃないんだから!やめてよ心臓に悪い!」わめく僕の言葉なんて届いていないようで、彼女はめそめそぐすぐす泣き通している。口元が引きつる。自棄になって僕はキッチンのほうへ無言で歩く。すると足にくっついた荷物まで一緒に動いた。女の子を床に引きずる趣味はべつに僕にはない。だけど離さないから仕方ないのだ。「ちょっと、放してくれないかなあ?僕お腹ぺこぺこで死にそうなの。ご飯用意したいの。分かる?」「あ、だちさん、あだちさん」蚊の鳴くような声でやっと彼女が喋った。たどたどしくも、聞こえてくるのは何度聞いたって僕の名前。ちょっとだけ僕の機嫌がなおる。「なーに、もう。どうしたの」「こわい、こわいよ、さみしい、こわい」「はいはい、大丈夫だから落ち着いて」しゃがみこんで、彼女の頭を撫でる。ぐすぐす、すすり泣く声。怖いだってさ。寂しいだってさ。「今日も霧、晴れないよね」呟く声に、彼女は相槌を打たない。怖い、怖いよ、と繰り返す。繰り返す、繰り返す、繰り返す。「生田目を殺した犯人って、結局誰だったんだろうね」同じ事しか言わないちゃんに少しだけ煩わしさを覚えた僕がちょっと意地悪を言ったら、彼女の表情が真っ青になった。ひっ、と息を飲む音。がたがたと歯を鳴らしながら、僕の足を余計にぎゅっと締め付けてきた。それにほんの少し苛つく。足を無理矢理振り上げたら、彼女の手が離れて、ぽて、と後ろに倒れた。絶望しきった顔で僕を見上げる子どもがそこにいる。「あだ、ちさ…」「あーもうほんと君たちってどこまで行っても邪魔なクソガキだよねえ」冷め切った声に彼女が恐怖で震えた。その顔を見てると背筋がぞくぞくした。ああ、馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だ!目元を押さえて僕はけたけたと笑い出す。そんな様子にさえ怯える彼女が可笑しかった。あの日、生田目の病室で何があったのかなんて考えなくても分かった。あの病室から出てきた堂島さんちの甥っ子や、その仲間たち、ちゃんが浮かべていたあの表情を僕はよおく知っていた。職業柄よく目にするものだった。それからの彼らは滑稽なもので、誰が見てもぎくしゃくしていて、そのうち顔を合わせることすら苦痛になったようで(自分たちの犯した罪を思い出すからだろう)、今じゃすっかり疎遠。あんなに仲の良かったお友達なのにね。ちゃんはその頃からおかしくなっていた。さみしい、さみしい、こわいこわい、それしか言わないようになった。可笑しくって腹が痛い。そんな壊れた人形みたいな状態になっても、そばに居てあげる僕はとてもやさしい。だから彼女は僕しか見ない。それでいい。なかなかのハッピーエンドだった。僕はさっきの不機嫌な様子を切り離して、とびきり優しい表情を貼り付けて、とびきり穏やかな声音でこう言ってやった。「大丈夫。僕の傍にいれば大丈夫だよ。僕は君を一人にしない。誰も君を捕まえに来たりなんかしない」だって僕が君を捕まえたんだから。 アフターワールドでもう一度
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