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この町は平和だ。馬鹿みたいに平和なド田舎なもんだから、僕ら警察の仕事も少ない退屈な場所。警察がめったに動かなくてもいいという事実はそりゃあ世間的には良い事なのかもしれないけど。平和ボケしすぎてるんだ。僕はね、迷子の猫探しだとか、夫婦喧嘩の仲裁だとか、そんなどーでもいいことのために動くようないかにも田舎の刑事になりたかったわけじゃない。だというのに。現在午後8時27分。とある家の前に留まっているパトカーの中に僕はいた。隣には女子高生。制服の上にコートを羽織っている彼女は、膝の上に手を置いて、俯いている。僕は溜息を吐いて、車の窓の向こうをちらりと見やった。堂島さんが、この家に住んでいるらしい男、というか男子高校生に事情を聞いている。僕が任されたのはこっち、女のほうの事情聴取。 「刑事さん、私捕まっちゃうの?」 「んー?いんやー?まあ一応親御さんには連絡入れてもらうけど」 「刑務所には連れて行かれないんだ」 「そうだねえ。ほら、高校生が煙草吸ったり万引きしても刑務所は行かないでしょ。補導で終わり」 窓の外をぼんやり見ながら、頬杖ついて適当に女子高生の言葉に相槌を打つ。めんどくさい事件だ。夫婦喧嘩の仲裁に呼ばれたときもおんなじような気持ちだったっけな。窓に反射して映る、隣の女子高生を改めて見た。どこにでもいそうな女子高生。特別可愛いわけでもない。ブスってわけでもないけど。名前はさん。高校二年生。車の外で堂島さんと喋っているのは同じく高校二年生のタカハシくんだかタカシくんだか。(聞いたけど忘れた。どうでもいい。)彼らは同じ高校に通っていて、恋人同士らしい。ん?違うか。恋人同士だった、らしい。昨日大喧嘩して破局。少なくともタカハシくんは別れたつもりで、せいせいするぜ!ってくらい彼女を嫌いになったらしいんだけど。さんは別れたつもりはなく、今日もタカシくんに会いたくて彼の家の前に来た。しかし玄関先で「帰れ!」「いや!」「帰れって言ってんだろストーカー女!」という言い合いが発生。口論の末、彼女が取った行動は、玄関の傘立てを振り上げてタカハシくんの家の窓を割るという暴挙。びびったタカシくんが警察に通報。僕と堂島さんが到着。二人同時に話を聞いても主張がそれぞれ食い違って進まないので、僕がさん・堂島さんがタカハシくんに事情を聞いている。被害者面してわーわー堂島さんに何か話している男をぼーっと見てみる。さすがの堂島さんも苦い顔をしていた。僕あっち担当しなくて良かった。 「…刑事さん」 「ん?」 「仕事、しないの?」 「えー?失礼だなあ。してるじゃん」 「だって、私にじじょーちょーしゅするんじゃないの?」 「したよ。だいたい話分かったし。向こうの彼の話が終わるまで僕らはここで大人しく待てばいーの」 さきほど僕に「私捕まる?」と訊いてきたあたり、彼女は警察を呼ばれた時点でいろいろ人生あきらめてたらしく、死刑を待つ囚人みたいに暗く項垂れていた。ぽつぽつ話す様子も、なんか負のオーラ出てたし。だけど僕の対応が思っていたよりずっとずっと適当だったので、拍子抜けしたっぽい。もっといろいろ問い詰められるのかと思った、と意外そうな顔をしている。窓に映る彼女と目が合ったので、僕はそっちを向いた。じっと見つめてくるので、誤魔化すようにへらりと笑ってやった。「なかなか終わんないね」と言いながら、指で窓ガラスをつついた。堂島さんがタカシくんをなだめている様子を横目で見る。早く帰りたい。僕が適当なんじゃなくて、堂島さんがマジメすぎる。話半分に切り上げちゃえばいいのにさ。たかが高校生のやり取りだ。ガキの色恋沙汰なんて心底どうでもよかった。こんなもんで引っぱり出されるほど警察って安いのかよ。げんなりした。 「もっと怒鳴られたりするのかと思った。『なんでこんなことしたんだ』って」 「はは。だってそれの答えアレでしょ。『カッとなってやった』ってさ」 「……」 「あー、ごーめんごめん。馬鹿にしてるわけじゃないんだよ?むしろ僕はー、彼のほうに呆れてるよ。まぁそりゃあ人ンちのガラス割っちゃった君もちょっと問題あるけどさ?修理代、払わされんじゃない?君が払うのか君の親が払うのかは知らないけど。っていうか仮にも好き合ってた女をさー、警察に突き出そうとするのってどーよ。女々しいっていうかさ?呆れるよねぇ。僕らも暇じゃな…あー、いやうん、向こうにも問題あるよね。うん!君だけが悪いんじゃない!って、おにーさんは思うわけよ」 まあまとめると、「どうでもいい」んだけど。この茶番に付き合わされる警察の身にもなってほしい。ホント迷惑な男だタカシ。いやタカハシだったか。僕の話を黙って聞いていた彼女が、ふと顔を上げてつぶやいた。「修理代」と一言。なんのことだか分からず首を傾げたら、さらに彼女は続けた。「警察待ってるとき、あいつが、修理代30万だからって、いってた」絶望しきったようにぼそぼそとそう言ったので、僕は思わず噴きだした。今度は彼女が首を傾げる。笑い事じゃないんだ、とでも言いたげな表情。そんなこと心配してたのか。 「君ね、騙されてると思うよ。30万も掛かんないよ。っつーかあの頭足りなそうな男子高校生が正確な査定できるわけないんだし。適当な金額言っただけでしょ、君をびびらせたくて。本当に30万アイツに払ったら馬鹿みたいだよ、君」 「……」 「あ、やっば。『アイツ』とか言っちゃったけど内緒ねコレ」 「…ふふ、刑事さん、おもしろいね」 肩を揺らす彼女。あ、やっと笑ったな。さっきまで死んだような顔色だったのに。僕はちょっとだけ気分が良くなる。面倒なのには変わりないけど。早く帰りたいのに変わりないけど。ちょっとお互いの緊張が解けて和んできた所で、僕は大きく伸びをする。 「パトカーとか乗ったの初めてでしょ」 「うん。あんまり良い体験じゃないかも」 「はは。当たり前だよ。君、来年は受験生なんでしょ?もっと気をつけなよ。身の振り方」 「うん」 「まあー、今回は災難だったね。馬鹿な男相手にして。けど繰り返すようだけど、君にももちろん非はあるんだよ。カッとなったからって、物を壊すのはよくないしね、うん」 「うん」 「あと敬語遣おうね」 「うん。はい」 「うん」 「うん」 「…っていうかさー、君もなんで今日彼の家に押しかけたりしたの?昨日喧嘩したんでしょ?」 敬語を遣えないのとスカートの長さと付き合ってる男からするに、この女も頭悪そうだ。だからこんな質問したところで、答えなんて分かりきっていた。だって好きだから、簡単には嫌いになれないの、彼との今までの思い出はどうのこうの。そんな、頭悪い女にありがちなふわっふわトークをするんだろうと思っていた。しかし彼女は表情をぴたりと強張らせて、それからだんだん俯いて、完全に下を向いてから、小さな小さな消え入りそうな声でこう言った。 「だって、今日バレンタインだったから」 僕が思っていた以上にこの女は頭が悪い。僕は言われるまで2月14日の意味に気づきやしなかった。今日が2月14日だなんてことどうだってよかった。そりゃ確かにクリスマスだの誕生日だのイベント前に別れるって、なんかいろいろと釈然としない。よくわからないけど、彼女なりの「区切り」というものがあったのかもしれない。喧嘩はしてしまったけど、せめてバレンタインは、と。女ってそういうイベントを特別な思い出として自分の中に吸収したがるから。「ずっと前から、チョコ渡すの楽しみだったの。だから、チョコだけでも渡したかったの。でも、あいつ、しつけーんだよキモイんだよってでかい声で好き勝手言って、チョコ、地面に投げつけて。なんかもういろいろ、私の中でぜんぶどうでもよくなっちゃって、むかついてしょうがなくて、気づいたら、ガラス、割ってた」言いながら、ぎゅっとスカートを握り締める。此処に来てようやく、事情聴取らしい事情聴取をした気になった。泣きそうに震える女の子を、僕はじっと観察した。まあ、そこまでされて警察まで呼ばれて、未だに相手のことを好きだと言えるならそれこそ救いようのない馬鹿だ。自分がどれだけ馬鹿で小さい男を愛していたのか、目がさめたのならまだ救いようがある。これに懲りたら、今度はもっとちゃんとした男と恋をすればいい。警察を呼ばないヤツにしてほしい。そういえば彼女の座っているすぐ傍にぐしゃぐしゃの小さい箱が置いてある。わざわざ拾って持ち帰ろうとしていたらしい。 「で。それ、ゴミ?パトカーに置きっぱなしにしないでね」 「……うん」 「それとも、彼にもっかい突き出す?嫌がらせで」 「…いい。捨てる」 「僕が捨てておこうか」 僕にその箱を差し出す、その手が少し震えていた。受け取ってから、僕はまじまじとその「ごみ」を見つめる。綺麗にラッピングしてあっただろうに、リボンはよれよれで、角っこが潰れてて、泥は払ってあるけど汚れている。馬鹿だなあ。どんな気持ちでこんなモン用意したんだろう。これを渡せば仲直りできる、なんて淡い期待もあったんだろうな。気持ちが伝わる、なんて思ってたんだろうなあ。ガキだなあ。リボンを解く。隣からすすり泣く声が聞こえた。箱の中身はハート型のチョコレート。いかにもって感じで笑える。恥ずかしい奴らだ。馬鹿みたい。箱はボロボロなのに中身の「ハート」の形が無事ってどういうことだよ。馬鹿馬鹿しくってしょうがなかったので、真ん中を無理矢理まっぷたつに割ってやった。自分の口に放り込む。 「刑事さん、なんでごみ食べてるの」 「あはは、どこに捨てようと勝手でしょ?」 ちょっとだけ笑って、そのあといよいよ本格的に声をあげて泣き出す女の子。あー早くこの子家に送ってさっさと帰りたい。しっかしおいしいなあ、これ。 |