「足立さん……あーだーちーさん!」
「…ぐー…」
「はあ…」

ビールの缶を手に持ったままテーブルに突っ伏している足立さんの肩を揺らす。けれど、聞こえてくるのは「ぐー」とか「んー」とか、そんな感じの返事だけだ。っていうか返事ですらないけど。呆れて溜息しか出ない。「今から僕んち来れる?」っていう短いメールだけ寄越して、女子高生を家に入れたかと思えば一人でお酒飲んで寝ている。正直なんのために呼ばれたのか全く検討もつかないけど。だって私がやったことといえば、家にあがって、上着脱いで、お茶を一杯貰って飲んで、足立さんがお酒を呑む様子を眺めることくらい。本当に何がしたかったんだろうこの人。私はとりあえず立ち上がって、テーブルの上のビール缶をひょいと手にとった。軽く左右に振ってみる。ちろちろと水の音がした。どうやら缶の底に少しだけ中身が残ってるみたいだ。冷蔵庫に戻すような量ではないし、捨ててしまおう。

「ん〜…」
「足立さん、ちょっと残ってるけど、捨ててもいい?」
「ん…らめ…」
「らめ、って。もう無いですよほとんど」

返事はなく、また「ぐー」っと寝息が聞こえる。むぅ、と口を尖らせて、缶を捨てに行くのを中止して足立さんの顔を覗き込む。さっきまで完全に突っ伏して顔が見えなかったけど、今一言喋るために首が動いたので、頬をべったりテーブルにくっつけて口を小さく開けたまま寝ている足立さんの表情がよく見えた。顔が赤い。けど、機嫌良さそうな寝顔だった。うなされたりしなそうな、すこぶるご機嫌な寝顔。小さく開いた唇から漏れる寝息も、寝言も、こどもみたいで可愛かった。私は缶を持ったまま、その唇を食い入るように見つめる。食い入る、というか実際、たべてしまいたいとおもった自分は重症だと思う。(キスがしたい。なんか無性に、そう思った)なんでだろう。夜だからかな。人恋しいのかなわたしは。足立さんもそうなのかな。寂しくなって私を呼んだのかな。

「そうだったら、いいな」

つぶやいて、ふと自分の持っていた缶に視線を移す。飲みかけの缶ビール。いやほとんど飲み終わっているけど。その飲みくちをじっと見る。足立さんのつむじと、缶を見比べる。蛍光灯に反射して、その銀色した缶が、その飲みくちが、てらてらと光っているように見えた。こくん、と無意識に喉が鳴る。自分が今からしようとしている行為に対しての、背徳感にも似た、だけど少しわくわくするような気持ちが、胸いっぱいに広がる。どきどきした。鼻先をそれに近づけると、くらくらした。そうっと唇を寄せる。いけないことをしているときって、こんなきもちなんだなあ。私はいつでもどこでもいいこちゃんだから、分からなかったわ。なんて。喉を通る液体をごくんと飲み干して、缶のラベルをじっと見る。「お酒は20歳になってから」そう描かれた文字を、指でなぞった。足立さんの飲みかけのビール。苦いな。大人の味なのかな。足立さんの味なのかな。なんだか私、変態っぽいぞ。くす、と自分自身に漏れる小さな声。

「現役の刑事の家で未成年飲酒ってどーなの?君」
「え」

その声にぎくっとして視線を足立さんのつむじに向けたら、つむじっていうか、足立さんの顔があって、私のほうを呆れ笑いみたいな表情で見ていた。ハッとして、持っていた缶を後ろ手に隠す。遅い。かーっと自分の体温が上がっていくのが分かるけど、たぶんお酒のせいではないのだろう。足立さんが噛み殺したような笑いを零して、私に手を伸ばす。きゅっと目を瞑ったら、その手が私の頬を優しく撫でた。そうっと目を開ける。足立さんがからかうように子供っぽく笑った。ああずるい、それ。

「君って好きな男の子のリコーダーとかこっそり口つけるタイプ?怖いなあ〜」
「し、し、しないから!!そんなの!!」
「いやいや、さっきの現場をこの目で見ちゃったら全然説得力無いよ?」
「ジュースとリコーダーは違うもん」
「ジュースじゃありませーん。ビールでーす。子どもが飲むものじゃありませーん」
「しってるし!」
「じゃあなんで飲んだの?ん?君高校生だよね?親御さんに連絡しちゃうぞ?」
「で、できごころで」
「はいざんねーん!逮捕〜」
「うわあっ」

がばっと足立さんが抱きついてきた。突然のことに驚いて、上手い対応が出来ずに、勢い余ってそのまま私は後ろに倒れる。きっと押し倒すつもりなんかなかった軽い抱擁だろうに。床に頭を打つって絶対思ったのに、打つ寸前、足立さんが私の頭の後ろに腕を回し枕にしてくれて、大した痛みもなく床に横になった。そのままもちろん足立さんも横になる。私を抱きまくらにするようにぎゅうっと抱きつきながら、小さく小さく私の名前を呼んだ。なあに、なあにあだちさん。腕の中でつぶやくけど、声が足立さんの腕に吸い込まれて消えていってしまう。抱きしめる腕の力が強い。ぎゅう。くるしい。けど嫌じゃない。

「なーんか、君とこうやってくっついてるとさぁ、僕って寂しくないんだなーって、思うんだよねえ」

ちっとも腕の力を弱めない足立さん。まるで何かを確かめるように。なんでだろうなあ、なんか、不思議な感覚なんだよねえ、ってぶつぶつ独り言のように言う。まだ寝ぼけてるの?酔ってるの?そう訊いてやろうって思ったのに、なんでだろうな、抱きしめられていると私も「ああ寂しくないや」って、それだけしか考えられなくって、無性に泣きたくなった。悲しいわけじゃないのにね。