|
「もう寝るの?足立さん」 布団に入ってさっさと丸くなった僕の背中に、小さく声が掛けられる。振り返らずに、目も閉じたままに、「うん。今日いろいろ仕事立て込んで、疲れちゃってさ。早めに寝るよ」そう返事をして、壁に向き合う形で僕はさっさと寝る体勢に入る。今日も今日とて上司のおっさんにはこき使われるし、あっちこっち走り回されるし、残業させられるし、ほーんと最悪だ。襲い来る強烈な睡魔に抗う理由も無いので、今日はさっさと寝てしまおう。いつもよりも早い僕の就寝に、がちょっとがっかりしたように「そっか」と呟く。いやいや、僕すっごく疲れて帰ってきてるんだからさ、ガッカリされる筋合い無いっての。構って貰えなくて機嫌悪くなるとか、やめてよねそういう面倒なのは。(僕が構って欲しいときに先に君が寝てたら嫌でも起こすけどね?) 「君もさっさと寝たら?明日も早いんじゃないの?」 「んー…明日遅番です。足立さんは?」 「僕?僕は明日も朝早いよ。起こしてね」 「ん。でも朝ごはんはパンだけで勘弁して下さいね」 「うん、なんでもいい。朝から腹いっぱいに詰めようとは思わないし」 「でも食べなきゃだめですよ」 「うん、食べてあげるってば」 「足立さんのためを思って言ってるんですよ」 君がこの家に住み着く以前は朝食なんて適当に済ますか食べないことが多かったんだけど。…まあ、用意するっていうなら食べてあげなくもない。僕はあくびを一つ噛み殺して、「もう寝るよ。電気消して」と話を遮った。彼女は明日遅番らしいから、べつに早く寝なくてもいいんだろうけど。僕が寝るって決めたんだから強制的にも寝るんだ。僕部屋の電気点いてると寝れないタイプだし。彼女はそこで文句の一つも言わずに、電球から垂れ下がってる紐を引っ張って、パチンと電気を消した。目を瞑ったままでも、周囲が一瞬で暗くなった変化は分かる。もぞもぞとが同じ布団に入ってくる気配も分かる。そう広くない布団に二人で入るのは少し窮屈だけど、それももう慣れてきた。っていうか彼女の場合、自分が多少布団からはみ出しても文句言わないし。朝起きたら布団が全部僕に取られていたって文句を言わなかった。だから、都合がいい。本当に、僕にとって、「いいこ」だ。(まあ、住まわせてやってるのはこっちだし、文句言ってきたら僕にも考えはあるけどさ) 「ね、あだちさん、ちょっとだけ、」 わざと甘えるような、媚びるような声で僕を呼び、背中にぴったりとくっついてくる。あー。基本はいい子なんだけど、たまにちょっと、面倒になる。多分この子に限ったことじゃないと思うけどね、ただ今の僕が眠いから少し機嫌悪いってだけで、たぶん彼女は悪くない。悪くないんだけどさ。僕今すごく眠いんだよ分かってるよねそこらへん。わざと返事をせずに、布団を深くかぶり直す。後ろを振り返ったりはしない。しかしはまだ諦めずに、甘えてくる。僕の腰に腕を回したり、腹のあたりを撫でてみたり、ぎゅうと抱きついてきたり、足を絡めてきたり、しまいにはシャツの中に手を突っ込もうとしてくる。痴女かお前は。寝れないだろ。イライラしてきたので、絡みついてくる腕を布団の中でさりげなく払った。首だけで振り返ると、びくりと身を引いたと目が合う。これくらいでビビるなら誘ってくんなってーの。 「、しつこいよ」 「…ご…ごめんなさい…、少し、さみしくて」 「君ねぇ、幼稚園児じゃあるまいし…」 「だって…今日ぜんぜん足立さんに触ってない…から…」 「…明日触ってあげるから今日は我慢しろって言ってんの。今日はそういう気分じゃない」 「我慢…」 「そう。我慢。できるよね、はいいこだから」 言っている内にまぶたが重くなってきた。ああもう、早く寝たい。イライラするのを抑えてあえて優しく言ってやってるっていうのに、がしゅんと眉を下げて、「がまん…」と小さく繰り返した。納得してないなこいつ。そういう顔すれば甘やかしてもらえると思ってんだから。僕はわざと大きく、苛立ったように溜息を吐いて、「ああ、嫌なら明日も明後日も相手してやんない」と言いながらまた壁の方へ向き直った。はっと息を飲んだ音を聞いた気がする。慌てて、「ごめんなさい、我慢する、するから」と弱々しい声が僕の背中に掛けられた。はあ、いいこだ。だけど大幅に睡眠時間を削られたから褒めてはやらないことにした。 「分かったならもう寝てよ。おやすみ」 「…ん、おやすみなさい、足立さん」 今度こそ寝よう。目を閉じて、ようやく安心して睡魔に身を委ねられる。背中にの頭がぽすりと預けられたけど、まあしがみついてきたわけではないから、このまま寝てやろう。しばらくすると、すう、と意識が遠のいていく。おやすみ、自分。 「…寝た、の?…あだちさん」 薄れゆく意識の中で、小さくそんな声が聞こえた。まだ、起きてるのか。けれど今の自分はもうそんなに「寝ろ」と叱る気力もなかった。返事をしてやるほど僕は優しくない。無視だ。寝たい。眠っているということにしよう。そのうち本当に自分はの声も届かないくらい熟睡するだろうし、そうすれば諦めても寝るだろう。が、僕の背中に頭を押し付けたままぐりぐりと動く。自分の匂いを擦りつける猫みたいに。これも無視、無視だ、相手にしてらんない。僕のシャツに顔をうずめたまま、がはあ、と息を吐く。かとおもえば、まるで僕のにおいを肺いっぱいに詰め込むみたいに、息を吸う音がした。その後、はあ、と吐く音。なんか、なんだこれ、ちょっとおかしい雰囲気。 「…ん、……は、ぁ…っ」 もぞもぞと布団の中で何かが蠢く気配がする。それと、徐々に熱っぽく吐かれるの息も、妙だ。ひっそりと静まり返った部屋の中で、布が擦れるような音と、の熱を帯びた吐息だけが聞こえている。だんだんと犬みたいな荒い息づかいに変化していくその声。具合でも悪いのか?寝苦しそうにも聞こえて、ほんの少し心配になった。すっかり、寝るどころじゃなくなってる自分に嫌気が差すけれど、気づかないふりをしておく。しかし今声を掛けて狸寝入りしてたのがバレるのもなんか癪だ。もう少し様子を見ておくか。そう思って、じっと耳を済ませて身を固める。布同士が擦れ合うような音も、最初より鮮明に聞こえてきた。ふと、それらに混じって微かに聞こえる、違う音に、ぴくりと眉が動く。くちくちと、小さな小さな水音。無意識にごくりと喉が鳴る。生々しくもいやらしいその音の正体は、の口から漏れる声でなんとなく察しがついてしまった。苦しげな声。だけどどこかうっとりとしたその声。 「はぁ…っ、ん、ふ…ぁ、…とおる、さ…」 ふいに呼ばれた自分の名前に、どきりと心臓が跳ねる。とおるさん、って。(いつも呼ばないくせに!)あーもう、こりゃあ決まりだな。「…ん…あ、ぁッ!」一際大きく喘いだかと思うと、そのあとは無理やり息を整えることに徹するような、抑えめの呼吸音が部屋に響いた。僕が隣で寝てるから息を潜めようとしてるんだろうけど、軽く達したばかりの状態じゃあ逆に呼吸が乱れるだけだ。はーっ、と深く吐こうとして、その息が可哀想なくらい震える。…いいこ、ねえ。人の布団の中で、隣で寝てる僕の名前を呼びながら自慰に耽る女の子が、いい子…っていえるのかどうか。っていうか女でもこういうことするんだな。いやいや、まさか自分が女のオナニーのオカズにされる日が来るなんて思わなかったよ。どんな想像をするんだろう?自分の指を、僕の指だと思い込んで?僕に見られてる想像でもして?それとも、隣に僕が寝てるっていう、危うさや背徳感に興奮しちゃってるのかな。無意識に口元に笑みが浮かぶ。ああ、駄目だな、意地悪したくなっちゃうだろ。 「ねえ、?まだ起きてるの?」 「っ!?…、…あ、っだち…さ、ん…」 できるだけ今物音で起きた風を装って、眠たげな声を出す。分かりやすく動揺したの様子が可笑しい。笑っちゃう。息も切れ切れなが、一生懸命、平常を装って会話をしようとする。「なんだか息苦しそうだけど、大丈夫?具合でも悪いんじゃない?」心配そうな僕。かなり演技派。寝返りを打って、の顔を見る。耳まで真っ赤にしたが、罪悪感だか何だかで躊躇いがちに目を逸らす。弱々しく首を横に振って布団に潜ろうとする。 「平気、へーき、です…っ」 「熱でもあるの?」 「無いっ…大丈夫、だから…」 「そ?…あー、心配したら目醒めてきちゃったよ」 「……、…」 「何、なんか変だよ?、もっとこっちおいで」 「…」 「構ってやんなくて拗ねちゃったか。ごーめんって。ほら、、手でも繋ごうか?好きでしょ?手繋いで寝るの。安心するって、前に言ってたろ」 「だ、だめ…っ!汚いから…」 「汚い?なんで」 はっとしたような顔になって、が逃げるように寝返りを打つ。背を向けて、ふるふると首を振って。さっきのお返しとばかりに、僕はぴったりとにくっついて、その腰に腕を回す。息を呑む音がすぐ近くで聞こえた。後ろから抱きしめる形で、そっと耳元に息を吹きかける。それだけでびくびくと肩を震わせるが、可愛くって仕方なかった。耳朶に少しだけ歯を立てて、それに彼女が気を取られている内に、無遠慮に下着に手を突っ込む。弾かれたように身を捩って逃げようとする。残念、逃げられない。下着の中はすっかり湿っていて、秘部に指を這わせるとぬるりとした感触があった。確かめるように、事実を突きつけるように、何度も執拗にそこを指で擦った。くちゅくちゅとわざと音を立てるように、乱暴な手つきで。ほら、聞こえるでしょ。このやらしい音。 「ここ、すっごくぬるぬるしてる」 「やっ…あぁ、やだ…ッ、やめて…!」 「なんで?さっきまで自分で触って気持ちよくなってたんじゃないの」 「な、…足立さん、起き、て…?」 「寝れなかったの。君のエッチな声が耳障りで!」 「っ!」 「我慢しろってあれだけ言ったのになぁ。君ちょっと堪え性なさすぎ。ていうか、エロすぎ。思春期の男子高校生かっつーの。頭ん中エロイことしか詰まってないの?あー、人ですらないかな。発情期の犬猫みたいだよねえ」 耳元でそうからかうように告げたら、唇を噛んで恥ずかしそうにがうつむく。あー、やだな反応、可愛いけどちょっと反抗的じゃない?眠りを妨げてごめんなさい、我慢できなくてごめんなさい、くらい言えっての。濡れているせいかすんなりと侵入を受け入れる彼女の中に、指を二本、三本と沈めていく。ぎゅうぎゅう締め付けてくる感触が気持ちいい。奥で指を曲げ、内壁を蹂躙する。抑えきれずに彼女の口から漏れる嬌声は、こちらを煽るのには十分なくらいいやらしい響きを持っていた。 「誰のこと考えてオナニーしてたの」 分かりきってる答え。「あ…っ、あだ、ち…さん、の…あっン」なのに、焦らす君。生意気。「そうじゃないでしょ。君がさっき、なんて名前呼んで気持ちよくなったのか聞いてるんだよ」 「と、とおるさ、ん…透さん…っ好きぃ」 やっぱり君はいい子かもしれない。たいへんよくできました。「、顔こっち向けて」僕の言葉に素直に従って、ようやく目が合う。とろんとした目、あー頭悪そうな顔。わりと好きな表情だけど。ご褒美のキスをあげたら、の中がきゅうとまた僕の指を締め付けた。いじらしいそんな彼女に、どうしようもなく欲情する。指なんかじゃ満足できない。多分君も同じ事を考えてるはず。さんざん彼女が痴態を晒してくれたおかげですっかり僕の下半身も熱を帯びていた。無意識に唇を舌で舐める。これだけ慣らせばすぐ入るかな。(せっかく今日は早く寝ようと思ったのに)(今日は疲れてそんな気分じゃ無かったはずなのに)(明日も早いからさっさと寝てしまいたいのに)(君は明日早くないからいいかもしんないけどさあ)(あ、でも僕にいってらっしゃいを言うためにちゃんと起きるんだっけか)「一回だけ、だからね」に言ったつもりが、なんだか自分に言い聞かせてるような感覚に陥る。それでも、僕の下に組み敷かれた彼女が物欲しそうな、期待するような目で僕を見るから、なんかもうどうでもよくなってきた。あーもう、君ってばほんとに――悪い子。 メビウスと無秩序
|