「あ。そういえば私今日誕生日だった」

そう口にしたのは日付が変わる1時間と23分前のことだ。一歩先を歩いていた足立さんがぴたりと足を止めて、数秒だけ宙を見上げ、くるりと振り返る。「は?」って言いたげな顔。眉を寄せながら。私は携帯電話片手にその表情と向き合って、少しの沈黙のあとそれを鞄にしまう。足立さんがじーっと見てくるので、私もじーっと見つめ返す。ねえ、と短く呼ばれて、はい?と私も短く返す。

「なんて言ったの?今」
「ああ、誕生日だったなーって」
「明日じゃなくて?今日が?」
「はい。今日が」
「…え、だってあと一時間半くらいで終わるよ?」
「そうですねえ」
「そうですねえ、じゃなくてさあ!なんで今!?思い出すの遅すぎでしょ!」

いきなりぎゃんぎゃん詰め寄られたので、私はとりあえず落ち着けの意味で「どうどう」と手で押し返すジェスチャーをする。だけどその動作すら足立さんにはイラァっとしたようで、「だいたい君ねえ、」と説教を始めようとした。けど、ぴたっと唇の動きが止まったかと思うと、がしがしと頭の後ろを掻き、「あーもう。なんでもないよ、ったく」とぶつぶつ文句を言うに留まった。そのまま前に向き直って歩き出すので、私もそれに続く。

「あーあ、今からケーキ屋とか行けないしなー。ジュネス寄ってく?…でもなー、スーパーに売ってるような安いケーキって僕嫌いなんだよねえ。美味しくないし。コンビニもやだし。っつーかこの田舎じゃコンビニすら…」
「足立さんって意外に優しいですね。どうせあと一時間しかないのに、あれこれ私のために気遣ってくれるんだ。意外」
「意外意外ってうるさいなあ…だいたい君が言うの遅いのがいけないんだよ。もっと早く言えば僕だってさあ」
「ふふ、足立さんが優しいっておもしろーい」
「…君ね、僕を怒らせて楽しい?そりゃ僕はべつに、祝いたいってわけじゃないけど…君が誰にも祝われずに一日を終えるのはさすがに可哀想かなって、同情してあげてんの。分かる?」
「いやあ…べつに誰にも祝われなかったわけじゃないですよ。家族とか友達から0時にメール貰いましたし」
「……」
「……」
「……え、さっきまで丸一日忘れてたわけじゃないの?」
「覚えてましたよ」
「へー」
「はい」
「僕が思い出すか試してた?」
「んーまあそんなとこですかね。いつ言おうかなーって思ってました。気づかれずに終わったらさすがに嫌だし」
「……かっわいくねー」
「えー?むしろ可愛いでしょう?祝われたくってそわそわしてたんですよお」
「いっそ言わずに終わらせてくれてよかったのに」
「終わってから言っても怒ったでしょ足立さん」

肩をすくめて、「そういう屁理屈言うところが可愛くないって言ってんの」と言って、溜息。呆れたかしら、怒ったかしら。確認のためにも顔を覗き込もうとさりげなく距離を詰めたら、足立さんも私の顔を見ようとしていたのか、目が合う。足立さん、と私が声にするより早く、「それで、どうしたいの?」と彼が声を発した。きょとんと面食らう私は、すぐに首を傾げた。ちょっと拗ねたような声で、「どうせ僕は君の誕生日を忘れるような人間だし?どうやったら今日一日分の埋め合わせが出来るの?」と続ける彼。その拗ね方がまた子どもみたいで、思わず笑ってしまう。

「やだな、気にしないでくださいよ!忘れるも何も、私が教えてなかっただけでしょう」
「けど君は僕の誕生日知ってるでしょ」
「うん、まあ」
「はあー…で、どうする?コンビニのケーキ食べたい?僕は食べないけど買ってあげるよ」
「あ、私作りましょうか?」
「なんで君が作るんだっての」
「じゃあ足立さんが作ってくれるんですか?」
「絶対嫌」
「うわあ」
「あーほら早く何か頼んでよ。誕生日終わるよ?」
「じゃあじゃあ、一個お願い聞いてもらおうかな」
「まともなお願いだったらね」
「透さんって呼んでみていいですか?」
「…はあ〜?それがお願い?君ホント馬鹿だよね?ズレてるっていうかさあ」
「だってほら、透さんとひとつ年齢が近づいた!記念に!」
「どうせ2月1日にまた離れるけどねー」
「それでもいいんですぅ〜」
「…あーそう」
「えっへへ」
「にやにやしないでよ」
「ふふ」

「……ねえ」
「はい?」
「おめでとうって、言ったほうがいい?」

へんなの、へんなの。そんなふうに訊いてくる捻くれ者の可愛い人だ。照れてるだけかもしれないけれど。どうしても言えっていうなら言ってあげなくもないよ、というところだろうか。私はくすくす笑いながら、「べつに透さんが言いたくないなら言ってもらわなくったっていいですよ?」とわざとらしく肩をすくめてみせた。一瞬だけムッとした顔をこちらに向けて、すぐそらして、小さく舌打ちが聞こえた。「君が言われたくないっていうなら、」そこまで言ったかと思えば、ぐいと腕を引かれる。唇と唇が触れるくらいの距離で、彼が小さく微笑んだ。「僕は意地悪だから」

「しつこいくらい言ってあげるよ。誕生日おめでとう」



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