「お酒ってヘンな味ですよね」
「やっぱ君ってまだまだ子供だよねえ」
「そうですねえ…まだ慣れないですねえ、この味。不味くはないけど」

 両手で大事そうに持った透明なグラスに難しい顔を向ける彼女は、その飲み物が美味いか不味いか考えているというよりは、使い方の分からない電子機器を与えられた原始人みたいだった。いや原始人に電子機器を与えた場面に遭遇したことは無いけど。「このよく分からない液体を美味しいと感じるにはどうすればいいのか何が必要なのか」という事を真剣に考えている顔だ。「不味くはないけど」という言葉通り、べつに一口二口で飲むのをやめたわけではない。とりあえず飲んでみよう、みたいな感覚のままに、決して遅いとはいえないペースでそれを喉の奥に押し込んでいる。

「飲めないわけじゃないんだねえ」
「そうですねえ…でもうちの家族ってお酒飲む人いないから、普段から飲む事はないですねえ」
「へー、そうなんだ。友達と飲みに行ったり自分の家に呼んで飲んだりは?」
「しないですねえ…友達いないし」
「へー…あ、そう」
「はあ。そうですねえ」

 寂しい奴だなあ、ってからかうべき流れなんだろうけど、自分もそんな交友関係持ってなかった。っていうか酒飲める歳になったからって馬鹿みたいにはしゃぐ若者って図に寒気がするから彼女がソッチ側の人間じゃなくてよかったかもしれない。目の前で実に微妙な表情のまま酒を飲み進める彼女は、まだまだアルコールの味を覚えていないらしい。そんな彼女がどうして今、美味しくも不味くもないソレを文句も言わず飲んでいるかって、それは、まあ、ただ単に自分が勝手に付きあわせているだけなんだけど。

「…なんか、これだけでいいんですか?」
「何が?」
「『誕生日にしたいこと』」
「うん」
「もっと、出掛けたり、ケーキ食べたり、なんかこう、あるじゃないですか」
「誕生日イコールケーキ、っていう発想がやっぱりまだ子供だよね」
「古くからの教えです」
「子供じゃないんだから。ケーキが食べたいとか特別な日にしたいとか、思わないって」
「お酒は飲みたいんですね」
「オトナでしょ?」
「はあ。まあ…」
「だって君、去年の2月1日はまだ未成年だったし?」
「言われてみれば。まあ私も今月誕生日なんでもうすぐ21歳になりますけど」
「そうだね。オメデトー」
「まだなってないです。今日のオメデトーはあなたです」
「もっと心込めておめでとう言ってよ」
「いや今のは真似しただけですから」
「ま、どうせあと数十分だけどさ。おたんじょーび、ってやつも」

 胡座かいて適当な酒とおつまみをテーブルに広げて、すごくどうでもよくて平和でぼけーっとした会話が何往復も飛び交う。誕生日イコール特別な日、って思いたい彼女は、不満気というか、落胆というか、肩透かしを喰らったような顔で、こちらの要望に従っている。どうやって過ごしたい?って聞かれたから、適当に酒のんで過ごしたいって言ったら、ちゃんとそういうセッティングをしてくれるんだから素直だ。これで彼女が下戸だったらさすがに可哀想だったけど、普通にごくごく勧められた通りに酒を飲んでいるから良かった。美味いとも不味いとも言わないけど。
 しばらくして、彼女が大きく溜息を吐き、テーブルに片方の頬をぺったりつけて、黙り込んだ。そのままこちらも何も言わず見守っていると、彼女の瞼がゆっくり閉じられた。…ああ、そう、寝るのね。いや、うん、眠くはなるだろうけどさ。飲ませたの自分だけどさ。

「……おーい。布団敷こうかー?」
「…やです…」
「ああ、そう。嫌なの」
「…とおるさん、ねむい」
「だから布団敷くって言ってるんだけど」
「ねむい…れすか…」
「いや、君がね。眠いのは君ね」

 寝ぼけてる人間にツッコミ入れてる自分がなんかバカらしくなってきた。寝言には相槌打つなって言うしな。放っておいて簡単に机の上を片付けようと立ち上がったら、突っ伏していた彼女がいきなりむくりと体を起こした。とろんとした目でこちらの姿を捉えると、へらりと笑ってまた机に突っ伏す。ああ、うん。いいよ、寝てて。心のなかでそう呟くと同時に、突っ伏してる彼女が小さく声を発した。

「すきー…」
「……何が?」
「…すき、れす、よ」
「……」
「…」
「誰が?」

 やれやれ、と息を吐いて、もう一度腰を落とす。彼女の向かい側ではなくて、すぐ傍に。顔はよく見えないけど、その柔らかい髪をわしわし撫でる。ふふ、とくすぐったいような笑い声が小さく聞こえた。寝てないのか。でも眠そうだな。寝ぼけてんだろうな。

「とーるさん…」
「んー?」
「すき」
「んー。知ってる」
「うそだあ」
「嘘じゃないよー」
「うそ、ぜったい、しらない…」
「えー?」
「わたしが、どんなにすきか、しらないでしょう」

 少しの沈黙。なんの言葉も返さない。ただ黙って、頭を撫でた。優しいとはいえない手つきだった。そりゃあそうだ。優しい撫で方なんて知らない。やがて聞こえる嗚咽。酔っ払うと泣く奴っているよなあ、とぼんやり思いながらも、その涙が果たして酔いのせいなのか何なのか、やっぱり、知らない。分からない。いや、たぶん、なんとなく分かることが、出来るような、気がするけどそれはきっと気のせい。もう少し乱暴にわしゃわしゃ撫でてみる。

「ひっく…、ぅ…、すきって、いってるのに…」
「うん。知ってるって言ってるでしょ」
「しらないです、ぜんぜん…わかってない…」
「分かってるよ」

 嘘かもしれない。たぶん。
 今目の前でぐすぐす泣いてる彼女の気持ちを全部分かることなんてきっと不可能だ。好かれていることは知ってるけど、どれくらいかなんて具体的な大きさ、答えられない。知らない。でもきっと多分、大きいか小さいかで言ったら小さくはないんだろうな。涙を流すくらいには好きなんだろうな。そう判断することくらいしか出来ない。自分がどれくらい愛されているかなんてね、当の本人が案外一番、分からなかったりするもんだよ。本人しか分かってあげられないことなのにね。「ごめんね」小さく耳元で囁いたけど、どうして自分が謝っているのか、自分でもよく分かんなかった。彼女がまだ泣いている。苦しいくらいに、可哀想なくらいに、ひっくひっく、子供みたいに。酔ってんのかな。

「すきなんですよ、あなたが想像してるより、ずっと」

 うん、わかってる、分かってる。君が想像してるよりかは、僕はちゃんと、分かってるつもり。たぶん。




あいされるということ
(今日だけはその愛の容れ物の中身をあなたが覗いてくれますように)