「ねえ足立さん数時間後に世界が終わるって言われたら何する?」
「あー…セックスかなあ」
「うわさいてーしね」
「うん死ぬんでしょ数時間後に」
「そうだった」

 でもべつにこの質問の場合の世界の終わりは足立さんが最低なことを言ったから足立さんを含む人類が滅ぶわけじゃなくてそこは因果関係が逆っていうか。でもそんなさいてーなことを考えるような人類だから滅んでしまうのかもしれない。まったく。世界は終わってる。じゃあ終わってる世界が終わろうとべつに問題ないのかもしれない。問題ないから足立さんはどうでもよさそうにどうでもよさそうな答えを口にしたんだろう。決して私の質問とか存在がクソつまんなくてどうでもよかったわけではなくて。

「でもなんか面白いでしょ。世界が終わるのにその直前子作りに励むとか。滑稽すぎて」
「…あ、なるほど。セックスじゃなく『子作り』とか『子孫繁栄』って言うとなかなか興味深い回答」
「世界が終わるって分かってんのに世界が終わる日に出来た子供ってどんだけ可哀想なんだろうね」
「足立さん。一応言うとべつにセックスしたところでその瞬間子供がぽんと出来るわけではないですし子供っていうのはお母さんのお腹の中で何ヶ月も何ヶ月もかけて成長して初めて産まれるのであって残された数時間では子供は産まれません。三十路手前の童貞の夢を壊してすみません」
「いや知ってるしそういう意味で言ったんじゃないし童貞じゃねーよお前ほんっとう嫌い死ねクソガキ」
「死にますよ数時間後に」
「そうだった」

 ところで私たちがこの男をもっと早く止めていればこんなことにはならなかったらしい。「こんなこと」っていうのはつまりこの町が濃い霧に満たされ部屋の中にいても真っ白で数メートル先も見えないような状態になったあげく霧と一緒にシャドウまで「あちら」から漏れ出て町に溢れ、人々を襲い、そりゃあもうどっかで見たゾンビ映画みたいな大惨事に、っていう状況のこと。少し前まであちこちから聞こえた悲鳴の数も減っていた。収まったというか私と足立さん以外のほとんどの人間がシャドウに襲われて死んだからなんだろう。なんで私と足立さんだけ無事かというと、足立さんはやけにその「あちら」に気に入られていて、シャドウ達は足立さんには危害をくわえていないから。じゃあなんでおまけに私も無事かっていうとさっきから私に這い寄ってくるシャドウを足立さんがしっしと追い払っているからだ。けどどうして足立さんは「こちら」にいるんだろう。テレビの中に逃げていたんじゃないのか。それを私達が期限までに追い詰めることができなかったからこんな事態になったはずだ。なんで全部の、この「世界の終わり」の元凶が、今更のこのこやってくるんだ。てかこの人テレビの中とこっち行き来できるんだな?いや行き来も何も、そもそもあちらとこちらの境界線なんてもう、なくなってしまったのかもしれない。この町は霧の中に消えるらしい。私達が招いた世界の終わり。いや原因はこの人なんだけど。ぼろぼろで地面に横たわって先程からぼんやりその顔を見上げてみるけど、霧のせいでよく見えない。

「それで、足立さん何してるの?クソガキが死ぬとこ見届けに来たの?」
「ん?んーまあ。特捜隊?だっけ?大層な名前してて笑えるけど、そのメンバーも君以外シャドウにもうやられたっぽいし」
「そっか」
「悲しいねー」
「うん」
「あれ、結構あっさりしてるね」
「だって、なんかもう、どうしようもないし。みんな死んだし、もう町全体やばいし、私も多分すぐ死ぬし」
「足掻いたりしないの?」
「どうしろと」
「さあ。どうしようもないんじゃないの」

 話してる最中また一体のシャドウが私にのしかかろうとして、足立さんがその黒い物体を蹴っ飛ばした。だいたいのシャドウは足立さんの言うことを聞いておとなしくしてる風だったけど、その一匹は懲りずに私に近寄ろうとして、また蹴られる。忌々しそうに舌打ちして、足を振り下ろした。踏み潰す。なんだか周囲の他のシャドウがざわざわしはじめた。目の前の男を自分たちの仲間と見るか異質な敵とみなすか、みんなで作戦会議してるみたいに見えた。

「なんかさー、こいつら僕のことは攻撃してこないみたいだったから?なんだ俺だけ生き残るじゃんーみたいに思ってたけど?そろそろその期待にも裏切られるっぽいね」
「謀反ですね」
「あーあ、結局一緒かあ。俺だけ特別ってわけじゃないのかあ」
「はあ。それで、なんで足立さんは私のことをこのゾンビタウンみたいな町から見つけてさっきからシャドウから守ってくれてるの?」
「いや最期の適当な喋り相手を見繕っただけ」
「まじか」
「あ、嘘」
「まじか」
「もう世界終わるからセックスでもしようかなって」
「うわさいてーしね」
「死ぬよ」
「そうだった」

 そうだった、そうだった。世界の終わりというのは大げさなのかもしれない。消え失せるのはこの小さな田舎町だけで、ここから離れた都会とか海の向こうの外国とか、そこは何も変わらず人間が生きていて生命が生命の仕事をしているのかもしれない。だったらそれは世界の終わりではなくて日本の終わりでもなくてこのまちの終わりってだけ。でもそうだな、私はこの町しか知らないから、この自分が生きてる町だけが世界だから、やっぱり私の世界の終わりだ。死ぬときはみんな一緒。勉強が出来る出来ない、運動が出来る出来ない、人気者かそうでないか、そんな個体差なんて関係なしに、みんな死ぬ。金持ちも貧乏も、お偉いさんも、女子供も、全部等しい死がやってくる。それはなんだかすごく、生きてる間には感じられない「平等」のような気がしたけど、そういえばそんなことは当たり前で、本来人間一人一人の命に、人生に、重い軽い、良い悪い、もったいないもったいなくない、なんてものは無いはずだ。金持ちやいい行いをしてきた人間だけ死なないわけじゃない。当然のことだ。分かっててなんで人間は金を欲しがったり良い人間であろうとしたりするんだろう。うわなんか哲学始まりそう。頭使うの嫌い。ああ、でも、もしかしたら足立さんは、そういう人間の平等さを実感したかったのかもしれない。いや知らないけど。虚無感に毒された人間の選んだ道が、人殺しとあとこの世界の終わりを招くことなのか。いや知らんけど。殺人鬼の考えなんて分かっちゃいけない。サイコパス。
 視界の端で黒い影が蠢く。私ともう一人の男を囲んでいる。男はそんな周囲を見渡して、はあ、とつまんなそうな溜息を吐くと、しゃがみこんだ。私の顔を見る。私も距離が近づいたおかげで霧に邪魔される視界の中、その人をちゃんと見ることが出来た。

「なんかもう数時間も無さそうなんでやっぱりセックスは出来ないですね」
「うん最初からお前とする気はねーよ」
「お前とか俺とか、なんか足立さんキャラちがくない?やっぱキャラ作ってた?」
「うん。最期なのに作ったままとか馬鹿らしいじゃん」
「足立さん、あと数分か数秒で世界が終わるって言われたら何する?」
「あー…キスくらいは出来るかもね」
「キスで子供は出来ませんよ。童貞の夢を壊してすみません」
「やっぱ死ねクソガキ」
「死ぬよ」
「そうだった。死のうか」

 世界が終わるって分かってんのにするキスってどんだけ苦い味がするんだろうね。私と彼はそれを知ることは無いけど。





きみにさよなら

ぼくとさよなら