「えぇ?くれるの?僕に?……ア、ハハ〜!えぇ〜?びっくりだなぁ〜」

 ちょっと頼りないけど、頼りないなりにいつも優しいその刑事さんのことが、すきだった。足立さんという名前らしい。この町で起きた殺人事件を調べてくれている刑事さん。私の友達の早紀が死んだ、4月の事件からもうずいぶん経つ。最初は捜査関係者のこともマスコミのことも憎んでいた。ちっとも犯人を捕まえてくれないし、「小西さんと仲が良かった友人」としてマイクを向けられるのも嫌だった。警察である足立さんのことも最初は信用していなかったし、頼りなさ過ぎてきらいだったけど。でも会うたび塞ぎこんでいる私を気にかけてくれて、おっちょこちょいな捜査で上司に頭を叩かれながらも「僕が絶対犯人捕まえるからね、心配しないでいいよ!」と言ってくれるうちに、嫌な感情は薄れていた。そしてついに、殺人事件の犯人が見つかったのだ。生田目という男。これも足立さんたち警察が尽力してくれたおかげなのだろう。逮捕の知らせを聞いたあと、道で足立さんに会ったとき、お礼を言った。話しながら涙が出てきてぐしゃぐしゃになった私を見て、足立さんは困ったように笑っていた。その顔が、ずっと忘れられない。

「あー……あのね、さん。亡くなったお友達の件の犯人逮捕のお礼、っていうなら、残念だけど僕は受け取れないんだよねえ。…あ、気持ちはもちろん嬉しいんだけどね?公務に対して一般市民からこういうの受け取っちゃうの、後々問題になるっていうか…」

 今もあのときみたいな、困った笑顔だった。予想外にきちんとした対応をとられてびっくりした。そういうの、適当そうだと思ったのに。私はプレゼントの中身も見ずにやんわり突き返されるとは思わなくて、しどろもどろになる。「これは早紀の件のお礼で」という逃げ道が、こんなに早く塞がれるとは。私は紙袋の紐をぎゅうっと握りながら、足立さんの顔も見ずに言う。この際、もう、早紀のことを言い訳にするのはやめよう。(ごめんね、早紀。空の上から私のこと軽蔑してくれていい)(霧で空、よく見えないけど)

「賄賂じゃないです。お金とかじゃないし」
「う、うーん…そうはいってもねぇ…たはは」
「…本当に、お金とかじゃないし、べつに価値、ないし」
「はあ。…そーなの?」
「……」

 やっぱり、やめようかなあ。話しているうちに、自分の用意したこのプレゼントがものすごく恥ずかしくて、幼稚で、イタイものに思えてきた。私が黙り込んで俯いていると、おんなじようにしばらく黙っていた足立さんが不意に距離を詰めて、私の持っていた紙袋に手を突っ込んだ。あっ、と声が漏れたけど固まって動けなくなる私に構わず、足立さんは結局そのまま紙袋を私の手から奪い去って、中身を取り出し、まじまじと眺めた。

「……うわー、すごいね。マフラー?」

 その声を聞いた耳から順番に、自分の顔が赤くなるのがわかる。じわり、じわり、嫌な緊張と羞恥心。あれ、あれ?って頭が真っ白になる。自分が思い描いていた反応と少し違ったからだ。もっとびっくり、思わず声がちょっと大きくなったりして、ええすごいね!?って、いや、今「すごいね」ってこの人は言ったけど、全然想像していたのと違う声のトーンだった。うわー、って。思ったより静かに、うわー、まじかー、って、そんなトーンだった。穴があったら入りたい、くらいの気持ちで私は泣きそうになってきて、顔を上げられない。

「い、いらない、ですよね!ごめんなさい!」
「あぁ、いやいや、べつにそういう意味で言ったんじゃないけど…いまどきいるんだなーと思ってさ。手作りの?お菓子とかでもなく、編み物って。すごいねぇ」
「……、…買ったやつのほうが、いいですよね」
「アハハ、『ほうが』っていうか…普通は買ったやつかなーって思ってビックリしただけ」
「……」

 あれ、あれ?ちがうな、ぜんぜん。私が想像していたのは、「そんなことないよ、うれしいよ!」って笑ってくれる顔だったのに。気に入ってくれて、すぐに身に着けてくれようとするから、だめだめ恥ずかしいから今は使わないで、って、そんなふうだったのに。足立さんはマフラーを紙袋にしまった。身に着けようとすることもなく。私は急に足がすくんできた。恥ずかしくて今すぐ逃げ出したかった。
 優しくて、ちょっと抜けてて、でもそこがちょっと憎めなくて、年上なのになんかかわいいような、そんな大人のお兄さん。(あれ?あれ?)

「君、僕のこと好きなの?」

 すん、とした声だった。想像の中の彼はもっとびっくりして、うろたえて、ちょっと声を上擦らせながら、私に―(あれ?あれ)

「…ふぅん。そっか…へーぇ」

 足立さんが、自分の手元の紙袋を見下ろす。好きでもない相手に、こんなプレゼントするわけない。何日もかけて、編むわけがない。その人の反応を想像して、表情を思い浮かべて、編むわけがない。たしかに、好きだった。(だった?)びっくりしてほしかった。マフラーも好意も受け取れない困らせてしまうものなのだとしたら、その困った顔でごめんねと一言いってほしかった。そんなにがい恋の思い出になってくれるなら、それはそれで、いいとすらおもっていた。おもっていた、けど。
 本当に、この人だった?私が好きになったの?私が今まで好きだった彼が、急に違う誰かになったような気持ちになる。自信がなくなる。知らない、知らないんだ。こんな表情しらない。いつもみたいに、もっと、

「……僕もさぁ、人並みの罪悪感?みたいなものあったんだなーって、君になつかれてお礼言われたとき思ったんだよ」
「…なんの話、ですか」
「いやぁ、こっちの話。…あぁそっか、でもさ、まさか好きにまでなられるとか…なんかさぁ、そこまできたらもう、いいよね」
「…なにが、」
「僕のせいじゃないよね」

 言っている意味がわからなくて、私は立ち尽くしたまま、へんな顔をしていたと思う。足立さんも、静かに独り言みたいに言うだけだったから。でも、ふいに足立さんが口元を押さえて肩を揺らした。笑っているのだとすぐに気づいたけど、どうして笑われているのかもわからなくて、もうちっともぜんぶわからなくて、私はただ、立っていた。笑いがおさまって私のほうを見たとき、やっぱり足立さんの唇の端が吊り上がっていたけれど、わたしの好きなその人の笑い方とは違っていた。

「いいよ。大人とそういう遊びしたいんでしょ?女子高生。素直で可愛げあって、僕も好きだな。君のこと」

 少しずつ声がやさしくなって、「好きだな」と言われる頃には心臓がぎゅっとした。さっきまであんなに疑っていたのに、心臓は正直に告げる。やっぱりこの人が、私が恋をした相手なんだ、と。

「よかったら、うちに来ない?」
「…え、そんな…」
「あぁ。嫌ならいいけど」

 一瞬で、興味なさそうな冷えた声にかわる。びくっとして思わず反射的に「嫌じゃないです!行きます!」と口走っていた。自分の口から出た言葉に、ぞわっとした。あれ?おかしい、あれ?目の前の男が口元を歪めて笑う。満足そうに。愉快そうに。

「ほんと、素直でいい子だね。『あの子』も君ぐらい素直だったら今頃生きてたかもしれないのに」

 ああやっぱり、言ってる意味はわからないけど。こちらに伸ばされた彼の手を取る。紙袋が邪魔そうだった。




春光の死骸
(僕のせいじゃないよね。馬鹿なこの子が悪い!)