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夜の公園は、昼間の様子が嘘みたいにひっそりと静まり返っていた。しかし散歩に出ると行った俺に無理やりついてきたは、昼間に公園で遊んでるガキみたいに、砂場にしゃがみこんで砂いじりを始める。それを近くのベンチに腰掛けながら、眺めた。なるほど、子どもなんて育てた覚えも、親に育てられた覚えもないのに、幼い子どもを見守る保護者の気持ちが少しわかったような気がしてくる。深い意味もなく口から漏れた「服汚すなよ」というセリフも、すっかりそれらしいものに聞こえた。砂をつついたり摘んだりしていたは顔を上げて、へらりと屈託なく笑う。はあ、と俺が呆れたような息を吐くと、はそれすら楽しそうに、また笑った。ほんと、子どもみたいに笑う。 「先輩は小さい時何して遊んでました?砂場でお城作りました?トンネルとか!」 「あー…やったかもな。アキと…その妹と、三人でよく遊んでた」 「やっぱり誰しもやりますよねえ。真田先輩もかあ。仲良しですね、変わらず」 「…そうだな。同じ遊びをしてるはずなのに、何故かいつもあいつのほうが泥んこだった」 「ぷっ…くく、なんか真田先輩らしい」 の笑い声をBGMに、小さいころの記憶をぼんやりと思い起こす。まだ、美紀もいて、俺もアキも小さくて、力も何も無かった、なんにも分かってなかった頃の記憶。楽しかった記憶だ。でっかい砂山を作る俺とアキに、「トンネルがいっぱいあって、お水が流れるやつがいい!」とか無茶苦茶な要望を突きつけてくる美紀が浮かんだ。俺もアキも「任せろ」と夢中で砂を固めたっけな。あのあと結局、どうなったっけな。トンネル増やしすぎて崩れたか、無事完成して美紀が拍手を送ったか、よく思い出せない。そんな曖昧な回想に浸っているところに、「先輩!」と聞き慣れた声が届いて、はっと現実に引き戻される。視線をやれば、先ほどの記憶の中の美紀みたいに、笑って俺を呼んでる奴がいた。 「見て見て!シャベル発見です。昼間誰かが忘れてっちゃったのかな」 「……」 「あ、こっちにはー…なんだろこれ。なんかのキーホルダー埋まってましたよ」 「お前な…コロじゃねえんだから、好き勝手掘り起こしてんなよ。爪汚れるぞ」 「えー」 「ガキか、お前は」 「えへへー、そうですねえ。子どもの頃からなーんも変わってません!多分こんな感じでしたよ、小さい頃!」 高校生にもなってここまで一人で砂遊びを楽しめる女もどうかと思う。なんて、呆れたようで、自分の口から溢れる溜息は、どこか穏やかな色を見せていた。ふいに考える。もし、――過去に馳せる「もし」なんて、起こるわけのなかった「もし」なんて、馬鹿馬鹿しいのは分かっているが――もし俺たちの「あの頃」に、がいたら、どうだっただろう。きっと美紀は懐いていただろうし、何より、美紀と一緒になって、あれがやりたいこれがやりたいって騒ぎ立てるような、そんな子どもだっただろう。俺とアキはそんな二人に振り回されたり、振り回したりして。俺はの小さい頃なんて何も分かりやしないのに、「今と変わらない」と言われると、容易に想像ついた。想像というよりも、妄想に近いそんな光景を頭に浮かべていると、「あ!先輩いま笑った!にやけた!」とが騒ぎ出す。 「ばーか。にやけてなんかねーよ」 「うっそだー!」 「ただ…想像つくな、と思ってよ。小さいお前が、今みたいに砂場ではしゃいでんのが」 「あ、本当ですかー?」 「今以上にうるさかったんだろうな」 「ええー!?そんなことないですー!いいこちゃんでした!」 「嘘くさいんだよ。お前が言うと」 「それは先輩が私の小さいころを知らないだけであって!」 「そりゃあ、まあ」 俺達が出会ったのは、つい、ほんの数ヶ月前だ。それ以前のコイツを俺は知らないし、以前の俺のことをコイツだって知らない。そういうもんだ。ようやく気が済んだのか、すくっと立ち上がり軽く手を払ったは、公園内の小さな水道へ手を洗いに向かう。蛇口を捻り、流れてくる水に土だらけの手を晒しながら、は俺に、顔も見ずに言った。「じゃあ、未来はどうですか」 「未来?」 「そう。私達は出会ってまだ、少しですから。過去は何も知らないです。じゃあ、未来を想像してみましょう!」 「いや、出会って間もねーんだから、未来だって知ったこっちゃねーんじゃねえの」 「そんなことないです。過去は分かりませんけど、未来は今からどーとでもなります」 「はあ」 「想像してみましょう!さあどうぞ!」 よく分からないテンションでそうスタートを告げた。俺ははあ〜とおもいっきり脱力して、肩を竦めた。未来、未来の、ねえ。きっと今と、あんまり変わんないんだろう。…なんて言ったら、小さいガキのときから大人になるまで一貫して「変わらない」ってことになるんだが。いや、大人っていうんじゃなく、近い将来にしておこう。例えば、来年とか。アキや美鶴が卒業してからのはどんなふうに今と変わるだろう。考えたところで、やっぱり変わらない気がしてくる。変わらず岳羽たちと騒いでて、何かあれば美鶴に相談したり、アキとたまに連絡を取ったりもするんだろう。何も、変わらなそうだ。変わらなければいいと、思った。願望に近い。なんでか、そう願ったんだ。 「想像つきました?」 「…だいたいはな。今と変わんなさそうだ、お前。岳羽や美鶴たちと仲良くやってんじゃねーか?」 「……うーん?」 「なんだよ、その微妙な返事」 「それだけですか?」 「…何が」 「登場人物?」 「登場人物だあ?」 「先輩は、」 いないんですか。私の未来に。どうして他人事なんですか。一緒に過ごしてる未来を、想像しましょうって意味で、言ったのに。尋ねる声が、あんまりにも、純粋な響きで、一寸先を何も疑わないような声で、俺は頭の後ろを殴られたように、鈍い痛みと共にはっとさせられる。ありもしない「過去」ですら想像ついたのに、俺はたった一年先の未来に、の隣にいる俺の姿を探せない。(無意識だ)(けど、正直すぎるほどに、きっと正しい)蛇口の水はいつの間にか止まっていて、俺の目の前にはいた。ぼけっと俺を見上げている奴は、沈黙を破る俺の返事を大人しく待っていた。何を言えばいいのか、咄嗟に浮かばない。俺はベンチから立ち上がり、ポケットから突っ込んでいた手を出して、の頭をわしゃわしゃ撫でる。「わあっ」と声は聞こえたが、首振って払おうとは決してしない。 「やっぱり、先のことなんか分かんねーよ。まだ倒してねえシャドウだっているし、解決してねえ問題はいっぱいあんだ。気ィ抜くなよ」 「え〜、そうやって現実に戻す〜…」 「が。そうだな…近い、明日くらいの未来なら、考えてもいいだろ」 「明日ー?何かあります?」 「明日、何食いたい?お前」 目をぱちくりさせて、ぽかんと口を開けて。次の瞬間にはぱあっと目を輝かせて、飛び跳ねる。「えっとえっと!グラタン、ハンバーグ、カレー、えああでも肉じゃがも食べたい!えーと〜!」指折り食べたいものを挙げては、よだれでも垂らしそうなくらいの幸せそうな顔をしやがる。俺はの頭から手のひらをどかすと、その手をまたポケットに戻し、「じゃあ、帰りながら一つに絞れ」と苦笑する。これでいいんだ、きっと、明日はまだ、そばにいる。一ヶ月先は、数ヶ月先は、一年、数年先の未来は、俺の目には見えないんだ。ただ、俺は、願うことならできる。俺のいなくなった未来でも、きっとお前が今と変わらず、笑っているようにって。ひとり、ずっと、願ってる。 星は足元できらめく |