Q:誰にチョコ渡す?→A:足立さん。とみせかけて堂島さん。


「わあ!これ、菜々子のぶん?お姉ちゃん、ありがとう!」
「俺も貰っていいんですか?」
「うん、もちろん。堂島家の皆さんに。いつもお世話になってますから!」
「ただいまー。っと…お、なんだ?靴が一つ多いな。遊びに来てるのか」

 玄関に入ると、奥の部屋から菜々子ちゃんと悠くんの「おかえりなさい」の声…と、もう一つ、「お、おかえりなさい!」と言い慣れてない感満載の挨拶が聞こえた。ちら、と玄関の靴を見ると、確かに見慣れない女物の靴がきちんと揃えて置いてある。堂島さんが機嫌よく、さっさと電気の付いてるその部屋へ向かったので、僕はそっと後ろから付いて行った。

「堂島さん、おじゃましてますっ!お仕事お疲れ様です。すみません、勝手に…」
「ああ、そんなに畏まらなくていい。いつも遊びに来てくれて菜々子も喜んでるんだ。今日はどうした?ウチで飯でも食ってくか」
「あ、いえいえ!今日は…その、皆に渡したいものが、あったので…」
「渡したいもの?」
「はい。あの…バレンタインデーなので…これを堂島さんに…」
「ああ、そうか。毎年気を遣わせて悪いな」

 堂島家の近所に住んでるさん。この田舎町に一人暮らししてる20代女性。僕や悠くんがこの町にやってくる前から、堂島家との関わりはあったらしい。よく一緒に御飯食べたり、堂島さんの帰りが遅い日に菜々子ちゃんと遊んであげたりしてくれた「近所のお姉さん」なわけだ。堂島さんからよく話を聞く。「あの子は本当によくできた娘さんでな」「菜々子も本当の姉妹みたいになついててな」と。僕も何度も顔を合わせている。まあ狭い田舎町じゃ顔を合わせないほうが不思議だし。
 堂島さんの口ぶりからして、バレンタインデーにチョコを持ってくるのは初めてじゃないらしい。恒例行事のようだ。まあ、何もいわゆるリア充のイベントってだけじゃなく、「大切な人へ感謝の気持ちを」なんてテレビやスーパーで謳ってるもんな。いつもお世話になってます、っていう意味での、チョコレート。菜々子ちゃんに、堂島さんに、そして今年は悠くんも堂島家に仲間入りしているので、悠くんの分も。
 堂島さんが、可愛くラッピングされた袋を受け取った。その瞬間、頬を紅潮させて、ふにゃりとさんが笑った。そしてその笑顔が、堂島さんの後ろにいた僕を視界に入れた瞬間、こわばる。わかりやすい動揺。

「あ、足立さん、ご一緒だったんですね!?」
「アハハー…はあ、まあ。タイミング悪かったかなーって後ろに隠れてたんだけど…」
「や、そんな、とんでもな、えっと…あの…」
「あ。そーんな思いっきり『どうしよう足立さんの分はさすがに用意してない…』みたいな顔されるとさあ、冗談でも『僕の分は〜?』って言えなくなっちゃうな〜なんて」
「す、すみません…」
「はは、贅沢言うなよ、足立ィ。…ああ、コイツには俺が貰った分を分けてやる。そんな申し訳無さそうな顔しなくてもいいぞ」

 堂島さんが笑ってさんの肩をぽんと叩く。貰い物を本人の前で勝手に他人と分けます発言するのってどうなんだろうなと思いつつ、堂島さんに悪気はなく、むしろおろおろしているさんを気遣うベストな対応なのだとなんとなく分かった。べつに僕だってそこまで図々しくないんだけど、と口を挟めずにいたら、さんが堂島さんのその台詞に、さらに狼狽えているのに気付く。さっきよりもずっと顔を赤くして、視線を泳がせていた。なんだかその様子を見ていると、変な予感めいたものを感じた、ような、ひどく曖昧。けど僕は彼女の真っ赤な顔から目が離せなくなった。次の瞬間には意を決したようにさんは顔を上げて、「あのっ!」と震えながらもはっきりとした声を上げた。

「ちょうど、チョコレート、一つ余っているので…よかったら足立さんの、分に…」
「ん?そうか…だが、余分に作ったっていうのも…他に渡す相手がいたんじゃないのか?」
「そ、そうそう!僕べつにそんな無理にお願いしたいわけじゃ」
「いえ!いいんです!ほんとは、最初からこれ、渡したかったから…!」

 そう言うと、彼女は自分の鞄を漁った。その鞄から出てきたものは、どう見ても…なんだか他の人の分の包みとは、気合が違う。可愛らしいピンクで、綺麗なリボンがついてて、菜々子ちゃんが宝石を見たように目を輝かせた。悠くんもきょとんと目をまたたかせている。なんか、それ、明らかに…本命用?じゃない?さっき菜々子ちゃん悠くん堂島さんに渡した包みは、三つとも同じ見た目をしていた。もちろんそっちのラッピングだって十分可愛いんだけど、遅れて取り出した一つには、他の三つにはない「特別感」があった。
 え、うそ、それ僕にくれんの?もしかしてこの子、実は前から僕に気があったとか?堂島さんちに遊びに行った時にもし僕がいたら渡せるかなって鞄に忍ばせておいたとか?

「…渡せたら、渡そうって思っていたんです…でも、直前まで迷って、やっぱり、恥ずかしくなって…さっき、そっちを、渡しちゃったんです、けど…」
「…ん?」
「どっ…堂島さん!これ、受け取ってください…っ!」

 ん?
 僕も、堂島さんも、悠くんも、ほんと「ん?」っていう反応をしてしまった。菜々子ちゃんだけが、わあいいなあいいなあ、みたいな顔してる。見るからに「特別用」なチョコレートは、まっすぐ堂島さんに差し出されている。頭を下げながら、震える手で。表情はよく見えないけど、耳まで真っ赤だ。
 ん?いや、え?…ん? 混乱しているその場の空気の中、沈黙を破って苦笑したのは堂島さんだった。

「あー…俺の分はさっきもう貰って…」
「ほ、ほんとは、堂島さんの分、こっちだったのでっ」
「…」
「さっき、渡した方は、足立さんに差し上げてください…」

 あれ、なんか、ようやく話がわかってきたような、わかりたくないような。すっごい僕今、都合の良いことに使われてるんじゃないか。堂島さんは全然話が見えていないようで、眉を寄せて混乱していた。ぽかんとして何も言えない僕や混乱している堂島さんに代わって、悠くんがフォローするように「…叔父さん。受け取ってあげたら?」と促す。未だよく分かってない様子で「ああ…」とその包みに堂島さんが手を伸ばした。さんの指に僅かに触れた瞬間、びくっと彼女の肩が跳ねたのを、なるべくなら気づきたくなかったけど、気付いてしまった。

「じゃ、じゃあ、あの、失礼します!」
「お…おう、なんだ、ゆっくりして行かないのか?」
「今日は、いい、です!皆に渡したかっただけなので!それじゃあ、おじゃましました!」

 頭を下げて、顔が赤いまま逃げるように飛び出していった。いつもは玄関まで送る堂島家の面々も、その俊敏さに頭がついていってないらしい。あ、ああ、また今度、なんてぽろぽろ見送りの言葉を口にするも、多分本人の耳にはもう届かない。ぴしゃりと玄関が閉まる音を聞いて、嵐が去ったような気持ちになり…僕はそろりそろりと視線を堂島さんの手元に移した。

「ねえねえ、お父さん。あけてみて!」
「ん?ああ…そうだな」

 菜々子ちゃんの言葉に、さんが置いていった袋のリボンに手をかけて、ふと思い出したように「そうだ、足立」と最初に貰った方のチョコレートを僕に渡してきた。ああ、どうも、とそれを受け取って、ものすごく複雑な気分になった。横を見ると悠くんがなんともいえない表情で僕を見ていたのでさらに複雑だった。

「わあ!お父さんのチョコ、かわいい!ハートの形だね!」

 菜々子ちゃんが目を輝かせて堂島さんの手元を覗き込んでいる。僕はなるべくそっちを見ないようにしながら、自分の手元のチョコレートの包みを開けた。中に入っていたチョコの形はもちろんハートなんかじゃない。ぎぎぎと首を動かして悠くんの方を見たら、目が合って静かに頷かれた。いや、知りたくなかった新事実とはまさにこのことだ。
 彼女は、ハート型の、「特別」なチョコを最初から堂島さんに用意していて、でもそんなあからさまな物、ギリギリまで渡すのを迷っていた。カモフラージュに、周りと同じ「義理」なチョコを用意して。本命のチョコは渡せたら渡そうと思っていた、と言った。結局葛藤の末に、「特別」を渡すのは恥ずかしかった、無理だったんだろう。予備に用意していた方のチョコを渡して、「特別」は渡せずじまい。それで終わるかと思いきや、僕の登場。チョコがもう一個あればな〜みたいな空気になる。実はもう一個あったんです、と自然な流れで渡すことが出来る。

「……いや、納得行かないんだけど。僕に回ってきたやつつまり要らなかったチョコってことじゃん」
「義理ですから。足立さん」
「何?僕なに?キューピッドか何か?っつーかいやいや子持ちのおっさん相手に何純愛ぶった茶番を見せられなくちゃいけないわけ」
「足立さん、声に出てます。しーっ」

 うわ、嘘でしょ、何あの子本当に堂島さんのことそういう目で見てたわけ?今度から彼女を見る目変わっちゃうな。周りに問いつめられたらいろいろ誤魔化そうとするかもしれないけど、あんなに耳まで真っ赤になって渡すチョコレートが、特別でないはずがない。うわ、ふうん、そういうことなのか。この家に来てたの、菜々子ちゃんのためでも一人暮らしが寂しいからでもなく、堂島さんのためだったんじゃないか。恋愛感情か?行き過ぎた父性へのあこがれ?いやいや、なんかもうよく分かんない。わかりたくもない。肝心の堂島さんは、「まさか自分に」って思いつつもさすがにそのチョコが他のものとは意味が違うことを認めたのか、

「渡す相手間違えてやしないか…? 悠にでも渡すつもりだったんだろ。俺の甥っ子は男前だからな」

 なんて笑っていた。僕、選択肢にすら入ってない。(あーもうこれだからほんと世の中クソだな!)



二月男の憂鬱