十字架みたいなやつに磔にされて手足が動かない。見下ろす先には「裏切り者」の幾月さん。現状、分かるのはそれだけ。本当、突然の事すぎて頭が付いていかない。やっと終わると思った僕らの戦いは、終わっていなくて?そもそも終わらせる方法だと思っていたのは全く逆効果の行動で?じゃあ僕らが今までやってきたことってなんだったんだ?全部幾月さんに騙されていただけなのか。誰一人として見破れなかった。あの人の、芝居を。怪しいって思ったことなんて――、あれ、いつだったか、誰かが、言わなかっただろうか。「大型シャドウ12体倒せばいいって、それで終わるって、本当に、信じちゃっていいんですかね」――これは誰の言葉だっただろう。この言葉を聞いた時、僕は、仲間たちは、なんて反応を返したんだっけ。「いや、だって一番それっぽいじゃん?でかいの倒せばいいんだろ?12体」「ゆかりちゃんのお父さんの記録もあるんだし」「他に何か指針が有るわけでもないしな。終わりが見えたんだぞ?ひとまず疑う理由は無いと思うが」――みんな、「なんでそんなことを言うんだ?」という目で彼女を見た。彼女はぎこちなく笑って、でも、でもさあ、と視線を落とした。岳羽が言った。「影時間やタルタロスを作った原因のお父さんの言葉なんて信じられないって、そう言いたいの?――そうだ、、が。岳羽の震えた声に、「違う違う、そうじゃないよ!」と首を振ったんだ。そうじゃない、よ。声はだんだんと小さくなる。みんなからの、少し、不信感を抱くような視線に耐えられなくなったように、は俯いた。それを――、それを、見ていた、幾月の、顔は どう、だった?
「……、…は、どこだ?」
絞り出した声が震える。喉が干上がる。あの出来事からしばらくして、は寮からも学園からも突然、姿を消した。理事長である幾月が、複雑そうな顔で僕らにこう説明した。「君は、もう戦えそうにない、堪えられない、と…そう僕に相談してきてね。常に死と隣合わせの戦いなんだし、彼女がそう追い詰められてしまうのも当然だ。普通の生活に戻りたい、けれど、仲間たちに申し訳ない、合わせる顔がない、と。逃げるように、学園から去ることを選んだ。引き止めることは…私には出来なかったよ。彼女なりに考えた結果だ。もともと無理を言って巻き込んでしまったのだからね…君たちも、どうか分かってやってほしい」僕らは、少なからずショックを受けた。けれど、確かに、それがの意思なら、と思った。連絡はつかないし、どこに引っ越したのかもわからない。僕らとの繋がりを完全に切りたいんだろう、戦いの記憶なんて忘れたいんだろうって、みんなそう無理矢理納得した。影時間を消すことに成功したら、そうしたら、も、遠いどこかで喜んでくれるだろうかと、そう、思って。
「ああ、君ね。あの子は実に聡い子だったねえ。見込みの有る子だった。消えてもらうのが惜しいくらいに」
幾月を抜かしたその場の全員が顔を引き攣らせたのが分かった。自分の顔も今きっと真っ青な色をしているだろう。順平が、呆然とした声で呟く。「あいつ、戦いに耐えられなくて、転校しちまっただけ、って…」そう、言ったよな、と。そうだ、そう言った。けれど、そう言ったのは幾月だ。この、「裏切り者」の幾月だ。あの言葉がもし、嘘だとしたら。嘘だとしたら?本当は転校なんてしていないとしたら?それなら、どうして姿を現さないんだ。どうして。姿を見せられない理由がある?それはなんだ?どうして、どうして、(ああ目の前がちかちかする。肺が潰れそうなくらいに、呼吸が上手くできない、尋常じゃない量の汗が流れてくる)
「彼女は私の計画を見抜いていたようでね。どうにか邪魔をしようって、君たちにも気付かせようって必死だったねえ。けれど彼女も考えなしに騒ぐものだから、君たちの不信感を煽るだけ。誰一人として彼女の言葉を信じようとはしなかった。つまりまあ、嬉しい事に、彼女よりも僕のほうが君たちに信用されていたせいでね」
「そ、そのせいで、転校を余儀なくされた、ってこと…?」
「いいや?転校なんてしていないとも。彼女は諦めずに、味方がいなくても一人で解決しようとしたよ。私に直談判を申し入れてね。その結果―…」
「うそ…嫌、そんな…、嘘よ…」

山岸が顔を俯かせたまま、首を力無く振る。誰もが、どういうことだと問いただしたくて、けれどその続きを聞くのが恐ろしくて、言葉を失くした。恐ろしい。恐ろしいことをしたのだ。幾月が、じゃない、それだけじゃない、僕ら全員が、恐ろしい過ちを犯した。誰もが青ざめる。どうして誰も気づかなかったのだろう。どうして、たった一人、この人を疑うべきだったのに。最後まで、彼女を一人にして、彼女はたった一人で、最後まで、最期まで、真実を伝えようとしていたのに。を、返せよ…」順平の、苦しそうな声が聞こえる。岳羽や山岸の嗚咽が遠くに聞こえる。なんだこれ、なんだよ、これ。楽しくってしょうがない、という幾月の声が、耳にこだまする。ああ、なんで、どうして。

「彼女を見捨てたのは君たちじゃないか!」

高らかな笑い声。「何、心配することはない。君たちもすぐ、君と同じ所へ逝くことができるのだから」狂ってる。なんで、こんな奴に、僕らはずっと、騙されてきたんだ。どうして、の言葉を信じてやれなかったんだ。後悔、とか、そんな言葉一つじゃ到底償えない現実。もう一度あの日に戻れたらいいのに、もう一度、会えたら、に、会うことが出来たら、次こそ、きみをひとりでいかせやしないのに