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までの 遠回り 「やっと見つけた。ここにいたんだね」 頬杖ついてぼんやりと人が行き交う様子を眺めていたら、聞き慣れた声が横から飛んできた。現在地は、フードコート。並べられた長テーブルの端っこに座っている私。声を掛けてきた湊は、「隣、いい?」と尋ねて、返事を聞く前にテーブルの上に自分が屋台で買ってきたものをコト、コト、とトレイから下ろして並べていく。まあ、「いいよ」っていう返事以外を返すつもりもないので、快くOKした。焼きそばと、たこ焼きと、フランクフルトと、ドーナツと、紙コップに入ったお茶…が、ふたつ。フランクフルトも二本だ。ドーナツは四つ。自分の席だけじゃなく、私の前に広げて並べたあたり、なるほど、彼の気遣いがすぐ汲み取れる。だけど分かってても、最初は素直に受け取らない。 「…相変わらず食べるねえ」 「違う、二人分だよ。もどうぞ。迷宮探索から帰って、まだ何も食べてないんでしょ」 「さぁっすがリーダー。気が利くう」 「リーダーじゃないよ。サブリーダー、ね」 わざとそう強調して、ふふ、と二人で顔合わせて笑う。そう、そうでした。我らがS.E.E.S.リーダーの湊は、今この世界では「リーダー」じゃない。タルタロス内だけでなく、アダ名みたいに使っていたその呼び名が一時的に外れるのが少し落ち着かないけれど、新鮮っちゃ新鮮で面白いのも事実だ。新しく私たちの「リーダー」になった、銀髪で長身の男子を思い浮かべて、うん、まあ、しっかり者さんっぽいし、頼れるよなあって納得する。べつに湊が頼りなかったわけじゃないけど、なんとなく「彼」は、八高組のみんなから絶対の信頼を寄せられているみたいだし、先頭に立っているのが誰より似合う気がした。湊から受け取ったフランクフルトを一口かじって、もぐもぐ味わう。なかなかにおいしい。 「湊、私に何か用だった?『やっと見つけた』って言ってたけど」 「ん?…ああ、べつに、これといって用があったわけじゃないけど…どこにいったのかな、って」 「ええ?なんじゃそりゃ」 用もないのに、わざわざ、私の分までごはん買って、探しに来てくれるのか。なんか、へんなの。でも、ちょっと嬉しい。「ヘンかな?」って湊が本当になんにも考えてなかったみたいに小首を傾げるから、緩みそうになる口元を無理矢理に尖らせて、「へーんなのー」って子どもみたいに返す。そんな私に、ひどいなあ、って眉を下げながらも、湊はちいさく笑う。持ってきてあった割り箸を一つ、ぱきりと割ると、焼きそばのパッケージを開けた。 「は?何してたの。僕が話しかけるまで、ずいぶんぼーっとしてたけど」 「何もしてないですヨー。モブの村人たちを対象に人間観察」 「モブ、って…」 この世界は、不思議な空間だった。へんてこな文化祭なんかやってるし、シャドウはいるし、ダンジョンは迷路みたいに複雑だし、意味分かんない強さのF.O.E.もいるし。いきなり異世界に飛ばされた、なんて最初は混乱してばっかりだったけど、それもなんか、慣れてきた。文化祭は文化祭で楽しめるし。新しい仲間も面白い人達だし。状況に慣れてきたからこそ、文化祭を楽しんでいるヤソガミコウコウの生徒達を暇つぶしに観察していた。最初に調査したときにすでに、彼らが特定の動きや会話しかせず、こちらの質問には答えてくれないのは分かってる。だから本当にただ、視界に入れていただけなんだ。背景と同化してしまいそうになるくらい、本当、モブだったけど。 「まあつまり、暇だったんだね」 「そゆこと。ゆかりッチは千枝ちゃん達とどっか見に行ったし」 「付いて行けばよかったのに」 「んー。なんかそゆ気分じゃなかったー。お腹へってた」 「で、フードコートに?」 「うん」 「なのに、何もしないで座ってた」 「うん。なんか面倒になっちゃって、いいやー座って休んでよ〜って」 「気まぐれだね、」 「自由を愛する女だからね」 話の合間に油でギトギトそうな焼きそばをもぐもぐ食べながら、湊は私に相槌を打つ。これぞ屋台のやきそばって感じだなぁ。眺めていたら、湊が何を勘違いしたのか、手を止めて食べかけの焼きそばと使っていた割り箸を私に無言で差し出してくる。いや、食べたいわけじゃないよ、って言おうかと思ったけど、なんとなく黙ってそれを受け取る。間接チッス、なんて、たぶん湊はまったく気にしない。全っ然気にしない。だから私も気にしないことにしている。期待通りの焼きそばの味をひとくち堪能して、湊に箸を返す。受け取った湊は何事もなかったように食事を再開した。ここまで無言。流れ作業のように、ごくごく自然なやりとり。だけどふいに湊が箸を休めて、こっちへ視線を向けてきた。 「疲れてる?」 「ん?」 「文化祭回る気力もないくらい、消耗してるのかなって。…保健室で寝かせてもらうよう頼もうか?」 「んー…んーん。だーいじょぶ」 「…疲れた時は言ってくれれば、編成の見直しとか、サポート役に回すとか、そういうの出来ると思うから」 「……湊リーダーじゃないのに決定権ある?」 「僕からリーダーに言うよ」 「さすが、サブリーダー」 「任せろ」 ちょっとキリッとした声を作った湊だけれど、焼きそば片手に言われちゃなんか頼りない。思わず笑い出す私に、湊もつられるように笑った。そうか、リーダーじゃなくなって、なんにも責任抱えずのびのびやってるかと思ったけど、相変わらずよく見てる。私たちのこと。自分に関してはどうでもいいどうでもいいって言うくせに。ほんとは周囲への気遣いが上手い。だから、今までずっと、私たちの「リーダー」だった。頼れる人。口元が緩んだままに、湊の食べっぷりを眺めていると、彼は口をもごもごさせたまま、たこ焼きのパッケージを開封しだす。 「食べなよ。半分にしよう。…えーと、8個入りだから4個ずつ」 「んー?じゃあとりあえず一個もらお」 「そんなに食べられない?…なら僕が食べるけど」 「やっぱり余裕で入るんじゃん!ほそっこいのに大食いなんだから!」 「え、足りないわけじゃないよ。ただ、が食べないなら、って」 「いいよー、湊が好きなだけ食べて。余った分貰うもん。…あれ?余んない?」 「余るよ、余る。えーと…余らせる」 最後にはずいぶん小さい声で呟くから、我慢できずに私はまたもや笑ってしまう。今度は湊はつられて笑わないで、むぅっと少し恥ずかしそうに唇を尖らせた。ちょっと珍しいかな、こういう表情。余計に嬉しくなってにやにやする私に、笑いすぎだよ、って湊が文句を言うけど、やめてあげることができない。口元のにやにやを残しつつも、さて、とあたりを見渡して、たこ焼きを食すための道具を探す。さすがにそう何度も湊の箸を借りるわけにもいかない。焼きそば食べてるし。 「あ、ごめん。割り箸だったら―…」 「はい」 私が何を探しているのか察した湊が立ち上がるより早く、私たちの前に現れた人物が、それを差し出してくる。え、と私も湊も顔を上げたら、口元だけでうっすらと微笑む長身の彼がいた。きょとんと目を丸くする私に、「あれ?探しもの、違った?」と訊いてくるので、慌てて箸を受け取って、「ううん、ありがとう!」と御礼を言う。 「どういたしまして」 「あれ、もしかして…呼びに来た?そろそろ出発する?」 「ん?いや、まだ大丈夫だ。ゆっくり休んで、備えてくれ」 「そっか。…あ、悠も座りなよ。リーダーこそ、休憩はしっかりね」 「そうそう。たこ焼きあるよー、食べな食べな〜!…私が買ったわけじゃないけど」 「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」 そう言って湊の向かい側に腰を下ろしたのは、私たちの「新リーダー」の、鳴上悠くんだ。探索から戻るとすぐ保健室やてづくりこーぼーに向かい次の探索に備えているので、あまりゆっくりと休憩はしていないイメージ。それは湊も感じていたようで、快くたこ焼きのパッケージを悠くんへ差し出す。割り箸はセルフサービスでフードコートの一角に置いてあるとのことなので、彼の分はわりとすぐ手に入った。 「調子はどう?リーダー」 「ぼちぼち。やっぱりどうしても今回の迷宮に入ってから、探索のスピードは落ちたと思うしな」 「ぎくぎく」 「ああ、お化け屋敷?」 「だって怖いじゃーん!ゆかりも怖いって言ってたよ!あと多分わりと美鶴先輩も内心怖がってると思う!」 「べつに責めてないさ。こっちも怖がってるメンバーいるし」 「はは…こればっかりはね。焦らず進もう」 「ああ、そうだな。そのつもり」 「えふおーいー怖いしね」 「けどどこを通るとF.O.E.に遭遇するかは大体分かった」 「地図に書いてたね。見てもいい?」 悠くんが取り出した手帳には、見やすいように地図が書かれている。私と湊二人して覗きこんで、「おお…」と感嘆の声をあげた。記号だったり、小さく説明を記入してあったり、かなりきっちりと書き込んである。戦闘や全員の指示をこなしながら地図も書いてるんだからすごいよなあ…素直に感心したら、「こういう、根気の要る地味な作業好きなんだ」と心なしか得意気に胸を反らされた。リーダーさまさまだ。 「頼もしいな。僕もサブリーダーとして何か出来たらいいんだけど…全部君に任せちゃってるね」 「そっか…改めて考えてみると、大変な仕事ばっかりだよね。メンバー編成だって、いつもより倍の人数だし…いろいろ考慮して編成するの難しいよねぇ…能力抜きにしてもかーなーり個性的なの揃ってますし?」 「…役割交換しようか?サブリーダー?」 「えっ」 「やっぱりリーダー押し付けられて嫌だった!?」 「冗談だ。べつに苦じゃない。押し付けられたとも思ってないよ」 真顔で「交換しようか」と言い出した時は私も湊もエッ!て思ったけど、彼はすぐに可笑しそうにくつくつ笑うから、私達は二人してほっと胸を撫で下ろす。湊と悠くん、どちらがリーダーになるか、というのを決めた時、べつに悠くんが自分から「リーダーに」と言ったわけじゃない。でも特別嫌がる様子もなかった。逆に、湊は今までリーダーだったのに複雑じゃないのかなーって心配したけど、湊も湊でたいして気にする様子はなかった。それどころか、「君がいいと思う」って言ってたし。 「それに、そんな褒めることでもないだろ。きっと湊がリーダーでも、俺と同じように全部こなしてたと思う」 「…そうかな」 「そうだよ」 「…湊のこと、信頼してくれてるんだね」 「もちろん。頼りにしてる」 「えへ、なんか自分が褒められてるみたいに嬉しいね!自分たちのところのリーダーが認めてもらえてるって」 「もっと褒めようか」 「…いえ、いいです、僕が照れるだけじゃないか」 にへらーっと上機嫌に笑う私と、恥ずかしそうに咳払いして視線を逸らす湊。悠くんたちとは出会ってそんなに時間が経っていないのに、なんだか、いつの間にかちゃんと信頼関係が築かれてる。あのゆかりも楽しそうに千枝ちゃん達と女子トークしてるし、風花も同じナビタイプのりせちゃんと出会えて嬉しそうだった。この世界にいる間だけ、なんて勿体無いくらいに、親しくなれた。不思議な体験だけど、やっぱり、ちょっと楽しい。にやける。デザートにドーナツを頬張って、口の中で広がる甘い味に、さらににやける。そんな時ふと、悠くんが「そういえば」と話を変えた。 「二人って付き合ってるのか?」 「んぐっ」 「え?…僕と?いや、違うけど…どうして?」 「すごく仲が良いなと思って」 「ごほっごほっ」 「そうだね…仲は良いと思ってるよ。…落ち着いて、。お茶あるよ、飲む?」 「今も二人で並んで食べてたし。…、大丈夫か?」 不意打ちすぎる不意打ちにびっくりしてむせる私を片手間に心配しつつさらっと会話を続けるのふたりともなんかずるくないかなんなんですかそれ。紙コップのお茶を湊から手渡され、悠くんを恨めしそうに睨みつつ、無言でごくごくと飲み干す。私の背中をさすさす撫でる湊に、全く動揺は見られない。そういえば悠くんに言われて気付いた。あんまりにも自然に隣に座られたけど、今思えば、湊は一人でテーブルに座ってる私を見つけた時、なんで向かい側に座らなかったんだろう。向かい合ったほうが、目を見て話しやすかったんじゃなかろうか。実際、悠くんは私達の向かい側に座って、こちらをじっと見つめているし。めっちゃ見てるし。あ、今ちょっと笑ったし。(あーもう湊が恥ずかしがらないから私一人ばかみたいじゃん!) 「うう…悠くんのバカ!アホリーダー!たこ焼きの青のりが歯にくっついて取れなくなってしまえ!」 「地味に嫌だな」 「何怒ってるの?」 「み、湊のバカ!もっとバカ!」 「えー…」 「もー!湊の分までドーナツ食べるからね!あげないから!」 「あ。ほら、慌てて食べるからぼろぼろ落としてるよ。制服が汚れる」 「いーの!」 「…ほっとけない、って感じだな」 私と湊のやりとりを見ていた悠くんが、ぽつりと呟く。小さな声であっても、聞こえてしまったものは気になってしまう。「何が?」と二人して尋ねたら、彼は目を細めて、笑った。それがあんまりにも綺麗な笑みなので、一瞬、見惚れる。「湊は、のこと」それを聞いた湊はきょとんと数秒黙りこんで、そのあとすぐにくすりと笑った。悠くんに負けず劣らず、その笑顔が私の心臓にはとってもやさしくない。 「…そうだね。ほっとけないのかも。危なっかしいし」 「……そんな危険人物じゃないですぅ」 「目の届くところにいないと、つい探しちゃうんだ」 「〜〜っもう!なに!さっきいっぱい湊のこと褒めまくったから仕返し!?照れ殺し!?」 「え?そんなつもりないけど…あ、口の端にチョコレート付いてる」 「うう〜〜!!」 ただでさえ恥ずかしいっていうのに、湊にそう指摘されさらに恥ずかしくなる。指で拭おうと思ったら、湊に「手が汚れちゃうよ」って制された。トレイの上にのっていた紙ナプキンを手に取ると、あろうことか私の唇の端をそれで拭う。いや、自分で出来ますから。こどもじゃないんですから。恋人じゃ、ないんですから。これ絶対無意識だ、全然気にしてないやつだ。頭ではぎゃんぎゃん騒ぐのに、振り払うこともできずただ真っ赤になって硬直してされるがままになっていると、はっと悠くんの視線に気づく。私と目が合って笑った。かああ、ともっと顔が熱くなる。微笑んだままそっと穏やかに目を伏せて、「見せつけられちゃったかな」なんて小さく呟く。湊は聞き取れなかったらしく、顔を上げると「え?」ってきょとんとした声をあげた。声にならずにぱくぱく口を動かす私。 「いや、の弱点が分かったな、と。今後の作戦に活かすよ」 「そう…?よく分からないけど、今後とも頼りにしてるよ、リーダー」 「ああ。こちらこそ。サブリーダー」 「…ふたりともバカ!!アホリーダーズ!!」 「酷い言われようだ…」 「ごめん。からかいすぎた。…じゃあ、食べ終わったらそろそろ行こう」 「あーも〜!またお化け屋敷〜!」 「大丈夫だ。湊が守ってくれるだろ」 「!?」 「ん?うん、何かあったら守るつもりだよ。安心して」 「!!?」 微笑む二人に、敵わないなって思いながら、まだもうしばらく、私達はこの迷宮を楽しむことになりそうだ。 |