「住む世界が違う」という言葉を、比喩以外で用いることになるとは思いもしなかった。だけど今私の目の前にいる人物は、言葉通り、違う世界の住人だった。銀色の髪も、不思議と吸い込まれるようなその瞳も、整った顔立ちもどこか整いすぎていて、綺麗すぎて、不気味なくらいだ。人間じゃないと言われれば、まあ、なぜか納得してしまう。中身だってそうだ。世間知らずの子供っぽいところがあるくせに(それを隠そうといつも知ったかぶりをかますけど)基本的には紳士で、大人で、誠実で、優しくって。その優しさだって出来すぎていて、どこか、現実と切り離された存在に思える。私にとっては。何かの本から出てきたみたい。この場合、お伽噺の王子様といえばいいのだろうけれど、それもなんだか違う。ただ、私が普段認識している「人間」という生き物とは少し違う気がした。変わらないはずなのに、どこかが違う。なんだろう、なんだろう。

「ベルベットルームの中じゃ、時の流れは関与しないとか言ってたっけ。過去も未来も無いって。それって、とても素敵なことじゃない?私の住んでる世界のみんなもそういう生き方ができたら、いいのに」

イゴールが席を外しているということで、私はテオとふたりきりでそんな話をする。テオは私の言葉を聞くと、少し困ったように目を伏せて、「そうですね、『無い』というのは少し違うかもしれません。…けれど、過ぎゆくものに対して何らかの意味を持たせたものが『過去』『未来』と称されるのなら、やはりこの部屋にはないのかもしれない」とよく分からないことをべらべらと、大まじめに語った。けれど、締めに一言、「様。過去も未来も不要だなんて、そんな悲しいことを言ってはいけませんよ」と告げたので、彼の言いたいことはなんとなく伝わってきた。

「お客人は、私どもとは違う。過去が無ければ…未来が無ければ、生きることの出来ない存在でしょう」
「そんなのって、ズルイと思うんだけど」
「…ズルイ、とは」
「だってそれって、テオ達は出来るってことでしょう?そういう生き方」
「ええ。そうですね。そもそも、貴女は羨ましがっていますが、実際のところはどうでしょう。想像できますか?過去のない生き方も、未来のない生き方も。体験したことがないのですから、想像するのは難しいと思うのですが」
「体験したことがないから、想像することしか出来ないんだよ」
「出来ましたか」
「出来ないけど」
「即答ですね…」
「だけど、そんな生き方をしてみたいの。したいの」

「ねえテオ、私はね、少しでもいいからあなたと同じ世界を見てみたいの。同じものを見たいの。同じものに触れたいの。」テオの瞳をじっと見つめながら、呪文のように私はつらつらとそう口にしていた。我に返った時、ああ言わずに留めておけば良かったと後悔したけれど、今更引き返せなかった。テオの瞳が微かに揺れて、「それは、もったいないお言葉です」と小さく小さくつぶやかれた。その声はどうしてだろう、とても悲しく私の耳に届いて、テオの表情はもっともっと悲しげに映った。途端に、私まで悲しくなる。「そんなことは無理に決まっている」と本人の口から聞いたような気持ちになって、今にも私の前からテオが逃げていってしまいそうで、怖くなった。気づけば、私はテオの手をぎゅっと掴んでいた。けれど彼の手袋に隔たれて、私は彼の熱を知ることは無かった。でも何故だろう。彼のぬくもりを知ってしまえば余計に悲しくなる未来しか、私には見えないのだ。そして彼はそんな未来を見ることすらしないのだ。





楽園未満
(ひどいひとね、あなた)(ひどいひとだ、貴女は)