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「…ものすごい量だね、春名くん…」

 積み上がったドーナツの箱を見て、ヒエ…っとする。お馴染み有名店のドーナツから、手作りのものまで。さまざまな見た目、味、いろいろあってもとりあえず全部「ドーナツ」だということは察しがついた。その甘い甘いにおいを漂わせる箱を大事そうに嬉しそうに抱えて、ご機嫌ににこにこしている春名くん。本日の主役。好きなものに囲まれている彼はとても幸せそうだ。「とりあえず好きな食べ物ドーナツらしいしドーナツあげれば喜ぶだろう」という安直な理由ではなく、「間違いなく一番喜ぶものはドーナツだろう」という圧倒的確信のもとに、みんなが彼に用意した。かくいう私もそのうちの一人でして、いくら好きって言ってもさすがにもう飽きるかな違うものにしとけばよかったかな…とすでに大量のドーナツを抱えた彼を見たときに不安がよぎったのだけど、まったくの杞憂だった。私のドーナツも「すっげー嬉しいぜ!ありがとな!」とぺかぺかした笑顔で受け取った彼は本当に嬉しそうで幸せそうで。

「本当に好きなんだねえ…そんな幸せそうに受け取られたら、贈るこっちもすごく嬉しい。ドーナツにして正解だったかな」
「そりゃ嬉しいよ。あー…ドーナツが食べられることだけじゃなくてさ。オレの好きなものを知っててくれて、オレを喜ばせるために、今日、こうやってみんなオレにくれたんだ、って思うと…さ。へへ」

 少し照れくさそうに頬を掻く。その顔がなんだかかわいくって、見ているとつられて口元が緩んだ。そんなかわいらしいことを言ってくれるんだから、そりゃあ喜んでみんなドーナツを贈っちゃうよ。私の見つめる視線を誤魔化すように、春名くんは一つの箱の中から両手にドーナツをつまみ上げて、ぱくぱく食べて、「うん、いつもの何倍も美味く感じるぜ!」なんて言ってウンウン頷く。右のドーナツを食べて、左のドーナツを食べて、なんだかすごく贅沢な食べ方だ。誕生日だから、それもきっと許されるんだろう。そんなことを思いながら食べてる様子を眺めて、あることに気付いて、思わず。

「……ふふっ」
「…あ。なんでそんなオコサマを見る目するんだよー!オレだって今日で…」
「ふっふっふ。なんでだと思う?」
「え?…あ!もしかしてチョコついてるとか?」
「正解〜!」

 まじか!と見当違いの場所を指先で触ったり、軽く舐めたりした後、手の甲で豪快に拭おうとする春名くんを慌てて止める。鞄からハンカチを探し当てて、こっちむいて、と顔を覗き込んだら、今度は春名くんが私を止める。

「ハンカチ汚れるって!」
「いや、手で拭いたら手が汚れるでしょ。ハンカチはこういう時の為のハンカチです」
「いやいや、それかわいいのにもったいないじゃん!手は洗えば落ちるからさ」
「ハンカチの汚れも洗えば落ちるよ」
「うわ〜…あーいえばこーいう…」
「いいから。遠慮するんじゃありません」

 きりっ、とした顔をつくって叱る風に言ってみたら、観念したような「は〜い…」が聞こえた。「ずるいよなぁ…」とも小さくつぶやかれたけど、ずるいことを言ったつもりはなかったので聞こえなかったふりをした。おとなしくじっとしてくれた春名くんの唇に、なるべく優しくハンカチで触れる。強く拭っちゃかわいそうだもの。押し当てたハンカチを離して、「よし、とれた」って満足して呟いた時、春名くんの顔が少し赤くなっているのに気づく。目をぱちりと合わせると、余計に恥ずかしそうに手の甲で唇を隠した。ちょっと意外だ。「あ、とれた?サンキュー!」くらいのかるーいノリで終わると思ってた。そんなに恥ずかしいかな、子供っぽいところ見られるの。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。私はちょっと嬉しいな、こういう…子どもっぽいところ?見れたり、甘えてくれたりすると。うん。春名くんはね、もっと甘えていいと思うんだ。周りに」
「…やっぱずるいよなぁ」
「え、え、なに?さっきから私べつに何もズルしてませんからね!?」
「あーあ!誕生日でいっきに三つくらい歳とんないかなーオレ!」
「えぇ…若さゆえの余裕のある発言…私も言ってみたいなそんなせりふ…」
「そっちは歳とんなくていーの。オレが追い付いて追い越したいだけだからさ」
「どうして?」
「どうして、って…」

 そう訊かれると答えが分からない、みたいに「ん〜…」と唸ってしばらく宙を見た後、

「ひみつ」

 そう言って、ふ、と笑う。その表情は、照れくさそうにも見えるけど少し大人びても見えて、私はおもわず、「ず…っるいなぁ…」って声に出してしまいそうになるけど、なんにも春名くんはズルをしていないので、何がずるいのかは私にも分からなかった。そのあと、一個食べる?ってドーナツを差し出してくる春名くんはいつも通りの春名くんで、やっぱり私には、一年に一つだけ歳を重ねる彼がちょうどいいのだと思った。

ドーナツと年上の片想いの相手。誕生日おめでとう。/サイト掲載190404