▼ ▼ ▼
「ちゃん、なんか良さそ〜なお馬さんいた?この子なんか持ってそうだな〜足速そうだな〜みたいな感じの」
「次郎ちゃん、素人の意見きいてお馬さん選んじゃダメじゃない?競馬新聞見ながらうんうん唸って頭捻って決めるんじゃないの?」
「いや〜…なんかこう、一周回ってビギナーズラックに頼りたくなってきたんだよね」
「なんだかんだ一日いるもんね〜。おなかへって頭にエネルギー回ってないんじゃない?たこ焼き食べる?クレープ?唐揚げ?」
「うそぉ…いつの間にそんなに買ってきてたのちゃん…いやまあ美味しいよね、競馬場のごはん。おいしいけどね」
「うん、メッチャおいしい。競馬場っていいね。そこの芝生でピクニックしたい気分」
「のどかだねぇ〜、お馬さんの駆けっこみながらピクニックか〜…いやいやいや」
馬券なんて買ったこともないであろう彼女とやってきた競馬場。完全に自分の趣味。いや、最初は連れてくるつもりはなかったわけだけど、「行きたい」と向こうから言ってきたので、ほんとか?と疑いつつも「それじゃあ…」とやってきた。何も自分の趣味に付き合わなくても、とは思ったが、実際意外と楽しんでいるらしい。主にごはんとか。会場の雰囲気とか。何度も来てる自分にとっては珍しさの無い光景も、彼女にとっては違うらしい。競馬新聞の見方も、用語の説明も、自動発売機の使い方も、興味津々にふむふむ聞いて覚えていた。まさか恋人に馬券の買い方を説明する日が来るなんて。自分と付き合っていなければべつに知る機会もなかっただろうに。っていうかたぶん大抵の人間は覚えなくても生きていける知識なんだけど。
「…考えれば考えるほど謎の罪悪感に苛まれるな、これ……」
「(もぐもぐ)なんで?ポテトたべる?元気出るよ」
「いや、ね?せっかくの二人ともオフの貴重なデートに競馬場連れてくる男ってどう?女の子からして」
「なんで?日が沈んで暗くなってきてほら、なんか至る所がライトアップされてて?人がいっぱいいて?エレクトリックなパレード見に来たみたいじゃない?美味しいものもいっぱいあるし」
「いやまあ、一部の人間にとってはある意味ここが夢の国ですけどね?夢買いに来てるけどね。ランドよりシーより夢がいっぱいですけど」
「ふー!テンション上がっちゃうね。チュロス売ってたよ。たべる?」
「あのね、ちゃん。買いすぎ」
ぐいぐいと砂糖をまぶした甘い棒を近づけてくるので首を捻ってそっちを向いて、一口齧った。スプーンであーん、とかじゃない分、若々しい恥じらいもそんなに感じない。特に何を言うわけでもなく、俺が齧ったあとまたすぐ自分のおやつとして残りを食べ始める彼女。
「このデート楽しい?」
「うん」
…まあ、本人が「楽しんでる」っていうんだから、そうなんだろう。「そりゃよかった」と苦笑いして、ふー、と溜息吐いて、さてさてと気を取り直して広げた競馬新聞を二人で覗き込む。馬の名前を見ながら「へんな名前だね」「キラキラネームだね」「誰がつけてるんだろう」と首を傾げる恋人は、マイペースに甘いものとしょっぱいものを交互に食べている。たまに新聞に食べかすが降ってくる。ほんと、自由。自由だな。
「…こういう言い方で良いのか分かんないんだけどさ」
「うん?」
「といると楽なんだよね。こんな楽でいいのかな、っていうくらい、さ。…へへ」
「そーなの?」
「そーなの。…なんか、もっと普通あるでしょ。いい歳した男女のお付き合いで。格好つけてビシッと決めなきゃいけない場面が」
「記念日にちょっとお高いレストランに行ったり、親へ挨拶したりとか?」
「うっ…急に現実が刺さった…いやうん、そうね、そういうのね」
「べつになくたっていいよね、そういうの。肩こりそうな店でちびちびごはん食べるの楽しくないし、結婚しろってせっついてくる母親じゃないしウチ」
「…そーなの?」
「そーなの。あ、でもウチの父親借金で蒸発したから、もし結婚するならギャンブル好きな男は絶対やめなさいってお母さん言ってた。上手く趣味隠し通してね、次郎ちゃん」
「おっとぉ…唐突にブラックな話するの怖いよちゃん。今この流れで言う!?ここ競馬場なんですけど!」
「うそうそ」
「いや、どっからが嘘よ…」
「ギャンブル好きでもメッチャ良い男だってお母さんにはそのうち紹介するよ、次郎。今日楽しいし、また競馬連れてきてね」
なんてことない自然さで、そんなことを言う。いつだって、そうだけど。ちょっといい台詞言う時も、いい台詞言ってんな〜って思わせないような自然さがある。けど、これが彼女の普通なのだから当然だった。普通。普通だ、俺達はいつも。ドラマや映画になりそうな壮大な恋愛なんてしていなくて、俺達はいつも普通に二人で過ごして、普通に好きで。こんな調子でゆるーく年月を重ねていくんだろう。それが本当は意外に難しいことなんだろうけど、俺達二人ならできてしまう気がした。チュロスの最後の一口を食べきって砂糖を口の端につけたままのに、ティッシュを差し出しながら、思った。
「…“そのうち”、ね。…ま、そうか。そのうち、か…」
「え、競馬しばらくやらないの?シーズンとかある?」
「あー、いや、そっちが“そのうち”なんじゃなくて」
俺に気を遣って、「べつに次郎ちゃんが結婚を匂わせてくれなくてもお高い店に連れて行ってくれなくても気にしないワ」と言ってるわけじゃない。わざと、デートに競馬場へ連れてくるような俺のゆるさに合わせてるわけじゃない。俺がらくちんになるようにが気遣ってくれてるわけじゃない。気なんか遣わなくても本当にはこうなんだろう。俺がちょっと真剣に今後のお付き合いの発展について考えているときに、むしゃむしゃもぐもぐアレコレ食べてるこの自由さ。ゆるっゆるなんだろう、お互いに。気を許しまくってるっていうのかな。
「…あー、分かっちゃったかもなー…」
「何が?」
「といると楽、じゃなくて、正しくは…といるのが好きなんだよね、俺」
「…うん?うん」
「ラクだから好き、ってわけじゃなくて。この、『ラク』って思ってた気持ちが、本当は『好き』ってことだったんだなーと」
「なるほどー…つまり?」
「つまり?あー…そうね……も俺といるのらくちんに思ってる?」
「うん。ちょー楽」
「ははっ、それならオッケー」
それなら、たぶん、それは幸せなことなんだろう。お互いに。俺はぱたんと競馬新聞を閉じて、折り畳んで、「帰りますか」と、柵の向こうの馬たちを遠目に言った。俺の言葉に、きょとんとが首を傾げる。
「まだレース残ってるのに?」
「いーのいーの。今日はこれくらいにしとこう」
「次郎ちゃん…これ以上やったら身ぐるみはがされる…?」
「そーね傷が浅いうちに退散…っていやべつにそういう理由じゃないから」
「そーなの?」
「そ。賑やかな競馬場デートもいいけどさ、帰って今日の残りの時間は、二人でゆっくりしようよ。…っていうお誘い」
きょとん、という顔をさらにきょとんとして、目をぱちくりさせて、でも最終的には笑って、子供みたいに大きく頷く。クレープを齧る一口目より、ふーふー冷ましてからたこ焼きを頬張るあの瞬間より、幸せそうな顔をしていると信じる。俺も自分がお馬さんのレースを見守るときより、良い顔してるって信じるよ。まだちょっと残ってる競馬場グルメの袋を腕にかけて揺らしながら、俺の隣を歩く彼女。途中、「あっ」と声を上げて、ポケットから取り出した紙をにこにこ見つめた。なんだなんだ?と俺も覗き込む。
「あれ?何その馬券。買ってたの?」
「うん!100円しか賭けてないけど。初競馬記念に持って帰るんだー」
「はは…映画の半券とか取っておくタイプだもんねぇ。…あ、しかも三連単…ん?」
「次郎ちゃんの誕生日の9とー、1とー、あと私の誕生月でー」
「…待てよ…この並び…確かこのレース…」
「でも13番の馬の名前かっこよかったんだよなー。そっちにすればよかったかな」
「………さん?」
「はい?なんです?次郎さん」
「この馬券、当たってるよ?」
「そーなの?」
「そーなの、じゃなくて!!ちょっ、えーと、払い戻し!機械はー…あっちだ!戻ろう!」
「えっ帰るんじゃなくて?」
「お金に換えないで帰れません!!」
「えっ払い戻し機に吸い込まれたらこの紙なくなっちゃう。思い出が手元に残らない」
「思い出は目に見えないもんなのよちゃん。もっと凄くイイ紙に換えてもらえるから。記念なら俺のハズレ馬券あげるから。ね?次郎ちゃんからのお願い」
「おおー…次郎ちゃん……必死だなー」
マイペースな幸運の女神の手を取って走る。おいしいものは後でいくらでも一緒に食べるから、思い出もこれから先たくさん作るから、だから今必死にこの手を握ってる男を、格好悪いって呆れないでくれ。
誕生日ネタではないけど先日競馬いったので一度は書いておきたかった。次郎ちゃん誕生日おめでとう!/180901