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「今日はありがとね、かのんくん」
「…ううん、かのんがお願いしたことだから。それに、帰り送ってくれてありがとう、おねえちゃん」

 助手席に小さな男の子を乗せて、陽の落ちた中、安全運転で車を走らせた。歳のずっと離れた妹の、仲の良い「おともだち」であるその男の子は、いつもならもっと元気でおしゃべり大好きなはずだけど、今日は静かだった。時折、すん、と鼻をすする。泣いて赤くなってしまった丸い瞳は、彼が大好きなうさぎさんみたいだ。誤解してほしくないのだけど、私が泣かせたのでも、妹と喧嘩したのでもない。この子が涙を流している理由は、ただ、優しいからだ。

「かのん、まめすけくんと最後にちゃんとお別れできてよかったぁ…」

 そう言って、また思い出して悲しくなったように、ぐすん、という泣き声が隣から聞こえた。まめすけ、というのは我が家で飼っていたハムスターのことだ。かのんくんはうちに遊びに来るたびに、その小さな生き物の住んでいる小屋を楽しそうに覗いていた。餌をあげてみたり、手のひらにのせてみたり、妹と一緒にきゃいきゃい可愛がっていた。
 そして、その友達の家で可愛がっていた小さな命が旅立ったと聞いて、まるで自分の家族のように悲しみ、「お別れを言わせてほしい」とやってきたのだ。小さなお花を持って、うちの家族にぺこりと頭を下げたかのんくん。いつもの無邪気でふわふわした印象ではないその様子に、私は相手が小学生だと分かりつつも、しっかりしてるんだな、と妙に感心してしまった。だけどその哀悼の相手がハムスターなのだと思うと、なんだかへんてこであべこべに思えてしまうくらい、小学生で、子供だとも思った。

「ハムもかのんくんに来てもらえて嬉しかったと思う。あと、妹も。まだ泣いてたけど。一番かわいがってたし、しばらく引きずると思うけど」
「…うん」
「なんか、ごめんね。かのんくんまで悲しい気持ちにさせちゃって…」

 言いながら、いまいち何に対しての「ごめん」なのか自分でもよくわからなかった。でも、本来なら他人の家のハムスターの死に、他人が悲しむ必要は無いはずだ。だから「なんか申し訳ない」と思う。けど、その「なんか」の部分を突っ込まれてしまうと、どう説明したものか。だから突っ込まれないことを祈ったけど、かのんくんはストレートに、「どうして謝るの?」と尋ねてくる。大人のくせに、答えが見つからない。なんか、うん、はは、と曖昧に流した。
 なんだか。なんとなく。犬や猫や、それこそ人間の死なんかと比べてしまえば、きっと小さな死なのだろうな、と思う。「飼い犬が死んで…」と泣いている人間と、「飼ってたハムスターが死んで…」と泣く人間、比べられてしまえば、「ハムスター…ねえ……そりゃあ…かわいい…ねえ」と思われるような気がする。妹は大泣きだし、かのんくんも泣いてくれる。命に大小をつけることはできないのはわかる。それでも、なんだか。

「…かのんが、復活の魔法使えたらな。まめすけくん、ただ眠ってるだけみたいだったもん。ちょっと魔法使ったら生き返りそうだったもん」

 子供の純粋さが眩しくなる。きっと本当にそう思うから、この子はそういうせりふが言えるんだろう。そうだねえ、と相槌を打って、曲がり角を右に曲がった。なんだか、小さな小さなあの命を、大きな命として扱えるのは、この子や妹のような、子供の特権のような気がしてしまう。

「本当、可愛がってくれてたもんね、かのんくん。私よりも可愛がってたと思う」

 かのんくんは男の子だけど、かわいいものが大好きで、ふわふわで、きらっきらで。そういうかのんくんと小動物という組み合わせは、ぴったりすぎるくらいにぴったりで。かわいい、かわいい、とはしゃぎながらハムスターにおやつをあげるかのんくんが記憶に新しい。あのときはハムスターも元気で、かのんくんの腕にのぼったりしていた。服を噛みやしないかはらはらした。かのんくんはお洋服がとっても大事だから。
 そんな光景を思い出して呟いた言葉だったけど、かのんくんは少し納得のいかないような声で、私に言った。

「あのね、かのん知ってるよ。おねえちゃんも、まめすけくんのこと大好きだった、って」
「え?」
「妹がすっごく可愛がってたら、そのお姉ちゃんやお友達はそれより可愛がってない、ってなっちゃうの?かのん、まめすけくん大好きだったよ。おねえちゃんも大好きだったでしょ?かのん、みんないっしょだとおもうな」

 胸にぐさりと刺さるような、ずんと腹の中に石が落ちるような、そんな、まっすぐな言葉だった。まっすぐすぎて、聞いてるうちに、かあっと顔が熱くなった。恥ずかしさに似ているけれど、べつにかのんくんが言ってることは何も恥ずかしくない。恥ずかしいとしたら、ただ、自分が恥ずかしかった。小さな大人のかのんくんが言っていることがきっと正しすぎて、大きな子どもの自分が恥ずかしかった。

「…そうだね。私は多分、うらやましくなっちゃってるのかも。いっぱい泣いた方が、いっぱい好きだったってことのような気がして。私は妹やかのんくんみたいにいっぱい泣けないから、大人って嫌だなあって、悲しくなる……」

 子供の頃だったら、きっともっと泣いてたのに。自分はもう純粋な心を持っていないんだなあ、って、悲しい。悲しくなれないことが、悲しい。ペットの死が悲しくても、夜になれば翌朝のためのアラームをセットして寝て、明日になれば涙を流さずに朝から仕事をこなしている。そんな現実が、「大人」が嫌になる。もちろん子供たちだって、今日の内はお風呂に入っているときや夜の布団の中でふっと思い出して涙を流しても、明日楽しいことがあれば悲しいことを忘れて笑うんだろう。それで誰も怒るわけがないし、ハムスターだって恨んだりしない。わかっているのに。
 …なんて。どうしてそんなことを子供に向かって話しているのか。我に返って、ごめんねなんでもないよと苦笑する。ちょうど信号が赤になった。沈黙してしまったら落ち着かないと思って、私は助手席のかのんくんのほうを見る。眉を下げて、唇をへの字にして、悲しそうに私を見ていた。胃が痛むほどの罪悪感が生まれる。ああ、もう、大人のくせに、私は何を。

「…かのんが、いいこいいこしてあげる」

 直前まで、泣きそうに口をへの字にしていたその子が、急にそう言った。そういう使命を背負ったみたいな顔で、私に言った。え、と反応に困った私に構わず、かのんくんはシートベルトに押さえつけられていた体をぐっと乗り出して、手を伸ばした。小さい手のひらが、私の頭をなでなで、なでなで、と。何かを念じるみたいに、魔法をかけるみたいに。

「ナデナデって、元気をくれるおまじないなんだ」

 ああ、元気づけてくれているんだ、こんな小さい子に気を遣わせちゃったな。大丈夫だよって、元気出たよ、って笑顔を向けなくちゃ。

「でもね、あのね、たまにね、『泣いてもいいんだよ』っていうおまじないにもなるとおもうの」

 だからね、かのんがなでなでしてあげる。泣きたいのに泣けないの、いやだよね、そんな大人になっちゃうの、いやだよね。おとなになるのこわいよね。そんなふうに唱えながら、かのんくんが私の頭を撫でる。本当、私、大きな子どもだ。かのんくんの狙いの通りに、じわりと視界が滲む気配がして、それでも私はやっぱり「大人」でいたがるみたいに、必死に涙を引っ込めて、大人ぶって、「ありがとう」とだけ言って、青に変わった信号に向きなおった。かのんくんの手もすぐに引っ込められた。
 それから少しして、かのんくんの家に到着する。優しいママと一緒におうちに入っていく直前に、もう一度私を振り返って、ばいばい、と手を振ってくれる。その笑顔に向かって手を振り返して、完全にその背中が見えなくなるまで、見送った。見送ったあと、すぐには車を動かさずに、車内で少しだけ泣いた。うそ。気が済むまで泣いた。半分は、可愛がっていたハムスターの死をおもって。もう半分は、かのんくんのことをおもって。あの子に大人になんかなってほしくなくて。だけど私が思うよりきっとずっとあの子は大人なのだろう、と、そう思って、泣けた。

十月某日我が家の小さなアイドルを喪ったので心の中のかのんくんに一緒に泣いてもらった。ごめんねありがとう/181030