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最近恋人の寝起きが悪い。元から少しねぼすけなところはあったが、最近は特に。一度や二度体を揺すったところでは起きないし、無理矢理布団を剥いでみても、ごろんと転がってそのまま畳の上で寝続ける。怒っているわけではないし、特別困り果てて手を焼いているわけではない。むしろ、今日はどんな手で起こしてみようか、こういうことをしたら起きるだろうか、と試すのが毎朝のちょっとした楽しみになっている。しかも寝起きが悪いといっても、なかなか起きてくれないというだけで、べつに起こした自分に対して機嫌悪く当たってくるわけじゃない。寝起きにしばらくぼーっと、起きてるのか起きてないのか判断しにくい目で自分を見てくる様子がなんとなく幼く見えて、可愛いな、と気に入ってるくらいだ。
「ー、朝だぞー!ご飯出来てるぞー?」
台所からの呼びかけ、効果なし。聞こえていないみたいだ。「卵焼き、まだあったかいぞー」好きな食べ物で釣ってみる。丸く盛り上がってる布団の山がもぞもぞと動いたが、その中から人が出てくることはなかった。うーむ。台所から畳の部屋にそーっとそーっと移動して、せーの、と唱えてから勢いよく布団を剥ぎ取る。
「んん…」
「〜、朝だぞ〜」
「……」
眉が顰められたが、起きようとする気配はない。猫のように丸まって、掛け布団を失ってなお暖をとろうとする。猫みたい、か。うん、猫みたいだな。タケルや漣に今度話してみよう。が寝てる姿が猫みたいに可愛かった、と。きっと話しているうちに自分が思い出し笑いをして、漣に「ニヤニヤすんな」と怒られるんだろうな。最近よく言われる。ニヤニヤするつもりはないんだが、気付いたらそういう顔をしているらしかった。
すぐそばにしゃがんで、大きな猫の頭をわしわし撫でる。多分、今の自分の表情も、緩んだものになっているんだろう。
「ー?おーい、起きないのかー?」
「……」
「…仕方ない。これは奥の手だったんだが…こほん」
わざとらしい咳払いの後、すう、と息を吸ってから、伸びやかに歌い出す。この起こし方は漣専用だったんだが、応用編としてに使ってみる。個人的には歌っていて気持ちがいいので、さわやかな朝にはぴったりの歌だと思うんだが。気分によって気付いたら微妙に音程や歌詞が変わる自由さも気に入ってる。
「今日ーも元気にやるぞ〜やるっぞ〜ふんふんふーん」
「…」
「ほーらも一緒に〜」
「……うん」
「おっ!起きたか?」
「………」
「起きて…ないな?」
「…うん……」
返事は寝ぼけながらしてくれるが、完全に起きるのとは違う。そうか、この歌でも起きないのか。漣より手強いかもしれないな。目をあけないまま、うつらうつらと「うん、うん」しか言わないの頬をふにふに指で何度かつついてみる。「うん」と返事をすることで「うん、起きてるよ」という主張なのかもしれないが、さすがに騙されてあきらめてやれない。
「ー、いい加減起きないと〜…」
頬っぺた、鼻先、ちょんちょんと指で触りながら、続く言葉を考える。起きないと…どうしようか。朝飯抜きだぞー、とか。いや、それはかわいそうだな。せっかく作ったんだし食べてもらいたい。だが他に罰ゲームになりそうなことがこれといって思い浮かばない。うーん、と首を捻りながら、の鼻先をつついていた指の動きをぴたりと止める。の吐息に耳を澄ませながら、じーっと、鼻より頬より柔らかそうな顔の一部分を見つめた。
「起きないと…チューするぞ〜?…ははっ!なーんて」
さすがにそれはだめかー、と自分の言った言葉に自分で恥ずかしくなって、誤魔化すように笑い飛ばす。いや、笑い飛ばそうとして、は、っと笑いが止まった。目が合った。と。いや、さっきまで閉じていた重い瞼がひらいて、こっちを見ていた。自分と目が合ったことに気付いて、ぎくっと動揺したその丸い目が、慌ててまた何事もなかったふうを装って閉じられる。
「……」
「…すー…すー…」
「……ぷっ、はははっ!」
「…〜っ」
「あっははは!そうか、ははっ!寝たフリか〜!いや〜、参った!」
自分が笑いだして、もう演技が見破られていることなんて分かっているだろうに、はぷいっと寝返りを打って顔を反対に向けて、懲りずにまだ寝たふりを続けている。多分、顔は赤い。照れ屋だなあ、とそんな彼女の寝たフリする姿を眺める。ああ、きっと、今また自分は「にやけるな」と他人に小突かれてしまうような顔をしている。
いやいやしかし、いつまでも眺めてたらさすがにかわいそうだ。だらしなく緩んだ顔を、ちょっと引き締める。演技には演技で対抗だ。
「いや〜残念だな〜。起きてくれないとキスの一つも出来ないなぁ」
「さ、さっきと言ってることが、ちが…っ」
がばっと体を起こして、赤い顔をこっちに向ける、その瞬間に距離を詰める。距離がゼロになる寸前、不意を突かれて驚いた顔が愛しかった。その先の表情は、目を閉じてしまったから分からない。
「……、…」
「おはよう、」
「………ずるい……」
「いやぁ、そんなにしてほしかったのか〜と嬉しくなって、つい」
う、と恥ずかしそうに、恨めしそうに、睨んでくる。けど、そんな表情にすら自分が口元を緩ませることに気付いたのか、ぽすっと自分の胸に顔をうずめてしまう。顔が見えないのは残念だが、胸に飛び込むついでに、小さく抱き着いてくれるのが嬉しかった。腕の中で聞こえる、ちいさな、観念したような「おはよう」という声に、やっぱり口元が緩んでしまう。
「で、布団を剥いだ時に丸まってる様子が猫みたいでなぁ」
「へえ…猫…猫みたいなのか」
「ウッゼェー!喋りながら思い出してニヤニヤすんな、らーめん屋!」
「あ、やっぱりニヤニヤしてるか?自分」
「べつにいいだろ。…さんの話するときの円城寺さん、嬉しそうだ」
「つーか、いつものあのヘンな歌で起こせばいいだろうが!」
「いやそれが起きなくてなぁ」
「は!?アレで起きねーとかあの女どーなってやがる!?」
「…あー…いや、本当はあの時にほぼ起きてたのかもしれん。ただ起きるのが億劫でそのあとは寝たふりだったのかもな」
「…そこまでして起きたくないのか。そのあとはどうやって起こしたんだ?」
「ああ!寝たふりを見破ってすぐ起こせる方法が一つ見つかった」
「なんだよ?」
「…それはー…、……」
「な、なんだよ!早く言えバァーカ!」
「…ヒミツだ!」
「ハァ!?ウッゼー!!」
「はははっ!すまんすまん、ちょっと特殊な方法だから企業秘密だ」
「…思ったんだが、円城寺さんとさんってよく二人で生活できるよな。あの人、早起き苦手なんだろ」
「んなの起こさねーでほっとけばいいだろーが」
「ん?はは、まあそうなんだが…に起こしてくれって頼まれてるからな」
「起きないのにか?」
「起きようとはしてるんだぞ、多分。後からすごく気にして謝ってくるし」
「はあ」
「自分が家を出る時間早い日も、朝飯だけは一緒に食べる!起こしてくれ!って約束なんだ。たまに食べながら寝そうになってるけどな。…はは!」
「(コイツまた思い出してニヤケてやがる)」
「あの様子じゃ、自分が家を出た後すぐ二度寝してるんだろうなぁ」
「…じゃあ、なんでそこまでして朝一緒に過ごすんだ?」
純粋な疑問だ。タケルが神妙な顔で首を傾げるので、自分は少し笑ってしまう。漣も興味なさそうな素振りではあるが、なんだかんだ話を横で耳に入れていた。タケルは、の話をする自分が「嬉しそう」だと言った。その通りなんだろう。誰かに、言いたくなる。聞いてほしくなる。何故だろうな。自慢してるわけじゃない。いや、やっぱり自慢かもしれない。自分にはもったいないくらいの、幸せ自慢なんだ。
「一日の始まりに、大切な人の顔が見たいんだ。自分も、も」
明日も明後日もずっと君が幸せな朝を迎えられるように。誕生日おめでとう/180914