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「おっ!いたいた!っちー!お疲れさまっす!」

 全学年参加の球技大会。グラウンドには他にもたくさん人がいるし、私はみんなの輪から外れたところの日陰でしゃがんでいたというのに、その人物は簡単に居場所を探し当て、手をぶんぶん振りながら駆け寄ってきた。

「…四季くん」
っちのクラス、女子のサッカーどうだったっすか?勝っ…て、ないっぽいっすね〜」

 ごらんのとおり。私以外のサッカーを選択した女子たちは他の種目の応援に出払っている。勝ち進んでいたなら今頃次の試合に向けてわいわいしているはずだ。そういう状態じゃないということに気付いて、四季くんも私に尋ねている最中から「あ、負けたんだな」と判断したらしい。ありゃ、と肩をすくめた。私は口をヘンな形に尖らせながら、そんな四季くんとは目を合わさずにグラウンドの遠くのほうを睨む。「ドンマイっす」と隣から声がする。私はやっぱり、そっちを見ない。

「…っち?」
「負けたの、私のミスのせいっぽい」
「へっ」
「途中でみんなひそひそし始めて、強制的に交代させられた」

 ぽつり、ぽつりと呟いて、なんか改めて口にするとみじめさが増すような気持ちがした。一回目のミス、二回目のミス、周囲の目、ひそひそ声、焦り、怖い、嫌な空気、フィールドの外に出されたときのあの気持ち。全部思い出してしまって、ぐちゃぐちゃに丸めてわめき散らして遠くにぶん投げたい。四季くんがちょっと言葉に迷った気配に、私は焦って、誤魔化したくなって、すくっと立ち上がってやっと彼の方を見た。

「やってしまったよ〜〜!!くう〜〜みんな白い目で見てたよ〜〜!!」
「お、おお…確かに想像するとマジキツイっす…!こういうイベントの時、ピリピリしてる女子いるし!」
「そう!そうなの!マジで体育館裏に呼び出されるか明日からクラス全員にハブられるかだと思って!『うわやべー…やべーよ…』ってなってた」

 今度はぽつぽつと暗い雰囲気ではなくて、わざと明るいノリで大袈裟に話した。そうしたら四季くんもそれに合わせるように、エッ今時マジで体育館裏呼び出しとかある!?なんて前のめりになった。合わせてくれているのかもしれない。気を遣ってくれたのかもしれない。しばらく二人でぎゃいぎゃい騒いだ。でもその空元気も、結局もたない。やがて溜息になって、沈黙になって、深い深い溜息になった。

「…はぁ〜…もうだめだぁ……球技大会なんて無ければよかったのに」
っち…」
「運動できない奴は生き恥を晒すだけだよ…つらい…」
「…まあ…こういうのって、やっぱ結局運動部の奴らの見せ場になるっすよねぇ…」

 私の卑屈モードにつられてしまったのか、四季くんがしみじみと呟いた。つられたのか、あるいはやっぱり、合わせてくれたのか。私の方を見て、眉を下げて苦笑した。四季くんって、私の苦手なパリピリア充タイプな人間のように見えて、意外にもこういうところがある。まあ、だから私みたいな人間でも不思議としゃべりやすいんだけど。

「けど、っちなりに頑張ったじゃないっすか。見たかったっす!っちのハイパー頑張ってるとこ!」
「いや見なくていい、見なくて正解。絶対」
「ええ〜」
「ほんとに。四季くんに見られたら泣いてたわ」

 だから、見られなくてよかった。いくらきみがそんなふうに励ましてくれても。恥ずかしくて、みじめで、くやしくて悲しくて。なんでこんな思いをしなくちゃいけないんだろう。運動できないってだけで。カースト上位の女子に笑って許してもらえるようなキャラじゃないってだけで。
 四季くんが、さっきよりもずっとしょんぼりした声で、私の名前をつぶやく。ぴしゃりと言いすぎてしまったかもしれない。四季くんに八つ当たりしてるわけじゃない。こんな態度を取りたかったわけじゃないのに。また、わざと明るく話そう。へらへら笑ってしまおう。そう思って口を動かしかけたとき、四季くんが先に話しだした。

「今日、っち二つ結びじゃないっすか」
「…え?」

 四季くんが大真面目な顔で、自分の両耳の後ろに拳をつけて、「二つ結び」のジェスチャーをする。確かに、いつもの髪型とは違う。

「オレ、昨日の放課後、『明日どんな髪型にする?』ってクラスの女子たちが話してるの聞いたっす」
「…え」
「遠足とか文化祭とか、そういう楽しいイベントの時みたいに、女子ってちょっと気合入れてて。っちもっちなりにちょっとでもテンション上げようって思ってたんじゃないかなー、って」
「……、…その結果がこの失態だし、パリピの真似事をしているのがバレた気分でめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど…やらなきゃよかった…」
「いいじゃないっすか!似合ってるっす!激カワ!」
「は、はあ…どうも…」
「だからオレは、球技大会なんか無ければよかった、って思えないっす。いつもと違うっちが見られてうれしいから」

 え、と声に出すのも忘れる。四季くんの言葉を脳が処理しきれなかった。私は、なんにも言えなくなって、ただ四季くんを見た。しばらく見つめた。ありきたりな例えだけど、時間が止まったみたいだった。けれどやがてその時間が動き出したとき、四季くんが、へへ、と笑った。ちょっとだけ照れるように、でもいつもみたいに笑った。その笑顔を見たら胸がぎゅうっとして、やっぱり言葉は出てこない。
 そんなとき、おーい、とこちらに声が掛かる。見ると一人の男子が四季くんを呼んでいた。もうすぐはじまるぞー、と。その声に手をふって応えてから、「よしっ!」と四季くんが気合を入れるように拳を握った。

「次、オレのクラスの男子サッカーの第二試合っすよ!応援よろしく!絶対勝つ!っちのカタキはオレがとるっす!」
「え…いや、カタキとかはないんだけど…」
「オレがっちのカワイイとこ発見して思ったみたいに、っちにもオレのカッコいいとこ見て、球技大会があったから見れたーって、見れてよかったーって、今日のこと悪いだけの日じゃないって思ってほしいっす!」

 だから見てて!と言って走り出す。走った先で、「ハイパーカッコいいとこ見せるぜー!」と叫んで気合を入れていた。周りの男子がなんだなんだと四季くんに笑っていた。私はしばらくぽかんとして突っ立って、脱力して、それからその後、ふっ、と笑ってしまう。
 あのね四季くん、私もう今すでに結構思ってるよ。そんな嬉しいことを言ってもらっちゃったら。球技大会なんて、今日なんて、無ければよかった、なんて言えないでしょう。だって今日がなかったら、聞けなかった言葉だ。あじわえなかった気持ちだ。最悪な日を上書きしてしまうような衝撃。四季くん、きみは私にとって、もうとっくにかっこよくって大きな存在なんだ。(ああ、今日が「今日の私」でよかった!)

可愛い髪型で帰宅した日の妹の球技大会の話を聞いたら書かずにはいられなかったネタ 毎日にくじけるな全国の女子高生/サイト掲載190619