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 誕生日って、何をする日だろう。この日が来るまで、何度も何度も考えた。正解が分からないまま日付が今日になって、0時にちょっと長くなってしまったメールを送ったり、あんまり大きくないけど丸いケーキにハッピーバースデーのプレートを付けてもらったりした。ろうそくもつけてもらった。ケーキに差してから、自分がライターで火をつけたことがないことに気が付いてヒエッとしたけど、輝さんが笑って「俺がつけるからいいって」と言った。用意しているときはうきうき楽しかったはずなのに、なんだか、だんだんと自分の気持ちが後ろへ後ろへあとずさっていく。カーッと恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになる。輝さんが「ん?」って表情だけで尋ねた。指先を擦り合わせて、肩を縮こませる。

「あの、輝さん…私、恥ずかしくないですか?」
「え、どうした?急に」
「だ、だって、大人のひとって誕生日どうやって過ごすのが普通なのかわからなくて…いや、私も成人女性なんですけど、大人っぽい誕生日が分からなくて…」
「大人っぽい誕生日?」
「ふつう、この歳になって誕生日ケーキのろうそくとか消さないですかね…?ハッピーバースデーとか歌わない…?そもそも、誕生日といったらケーキじゃないと!っていう発想が子供でした…?もっとこう、静かな夜のふたりのきらめくときにサプラーイズ!きらきらー!どーん!みたいな…み、みたいな…」

 言っているうちに恥ずかしい気持ちが増したのは自分の語彙力の無さに改めて自分のせりふによって気付かされたからです。声がしょぼしょぼと小さくなって最終的に顔を覆う。「すみません」と謝る。「いや謝ることじゃないぞ!?」ってフォローを入れてくれたので、ちらっと開いた指の隙間から輝さんの顔を見た。私のこんな様子を見て、笑ってた。

「俺はスゲー嬉しいぜ。これぞ誕生日!って祝われ方したらさ。子どもっぽい、って言われたら聞こえは悪いけど、この歳になってもワクワクするだろ?ろうそくに息吹きかける瞬間ってさ!ケーキ、用意してくれてありがとな!最高の誕生日だ!」
「……輝さん…」
「ほーら、ハッピーバースデー歌ってくれるんだろ?心のこもったやつ頼むぜ!なんてな。あ、火つけるの危ないからケーキちょっとこっち寄せるな?」

 輝さんは優しい。いつだって本当に優しいんです。こどもっぽく歯を見せて笑っても、いたずらっぽく肘でつついてからかってきても、根っこはいっつも、優しいおとこのひと、だ。いつも私の気持ちを考えてくれる。後ずさりがちな私の手を引っ張ってくれる。だけどそんな輝さんに、甘えるばっかりじゃなくって、もっと、釣り合うような自分になりたいのにな。近づきたいのにな。うまくいかない。

「…輝さん、大人になっちゃうんですもん」
「そりゃ誕生日だからな。一つ歳を…って、こら、まだまだオッサンじゃないからなー、俺は!」
「最近、本当…輝さん、会うたびかっこよくなるから…大人っぽくて」

 出会った時から年齢差なんて変わらないはずなのに。輝さんのかっこいいところを知るたび、どきっとして、大人だなって思うたび、自分の拭いきれない子供っぽさが恥ずかしくなる。年上の恋人。自分は、年下の彼女。子どもっぽいところを相手に見せてしまえば見せるほどに、距離があいて、追い付けなくなっちゃうなって変に焦る。恥ずかしくなる。だからといって背伸びをしてもお見通しだろうなってわかるし、もどかしい。誕生日の今日、数字の上でもまた一つ差がひらいてしまった。嬉しい日なのに、ちょっとだけくやしい気持ち。

「…気にしてるのか?俺が年上なの」
「……気にしてないわけじゃないですけど、一番は、輝さんが年上だっていうことじゃなくてたぶん…」
「たぶん?」
「自分ばっかり輝さんの好きなところ増えてるから!です!」
「え」
「だってずるいじゃないですか!なんなんですかもう!最近私輝さんのことますます好きになって、かっこいいところいっぱいで、どきどきしてばっかで!私も輝さんにドキッとしてもらいたいのに!自分でも分かっているんです子どもっぽさが抜けてないの!うー、くやしい!私も早く大人っぽさを習得してもっと好きにさせたい!です!…です!」
「…、…ぷっ」

 です、を二回言ったのは、恥ずかしさを誤魔化すためです。結構恥ずかしいことを言った、自覚はある。輝さんが笑いだしたから、よけいに。「すみません…」を小さな声で口にして顔を覆う。笑ってた輝さんが、その笑い声の合間に言った。「今増えた」って。なにが、って訊こうとして指の隙間から輝さんを見る。優しい顔でわらって、「の好きなところ」って言った。

「今日、もっと好きになった。俺だって会うたび思うんだ。俺の恋人はかわいいな、ってさ」
「……え、」
「今日は特別かわいい。なんでだろうな。俺の誕生日だからか?」
「……、そ、そうです、たぶん」

 予想外の褒め殺しに、想定外の恥ずかしさを味わって、しどろもどろになる。また輝さんが笑う。かなわない。たぶんこの先一生。



 そっと輝さんがろうそくに火をともす。電気が消えて真っ暗な部屋の中、そのやさしい光だけがお互いを照らす。その穏やかな時間に思わずちょっと言葉数が減って、歌おうと思っていたハッピーバースデーの歌なんて頭から引っ込んでしまった。だけどそのかわりに、見つめあったら、自然と声に出していた。今日一番言わなくちゃいけなくて、いくら言っても足りない言葉。

「お誕生日おめでとう、輝さん。…大好きです」

 輝さんが優しく微笑んで、ふ、と息を吹きかけて火を消した。ぱちぱちと小さく控えめに拍手したあと、手探りで部屋の電気を探そうと動いた直後に、輝さんが私の名前を呼ぶ。暗闇の中でもそのひとの手が私の手を取る。なあに、と返事をしようとした唇が、柔らかいもので塞がれる。その唇はすぐには離れていかないで、たっぷりと時間をかけて私にその熱を教えてくれた。やがて、すごく近い距離で、彼の笑った吐息がかかる。ケーキ、まだ食べてないのに、あまい気分。ずるい。

「へへ…大人っぽい誕生日、ってやつしてみたけど、どうだ?」
「…、ほんとずるいです…そういうの…」

twitterにあげてたもの。ハッピーバースデー輝さん。大好き/サイト掲載190404