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「電話、大丈夫だった?」
「ん、ああ…北斗からだった」
「やっぱり?話してる感じからしてそうかなーと思った。ぎょーむれんらく?」
「…まあそんなところだな。っと悪い、洗い物やらせちまって。サンキュ」
慣れた様子で洗い物を片付けるを振り返る。その手にあるカレー皿は指を滑らせればキュッと音がしそうなくらい真っ白だ。飯を食い終わってちょっと二人で気になってたテレビ見て、さて洗い物するかーって直後に携帯が鳴って、そのまま電話に出た俺の代わりにが洗ってくれていた。電話の内容は確かに仕事の話だったが、電話越しに後ろでカチャカチャ食器を洗う音を聞いて、北斗が「彼女、部屋に来てるんだ?」と茶化してきたので最後の方はその話題だ。うるせー茶化すなよ切るぞ!!と思わず声がデカくなったが、電話の向こうの北斗はやけに楽しそうだった。顔は見えないのにはっきりと表情が分かった。「それじゃ、彼女と素敵な夜を」と言い残して通話を終わらせたその声音なんて、本当、楽しんでるものだった。
「…ったく北斗のやつ…」
「あは、電話でなんか怒ってたね。いじめられた?」
「いじめられてねーよ!…それより、残りは俺が…ってもう片付け終わるか」
「うん。すぐ拭き終わるから向こうで待ってて。カレー美味しかったから、洗い物はそのお礼ってことで」
「だろ!?やっぱり新しく使ったあのスパイスが」
「はいはい後で聞きますからねー」
声だけで背中をぐいぐい押されて、多少名残惜しくも大人しくキッチンから離れる。今晩のカレーも自信作だ。辛すぎないか心配だったがは辛い方が好きって言ってたし上手くいってよかった。機嫌良く少し緩む口元をそのままに部屋へ戻ったとき、自然と一番にベッドへ目がいって、ぎくりと体が強張る。まださっきの北斗の台詞が頭に残っていた。北斗の言う「素敵な夜」が具体的にどんなものかは分からないが、なんとなく言いたいことは分かる。ものすごくなんとなくだが、分かる。ベッドのすぐ傍、カーペットの上に腰を落として、テーブルに肘をついて、なんてことない様子を装ってが部屋に戻るのを待ちながら、ちらりとまたベッドを見てしまう。
いや、べつにそんなつもりはない。ないが、ただ、最近忙しくて会えなかった。明日は久しぶりのオフだ。もそれは知ってる。そわそわと落ち着かなくテーブルを指先で軽く叩く。さっき消したばっかだけどテレビでもつけるか。リモコンに手を伸ばしたところで、片付けを終えたが「冬馬ー」と呼んだ。リモコンを掴む前に手を引っ込めた。
「片付け終わったし、そろそろ帰るね」
「…は!?帰んのかよ!?」
「え、帰るよ」
「なっ…飯食って洗い物して帰んのかよ!?」
「え、だって冬馬が飯食いに来いって呼んだんじゃん」
「そっ、れは!!そうだけどよ!!」
「おいしかったー、ごちそうさまです。また作ってね」
頼まれなくても作る、って、いやそんな問題じゃない!ぱくぱく口を動かすもこういう場合の上手い引き留め方みたいなものがとっさに浮かばず、声にならない声で唸った後、最終的に頭をぐしゃぐしゃ掻きむしって沈黙した。テーブルに突っ伏す。「何やってんの、変な冬馬」と、頭をぽんぽん叩かれた。む、と顔を上げたときには、すでにその手は離れている。ひとの気も知らないで、はテーブル横に置いておいた自分のバッグにスマホをしまい、さっさと脱いでた上着と帽子に手を伸ばそうとした。そこでようやく、俺は引き留めるための声を発した。
「…ホントに帰んのかよ」
「うん。お邪魔しました!」
「……俺、明日オフだって言ったよな?」
「うん、聞いたよ。久しぶりのオフだーって。ゆーっくり休んで、疲れ取ってね」
にこにこ笑って言われると、続く言葉が出てこない。違うだろそうじゃなくて、そうじゃなくてだな。言わなくても分かれと念じても、はやっぱり帰りの支度を止めようとしない。なんだよ、なんでそんな、あっさり帰ろうとするんだよ。そわそわしてたの、俺だけかよ。久しぶりに会えて嬉しいとか、いろいろ話したいとか、そういうのも、俺だけかよ。
「…べつに、帰らなくてもいいだろ」
視線を外したまま、ぼそりと小さくつぶやいた。口を尖らせたような拗ねた声が出た気がして、余計に顔はそっちに向けられなくなった。それでも、がぴたりと動きを止めたのが分かる。
「冬馬?」
「…だから、…泊まってってもいい。迷惑じゃねーし…その…」
「え?なあに?」
「だっ…だから!帰るなよ!!…って…」
逸らしていた顔を思わずそっちに向けたとき、口元に手を添えながら笑っていると目が合った。さっきのにこにこを通り越してむしろにまにま笑ってる顔。申し訳程度に笑っているのを隠そうと口元に添えられた手。
「そっか。帰ってほしくないんだぁ、冬馬クン?」
「お…」
「なんて。えっへへー、どう?今の翔太くんに似てた?」
「お前なあっ!!」
確かに言い方がすげー翔太に似てたから余計にカッと恥ずかしくなって、腕を伸ばした。翔太のからかい方に似ているくせに、間違いなく相手はだ。こういうときひょいっと腕をすり抜けて逃げていく翔太とは違って、は簡単に俺に捕まって、そのまま後ろに体を倒してしまうんだから。べつに押し倒すとかそんなつもりはなかった、こんなあっさりいくとは思ってなかった、と一瞬焦って身を引こうとするものの、自分の真下の彼女の表情を見たら、体を離す気が薄れた。くすくす楽しそうに笑って、ごめんってば、と謝る声はあまり誠意を感じられない。電話を切る間際の北斗の声を思い出した。
「お前…最初っから俺のことからかってただろ…!」
「だって奥手な冬馬がどうやって引き留めてくれるか見たかったんだもん」
「あのなぁ…」
「ね、ね、もう一回言って。じゃないと私帰っちゃうかも」
「…っ、帰らせねーよ!!」
ききたいのは愛の言葉(うそうそ本当は君のその音!)/別館サイトから掲載191022