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 べつに必ず元旦とかに行かなきゃいけないわけじゃないはずだ。年が明けてから初めて行くお参りなら、「初詣」って、言っていいはず。たぶん。「人がぎゅうぎゅう」ってわけでもない、なんとなくお正月気分もちょっと落ち着いたかなという日、の、しかも夜。

「やっぱ今日来てもまだ人いるんだな……」
「ね。大丈夫かな?気づかれない…かな?」
「べつに…そんな心配すんな。マスクだし、案外バレないもんだぜ」
「そうだね。マスクに眼鏡に帽子に…不審者スタイルだもんね」
「ふ、不審者スタイルじゃねーだろ!変装だろ!」

 思わず声が大きめになる冬馬に、「しーっ」と人差し指を立てる。誰のせいだよ、とでも言いたげに納得いかない表情で冬馬が私をにらむ。声だけで彼を見つけてしまうファンの子だっているかもしれない。念には念を、だ。人気アイドルという存在は、なかなか苦労も多い。今日のこの、「ふたりで初詣」という試みだって、本来ならそう簡単に叶うものじゃない。一応、参拝客が本格的に多そうな日時とはズレてるけど、絶対になんの心配もない!なんてことは言い切れないのだし。それとなくソワソワきょろきょろしてしまう私をよそに、慣れたもんだとでも言わんばかりに、冬馬はさっさと足を進める。

「挙動不審な奴のほうがかえって目立つだろ?早く行こうぜ」
「ははあ、さすがプロ。お強い。……ん、でもそうかも。逆にさ、人がぎゅうぎゅうの時のほうが良かったかもね。木を隠すなら森の中じゃん?」
「あー……まあ、そうかもしれねーけど」

 ちょっと誤魔化すように歯切れの悪い返事をされて、あっそうか、と遅れて気づく。そういう、いかにも人が多い、THEお正月な時期…というかもう、年末からずーっと、冬馬は仕事漬けだったのだ。年末の大きなライブ、お正月特番の生放送。そういうのがひと段落して、やっとちょっとだけ時間が取れて――今日のこの初詣だ。来ようと思ってもどちらにせよ私たち二人は実現できなかった。人がぎゅうぎゅう賑わう中での初詣、というのは。

「ごめん、そうだ、お仕事お疲れ様。忙しかったよね……なんかごめん、ほんと無理やり時間作ってくれちゃってない?べつによかったのに…二人での初詣」
「……べつに、無理してねーよ。お前はいちいち気にしすぎだっつーの。そもそも、俺が外に連れ出さなかったら、どーせお前のことだから、ずっと家のこたつから出ない生活だったろ」

 茶化すようにそう言った冬馬の口元は見えないけど、きっとマスクの下でにやにや笑っているに違いない。

「そーですね、お気遣い感謝してますよーだ。ありがたく楽しませていただきますよーだ」
「それでいいんだよ、それで」

 すねたふりをする私に対して、満足げな声。それが彼の計算通りの気遣いなのか、無意識にやってることなのか、まあ、どっちでもいいかなあ、どっちにしたって好きだから。私もちょっと口元が緩んで、笑ってしまって、彼のすぐ隣へと距離を詰めて歩く。手はつながない。腕も組まない。「とうま、」って名前を呼ぶ声も、ひっそりと小さく。それが、外で会う時に気を付けていること。もう慣れてしまったし、嫌だなんて思わなかった。

「ん?」
「初詣じゃないでしょ」
「……」
「事務所の人たちと初詣行ったでしょ。新年『初』じゃないでしょ」
「……あー……それはだな…」
「ふふ、べつに責めてないよ。ただ、余計にさ?済ませてるのにもう一回お参りさせちゃうの申し訳ないなーと思って」

 ばつが悪そうに目を逸らす冬馬に、「ちょっと意地悪な言い方に聞こえたかな?」と反省していたら、小さな声で、「違うだろ」って聞こえた。おや、と思って冬馬の顔を覗き込んだら、大げさに逸らされた。ああ、そっか、ばつが悪くて目を逸らしていたわけじゃなかったのか。照れくさくて、逸らしたのか。

「……彼女とふたりで来るのと、他のやつと来るのとじゃ違う…って言ったんだよ」

 そのぶっきらぼうな言い方がかわいくって、思わず笑ってしまった。そんな私の反応に、冬馬が怒る。そうだよね、せっかくかわいいこと言ってくれたんだもんね、笑っちゃだめだよね。(かわいいことなんか言ってない!ってきっと余計に怒るけど)嫌だとか寂しいだなんて思ったことなかったのに、今無性に、この人の手をぎゅっと握りたくって仕方なくなってしまう。がまんだ。だって、好きだから、がまん。






「お前、すっげー真剣に手ぇ合わせてたな」
「え、だってしっかりばっちりお願い事したいじゃん」
「ふーん……なんて願い事したんだよ?」
「んーと、誰かさんのお仕事の成功?」
「…はっ?」
「誰かさんが今年も一年無事に怪我無くお仕事できますようにーとか、楽しいお仕事いっぱいありますようにーとか、トップアイドルになれますようにー!って」
「お……お前なあ!?自分のことは全然考えてねーのかよ!?」
「べつにいーじゃん。冬馬だっておんなじ願い事でしょ?」

 お参りを済ませるなりそんな会話をして、とうぜんでしょーって顔で冬馬に笑う。隣を歩く冬馬は私のその笑った顔を、目を丸くしながら見つめて、それから、ふいっと視線を逸らした。ほら図星だ。冬馬だもん。わかりやすい。くすくす笑って、ふと、視界の端に入ったものに惹かれて、私は冬馬の隣から一歩先へ踏み出した。

「ねえ、おみくじあるよ!引かない?…あ、二回目になっちゃうかな?」
「……同じじゃない」
「え?」

 振り返ったら、そこに冬馬は立ち止まっていた。おみくじに向かおうとしていた私も足を止めて、冬馬の顔を見る。「願い事。お前と同じじゃねーよ」

「え……」
「……この間、みんなと一回来てるからな」
「あ…ああ!そっか。そのときにしたんだ?トップアイドルになるぞーって。…えっ、でも二回お願いしておいてもよくない?もっと強力になりそうじゃん。念押し!」
「そんな短期間で二回も同じ……っつーか、お前の入れたら三回になっちまうじゃねーか!」
「いいじゃん念押し!違うなら、さっきは何お願いしたの?」

 問い詰めるわけでもなんでもなく、純粋な興味で聞いたのに、私の質問にぐっと言葉を詰まらせて、冬馬は答えてくれない。わくわく待っていたっていうのに、しばらく私の目を見つめた後、冬馬はやけくそのように「教えねーよ!」って突っぱねて、ずかずかこちらへ歩いてくる。そのまま私の隣も通り過ぎていこうとするから、あわてて後を追いかけた。ちゃんと、その足はおみくじ売り場の方へ向かってくれている。

「ねえねえ、なにお願いしたのー?ねーえー」
「言わねーよ!」
「えー、けち」
「いいから、おみくじ引くんだろ!」
「ちぇー」

 三回同じ願い事したっていいと思うんだけどな。一回じゃなくたっていいし、一個じゃなくたっていいと思う。いや、一個じゃないとだめなのかな?欲張りに、いっぱい頼んだら神様迷惑がるのかな?一個しか神様きいてくれないのかな?でもそれなら、神様がかなえられない分の残りは、神頼みじゃなくって、自分の力でってことになるのかな。私もね、さっき言ったお願い事と別にもう一個あったんだけどね、(もしかして、冬馬とおんなじなのはこっちの願い事だったりして)


ずっと一緒にいられますように。 /220103