「ねえ、ねえ、淳くん!頼んでたもの、持ってきてくれたー!?」

僕を部屋に案内してすぐ、お茶とお菓子を持ってくるから、と彼女は一度下の階に駆け下りていった。そして、少し経った後トレイを両手で持ち運びながら階段を上がってくる。上りながら、二階にいる僕に尋ねた。例のものはちゃんと持ってきたのか?と。言ってるうちに声と足音が近づいてきたので、僕は彼女の部屋からひょいと顔を出して、階段を登りきり二階廊下に姿を現したちゃんと顔を合わせる。にこり、笑えば笑顔が返ってきた。

「運ばせちゃってごめんね。ありがとう。あ、僕にも手伝わせて」
「…えっ?あ、大丈夫だよ、運ぶだけだし、重くないし」
「ううん、ただじっと座ってると緊張しちゃうんだ。『彼女』の部屋だからね」

ちゃんの手からトレイをひょいと取り上げたら、彼女はちょっとだけ困ったように笑って、それから照れくさそうに「私もちょっとそわそわしてるよ」って言った。かわいいなあ。ほっこりと胸があたたかくなって、自然と口元に笑みが浮かぶ。ちゃんが運んできてくれたトレイには、美味しそうな苺のケーキと、湯気の立つ紅茶と、その横に砂糖の入った入れ物が乗っかっていた。それを部屋の中央の小さなテーブルに置いて、ちゃんと僕、向かい合うそれぞれの席にカップとお皿を並べる。「お砂糖入れる?」「ん?うん、じゃあ、一杯だけ」「うん、分かった」「ありがとう」自分の紅茶にも、真似るように一匙砂糖を入れてみる。入っていなくても飲めるけれど、こういうのは、その時々の気分だ。そのあと二人で手を合わせていただきますをして、ケーキにフォークを刺す。すっごく美味しそうだけど、ご馳走になっちゃって悪いなあって言ったら、「お母さんが張り切って買ってきたケーキだよ」って説明された。どうやらとても歓迎されているらしい。

「それで、ねえ淳くん、持ってきた?」
「ん?…んー」
「え!忘れた?」
「ううん。持ってきたよ」
「ほんと!?見たい見たい!」

目を輝かせてはしゃぐちゃんに、僕はまだ納得行かないように「うーん」って唸る。そんな僕の様子に気づいて、彼女はキョトンと首を傾げた。うーん、まあ、嫌ってほど嫌なわけじゃないからいいんだけどさ。僕はのそのそと鞄から分厚いアルバムを取り出す。それだけで、ちゃんの目がぱあっとまた輝いていくから参った。「重くて、持ってくるの大変だったんだからね」とわざと口を尖らせたら、彼女はその場でぺこぺこと頭を下げて、「ありがとうありがとう超嬉しいです!」とホントにほんとにうきうきした様子でお礼を言ってくる。

「そんなに見たかったの?これ」

「淳くんの小さい頃の写真が見たい」と、いきなり彼女が言い出したときはびっくりした。べつにそんなもの見たって楽しくないよ、とやんわり僕がはぐらかしたら、彼女は余計に見たい見たいと騒いだ。だから、先日、5月の連休に実家へ顔を出した時、そおっと家から持ち出してきた、アルバム。「僕の」というわけじゃなく、正確には、「僕らの」写真といえるだろう。どの写真にもだいたい、隣に双子の兄が映っている。まあ常に一緒だったから、別々に写真を撮る必要もなく、個別にアルバムを作る必要だって無かったわけだ。ちゃんは僕の手からアルバムを受け取ると、嬉しそうにはしゃいでそのままのテンションでページをさっそく捲ろうとして、ピタリと手を止めた。ちらちらと僕の顔を盗み見ては、捲りかけた手を行き場なさげに彷徨わせる。

「見ないの?」
「…み、見たい…けど…」
「けど?」
「なんか淳くん、あんまり見てほしくなさそうだから…」
「あー…」
「やっぱり迷惑なことを頼んじゃったかなあと…」

そりゃあ、ノリ気ではなかったけど。いまさら遠慮しなくったっていいのに。そういうところが、君らしいけどね。僕はクスクスと肩を揺らして笑い、「べつに迷惑じゃないよ」と言って、彼女が床に置いたアルバムをぺらりと1ページ捲った。幼稚園の制服を着た僕と亮が映っている。

「誰だって恥ずかしいでしょ、昔の写真見られるのって」
「あ、う、うん、そうだよね」
「けど、やっぱりちゃんになら見せてもいいかなって思って、持ってきたんだ」

微笑んで、もう1ページ捲った。海で砂まみれになりながら遊んでる僕と亮の写真。隣には小さな字で、「亮・淳、4歳」と書かれている。僕の話を聞きながらも視線は写真に向けていたちゃんが、わっと飛び上がる勢いで「かわいい!」と叫んだ。思わず口から出た感想だったらしく、すぐにハッと口を押さえて恥ずかしそうにしていたけど。

「あとね?亮と映ってる写真が多いからさ…僕と亮っておんなじ顔だし、君が言う『可愛い』って亮にも当てはまるじゃない?だからね、きっと僕、ヤキモチやいちゃうなって思って。あんまり見せたくなかったんだよね」

ちゃんは亮と直接会ったことはない。今だからこそ僕と亮は、髪型とかの違いがあるけど。昔の写真を改めて見てみると、なるほどたしかに、僕らはそっくりな背格好をしているわけで。いくら双子だからってさ、親も面白がって髪型や服をおそろいにしなくったっていいのにね?双子が生まれたらそういう育て方をしろって決まりがあるのかな。(まあ、僕も僕でなんでもかんでも亮と一緒じゃなきゃ気が済まなかったけど)ちゃんが、僕じゃなくて亮を「かわいい」「かっこいい」って言うと思うと、なんだか納得行かない、もやもやした気持ちがこみ上げてくるのだ。僕の一方的なワガママだけどね。僕の言葉を聞いて、ちゃんは一瞬キョトンとして、それから、いつもの僕を真似るようにクスクスと控えめに笑い出した。なあに、その笑いは。目だけで訊くと、ちゃんはいたずらっぽく微笑んで、「じゃあ、そうだね、淳くん」と何かを企むような声で僕を呼んだ。

「この二人で映ってる写真、とってもかわいいよね」
「うん?そうかな?」
「右が、淳くんでしょう?左が…亮くん」

写真を指さしながらなんの迷いも無しにそう言い切ったちゃんに、今度は僕がキョトンとする。だけどすぐ我に返って、慌てて写真を覗きこんだ。髪型も、服装も同じ小さな男の子が二人映っている。ただ、頭に被った帽子の色は、右の男の子が赤で、左の子が青だった。なつかしい。ずっとお気に入りだった帽子だ。幼稚園の入園祝いに、おじいちゃんが僕と亮に色違いで二つ買ってくれた帽子。そう、確か…僕が先に「赤がいい」って言ったから、亮には強制的に青の帽子が渡ったんだっけな。思い出して、パッとちゃんへ視線を向ける。

「すごいや。よく分かったね」
「えへへ、すごいでしょう」
「なんで分かったの?」
「え…なんとなく?」
「えー!せっかくちょっと感動したのに」
「だって、なんとなく分かるもん。淳くんだなって」

そう言われたら、僕は言葉が出ない。なんでそうやって、平気な顔で、かわいいことを言うのかなあ。ちょっと嬉しいじゃないか。頬が火照る気配を感じながら、僕は誤魔化すためにまた一枚ページを捲る。「この写真はどこに行った時の写真?」「ここに映ってるのはだあれ?」捲るたび、あちこちを指さしてちゃんは僕に質問する。それに僕は一つ一つ答えていって、僕の答えに、微笑みながらうんうん頷くちゃんが可愛い。僕らは肩を寄せあって、昔話に夢中になった。僕の幼稚園ではこうだった、ちゃんの幼稚園ではこうだった、お遊戯会では何の役をやって、運動会では何番を取って、小学校のときにはどうだった、こうだった、とか。他愛もない話。だけど、楽しくってしょうがなかった。そうしてまるまる一冊のアルバムを見終わって、ぱたんとそれを閉じた時、ちゃんが小さい声で僕に囁いた。

「だけど、ちょっとさみしいなあ」
「どうして?」
「だって、当たり前だけど、昔の写真に私は映ってないじゃない?」
「…うん?」
「当たり前だけど、私が知ってる淳くんは、今の淳くんだけだよね。当たり前だけど、私と出会ってからの淳くんよりも、私と出会う前の淳くんのほうが、たっくさんいるんだよね。長いんだよね。…うん、寂しいじゃないな。くやしい!」

最初、ぽかーんとして、それから、僕は気づくと笑い出していた。ちゃんは怒るわけでもなく、恥ずかしそうに頬を赤くしながら、もごもごと口ごもった。「自分でもばかみたいって思うけどさ」と言い訳のように付け足す。ああ、やっぱり、かわいいなあ、僕の恋人さんは。知りたがりで、ちょっぴり欲張りで、僕のことが本当に本当に大好きみたいだ。

「ねえ、ちゃん。写真撮らない?」
「え?写真?」
「うん。携帯でいいからさ。一緒に撮ろう」
「え、え、でも」
「写真嫌いって言って、いつもなかなか撮らせてくれないでしょ」
「う…」
「僕もあんまり写真に映るの好きじゃないけど」
「じゃあどうして?」
「分かんないけど、なんとなく」
「…なんとなく?」
「うん。なんとなく」

目を細めて笑えば、彼女がくすっと笑い返した。うんいいよわかった、って君が答えてくれること、僕は知ってるから。僕がポケットから携帯電話を取り出して、カメラを起動する。その間に、なんだかちょっとそわそわしながら、前髪を整える彼女が愛しい。見てると自然に口元が緩むから、最近の僕はきっとだらしない顔をしていることが多い。頬と頬が触れるくらいくっついて、レンズに向かって二人で小さく微笑む。静かな部屋にパシャリとシャッター音が数度響く。「あと一枚!」って僕が言う頃には、お互いが自然と笑顔をつくれるようになっていた。だから、最後の一枚、シャッターを切る直前に彼女の頬に小さくキスをする。びっくりしてこっちを向いたちゃんに、もう一度キス。(ああその表情、とびきりかわいい)


「ねえ、これからもずっと一緒にいよう。君と出会う前の僕より、君と出会ってからの僕がいっぱいになるように。ずっとずっと、僕の傍にいて」





まことに人生、


一瞬の夢


(だからこそひとときも逃さずに、君を愛していたいから)//130506