「ねーねー、打ち上げはダメなの?南ー」
「ダメだって言ってるだろ…あと近所迷惑になるから必要以上に騒ぐなよ?」
「それと、ちゃんとゴミは持ち帰ること。火の扱いには十分に気をつけること。だな、南」
「さすが東方、よく分かってる」
「みんなー、地味’Sが地味なこと言ってるー」

 それは八月の終わりの、夜のこと。もう夏休みもおわりで、始業式が間近に迫った、少し涼しくなってきた八月の夜。千石がレギュラーのみんなと、マネージャーの私と、そして壇くんとに回した一通のメールがきっかけ。
 「花火しようよ」って、ただそれだけ。
 後ろには歯を見せてニカニカ笑ってる絵文字がくっついていた。その絵文字の通り、にかっと笑いながら花火を突きつけてくる千石の姿が目に浮かんだ私は、迷わずすぐに「いいね!」と返した。

 メールの差出人が千石だというだけで、なんとなくこのメンバーになるのは予想できた。ただ、壇くんは「亜久津先輩も誘ったんですが……ごめんなさいです」としょんぼりしていたけど。千石も、自分が誘っても折れてくれないと分かっていたのか、壇くんに亜久津の勧誘を頼んでいたらしい。気にしないでいーよ、と苦笑いしていた。
 だめもとだったのかもしれないな。亜久津が喜んでこの輪に入るとはあまり思えなかった。彼と、テニス部の仲間として一緒にいた期間は短い。というか、仲間だと思ってくれていたかも怪しいけど。
 そんなことを思いながら、私はテニス部集団の最後尾を歩いて、花火の入ったビニール袋を軽く振り回していた。

〜、とろとろ歩いてると置いてっちゃうぞー」

 前を歩いていた新渡米がひょいっと一歩後ろに下がってきて、そんなことを言ってくる。私はただ一番後ろを歩いていただけであって、みんなから遅れていたわけじゃない。ムム、と引っかかって、新渡米の腕を小突いた。

「ちゃんと追いついてるでしょー」
「ん〜?う〜ん」

 新渡米は、妙に達観したような含み笑いを見せて、「どうかなぁ」なんて言う。私は意味がわからなくて、首を傾げた。だけど新渡米はそれ以上何も言わなくて、前に向き直ると喜多くんにちょっかいを出しに行った。そんな背中を見つめていたら、ふと誰かの視線を感じる。事の一部始終を見ていたのか、目を向けた先には錦織がいた。目が合ったら、私の隣までやって来る。

「…花火、持とうか?」
「ん?だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 実際私が持っているのは今からみんなでやる花火の全体の量の三分の一くらいだ。ついさっき、私と南と東方で花火を買いに行った。買い出しメンバーは私達三人+言い出しっぺの千石だったはずなのに、遅れてきたんだから千石らしい。「もう買い終わったよ」と呆れた声で言う南に、千石はまたいつものようにかーるくゴメンゴメンと頭を下げていた。
 そういうわけで、錦織に持ってもらうほどの量はない。いくら女子だといっても、これでも一応マネージャーとして伴爺に体力鍛えられたんだぞ。
 だけど錦織は、持たせちゃ悪いから、なんて理由よりは、腑に落ちない顔をしていた私を気遣って話しかけてきただけに思えた。空気の読める子だ、錦織。

「っていうか、花火の量多くない?」
「あ、やっぱり買いすぎちゃったかなぁ」
「まあ、人数も多いし…いいのかな」
「千石は、足りないくらいだよー!って言ってたけど」
「張り切ってるなぁ」
「ね〜」

 二人で顔を見合わせて笑ったら、その笑い声に反応したのか、それとも話の内容が聞こえたのか、先頭を歩いていた千石がくるっと振り向いて、最後尾の私達を見た。両手でメガホンをつくって、わざとらしく後ろに聞こえるように「こら、そこー!」と注意してくる。

「イチャイチャ禁止でーす!ただし俺とイチャイチャするなら許しまーす!」

 南たち地味'sは呆れたように苦笑いして、室町くんは揚げ足を取るかのように「それって千石さんとイチャつくなら錦織さんでもいいってことになりません?」とツッコミを入れていた。それを聞いてみんなが笑って、私も錦織もさらに笑った。



 目的地は、公園だった。この時期になると中高生の絶好の花火スポットだという、砂場も芝生も広々とした、大きめの公園。たまに騒ぎすぎる学生のおかげで苦情が出ることもあるらしいので、南はそれについてぴりぴりしている。絶対うるさくするなよ、絶対だぞ、と全員に釘を刺す。その言い方、フリじゃないの、なんて言ったら怒られそうだからいえないけど。
 実際、うちのテニス部はそこまでぎゃあぎゃあ騒ぐタイプの雰囲気じゃないと思うんだよね。明るい雰囲気はあるけど。みんないい感じにまとまってて、ほぼ平和だ。
 砂場の方までみんなで移動して、さっそく買ってきた花火を袋から取り出す。砂場の近くだと、水道もベンチもあって便利だ。バケツ持参係だった喜多くんが上機嫌にバケツを振り回しながら水道へ向かっていく。他のみんなはわいわいしながら花火に群がっていったので、なんとなく私は喜多くんの後をくっついていった。

「あ、大丈夫ですよっ!俺一人で持っていけますし!先輩も自分の確保しないとなくなっちゃいますよ、花火!」
「ん?あ、いいのいいの。なんとなく、うん」

 そうですかー?なんていいながら、やっぱり喜多くんは上機嫌。鼻歌まじりに蛇口を捻る。錦織といい喜多くんといい、ほんと、優しいやつらばっかりだなぁ、うちの部は。とぷとぷと水が溜まっていく様子を、私は黙って、喜多くんはその様子すら楽しいようにるんるん気分で見つめていた。思わず私が呟く。

「ご機嫌だね、喜多くん」

 それを聞くと、喜多くんはすぐにこっちを見た。ほんの少しびっくりしている顔だったけど、それは一瞬で仕舞いこんで、にっこりと笑う。

「だって楽しいじゃないですか!みんなでこうやって遊ぶの」
「それはそうだけどね、うん、すっごく」
「先輩、うかうかしてるとみんなに置いて行かれちゃいますよー?」

 びっくりした。さっき新渡米に言われた言葉にそっくりだった。「置いてっちゃうぞ」「置いて行かれちゃいますよ」私はその言葉の意味がわからなくて、びっくりしたまま固まった。
 喜多くんは、びっくりしてる私を見て小さく微笑んで、蛇口の水を止めた。キュ、と音を立てて、水の流れは一瞬で収まる。それが合図だったように、私もハッとする。よいしょ、とバケツを片手で持ち上げた喜多くんに、思わず立ち上がる。

「私も持つ!」
「え?いやいや、二人で持つほど重くないですってば!」
「いいの!私も持つ。半分こね!」

 右側だけ持ってみると、確かに二人で持つほど重さもなく、軽い。それでもなんとなく、言い出したからには一緒に運んだ。二人でみんなのところに戻ると、千石がまたむくれながらこっちを指差してきた。

「ほら〜!イチャイチャしない!ただし俺とイチャイチャするのは許す!ただしちゃんに限るっ!」
「『ただし』乱用しすぎ」

 と、また室町くんが呆れてツッコんでたけど。便乗するように新渡米が「喜多のパートナーは俺なんだからね〜?には譲らないよん〜」なんて言ってくる。それに喜多くんがはしゃいで「新渡米せんぱぁ〜い!」とくっつきに行くもんだから、いきなりバケツが傾いた。こ、このやろう…!

「あ、ボクろうそく立てるです!家から大きいろうそくを持ってきました!」
「おっ、偉いな。言いだしっぺのくせに何も準備しない千石とは違うな」
「ひっどーい南!俺だっていろいろ用意してあるんだからさぁ」
「例えばなんだよ」
「…それはいえない」
「どうせないでしょ、千石」

 南の小言にのっかると、千石が「ひどいよちゃんまでー!」となきついてきた。けど、シカトしとこう。
 壇くんがろうそくをどうにか地面に固定させて、チャッカマン持参係の新渡米がさっさと慣れた手つきで火をつけた。「亜久津がいたらさらに慣れた手つきでライター使ってたと思うけどね〜」と言われて、まぁ、たしかに…と全員苦笑した。中学生で煙草って…と、びっくりしたのがなつかしい。
 炎がゆらゆらと揺れているのを見て、ろうそくが倒れないかよく確認したあと、南が「よし、」と呟く。それを合図に、千石やら新渡米やら喜多くんがわーっと花火を手にろうそくを取り囲んだ。

「おい!危ないから隣と離れてやれよ!」
「聞こえてないと思いますよ」

 うんうん、と室町くんの呟きに私も頷いた。南はハァーっと呆れたため息を吐く。まったく、いつまで経っても苦労人ポジションというか、常識人ポジションというか。
 ふと見れば、壇くんがぺりぺりと花火の袋を開封して、線香花火と手持ちの普通の花火とをせっせと分けていた。手伝おうかな、と近寄ると、壇くんが顔を上げる。にこにこしながら、はいっと花火の束を手渡された。見ると、うさぎやらねこやらが描かれたファンシーな花火だった。

「先輩とボクにはその花火、って千石先輩が言ってたです!」
「…あー…そうなんだ?」
「かわいくないです?」
「いやかわいいけどね?」

 子供扱いというか、なんだかなぁ。千石の計らいだと思うと余計に。壇くんは気に入ってるみたいだけど。私がかわいいよって言うと、壇くんは安心したようににぱーっと笑った。
 とりあえず、渡されたからにはこのファンシーな花火を楽しまないといけないみたいだ。いや、べつにイラストが可愛いだけで普通の花火だと思うんだけどね。うさぎをじーっと見つめた後、ちらちらっと壇くんを盗み見る。そこには、にぱーっとした壇くんがいらっしゃる。なんか壇くんってうさぎみたいだな。かわいい。そういう意味で千石は壇くんにもこの花火を渡したんだろうか。

「壇、俺にも花火」

 うーむ、と唸っていたら、室町くんがこっちに寄って来た。言われた壇くんはいそいそと花火の束を用意する。じっと私は室町くんを見つめて、一言。

「室町くんもうさぎさん花火やる?」
「要りません」
「…即答っすか」

 壇くんと違って可愛げのない後輩だ。むーっと口を尖らせたら、「要らないなら壇に回せばいいでしょ」と言われた。とんでもないです。やりたくないわけじゃないです。
 しゃがんで花火をまとめていた壇くんの肩を叩いて、「壇くんも早くやろう?」と声をかける。にこにこしてた壇くんはさらににぱっと笑って、「ハイです!」と答えた。私の後ろにくっついてくる姿がもうほんと可愛くて、こんな弟欲しいわぁと心底思った。
 気付くとみんなすでに火をつけ始めてて、千石・新渡米・喜多くんチームはワイワイ二本持ちとかやりながら騒いでて、地味'sや錦織は大人しく、だけど楽しく、花火を満喫していた。

「千石さん、火わけてください」
「お!いいよー」

 ひょいっと千石が右手の花火を傾けると、室町くんはそこから火をもらって。それで、すぐに火がついた。光のシャワーみたいに、火が吹き出る。黄色だったり、緑だったり。カラフルで、薄暗い夜の中じゃよけいにまぶしく見えた。目を細めて、そんな光を見つめた。きれいだ。当たり前かもしれないけど、ありきたりかもしれないけど、「きれいだな」と、それしか浮かばない。
 そんなふうにぼうっと眺めてたら、地味に花火楽しみ隊のメンバーが「おーい」と声をかけてきた。東方だ。

「やらないのか?火ならこっちにもあるぞ」
「ん、やるやる!ちょうどうさぎさん花火がありますからネー」
「うさぎ…って、ああ、それか」
「あちらの千石くんからのチョイスです」
「壇も同じの持ってるな」
「はいです!」

 東方の花火から火をもらうと、私の持っていた花火も先端から火が噴き出る。いろんな色で、光ってる。黄色かと思ったら、緑で、また変わって。一人で「お〜」っと地味にテンションを上げていたら、壇くんが隣に来て、「火、もらってもいいですか?」と聞いてきた。いいよいいよーっと壇くんにひっつく勢いで右手の花火をそっちへ近づける。すると千石がまた見かねてこっちへ近寄ってきた。

「なんかさっきからちゃん、俺のほうに来なくない?俺もちゃんに火わけてあげたいよ!」
「…いや、火を分けるのはべつに誰でもいいと思うんだが」
「そうですよ千石さんには錦織さんがいるじゃないですか」
「そのネタ引きずるんですか室町サン!」

 けらけらみんなが笑うと、千石はムっと口を尖らせて、右手に持ってた二本の花火をぶんぶん弧を描くように振り回した。「つまんないじゃーん」と子供みたいな拗ね方をして。
 こう見るとほんと、変に個性持ってるんだからおもしろいよなぁ、うちの部って。ちょっと離れたところで、新渡米と喜多くんが石に火を向けて白くしたりして遊んでるし、錦織と東方は普通に世間話しながら花火やってるし。
 千石が火の消えた花火をバケツに向けてひょいっと投げる。それが外れてぽたりとバケツの横に落ちて「ありゃ。アンラッキー」なんて呟いていた。南がそれに気付いて、「投げるんだったらちゃんと入れろ、千石」なんてまた叱っている。ぶつぶつ言いつつも、外した花火を拾ってバケツに南が入れた。

「サンキュー。だって入んなかったんだもんよ、南」
「はいはい。今日のお前はアンラッキーなんだよ。大人しくしとけ」
「なんか今日は南、千石に怒ってばっかりだね」
「いつもどおりじゃないですか」
「……それもそうかな。室町くん大正解」
「あ!ねぇ、鼠花火やろうよ!」
「鼠?…そんなの買ってないぞ」
「俺持ってきた」
「ああ、用意してきたってそれのことですか。千石さん」
「千石…あのなぁー…」
「へ〜、私鼠花火って実際見るの初めてかも」
「えっ!そうなの?じゃあ見てて。俺がちゃんの初めてになる」
「千石さん意味わかんないです」
「何なに〜?鼠花火〜?やるやるー」
「はいよー、いっぱい持ってきたからね」
「なんでいっぱい持ってきてるんだよ。鼠花火って音うるさくなかったか?」
「うん、結構音するやつもあるね」
「千石先輩、これは音するですか?」
「やってみないとわかんないねえ〜」

 と、言った途端にしゃがんで火を付け始める千石。ぎょっとして近くにいたみんなが後ずさる。その空気に後押しされて私も慌てて、みんなの後ろまで走った。千石が火をつけた花火はシュンシュンっとその足元を光りながら回っていて、私は初めて見た物珍しさに「お〜」っと感動した。けど、最後にいきなりパァンと音を立てたので、後ろにひっくり返りそうになった。その反応を見て、千石が笑った。「反応がいちいちかわいいんだからー」と、からかうような声。

「打ち上げはダメでもこれくらいならいーでしょ」
「千石〜、こっちにももうちょいちょーだい」

 てっきり、音がうるさいとか、危ないだとか、そんな理由で南が怒ることを想像していた私は、何も言わないことに拍子抜けだった。ただ南は、「結構上手く回るもんだな」なんて感心するように言っただけで。意外だなぁと思いつつ、それよりも問題は新渡米たちだ。あのウキウキ顔してるときの奴らに鼠花火が渡ったら、なんか嫌な予感しかしない。
 案の定、見ると新渡米と喜多くんは地面に手持ち花火をセットしたうえで中心に鼠花火を置いていた。え、それ、うまく鼠花火から全部に火が移ってわーっとなったらいいなぁ…っていう感じ?わっくわくしている様子の二人に「あぶなくはないの?それ」と聞くと、こっちを向いてニカッと親指を立てるだけ。これにはさすがに南も「気をつけろよお前ら……」と心配気味だった。キャッキャやってる二人はお構いなしだったけど。

「相変わらず仲いいなぁ、あの二人は…」
「喜多がめちゃくちゃなついてるからな…」
「いやいや新渡米も可愛がりすぎだから」
「っていうかなんで南あの二人が危ないことやってても俺に対してみたいにもっと怒ったりしないの?」
「よかったな、千石。お前は特別みたいだぞ」
「嬉しくない…」
「あっ!ねえ、鼠花火写真撮りたい!」

そう言って携帯のカメラ機能を開くけど、薄暗いし、何度撮っても花火の色の綺麗さが映らない。ただ「何かが光ってる」程度の写真にしかならなかった。何度も何度も繰り返してシャッターを切るから、南たちに笑われた。「納得いかないなら諦めろよ」と呆れながら、笑われた。「うまく綺麗には撮れないんだね」私が言うと、千石は微笑んだ。

「いいじゃない。今自分が見てるんだから。写真には残せなくてもさ。『今だけ』っていう本物の美しさも、俺は嫌いじゃないなぁ」

 妙に、何かを悟ったような口ぶりで、だけど恥ずかしいことを口にしているような雰囲気は微塵も感じさせず、自然とみんなの耳に入ってくる言葉だった。  私はふと、新渡米と喜多くんの言葉を思い出す。とろとろしてると、うかうかしてると、「置いていかれる」という、言葉。心底楽しそうに嬉しそうに、「みんなと遊ぶのが楽しい」と言った喜多くん。置いていかれるというのは、気持ちの面での話だったのかもしれない。今、今から楽しまないと、置いていかれてしまう。周りのみんなのテンションに。「楽しさ」に。時が経ってから、また同じ美しさで花火を見ることはできないから。今、自分が体験するしか、ないんだから。時間が経ってから、もっと楽しめばよかった、なんて後悔しちゃだめだって。


(ああ、気付いてしまった)










 手持ちの花火を一通り遊びつくした頃、壇くんが張り切って、線香花火をみんなに配り始めた。みんな「締めにはこれだねー」とか、「一番落ち着くなー」とか言ってて、「つまんないよ」なんて声は一切なかった。私も私で、なんだかんだ線香花火が一番好きだ。綺麗だし、落ち着くし。線香花火だけをやるのは少し味気ないけど、他の花火で遊びつくした最後の最後にみんなでやるから、楽しい。
 みんなでろうそくを取り囲んで、千石が「いい?いっせいにつけるんだよ?ズル無しだよ?同時ね」とみんなに合図する。おっけーおっけーとみんなが頷くと、千石の「せーの」で花火の先をろうそくの火に近づけた。

「一番早く終わっちゃった人何する?みんなにジュース奢る?」
「この人数分のジュースか?結構使うぞ?」
「千石さんがそういう賭け言い出すのって、絶対負けない自信あるときっスよね」
「さすがラッキー千石だなぁ」
「どちらかというと、最後まで残った人にご褒美、のほうがいいんじゃないか?」
「それ賛成〜」
「うわ、なんかもうバチバチいってる…」
「バチバチなりだすと綺麗です!」
「でも花火って案外、時間もたないよな」
「分かる分かる。きれいなんだけど、火が消えた途端さみしくなるよねー」
「…線香花火ってさ、火の玉が最後まで落ちなかったら願い叶うって言わない?」

 私がぽつりと呟いた言葉に、みんなが顔を見合わせる。「えっそうなの?じゃあ俺願い事しちゃおう!」と千石がキラキラした目で自分の線香花火を見つめて、室町くんなんかはそっけなく「あー、なんか聞いたことはありますね」なんて言って。それからみんな、何お願いするー?という話になり、好き勝手喋っていた。
 私はじっと、何も言わずに火を見つめた。ぱちぱち。火花が、ぱちぱちと輝き続ける。そんな中、喜多くんの火がぽとりと地面に落ちて消えた。「あー!」っと本人が思わず声を出したけど、隣の新渡米の火もほとんど同時に落ちていた。二人で顔を見合わせて、「お〜?」っと嬉しそうだ。火が残ることよりも二人揃うのが嬉しいみたいに。
 それを合図に次々に火が終わっていく。千石でさえ、「あれー?ラッキー千石不調だなー」とガッカリしながら肩を竦めていた。残っているのは、いつのまにか、私と壇くんだけだ。

「いいね〜、うさぎちゃんコンビ」
「それは千石が勝手に渡しただけだと思うが」
「いいじゃんいいじゃん。…ね、ちゃんはどんな願掛けしてるの?」
「え、…私は…えっと、」
「うん?」
「…山吹、の……来年の、全国制覇、とか…」

搾り出すようなか細い声で、私は俯きながら、その言葉を口にした。ふっと風が吹いたように、誰もが一瞬、言葉を失う。


(気づいてしまった)(そのときの私は気付いてた)(誰も、一言もテニスの話をしてないこと)


 いつもだったら、当たり前のようにテニスの話題ばっかりで。部活の話ばっかりで。当たり前だった。部員が集まれば、テニスの話ばっかり。今日も頑張ろうとか、調子がどうだとか、明日のメニューがどうとか。そのおまけで、いろんな話をして。それでも、元を辿ればやっぱりテニスの話題で毎日がいっぱいだった。
 喜多くんは新渡米とのダブルスが大好きで新渡米も喜多くんとのダブルスが大好きで、それでも大会最後には新渡米はシングルスで一人で戦った。それはどんな気持ちだっただろう、喜多くんはどんな気持ちだっただろう。もう一緒にダブルスをすることはないのかって、思っただろうか。だからあんなに嬉しそうだったんじゃないのか。大会が終わっても、また新渡米たちと集まれるのが。こうやって、みんなで。千石がレギュラーみんなを誘ったのだって、何か意図があったのかもしれなくて。南だって、引退してしまったらもうこれからは部長として千石を怒ることは、ないんだって、 だって。

「…よしよし、ちゃんホントいーこいーこ」

 隣にいた千石が、肩に腕を回して引き寄せたかと思うと、頭をよしよしと撫でてくる。不意打ちで、だけど優しくて、千石の肩に頭を乗せたまま、黙り込んだ。黙り込んでる間に、泣くのを必死に我慢したけど、我慢すればするほど余計になきたくなって、結局ぽろぽろ涙が出てくる。だって、私の持ってた線香花火の火が、ぽたりと地面に落ちたから。「あ…」と声を洩らすより先に、泣いた。
 そんな、しんとした空気の中、はじかれたように壇くんが「ああっ!」と叫ぶ。全員がいっせいに私から壇くんへ視線をうつした。壇くんは、うるうるした瞳で、興奮ぎみに声の大きさを上げる。

「ぼ、ボクの花火!火が落ちないで、すっと自然に消えたです!」
「え!それって…」
「待て待て?それで壇くんの願い事は?」
「らっ…来年のっ!山吹中の、全国制覇、です!」

 言い終わるなり、近くにいた喜多くんと新渡米が「でかしたー!」っと壇くんに抱きついた。そのまま壇くんはしりもちをついて後ろにひっくりかえる。私も一瞬涙がひっこむくらいぽかんとして、次の瞬間にはうわーんっとさらに泣いた。千石の服で涙を拭く勢いで。千石はまったく嫌がるそぶりもなく、よーしよしと頭を撫でてくれる。室町くんも、やれやれみたいな顔をしているかと思えば、ちょっと俯きながら、泣きそうになってるのが見えた。(あの子は大会が終わったとき、誰よりも泣いていたっけな)そんな室町くんの頭に、ぽんと手を乗せるのは部長の南で。いかにも部長、って感じで。そして錦織と東方は、そんなみんなを優しい目で、優しい顔で、見守っている。



「さぁて、湿っぽいのはこれで終わり!最後に一つ、どかーんと派手にいきますか!」
「派手って…もう花火は残ってないぞ、千石」
「残ってるよ。いっちばん派手なのが」

 じゃんっと千石が取り出したのは、他のよりだいぶ太めの筒。涙がおさまってきた私は、すんすんと鼻をすすりながら、「なにそれ?」と尋ねる。だけど私以外のみんなは、それを見た途端「おい、まさか…」という顔に変わった。それを気にせず、千石はにんまり笑って言う。

「とりあえず打ち上げたあとにこの公園から逃げる準備だけはしとこうねー。荷物もゴミも持ってー」
「なっ…おまえなぁ!?おい、ダメだぞ千石、これは冗談抜きに…!」
「火ぃつけまーす!」
「こら!!千石っ!!」

 ひゅうーっと笛のような音をたてて空へ飛んでいった花火が、上空でパァン!と音を立てた。飛び散るように、だけど花が咲いたように空へ溢れる光に、わあっと見とれてしまう。「た〜まや〜」と、喜多くんと新渡米が声を揃えていた。だけど、完全に光が見えなくなる前に、千石に手を取られて、ぐいっと引かれた。

「近所からの苦情と南のお説教から逃ーげろーっ!」

 言うが早いか駆け出して、私もつられて走り出す。背後から南の怒った声が聞こえた。

「お前、始業式の日絶対説教してやるからなっ!!」
「オッケー!楽しみにしとくー!」

 振り返ってそう言って、千石がへらへら笑った。始業式、そうだ、もう、学校が始まる。大会が終わっても、またみんなで、学校が始まる。そう思ったら自然と笑顔になれて、私は声を張り上げていた。

「南ーっ、みんなー!また、始業式にね! あとね、だーいすきだよー!」



夏の終わりに想うこと

(花火みたいにあっという間に終わる光なんかじゃないね。私達はこれからもずっと、輝いてるじゃないか)