「サボリ魔ちゃん、はっけ〜ん」
ベランダに出てひなたぼっこついでにお昼寝していたら、お日様を遮る人影が現れた。私は気だるげにうすーく目を開けて、その人物の正体を突き止める。そいつはにんまり笑って、頭のてっぺんの双葉を揺らしていた。人間のつむじに草が生えるわけがないのに。意味わからん。私はごろんと寝返りを打って「あと五分ー」と言いながら、しっしっ!と手で払った。せっかく昼寝のベストポジションを見つけたんだ。邪魔されてたまるか。だけど頭に草を生やした意味の分からない人物は、私のすぐ横に腰掛けた。おいおいあっち行けっつーのに。
「ちゃんてば勇気あるよねん。クラスのみんなが一生懸命文化祭の準備してる最中にベランダでお昼寝なんてさ〜」
「まあね。もっと褒め称えろ」
「しかも何を枕にしてるかって、教室の装飾のためにみんながベランダに出した鞄!あーあへこんじゃってるよ〜その鞄」
ベランダといっても、三年生は教室が一階なのでほぼ外に放り出されている状態だ。私も、みんなの鞄も。「今ならみんなの鞄から財布スレるよ」と冗談で言ったら、「そっかーじゃあ二人でゲーセンでUFOキャッチャーしてこようよ多分一時間もすれば全部使い切るから」と冗談で返された。どんだけUFOキャッチャーやるんだよ。下手だから金使っちゃうのか得意だからなのかは知らないけど。私は誰のかも分からない鞄を好き勝手枕にしつつも、ひなたぼっこを楽しんだ。扉一枚向こうの教室では、クラスのみんなが仲良く明日の文化祭の準備をしている。暗幕を張ったり、椅子を並べたり。音であらわすなら「がやがや」と、みんな楽しそうだ。うちのクラスに限らず、どこのクラスからも聞こえる似たような声。私はそれに加わらず、こうして変な男子とおしゃべりを楽しんでいるわけだけど。
「っていうか新渡米もサボリじゃないの?あんた2組だっけ」
「ん。2組。でも俺はサボリじゃないんだなぁ〜、これが」
そう言って新渡米は肩をずいっと突き出した。面倒だけども視線を上げてみると、そこには「実行委員」と書かれた腕章がピンでとめてある。「見回り中〜」と付け加えて、私へにやにや笑う。べつにうらやましくないけど。っていうか見回りって、当日行うもんじゃないの?なにしてんの?結局はさぼりじゃないの?
「じゃあ見回りいきなよ。サボリじゃん」
「見回ってるよ〜ん。こうしてサボってる不良を捕まえたしね〜」
「捕まってないし。さぼってないし。不良じゃないし」
「ん〜…まーね。ホントの不良はもっと面倒。さっきも実行委員長と生活指導の先生が亜久津追い掛け回してたし〜」
「おーこわ。あっくんってば不良〜かっちょい〜。でも追っかけまわされるとかかっちょわり〜」
「…お前ら誰の話してんだ」
お?っと私も新渡米も首だけ動かしてそっちを向いた。うちのクラスは焼却炉が近い。ベランダへ出て10歩くらいの距離(適当)だ。そこの裏から出てきてのそのそ近づいてくる不良くん。右手に煙草でも持っていたのか、何かをぽとりと地面に落としてぐりぐり靴の裏で踏んづけるのが見えた。新渡米と私は顔を見合わせる。でもお互いになんてことない表情で。っていうか私は寝転がったままだったし。
「誰の話だろうね〜。実名出しちゃってたけど」
「あっくん鬼ごっこ終わった?てか、かくれんぼ中?」
「はぁ?殺されてぇのか、」
「え?まじかくれんぼなら隠れたほうがいいってー」
「テメェなぁ…」
「亜久津みーっけ!」
ほうら鬼が来た。ギスギスした亜久津の声とは反対に、明るい声がその場に飛んでくる。明るい声、なんて。もちろん私の気だるげな声とも新渡米の気の抜けた声とも違う。亜久津がやってきたほうとは逆側。声のしたほうをみんなが見ると、亜久津に向かって指をさしている千石の姿があった。全員の視線を受けて、千石はにっこり笑う。「いやー、亜久津ってば隠れるの上手いなぁー」と、へらへらした態度。タイミングよすぎる千石の登場にちょっと感動しつつも、余計に昼寝の邪魔なことに気がついて、あーあ、とも思った。亜久津も亜久津で、めちゃくちゃ機嫌悪そうに眉間に皺をよせてるし。
「どしたの〜?千石〜」
「ん?他のクラスの偵察!…の、ついでにうちのクラスの問題児の捜索?」
「おいおい亜久津〜、クラスのみんなが心配してるぞー。戻れよー。不良も一緒になって文化祭楽しむとかマジ青春」
「喧嘩売ってんのか?」
「お?なになに?チャンもサボリ中なの?」
「まっさかぁ。昼寝中」
枕にしてた鞄の位置を整えなおして、もう一回ぼすっと頭を預ける。突っ立ってた千石がひょいっと覗き込んでくる。その奥には亜久津の姿も見える。寝ながら見る景色っておもしろいなぁ。「いいねぇ!俺もお隣でご一緒しよっかな〜」なんて千石が言ってくるから、「変なことされそうだから嫌だー」と答える。ありゃりゃ、と肩をすくませた千石。
「もさぁ〜、こういう『一致団結!』っていうイベントに弱いよね〜。亜久津みたいな不良じゃあるまいし」
「不良でもないのにサボリ癖あるとか致命的だよねぇ」
「クラスメートに白い目で見られてもしーらない」
「チャン、学年で亜久津の次に授業出席率悪いってホント?」
「こんなのと一緒にすんじゃねえよ」
「私のセリフだってーの」
「けどさぁ、本当、なんでクラスの輪から外れてるのさ〜」
「…もしかして友達少ない?うちの亜久津クンみたいに」
「…ん〜、クラスはべつに嫌いじゃないけどさぁ?だって私一人抜けても変わんないじゃん?」
「そーお?」
「事実、クラスのみんなも探しに来ないし。『ならしょうがない』って見逃すよ絶対」
やれやれのジェスチャーで私がそういったら、いっせいに三人が黙った。え、なにその反応。全員の顔を代わる代わる見つめたら、千石が溜息を大袈裟に吐いて、「なるほどねぇ…」としみじみ呟いた。亜久津はあくつで渋い顔してるし。新渡米はというと、いつもどおりの無表情で、ポンと手を叩いた。「なるほど」というジェスチャーだ。
「探されなくて拗ねちゃったのかぁ〜」
「…え?なんでそうなんの」
「どうせ私なんて必要とされてないわっ!…て感じ?」
「ダセェ」
「え?おいコラ」
「でも意外だねー。チャンって南のクラスでしょ?」
「ん?うん」
「なんか6組ってそーいうとこの団結強いイメージあったんだけどなぁ…」
「千石千石。だからこそだって!チャンだけその団結の輪を乱してるんだよ〜」
「あー」
「あー、じゃない」
「南は?今教室いるかな」
「いるんじゃない?南ウケるわー。べつにクラスで特別目立つわけでも学級委員でもないのに、準備のとき何気に頼りにされてる感?」
「部活でもそんな感じだもんね〜?地味に完璧っていうか」
私達は6組の前のベランダで話してたわけなんだけど、そのときちょうど5組のベランダのドアが開いた。見ると、背のデカイ東方が顔を出していた。私達は一斉にそっちを見たので、東方が一瞬だけびくっとする。「何やってんだおまえら、そんなところで」ともっともなことを言われる。私は6組の生徒だし、新渡米は実行委員だからいいけど、いつのまにか3組の生徒が二人6組前のベランダに集まっているという。だけど構わず千石が「東方こそどうしたのー」と聞いた。
「いや、うちのクラス段ボール足りなくなったからさ。6組に貰うか焼却炉見に行くかしようかなって」
「ふぅーん?」
「あ。6組だろ?お前のクラス段ボールあるか?」
「えー?知らんて。私教室が今どうなってるか全く知らないし」
「えぇ?おいおい…何やってんだよお前は」
「昼寝」
「南に怒られるぞ」
「えぇー?ないない!南は私のこと探さないもん」
「あ、拗ねてる」
「違うっつーの」
べつに私一人がさぼってもみんな探さないっしょ、っていうのはべつに、探して欲しいから拗ねてるわけじゃない。ただほんとうに、私一人の力なんて要らずともクラスはまとまっているんだ。一人くらいサボっても罰は当たらないし、遅刻もサボリも当たり前な私だったら、みんな「しょうがない」って思ってくれるはず。なのに。千石がしつこく「南に探されたかったのかー!よしよし!」なんていってくる。ぜんぜん違うのに。そんなわたしたちを見て、東方はちょっと不思議そうに、首をかしげた。
「南、走り回ってたぞ?」
「……え?なんで?」
「なんでだろうねん」
私の呟きに対して隣から声がする。え、っと新渡米のほうをみると、やっぱりにやにやしていた。なんだ、その顔。眉をひそめたら、新渡米はずるりと私の枕であるバッグを引っ張った。不意打ち過ぎる。枕がなくなって、ごつんと後頭部ぶつけた。うぜえ。睨んだら、新渡米は「あのさぁ、チャン」とにんまり笑う。さっきまでチャンって呼んでたくせに。千石の真似か。
「俺最初に『はっけーん』って言ったじゃんか〜」
「…うん」
「俺はね、べつにサボってる人発見したっていう意味だけで言ったんじゃないよ」
「、え?」
「最初から君のこと探してたんだよねぇ〜……南が必死になって校舎内探し回ってるからさぁ」
「…何いってん」
「ッ!!」
ガラッと教室の窓が開いた。そっちを見上げる。南だ。多少怒ってる様子。新渡米はそんな様子を見てにやにや笑ってる。私はぽかーんっと南を見上げた。南の息があがってる。そういえば東方が、「南が走り回ってた」と言っていた。新渡米は、「校舎内探し回ってる」と言っていた。誰を?誰のために校内を走り回ってるのさ。
「探したぞ…このサボリ魔め!」
「え」
「探すならテメーも最初にベランダ調べろよ」
「ナイスツッコミ亜久津」
「なっ、う、うるさい!校舎内にいると思ったんだ!走り回って探したんだぞ俺は!」
「ほらな?走り回ってるって言っただろ」
「なんで南が…私を探すわけ?」
「なんでって…おまえがいないから探したんだよ!理由なんて、それだけだろ?」
同じクラスだからだ。クラスで文化祭の準備をしているからだ。だから、だ。多分。だけど、でも。だから。私は、驚きとかよりも、まず頭が空っぽになって、ぽかーんと口を開けて言葉をなくした。そんな私を見て、新渡米も千石も、東方もプッと噴き出した。南が周りを見渡して、「おまえらもなんでうちのクラスのベランダで集まってんだ!先生にバレたら『テニス部はガラ悪い』って思われんだろ!」と部長っぽいことを言う。亜久津がぼそっと「俺は辞めたから関係ねーよ」と呟いた。ぽかんとしていた私は我に返って、それから体を起こして、亜久津に言う。「拗ねるなよ、あっくん」
「…はぁ?」
「あははは!!ちゃんの言うとーり!よぉし亜久津、クラス戻ろうねー」
「南ー、段ボールあるかー?」
「ん?ああ、うちのクラス残ってるぞ。 って、おい新渡米!なんで俺の鞄ぺしゃんこなんだ!?」
「あ、ごめん私が枕にしてた」
「おまえなあ!?」
新渡米がすくっと立ち上がって、「大丈夫そうだね〜」と暢気な調子で呟いた。なにが、と聞く前に、新渡米は私に言う。「がいないと探す人も、心配する人もいるんだぞー」って。私は唇を半開きにしたまま、新渡米を見た。南が横で、「ほら、教室入れよ」と私に声をかけたから、慌ててそっちを見て、「うん、いく」と答える。視線を新渡米にうつしたら、ひらひらと手を振られた。すでに千石たちはその場から居なくなっていた。「頑張ってね、ちゃん」新渡米はのっぺりとした口調で、そう言う。だったり、ちゃんだったり、忙しいやつだなぁ、ほんと。
「ありがとう。頑張る。文化祭、成功したらいいね」
「成功させようねって言うとこだと思うんだけどなー」
「あとね新渡米、『ちゃん』って呼んでいいよ」
私がいないと探してくれる人間が南なら、心配してくれる人間って誰のこと?ひとりでさみしくないかな、大丈夫かなって、心配してくれたのは。見つけて声をかけてくれたのは。たぶん、この、頭に葉っぱ生えてる変なヤツだろうな。その変なヤツは、振り返りもせずに「考えとくー」と返事をした。どんな表情をしているのか、想像がつかない。ほんと、変なヤツ。背を向けて教室に入れば、クラスのみんなが「どこ行ってたのー!」って言ってくる。私はちょっとだけ謝って、「文化祭成功させようねぇ」とのんびりした口調で言った。