「ねえねえ、向日くんはどれがいいと思う〜?」
「何がだよ?」

そう声を掛けられて、紙パックのジュースにストローぶっさしながら首を動かす。隣の席のと、そのの机に雑誌を広げて覗きこんでるの友人。俺に声を掛けてきたのは友達の方。は茶化すように「岳人に訊いてもねえ?」とニヤニヤ笑った。その反応がムッとしたので、「だから、何がだよ!」と椅子をの傍まで引きずって雑誌を覗きこむ。よくある女用のファッション雑誌。開かれていたページにでかでかと書かれていたのは「バレンタイン特集」の文字。簡単に作れるチョコレート菓子のレシピが紹介されているそれに、俺は目をぱちくりさせる。(ああ、そいやそんな時期か)(すっかり忘れてた)

「…あのねえ、ミキが跡部サンにチョコレート渡したいんだって」

ぽかんとしてる俺に助言するように、が俺にそう耳打ちしてきた。聞き慣れた名前だ。聞き慣れすぎてる。うんざりしながら「跡部ぇ?」と口にだすと、の傍にいた人物が両頬に手を添えながらうっとりと「そう!跡部様!」と名前を繰り返した。ウワ、と冷たい視線を送りながらジュースをちゅーちゅー吸って、飲み込んだあとに「で俺に何を訊くって?」とさっきの話の続きを促す。

「だからね、向日くんだったら、どれがいい?どれ貰ったら嬉しい?」
「どれって…べっつになんでも…」
「ほら〜、岳人に訊いても参考になんないって!」
「…なんだよそれ!」

こっちを苛つかせるような茶々を入れてきたをムッと睨むと、奴はたいして悪びれる様子もなく「だって岳人は貰えればなんでもいいや〜っていう人間でしょ」とヤレヤレのポーズを取った。ムカッとしたが、確かに先ほど自分が言おうとした「べつになんでもいい」は、そういった意味が含まれている。いやべつに、数を誰かと競ってるわけでもねえし、べつに全然、これっぽっちも、バレンタインとか気にしてねえわけだけど。こうも馬鹿にされると、黙ってらんない。俺は紙パックをどん!っと机に置くと、身を乗り出して雑誌に載ってる写真を覗く。

「俺これがいいな。一番うまそー」
「ザッハトルテ?これケーキ?え、なんか作るの難しそう。っていうか面倒そう」
「向日くんはこれがいいんだ!」
「おお。いや、俺だけじゃなく跡部もこういうの好きそーじゃん」
「えっ!ほんと?そうかな!?でも確かに、跡部様が食べてる姿、絵になるだろうな〜…」

いや、はっきり言って跡部の好みとか俺全然知らねーんだけど。その「絵」ってやつを想像してうっとり宙を見上げている相手とは目を合わせないようにしながら、ページ内のあちこちに目を向ける。トリュフ、ガトーショコラ、チョコレートクッキー、なるほど、美味そうなチョコレート色のお菓子が並んでる。いやまあ、バレンタインなんだから、チョコなのは当たり前か。毎年この時期、きゃあきゃあ言いながら跡部の周りに女子が集まってくるんだよな。その跡部宛てのチョコ回収する樺地も大変そうだ。溜息吐いてちらりとを見れば、奴は先ほど俺が指さしたザッハなんとかのレシピとまだ睨み合っていた。その横顔が予想外に真剣で、俺は目をぱちくりさせる。しばらく何も言わず眺めていると、視線に気づいたがハッとこちらを見て、大袈裟に「なに!?」と声を上げた。

「いや、べつに…なんか真剣に見てるからよ」
「べ、べつに真剣に見てなんかないけど!」
「…ふーん」
「……」
「もしかして、お前も…」

誰かあげたいやつとかいるわけ?そんな、真剣にレシピ睨んでさ。そう言ってやろうとしたのに、言い切る前にが慌てたように「べつにあげる相手とかいないし!!」とデカイ声で遮ってきた。妙に焦ってて、顔もちょっと赤い気がする。なんだ、その反応。あげたい相手がいるんだと言わんばかりじゃねーか。(わかりやすすぎ)(つうかなんでわざわざ嘘つくんだっつーの)(なんか、なんっか、)自分でもよく分かんない内に、腹の中にムカムカとした感情が沸き上がってくる。なんでこんなイラつくんだろ。よくわかんねーけど。次の瞬間、そんな悶々としたところに、一つ爆弾が投下される。

「あ、じゃあも跡部様に一緒にチョコ渡そうよ!」
「えっ!?」
「はあ!?」
「一人であげに行くのちょっと勇気要るからさ〜、仲良い子と一緒なら渡せる気がする〜!」
「はああ!?ちょっ、なんでコイツが跡部にチョコレートなんか!」

イライラが爆発したのか、ただ単に混乱してるだけなのか、俺は当の本人よりぎゃあぎゃあ騒ぎ出す。冷静に考えればなんでそこで俺が取り乱す必要があるのか全くもって意味不明だが、そんなことを気にする余裕は無い。も慌てて俺に続き「そうだよ!私は必要なくない!?」と反論した。俺は全力でうんうん頷く。

「だって元々一緒に作ってくれるって約束してたじゃない?
「し、してたけど!私はべつにあげる人いないから、友チョコだけでいいってさんざん…」
「それだけじゃあつまらないでしょう?せっかくだし、ね、ついでに」
「ついでで跡部サンのチョコとかやだよなんかこうやだよなんかコワイ」
「つーか!それなら、」
「え?」

思い出しても恥ずかしい、俺の一言。なんでそうなる。「それなら、俺に作れよ!」








で。今日の日付は2月の17日なわけだが。

「あいつ、結局14日当日休むとかどういうことだよ…!」

バレンタイン数日前に俺とああいう約束をしたにも関わらず、放課後チョコ作る予定だったらしい13日に学校を休んだ。理由は風邪。流行りのインフルエンザとかではないらしい。だが結果的に一緒にお菓子作りは出来なかったらしく、ミキの元へは何回も「ごめんね」のメールが届いたらしい。翌日、一人で頑張って作ったらしいがやっぱり渡すの緊張するどうしようとわんわん騒ぐミキに折れて俺が代わりに跡部に渡しに行ってやった。跡部にすげえ変な目で見られた気がする。しにたい。 そういうわけで14日もは学校を休んだ。休んでる間俺がそんな大変な体験をしたっていうのに。

「土日ゆっくり休んだなら今日あたり登校してくるはずだよな」

無人の隣の席を眺めて、俺は小さく溜息を吐く。休んでる間、いつもなら平気でできるはずのメールが一通も送れなかった。具合どうだとか、生きてるかーだとか、そういうの。なんか、チョコくれよって言っちまった手前、何を送っても「チョコ楽しみにしてたのに」感がはんぱない気がして、無理だった。から俺にメールが送られてくることもなく、連絡取ってない。とりあえず生きてることは分かってるけど。

「あ、岳人ー。ここの席誰だっけ??また休みかなー、椅子借りよーっと」
「あ!おいっ!」

クラスの男子が勝手にの椅子を引っ張って別の友人のところへ持って行こうとしたのを、思わず俺は引き止める。きょとんとした顔で振り返られて、俺も続く言葉に迷った。が、咄嗟に「俺の荷物置きなんだよ!コイツの机と椅子は!」と言い、鞄の中の教科書やノートを意味もなくの机にまで広げる。相手はそれを聞くとからから笑って「はいはいー」と椅子から尻を浮かした。自分のすぐ隣に戻ってきた椅子を見て、ほっと息を吐く。べつに、深い意味はないけど。けどなんか、椅子持って行かれるのは嫌だった。使う人のいない机だって、は今日もいないって、そう考えるのはなんとなく、そろそろあきた、から。

「…ったくよー…早く来いっつーの」

頬杖ついて、誰もいない隣の席を睨む。「くそくそっ!なんかムカつく。落書きしてやる…」ぶつぶつ言いながら、ペンケースからシャーペン一本取り出す。どうせならすっげー怒らせるような落書きにしてやろう。ばーかとか。いや、それじゃあ幼稚舎レベルだ。何書いてやろう。真剣に頭をひねり出したとき、ふっと聞き慣れた声が頭上に降ってくる。「何してんの、岳人」

「うおっ!?…な、なんだよ…!!」
「いや、ここ私の席だし。何落書きしてんの」
「しようと思っただけだ!まだ書いてねーよ」
「…あ、そう」
「……風邪、治ったのかよ」
「…治りましたけど」

妙に元気のないに調子が狂う。早く来いと思ってたはずなのに、いきなり目の前に現れると、どうしたものか。いや、そもそも、なんで早く来いって思ってたんだっけ。…あきたから、だ。暇だから。隣の席が空だと、つまんねーから。それだけ、だ。がいないと俺、すげーつまんねーみたいだ。ただ、それだけ。だけど。

「……な、なんかテンション低くねえ?やっぱ風邪まだ全快じゃねえの?」
「…岳人は」
「なんだよ」
「なんで、なんもいわないわけ」
「はあ?」
「バレンタイン」
「あ?あー、ああ?」
「作れなかったし渡せなかった」
「はあ。……べつに怒ってねえけど」
「遅くなったけど、渡そうかなって」
「おう。サン」
「けど、もう3日も過ぎたんだよ?今更、なんのチョコだよって感じじゃん」
「…ねえのかよ」

ぼそぼそと投げやりに話すと、自分の席、つまり俺の隣にストンと腰を下ろす。しばらく黙り込んだかと思うと、机にゴン!と頭をぶつける勢いで突っ伏し始める。消え入りそうな声で「渡したかった〜…」と呻いたのを、俺の耳は聞き逃さなかった。思わず、口元を押さえる。まさか、これって、もしかしなくても、アレだろう。、と小さく名前を呼ぶと、奴はゆるゆると気だるげに顔を上げた。微妙に潤んだ目が、俺を睨みつける。なんだよ、と文句を言ってきそうな目。だがそれを見て俺はプッと小さく噴きだした。睨んでくる視線がさらに鋭くなる。それでも、にやけるのを止められない。(なんとなく、気づいちゃったかも。俺)(どうしてお前からのチョコが欲しかったのかも、どうしてお前に会えない数日間がつまんなかったのかも)

「来年はちゃんと当日渡せるように作れよな、




無人の机すらいとしい
(たぶんさ、絶対さ、次の2月14日、お前の隣には俺がいる気がするんだよ)