「南ぃー!聞いてよ南ぃ!またナベセンあたしのピンクのパーカー没収したんだよぉ!?」
「あー……悪い。さっき『どこにいるか知らないか』って聞かれて教えたの俺だ」
「はあー!!?南のバカ!南のせいじゃん!」
「いや、まさかまたお前が校則違反して怒られてるとは思わなくてだな」
「うわー南のせいだ~、南が裏切ったせいだ~! ちょっとみなさん聞きました?南がぁ~」

 同じクラスのは明るくて派手で騒がしい奴だった。くじ引きで決めているはずの席替えで、なぜかよく近くの席になって、そのたびこうして話しかけてきた。クラスでも目立つタイプのその騒がしさが、俺も最初はちょっと落ち着かなかったが。からかうように「南ー南ー」と俺の名前を呼ぶその声は、慣れてくるともう苦手意識はなくなってきて、だんだんと「はいはい、今度はなんだよ」と受け止められるようになったくらいだ。

「あ、ねえ南。今度の土曜みっちーたちとカラオケなんだけど南も来ない?あそぼーよー」
「はあ。俺はいいよ。……なんかお前らのカラオケって落ち着かなそうだし」
「えー!滝口とか、国枝とか、男子もちゃんと来るやつだよ?」
「いや、そもそも部活なんだよ、土曜日」

 なんとなく、からかうのが楽しいクラスメート、というくらいのポジションなんだろう。そんな相手を遊びに誘ってきたのは少し意外だったけど、丁重にお断りする。目立つ男女グループの中に俺が入れられるのもなんか変な感じだし。べつに滝口も国枝もいいやつで、仲が悪いわけじゃないが……休みの日に遊ぶような仲というわけでもない。の挙げる名前は、そんな顔ぶれだ。俺の返答を聞くと、はム、と少し口を尖らせて、前のめりだった体を引っ込める。つまんないな、とでも言いたげだけど、「部活だから」と言われては何もいえないのか、無理にそれ以上誘ってくることはなかった。……でも、「どうせ断るだろう」とか、「言ってみただけ」だとか、そんな意図で誘ったんじゃなく、結構本気で「南も来なよ」と誘ってくれたんだな、というのがわかる。

「悪いな。けど、誘ってくれて嬉しいよ。楽しんで来いよ」

 せっかくの誘いを断ったことに対して少し申し訳なさがあって、そう口にした。はつまんなそうだった表情をこちらに向けて、それから、パッと切り替えたように笑いだす。大げさにけらけらと。

「うける!楽しんで来いよって!南、パパかよっ」
「べつに変なことは言ってないだろ……」
「南さ~、部活ばっかで全然遊んでないんじゃないの~?女子と遊びに行けるの、レアだったんじゃないの~?かわいそぉ」
「う、うるさいな。余計なお世話だ!」
「ひひ。かわいそうだからまた誘ってあげる」
「はいはい、お気遣いどうも」
「南ー、もうちょっと遊ばないと。彼女できないぞー」
「う……いいだろ、べつに。部活が忙しいんだし」
「あたし彼女になったげよっか」
「お前……そういう冗談あんまり言わないほうがいいんじゃないか?」

 相手が俺だからまあべつに、誰がどう聞いても冗談だってわかるけど。あんまりそういうの、変な噂とか立ちそうで、よくないだろ。呆れつつも俺なりに真剣に心配してやったら、は一瞬表情を固まらせた。けどすぐに、また笑顔をつくる。それが少しだけぎこちなく、引き攣ったように見えたのは、俺の気のせいだろうか。

「……うける、南」

 全然、声は楽しげなんかじゃなかった。全然、「ウケて」なんかなかった。もう一度その表情を確かめようと思ったのに、授業の合図のチャイムが鳴って、は教卓の方へ向き直ってしまった。











「いや……びっくりした。久しぶりだな、。中学の卒業式以来じゃないか?」

 こんな偶然があるもんなんだな、としみじみ頷いて歩く俺の横で、が黙りこんでいた。大学のサークルの飲み会の席で、飲み物を運んできた居酒屋の店員がだった。目を見開いた相手が俺に気づいたのも分かったし、俺も思わず「?」と声をかけてしまった。俺はきっと今に、あのなつかしい声と笑顔で「南じゃん!」って名前を呼んでくれるものだと思ったのに、仕事中だからか、そんな反応返ってこなかった。ただ俺と、その背後の賑やかさを見比べて、小さく頭を下げてその場から離れようとした。妙に気持ちが舞い上がっていた俺は、慌ててそれを引き留める。他の連中はそんな俺に気づかず好き勝手に騒いでいた。端っこに座っていてよかった。引き留めたくせにその場で何を話していいのかとっさには浮かばなくて、俺は「ここでバイトしてるのか」「今日は何時までなんだ」「終わるの待っててもいいか」とか、なんか、そんなことを言った。自分でも分からないが、久しぶりに会ったと話したくて仕方なかった。二次会と称してカラオケに向かうみんなと別れて、俺はバイト終わりのを待った。そして、今、この状況。

「……えーと……悪い、バイト終わりで疲れてるところ」
「べつに、いいけど」
「あー……バイト、お疲れ。どっかファミレスでも入るか…」
「南ご飯食べたじゃん」
は食べてないだろ?」
「食べたよ。休憩時間にまかない食べた」
「え、そうなのか」
「……」

 記憶の中のとテンションが違いすぎて、変に懐かしさに浮かれていた自分が恥ずかしくなる。空白の時間を一瞬で埋められるような気でいた自分が甘かった。誘っておいて、急になんだか申し訳なくなってくる。迷惑だったかもしれない。話したいと思っていたのは俺だけかもしれない。「そういう仲」じゃないのかもしれない、俺たちは。中学の頃、よく話しかけてきた相手だからって、それは中学の頃だけの話で。高校別れてからは一切交流なんてなかったんだし。ちょっとうぬぼれてたのかもしれない。「仲が良かった女子」とか、勝手に自分の中でカテゴライズしていた。にはそんな気なかったのかもしれないのに。

は、その……元気にしてたか?」
「……まあ」
「そ、そうか。えーと……」
「南は」
「あ、俺も元気だぞ?なんか、卒業してから同級生が何してるかってなかなか分からないもんだよな」
「そうだね。べつに、今でも連絡取ってるのとか数人だし」
「そうだよなあ……、そのー、少し雰囲気変わったっていうか、落ち着いたっていうか」
「当たり前じゃん。いつまでも中学生のバカっぽいテンションなわけないじゃん」
「そ、そうか……うん、そうだよな、悪い……」
「南も変わったじゃん」
「え?そうか?あんまり……」
「南が合コンとか、うける」

 ぼそっと、吐き捨てるように言われた言葉に、一瞬なんのことかわからなくて固まる。あんまりにも馴染みがなくて。しばらく経ってやっと意味を理解し、慌てて首を振った。妙に焦りながら、ぶんぶん振って否定する。

「違う!あれは合コンとかそういうのじゃなくてだな!?」
「女の子もいたじゃん」
「いや、あれは友達の彼女で」
「うける」

 ああ、なんかデジャブだ。不機嫌そうに、つまらなそうに、が言う。全然、ウケてるようには見えないのに。いや、だから、あれは、と俺がしつこく説明しようとしたら、は突然足を止めて、俯いて、自身の頭の後ろをがしがしと掻いた。俺も足を止めて、の名前を呼ぶ。どうした、って聞いても答えがすぐには返ってこない。何度か「おーい」とか「どうした?」を繰り返した後、やっと、ひとこと。

「…………うけない」
「え?」

 顔を上げたが、俺をキッとにらむ。唇を尖らせて。

「南、むかつく。めっちゃむかつく」
「は?え、おい、なんだよ急に」
「なんなの?急に出てきてさ。忘れてたこと、ぶわーって思い出してきた。腹立ってきた」
「え、ま、待ってくれ!俺、中学の時おまえになんかしたのか!?」
「超うざい。今でも覚えてる。あたしが誘ってもぜんっぜん遊んでくれなかった」
「あ……あー……いや、それは部活とかで……」
「彼女いないし作らないのかと思ったのに三年の冬急に清水サンと付き合ってた」
「あ、えっ、し、知ってたのか……いや、二ヶ月くらいしか…」
「あたしが『付き合お』って言っても相手にしなかったくせに!」

 わっ!とつばでも飛ばす勢いで言われて、俺は目をまたたく。が、俺を睨む。まだ睨んでいる。口を尖らせたまま。でもちょっと目を潤ませて。俺は――……、頭が真っ白になって、でもその真っ白な頭でもどうにか記憶を呼び起こそうと必死になって、の声も、笑顔も、いろいろ、たくさん、そりゃあもう思い出して……

「……、……い、言われてないぞ!? 付き合おうなんて、絶対言われてない!」
「言った!」
「言ってない!」
「言ったし!」
「いっ、……、……いや、もしかして……あれか!?」
「ほら言ったじゃん!」
「いやいやいや、待ってくれ!『彼女になったげよっか』とか、そんな……わ、わかりにくい!」
「南のバカ!南のせいだ!」
「あのなあ!?」
「南のせいだぁ!!」

 なにがだよ!って文句を言う暇もなく、がその場でしゃがみ込む。うずくまりながら、「南のバカぁ!」と繰り返した。お菓子を買ってもらえなくてお菓子売り場で泣きじゃくりだす小さい子供みたいだった。けどここは道端で、お菓子なんてなくて、「買ってあげるから機嫌直せ」なんて言えなくて。俺は何をどうすればいいのか考える。今、目の前にいるになんて言えばいいのかを、考える。いや、機嫌をとるための言葉ではなくて、俺が、今、なにを伝えたいのかを。あの頃、なにを伝えたかったのかを。
 目線を合わせるために、しゃがみ込んだ。相手はうずくまって顔を見せてはくれなかったけど。

「悪かった。気づいてやれなくて……本気にしなくて、すまん、
「……南のばか」
「お詫びに、その……だいぶ遅くなったけど、休みの日、遊びに行こう」
「……」
「また誘ってくれないか。俺、本当はさ、ずるいけど……あのとき、『二人で遊びに行こう』って誘ってほしかったんだと思う」

 が顔を上げて俺を見た。二人でしばらく、お互いの気持ちを探るように見つめあった。空白だった月日は、そう簡単には埋まらないのかもしれないけど。バカだったな、俺。でも、忘れたい過去でも消したい記憶でもないさ。だって、今、ふっと浮かべたお前の笑顔が、やっぱりあの頃と同じ笑顔だから。

「今でもすきだよ、ばか南!」


残り火は何を焦がす