足元ヒールだったので何回もこけそうになった。それでも走った。なんでかっていうと待ち合わせの時間はとっくに過ぎていて、久しぶりに会うっていうのに私は相変わらず30分近く遅刻してしまったから。私がデートに遅刻するのは付き合い始めたときからお約束なんだけど、付き合って結構経つというのにもうほんとなんなのかねわたしは!一度も彼より早く着いたことないんじゃないか!
今日も今日とて遅刻した私は彼が腕組んだまま待ち合わせ場所の駅前の時計台に寄りかかってるのを見て「やばいこれは怒られる」と焦った。「どんだけ走ってきたんですか、ヒールなのに危ないでしょう」とかさりげなく優しさを兼ねた言葉で迎えてくれないかなぁなんて甘ったれたことも少し考えたけど。肩で息をして、顔を上げて室町くんを見たとき彼はいつもの調子で(つまり呆れながら)「遅い」と一言言い放ったのです。
「ご、…ごめっ…うぐぐ走りすぎて腹痛い」
「それ毎回言ってますよね」
「だ、だって走ってきたら、こうなるし…!」
「なら走らないようにすればいいでしょう」
「急がなきゃ室町くんに悪いでしょっ!」
「そりゃそうです。だから、走らずに済む一番の方法、分かります?」
「な、なんでしょう…」
「時間ギリギリに家を出なきゃいいんです。もっと余裕を持って行動してくれませんか」
本当すみません仰る通り。はあ、と溜息吐きながら室町くんは時計台から背を離した。「あーあ、どこ行きましょうかねー」とわざと嫌味っぽく言う。私は相変わらずぜぇぜぇする息を整えながら、首をかしげた。「映画…じゃないの?」と尋ねる。お昼の上映時間に合わせて待ち合わせしたはずだ。私の観たい映画、室町くんが付き合ってくれるっていうから。だから私達は迷わず映画館に向かえばいいわけで…。どうして、何もデートの計画を立てていなかったように、「どこいこう」なんて言うんだろう?私の言葉に、室町くんはさらに溜息をついて肩をすくめる。
「映画館すぐそこだし、じゅうぶん間に合うと思ってこの時間に待ち合わせたんです」
「うん…、はっ!まさか…!」
「誰かさんの遅刻のせいで今さっき昼の上映が始まりましたね」
「…ま、間に合わなかった…?」
「そう言ってるじゃないですか」
腕時計を見ながら室町くんは呆れた様子で私に説明する。つまり、次の上映まで時間を潰さなくてはいけなくなってしまった、ってこと…。
本当に室町くんに悪いことしてばっかりだ。せっかく部活で忙しい室町くんに時間を割いてもらって私が観たい観たい騒いでる映画に付き合わせるっていうのにことごとく計画通りにいってくれない…!むしろ計画を具体的に立ててくれたのは室町くんのほうなのにそれを台無しにしてる…!
もう本当にごめんなさいしかいえない。私がぺこぺこと何度も何度も頭を下げて「ごめんなさいほんとうにごめんなさいなんでもするからゆるしてくださいおねーさんなんでもおごってあげる」と早口に謝罪したら、何かいい案が浮かんだように室町くんが「ちょうどいいや」と私の肩を叩く。へ?と泣きそうになってるかおを上げた。
「どっか喫茶店入りましょうよ」
「き、きっさてん?…うん!うん!そ、そうしよう!」
「走ってきて喉渇いたでしょうし」
そう言ってちょっと苦笑いする室町くんに私は不覚にもきゅん!とさせられてしまって思わずこくこく何度も頷いた。優しい室町くん…!きらきらした目で見つめたら、彼は「先輩のオゴリですけどね」と付け足してさっさと歩き始めてしまった。
…いや、そうですけどねっ私が悪いんだしっ自分でおごるって言ったし!だけどそんな、ちょっと、ね…!?
ぐすんとしていたら室町くんに呼ばれた。「先輩、」という、その呼び方。私が視線を向けた先には、室町くんが立ち止まって私を振り返っていた。
「置いていきますよ」
そんな意地悪なこと言ったって、いつも彼は待っていてくれる。
喫茶店に入って二人で向かい合って座って、「さあ私が奢ってあげるぞなんでも好きなものを頼みなさい」とぎらぎらした目で室町くんにメニューを渡した。彼はうさんくさそーな目をして私を見たあとに、メニューへ視線を移す。「なんでも、ですか?」と聞いてきた。…え、待ってそんなたくさん頼む感じですか!?私は慌てて鞄からお財布を取り出して中身をチェックした。ええと、映画代は残しておかなくちゃいけないから…それで私の分のお茶が…いやむしろこんな失態をおかした私はお水だけ頼んで残りのお金を全部室町くんへ貢いで…!とぶつぶつ計算していたら、室町くんが返事を待たずに「決めた」とメニューをつき返してくる。え、決まったの!?待って私まだお財布と相談中なんですが!
「な、何にいたしましょう…?」
「アイスココア」
「…と?」
「以上です」
「え?他は?」
「べつに腹減ってないんで」
「そ、そんな、私の財布に気を遣ったりしなくていいよ!ここのケーキおいしいらしいよ!」
「じゃあ先輩が食べればいいじゃないですか」
「いや、あの、でも…」
「先輩甘いもの好きでしょう」
あわあわしている私を無視して、室町くんはもう一度メニューを覗き込んだ。「俺、先輩が好きそうなの当てますよ」と、いたずらっぽく笑う。私はその言葉にはっとして、慌ててメニューを見つめた。えっと、私が食べたいのは…そうだなぁ…!いちごのってるのもおいしそうだし…フルーツケーキもおいしそう…ティラミス…ムース系も捨てがたいような。視線がメニューの上を行ったり来たりして、なかなか一つに決まらない。ちら、と視線を上げて室町くんの顔を見たら、室町くんも私の様子を見ていたようで、ばっちり目が合った。じ、っと。超、み、見られてる…!
「先輩、決める気ないでしょ」
「ええ!?あ、ありますよ!あるともさ!」
あるんだけど、室町くんに見られてると思うと余計に考えがまとまらないんだよ!私はコホンと咳払いしてから、メニューに視線を戻した。ええと、どこまで見たんだか分かんなくなっちゃった何食べたいんだっけ。あ、チーズケーキおいしそうだなぁ…うん、でもいちごムースおいしそうだし…どうしようかな。早く選ばないと室町くんまでアイスココアがおあずけになってしまう…!焦ると余計にどうしようどうしようってなる!
「チーズケーキ好きそう。先輩」
「え!よ、よく分かったね室町くん!」
「あ、でもこっちのいちごのやつも好きそうですね」
「ええ!?なんで分かるの!?私ね、そのふたつで今迷ってたんだよ!」
すごい!以心伝心!?私がはしゃいだら、室町くんが小さく笑って、「当てるって言ったじゃないですか」と満足そうに言う。な、なんでわかるんだー!ときめいちゃうじゃないかー!私が顔真っ赤にしてたら、室町くんが店員さんを呼んでさっさと注文をしてくれた。アイスココアと、アイスレモンティーと、チーズケーキと、いちごムース…。あれ?え、ふたつ頼まれた!?
「先輩が決めるの遅いのが悪いんですよ」
「う…、でも二つ食べるってなんか食いしん坊みたいだよ!店員さんが運んできたときに『あ、それふたつとも私です』って言うの恥ずかしいよ!」
「でもふたつ食べれるんでしょ先輩は食いしん坊だから」
「た、食べれますけどね!…でも、それなら室町くんも食べなよ!片方あげる!」
「えー」
子供みたいに「えー」って言わないでほしいな可愛いから。室町くん甘いの苦手だったっけかな…でもアイスココア頼むとか可愛いし、ケーキもきっと大丈夫…な、はず。「む、」ろまちくんってケーキ好き?と聞こうとしたらそれより先に「そういえばレモンティーでよかったんですか?」と聞かれた。はた、と気付く。そういえば、私まだ何飲むか言ってないのに室町くんレモンティー頼んでくれたんだった。「う、うん大丈夫だよあたりだよ!」と早口に答える。こういうとこ一緒に来たらいつも私はレモンティーだったから、それを覚えててくれたんだろうか。なんかぜんぶ以心伝心してるみたいで感動…!
「久しぶりに会ったけど室町くんって、変わってないね…」
「先輩も変わってませんよ。相変わらず遅刻するし」
「…、……そ、それは…!」
「まあ、その遅刻癖が治るとも期待してないですけど」
ば、ばっさり言うなぁ…!久しぶりに会ったけど、相変わらず室町くんって、手厳しい。最近忙しくてお互いの予定が合わなかったから、すごく久しぶりのデートなんだ。(そのデートで遅刻してる自分は最低なんですけど…)やっぱり、メールや電話越しにする会話とは、違って感じる。ちゃんと目を見て話ができるし、表情がわかると安心、するし。そんなふうに考えていたら、いつのまにか店員さんが私の前にアイスレモンティーを置いてくれていた。はっと、慌てて店員さんにお礼を言う。室町くんはそんな私を見て、やっぱり少しだけ笑った。
「え、えっと、なんの話だったかな!そうそう遅刻、遅刻のことなんだけど、ね!」
「はいはい」
「私今日は、寝坊したとかじゃないの!ばっちり目覚ましに起こされたの」
「へえ?じゃあ何があったんです?」
「着ようと思って用意しといた服をお姉ちゃんが勝手に着ちゃって、」
「はあ」
「アイラインががたがたになったから何回も引き直して」
「はい」
「靴決めるの忘れてて玄関であれこれ悩んじゃって…」
「その時点で待ち合わせの時間は過ぎていたわけですね」
「はい、そうです…」
肩をすくめて俯く。それに構わず室町くんは「しかも悩みに悩んで決めた靴がヒールだったせいで待ち合わせ場所まで走っていくのも一苦労だったと」と付け加える。「計画性がないですよね」とさらにさらにくわえた。確かに靴を選び忘れてたのは計画性の問題だけどお姉ちゃんの襲来とアイライン引くのへたくそなのはそんな、計画性とか関係ないよ!きゃんきゃん文句を言ってたら、室町くんはそんなの痛くも痒くもないらしく、なんてことないように「そうですか?」と否定した。
「前日にあらかじめ『この服は自分が明日着ていくんだ』ってことを伝えとけばよかったんですよ」
「た、たしかに…!」
「アイライン?は、引かなくてもいいですし、(っていうかアイラインってなんなんだろ…)」
「ええっ!わたし頑張ったのに!」
「はあ。確かに、ちょっと雰囲気違うなとは思いましたけど」
「似合わなかったか…!」
「べつに、そうは言ってませんよ」
私が勝手に渡したチーズケーキをフォークで縦に切り分けながら、室町くんはなんてことないようにすらすら言葉を繋げる。ほんと、「なんてことないように」が得意だなぁ、室町くん…。私も自分の分をひとくち食べて、室町くんを見つめた。室町くんと初めて会ったのは、中学生のときだ。私は彼より一足先に高校生になった。それで、高校生になった私は「お姉さんっぽくなる!」「子供っぽいの嫌!」と意気込んで、いろんな努力をしたつもりだ。大人っぽい服を探して、雑誌でメイクの勉強もして、可愛くなろうと頑張ったんだ。中学生のときの私に比べたら、だいぶ成長したと思うんだけどなぁ。髪も伸びたし。
「室町くんは、さぁ…あの、一応、気付いてます…よね?」
「何がですか?」
「あの、そのぅ…私、中学の頃に比べてね、おしゃれとかするように…な、なったつもりなんです」
「……ああ…まあ、一応は気付いてるつもりですけど」
そこで初めて、室町くんは余裕な平然とした態度を一度崩した。私が緊張気味に室町くんを見つめてたら、彼はちょっと動揺したように、目を泳がせた。そ、その動揺の意味は果たして…!?実は気付いてなかったとか?びっくりだとか?それとも似合わない?私に大人っぽいこと背伸びしてすることは似合わない…?似合わないんだけど気ぃつかってくれてる?言わないでくれてる?マイナスに考え出したらきりがない。私はなんだか恥ずかしくなってどきどきしてきて、ケーキをぱくぱく、黙って食べた。そしてそれをごくんと飲み込んだとき、意を決して室町くんに言った。
「あの、変だったら言ってくれていいんだよ!私、一緒に歩いてて恥ずかしい彼女にはなりたくないっていうか、室町くんに嫌な思いしてほしくないっていうか、…えっと、嫌われたくないっていうか…む、室町くんにもっと好きになってもらいたくて、おしゃれしてて…」
恥ずかしくて顔上げらんない。頭が今にもパーンってなりそう。パーンて。俯いたまま、もうひとくち、ケーキをぱくりと飲み込む。よく味が分からないうちに、飲み込む。急激に喉が渇いてきて、落ち着きなくレモンティーに手を伸ばした。ストローに口をつけてごくごく飲む。おそろしい速さでコップの中の液体がなくなっていく。あの、そろそろ室町くん何か喋ってくれませんか…!私のバカっぽい言葉になんていったらいいのか分かんなくて困ってるんでしょうか…!気付いたらストローがずごーって音を立てていて、レモンティーはからっぽで氷だけが残っていた。この気まずい沈黙をどうにか誤魔化すものはないかと内心あわあわしていたら、向かい側からアイスココアが無言のまま差し出された。恐る恐る視線を上げたら、室町くんが「どんだけ飲むんだよ」といってきた。おおう、するどいつっこみ…!
「え、あ、あのおかまいなく…!これ室町くんのだし…」
「いいですよ飲んで。…つーか、あんた本当…あーもう…」
「え…えっ!?え、あの、」
「そういうの、すっげー困る」
こ、こまる…!?そういうのってどういうの!?困る、じゃなくて「すっげー困る」って何か強調されているよね!?私の何が困ったの思い当たる節がありまくりで私こそ困る!ぎくぎくと身を小さくしていたら、室町くんははあーっと溜息吐いてテーブルに突っ伏した。え!?なにえっ怒ってる?何!?頭の後ろをがしがしかきむしって、「ああもう」とまだ困ってる。い、いきなり何か、やってしまった…?ごめんなさいって言ったほうがいいんだろうか黙ったほうがいいんだろうか。びくびくしながらも室町くんの反応を待ち続けていたら、ふいに彼が、突っ伏してた顔を上げて、私を見た。少し…顔が赤い。
「…あの、ごめん…?何が、困らせてしまったのでしょうか…私の存在?」
「俺、すっごく余裕ないんですよ」
「ええ!?いつも室町くん余裕綽々なクールガイじゃない!?」
「…そんなんじゃないです」
「え…、」
「会うたびに、先輩の雰囲気変わってくから…」
「…き、きらいになったの…?」
「だから違うって言ってんじゃないですか!」
い、いってんじゃないですかって言うけど私あんま言われたおぼえないぞ!?びっくぅ、っとしたけど、思わず顔を上げてこっちを見た室町くんも確かに余裕ない感じだったので、私は目をぱちくりさせた。怒ってる感じはしない。むしろなんか、恥ずかしそう、だ。私と目が合うと、はっとしたように身を引っ込める。「逆なんだよ…」と、ぽつり。室町くんが呟いた。言葉の意味が分からなくて、首を傾げる。以心伝心は私にはまだ早いみたいだ。
「会うたびにあんたが綺麗になってくから、困る」
私の顔は見ずに、恥ずかしそうに、ぼそりと室町くんがそう言った。確かに、言った。会うたびにきれいになる?だからこまる?私が?きれい?わたし、が?言葉の意味を頭の中で何度も何度も確かめて、確かめていくうちに、みるみる顔が熱くなる。今絶対顔すっごく赤い!思わず誤魔化すために室町くんのくれたアイスココアに口をつけてしまった。ナチュラルに間接キスだ!?いやべつに間接ちゅうなんて珍しくもなんともないんだけどでもやっぱり、ああアイスココアの味がわからない!あわあわしてたら、室町くんが顔赤くしたまま、でもやっぱりちょっと余裕ぶって、口とがらせて、「なんか言えよ」と言ってきた。ああっくっそー年上に向かってそんな、でも普段敬語のくせに急にそういう、生意気になるの私どきっとするからやめてくれー!
「だ、だって室町くん、今までそんなこと一言も言わなかった…っ!」
「そりゃあ…そんな恥ずかしいこといちいち言ってられませんよ」
「だって、そんなまた、私をからかって言ってるわけじゃ…?」
「嘘吐いてまでこんな恥ずかしい思いしたくないです」
むすっとしてる、けど、顔は赤い。私もやっぱり、恥ずかしい。恥ずかしい、けど…嬉しい。だって、綺麗になってるとか言われちゃったら、嬉しいに決まってる。どうしよう。室町くんにもらったアイスココアをストローでぐるぐるかき混ぜる。え、やばい私顔にやけてるかもしれない。綺麗って言われたこともそうだし、恥ずかしがってる室町くんがすごくすごく可愛く見えることも、にやける。やっぱりなんだかんだ後輩だよね、年下だよね。大人の余裕ってもんがちょっと出てきたかもしれない私も。でもニヤニヤしちゃうあたり、まだまだクールぶれないよね大人じゃないよね。っていうか顔真っ赤にしながらにやけてるってだいぶバカっぽくないかなこれ。
「あれ…、でも、どうして、困っちゃうの?」
彼女が綺麗になったら、嬉しいものではないんだろうか。ここにきて、そんな疑問を抱いた。私は室町くんにもっと好きになってほしくて、可愛くなりたいと思っていたけれど…それは、彼にとっては迷惑行為?だったのか…?ええ、なんか、喜んでた気持ちがいっきに沈んでいく。そんな私に気付いてか、室町くんはまた溜息を吐く。はあ、って。でもそれはもう全然、嫌な感じには聞こえなくて。むしろ照れてる自分を誤魔化すような行為に思えて。都合よすぎるのかもしれないけど、ちょっと、思ったんだ。
「…だって俺、背もでかくないし。先輩より年下だし」
「そ、そんなの気にしなくったっていいじゃんか!私はそのままの室町くんが好きだよ!」
「俺が嫌なんです」
「ご、ごめんなさい年上で…」
「いや謝ることじゃないんですけど。でも俺、こう見えてすごく気にしてるんですよ」
「どうして?」
「…姉弟に見えてないかとか」
「それは…」
「あんたが大人っぽくなって、綺麗になっていくと、余計だろ」
「……室町くん…」
「…なんだよ」
「顔赤いね」
ほっとけ。口を尖らせてそう呟いて、でもやっぱり顔は真っ赤で。目を逸らされたけど、赤い顔は隠せていない。私はなんだか胸がきゅーん!となって、ときめきでいっぱいで、苦しくなりそうだった。幸せすぎて苦しい。でも本当、幸せなんだ。嬉しいの。たしかに背は、大きくないよ。それは室町くんもずっとずっと気にしてることだけど、でもこれから伸びていくと思うんだよ。だって私なんか高1で背ぇ止まったんだし、それに比べたら室町くん、ぐんぐん伸びてく。男の子って、あっという間に「男のひと」になっちゃう。
「室町くんもね、会うたびにかっこよくなってくよ」
「…後出しでそんなこと言われても嬉しくない」
「でも、本当だよ?初めて会ったときはカッコイイじゃなくて可愛いだったもん」
「…それはどういう意味で」
「ちっちゃくて」
「馬鹿にしてますよね」
「してないです」
「ヒールだって俺への嫌がらせですよね」
「まさかそんな、ぜんぜんです」
「……まあ、いいや。この話題やめましょう。いい加減恥ずかしい」
彼は私の方にあったアイスココアを手にとって、ストローに口をつける。その動作を見守って、私はどきどきした。いや、元は室町くんの飲み物だったからなんら不思議なことはないんだけどね、うん。ひとつの飲み物を二人で回し飲み…いや回し飲みっていうと可愛くないな…やっぱり間接キスっていったほうが甘酸っぱい響きになるのだろうか…!ぎらぎらした目で見つめていたのがばれたのか、室町くんが「なんですかその顔」って言ってきた。
「いや、なんでもないよ!室町くんってケーキ食べるのも飲み物飲むのも遅いよねいつも!」
「それは先輩が早すぎるだけだと思うんですけど」
「なるほど!それは確かに!つまりそういうことだよね!?私今自分の首を自分で絞めたね!」
「特に甘いものは食べるの早いですからね、先輩」
「そ、そうだね!甘いものならなんでも早いね!そういえば私小さい頃こんぺいとうを何個口に詰められるかっていう自分の限界に挑戦したことがあって」
「ぶっ」
アイスココアを飲んでいた室町くんがふきだして、そのあとげほげほむせてしまった。私のせいかな私のせいだな!「だ、だいじょぶですかー!!」と消防隊員みたいな感じで慌てて声をかけたんだけど余計に室町くんがげほげほってなってもう自分どうしていいのか分からなくておろおろした。背中をさすってあげればいいのか!?おろおろしてたら室町くんがげほげほしながら「笑わせんなよ!!」と怒ってきた。今の笑わせんなよは決して漫画の悪役とかが「貴様の力はそんなものか!笑わせるなよ!」という意味の笑わせるなじゃなくって本気の本気で笑わせるなっていう笑わせるな、なので、私は、口を押さえて黙った。とりあえず黙れば笑わせることもないと思ったので、黙る。でも室町くんの笑わせんなよはなんだかセリフこそ怒ってたけど楽しそうに、声は笑っていたので、私は「めずらしい…」と思ってしまった。私の顔を見て室町くんがまたはははって笑うから、きゅんとしてしまう。
「くっ…はは!あー、…俺あんたといるとたまに笑い殺されるんじゃないかと思うときがありますよ」
「そ、そうかな…私そんな才能あったのかな…お笑い芸人とか目指したほうがいい?」
「いや、目指さなくていい。先輩がおもしろいことするのは、俺の前だけってことで」
「! うん!分かった、私も室町くんを笑顔に出来るならそれでいいかなと思うよ!室町くん専属の芸人になろうと思う!」
「要りませんよ、そんな迷惑なの」
「ええ!?だって今ちょっと喜んでくれた感じだったじゃんか!」
「先輩のは意図的じゃなくて素で笑わせるからおもしろいんですよ」
「な、なるほど…!でもボケてる自覚ないのに笑われるって複雑だね!」
いや、でも好きな人を笑顔にできるって素晴らしい才能じゃないか…!自然と笑わせられるってすごいなわれながら!特技にしよう!今日から私の特技は「室町くんを笑わせること」にしよう。うん、決めた。特技っていうか、自慢?みたいなものなのかな。そんなこと考えてたら、室町くんが食べかけのケーキをフォークでさっくり切った。同じタイミングで食べ始めたと思ったのにまだ半分残ってる。私ずいぶん早い段階で食べ終わってたんですが…!苦笑いしたら、ひょいっとフォークがこっちに向けられた。ケーキをのせたままのフォークが。
「食べたかったんでしょ」
「え、あ…い、いいよそんな!室町くんお食べ!」
「いいですよ。先輩に選ばせたんですし」
「や、その…え、でも」
な、なんでフォークがこっちを向いているのかな…!私、さっき自分の食べたぶんのフォークあるしそれ使えるよ!?…いや、べつに、ストローもさっき使ったしフォーク一緒に使うくらいどうってことないどんとこいなんだけど、もしやこれは室町くんが食べさせてくれるっていう特典つき!?何それどんな、ええ、ど、えええ…!?まじですか室町くん君そんなキャラじゃなかったじゃないか恥ずかしいことは極端に嫌う室町くんがそんな、こんな、どんな成長!?男の子っておそろしいな!おずおずと身を乗り出した直後、フォークがひょいっとユーターンして室町くんの口の中に突っ込まれた。だいぶ動揺している私にトドメをさすように、室町くんが口の端を持ち上げて、笑った。
「ばーか」
「!?」
な、なにを~!?私今すごく恥ずかしかったじゃないか!期待しちゃってバカみたいじゃないか今バーカって言われたけど!そ、そうだよねこんなバカっぽいことしませんよねするわけないですよねおまえらなんやねん!ってツッコまれるくらい恥ずかしいもんなこんなこと!分かってた、分かってたよ私は!でもあんまり恥ずかしくて私は「!?」って顔のまま固まって、口を何度もぱくぱくさせていた。顔真っ赤にして、ぱくぱく、ぱくぱく。すると、ふいにフォークが口につっこまれる。我に返った。食べたのはチーズケーキ。室町くんのフォーク。私の口の中にケーキを残して、フォークはゆっくり引き抜かれた。ぱちくり、今度は瞼の開け閉めを繰り返す。
「先輩、かわいい」
爆弾が投下されたような音が頭の後ろから聞こえた。漫画にありがちな、顔真っ赤になって熱が集まりすぎてぼんっ!と煙が出るような、そんな感じ。だって事実今わたし、めっちゃくちゃ顔熱いし、なんかもう涙でてきた。そんな私を見て室町くんが笑うから、余計に涙が出てくる。なんで涙が出るのかって、わかんないよ。なんかもう、もう、幸せすぎてつらい。(私のほうこそ、君といると幸せすぎて死ぬんじゃないかと、思うときがあるよ!)
「ちょっと待ってよ室町くん!なんでお金払っちゃうの!私が払うってば!っていうか奢る約束じゃん!」
「はあ?あんなの本気にしてたんですか?あんたに払わせるわけないでしょう」
「ええ!?な、えええ!?そんなのずるいよ!私ケーキ1個半食べたし室町くんのココア飲んだし!」
「あーもう、ぐちぐち言う暇あったら走ってくださいよ!誰かさんのせいで次の上映も間に合いませんよ!」
「そそそれは困る!あ、そうだ室町くん私が映画代を払って…」
「先輩、手ぇ貸して」
「へ?え、うあ、待っひっぱらないでぇえ」
「ほら急げってば!」