「ねーねー室町くんってUFOキャッチャーとか出来る人?」
「嫌ですよ」
「い、いいじゃん。出来るか出来ないか聞いてるだけじゃん」
「ガラスにへばり付きながら言われても嫌な予感しかしません」
「あのぬいぐるみ欲しいなー、かわいいなーあれ超欲しいなー」
「あーすごくかわいいですねー諦めてください」
「(ひでえ!)」
UFOキャッチャーなる機械の箱のガラスにおでこをぴったりくっつけて、そのガラス越しにくまのぬいぐるみをじっと見つめる。無造作に積み上げられた大量のくまのぬいぐるみは私に「ここから出してくれ」と訴えているように思えた。私だって連れだしてやりたいさ。だがそれにはお金と技術が必要なのだよ。うるうるとくまさんと見つめ合っていたら、後ろにいた室町くんが私の襟首を引っ掴んだ。親猫に捕まった子猫の気分。だけど室町くんは背が高くないので(むしろ小さいことを気にしているらしいという噂)そんな猫の親子気分も長くは感じられなかったけれど。むしろ近所のおばさんと世間話に夢中になっているところを後ろから息子に「ママはやくかえろうよ」と急かされているような気分。あ、これ言ったら絶対怒るわ。
「早く帰りましょうよ」
「ぶっ」
「……今の笑うとこですか」
「あ、うん、なんでもないです」
「で。いい加減へばりつくのやめてください。みっともないです」
「あのぬいぐるみに呼ばれているんだよ私」
「じゃあ一緒にこの中入ってくればいいんじゃないですか」
言いながらコンコンと室町くんは機械の分厚いガラスを叩いた。
「違うよ呼ばれてるっていうのは僕をここから出してくれって言われてるってことだよ」
恨めしそうに私がそう言うと室町くんはヘッと鼻で笑い飛ばす。おうおうなんだその憐れむようなバカにしたような笑い方は。生意気だ……生意気すぎる。
私は室町くんから視線をうつし、再度くまさんと見つめ合う。あーかわいいなあ。絶対さわり心地いいんだろうなあ。もふもふなんだろうなぁ。一緒に寝たいなあ。
「室町くん。実は私ぬいぐるみの気持ちが分かる能力を持ってるんだけど彼私の枕元で寝たいみたい」
「あのクマって男だったんスか」
「私の枕元のぬいぐるみコレクションに加わりたいって言ってる」
「枕元のぬいぐるみは一つまでにしないと運を吸い取られるって千石さんが言ってたような」
なんでそうそっけない切り返しがすらすら出てくるかなぁきみは。睨みつけても室町くんはツーンとした態度を崩さない。なんでそんなつれないの室町くん!わたしの彼氏だよね!?今デート中だよね!?デートにうってつけのゴールデンウィークだよね!?黄金週間だよ!?「あんなのが欲しいのか、しょうがねえな取ってやるよ」くらい言えないのか!男気を見せろ!
UFOキャッチャーひとつでこんな騒ぐ私も私かもしれないけれど、あのくまちゃんに一目惚れしたんだ。お持ち帰りしたいんだ。いつまでたっても折れてくれる気配のない室町くんに焦れて、私は黙ったまま自分の鞄からお財布を取り出した。それを見た室町くんがちょっと意外そうに「アンタUFOキャッチャー出来るんですか」と尋ねてきた。くっそ〜お察しの通りへたくそですけどなにか。
「もう室町くんには期待しません。いいよ自分でやってやる!」
「へーえ。財布の中身が空にならない程度に頑張ってください」
「あ〜彼女のためにUFOキャッチャーもしてくれないのか〜千石とかだったら絶対やってくれるのにな〜」
「そんなあからさまに挑発されてもべつに」
「あーそっけない彼氏だな〜悲しいな〜」
「やるんだったらさっさとしてください。置いて帰りますよ俺」
本気で置いて行かれそうな予感がしたので私は慌てて百円玉を投入口に入れた。ピコンという音と一緒にボタンが光る。あんだけ気のない様子だった室町くんは興味津々に私の隣に並んでガラスの向こうを見ていた。
私が一つ目のボタンを長押してアームを右にずらす。パッと手を離してアームが止まったとき、室町くんが「あー」と落胆の声をあげた。ええぇ自分で失敗したと悟る前に室町くんに悟られた。でも確かによく見ると狙った位置より大幅にずれている。それでも今更修正できないのがUFOキャッチャーというものだ。無慈悲。2つ目のボタンも長押しすると、アームが奥の方に動いていった。手をはなすと、勝手にアームは降下していく。ゆるゆるとした動きでアームの先がなんにも掴まず閉じた。私はむっと顔をしかめてその様子を見る。室町くんが小さく溜息を吐く。
「気が済みましたか。ほら、さっさと帰」
「あと一回!」
「そうやって人は財布を軽くしていくんです」
「あと三回〜っ!」
「なんで数増やしたんですか」
「取れるまで!!」
「堂々と財布の中身ドブに捨てます宣言しないでください」
今度は財布の中に入っていた五百円玉を入れた。隣の室町くんが「うわあ」って声をあげたけれど私は構わず、くまのぬいぐるみを見据えた。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというじゃないか。六百円なんて、まだまだ軽い軽い。そう言い聞かせてボタンを押す。それから、数分後。私は財布の中の小銭を確かめた。うん、まだ大丈夫まだいける。チャリンと硬貨が投入される音と、室町くんの溜息はしばらく続く。
「…俺はアンタの残金がいくらになったらとめればいいんですか」
「……ひゃくえん?」
「それまでやるつもりなんですか」
一段と大きな溜息を吐いて、室町くんは私のことを肘でぐいと横に追いやった。な、なにをするんだわたしはまだ戦えるぞ!と文句を言おうとしたら、室町くんは財布から五百円を取り出して投入口に突っ込む。私は目をぱちくりさせて、その横顔を眺めた。じっと真剣な眼差しでガラスの向こうを凝視する彼。ぽかーんとしてなんにも言えないでいたら、室町くんはこちらに目もくれず、いつもと変わらない声のトーンで私に言った。
「俺はべつに取れるまでやるとか馬鹿なこと言いませんからね。さんが使った分と同じだけやります」
「えっ、で、でもわたし結構消費しましたし…」
「アンタ見てると下手くそすぎてイライラしたんでそれを晴らすだけです」
「(ひ、ひでえ!)」
「で?」
「はい?」
「もし俺が取れたらなんかくれるんですか」
「えっあー…えーと…おっお返しのちゅーがいい?」
「うっわ今ので超やる気削がれたやめよう」
「(ひでえええ!!)」
だけどそう言いつつもその場から立ち去る気配はない。とはいえ一発で取れるほど簡単なターゲットでもないわけで。室町くんのクレーンゲームの腕前がどんなもんなのかはよく分からない。だけど私と違って確実にちょっとずつぬいぐるみは動かされていて、なかなかかすりもしなかった私はたしかに下手くそだったんだなぁとしみじみ思う。
「おっ…おおおすごい!すごい室町くんすごい!もうちょい!やばいこれ絶対とれるよなんか希望の光が見えるよ室町くんいけそこだー!」
「すいませんうるさいです気が散ります」
「ご、ごめんでもなんか感動して…わっもうすごいなにこれ興奮するね!!室町くんすごいね!」
「集中したいんですけど!」
もうひと息だというところで二人してぎゃあぎゃあ騒ぎ出したら、近くを通った女子高生数人が笑った。途端に恥ずかしくなり、お互いに黙りこむ。あーやばいキャッキャ騒いだのも恥ずかしいけど「うわー微笑ましいなあいつら」みたいな目で見られたことが何より恥ずかしい。かあーっと顔を赤くして俯いていたら、隣の室町くんから聞こえた「あ」っていう声にはっとする。顔を上げたのと、何かが落下する音が聞こえたのはほぼ同時だった。え、まさか、と目を見開いて固まる私。室町くんがしゃがんで、機械の取り出し口を覗く。腕を突っ込み、引きぬいたときその手にはクマのぬいぐるみがあった。室町くんの手に引っ張られて出てきたそいつは、間違いなく先ほどから私が食い入るように見つめていた彼だ。ぽけーっとそれを見る。室町くんも黙って自分の持ってるくまを見て、それから私を見て、くまの鼻先を私の鼻先にばふっと押し付けてきた。
「わっ!」
「要らないんですか。時間と金と集中力を大幅に費やした戦利品なんですけど」
「いっ…要ります!!ええええすごい室町くんほんとに取れちゃったやばい私感動した!!」
「いちいち反応が大袈裟というかうるさいっすよ」
くまを抱きしめながらヤベースゲー室町くんゴッドハンドー!とか興奮気味に騒いだら先ほどの女子高生がまたちらっとこっちを見て笑っていたけれどもう気にしていられなかった。室町くんも呆れたようにうるさいうるさいと言うけれどまんざらでもなさそうだ。
「わーありがとうどうしよう嬉しいやばいすてき室町くんステキ」と目を輝かせる私。呆れて、だけど満足気に微笑んだ室町くんは、じゃあ気が済んだところで帰りますか、と私の手を取った。今度はもうごねたりせずに、うん!と大きく頷いて私は歩き出す。片手でぬいぐるを抱いて、もう片方は室町くんと繋いで。
「やーもうすごいなぁ室町くん!感動しちゃったよ私!くまさん大切にするね!あ、ベッドにぬいぐるみ一つしか置けないんだったら私この子置くことにするよ!えっへへー絶対千石たちに自慢しよー!室町くんに取ってもらったんだーって!」
「あ。忘れてた」
「え?なにがー?」
立ち止まってきょとんと室町くんのほうを見たら、それと同時に唇に柔らかい感触が降ってくる。すぐには頭がついていかないけれど、ちゅって短い音でなにが起きたか理解した。本当に一瞬の短い間だったけれど。唇が離れるとすぐ室町くんは前に向き直って、私はその後もしばらくぱちぱちとまばたきを繰り返していたんだけれど、「ぬいぐるみ取ったらしていいって言ったのそっちですから」と勝ち誇ったように室町くんが言うから、自然と笑みがこぼれてしまう。
「前までちゅーひとつでも真っ赤になってたのになぁ。なんか嬉しいような寂しいような?」
「そっちこそ、以前だったら真っ赤になって大慌てでしかもデカイ声で騒ぎ出してたでしょう」
「…ま、まあ否定はしないんだぜ」
「べつにキスの有り難みが無くなったとかじゃないです」
「私だって、そうです」
「ただ俺はアンタのことが好きすぎて、いちいちドキドキしてたら身がもたないって気づいたんで」
「…なるほど?」
「なんですか、その目は」
「ううん。室町くんって本当に私のこと好きなんだなって」
「ひとのこと言えますか、アンタ」
「言えませんよ。大好きです」