「室町くん室町くん。そろそろ休憩しない?」
「休憩多すぎだろ。一時間に一回でじゅうぶん」
「一時間経ったよ」
「経ってない」
「あのね、知ってる?集中力ってね、保って15分くらいなんだよ。だから定期的にね?15分に一回くらいね?休憩したほうがいいの」
「じゃあ15分間黙って大人しく勉強してみろよ」

ノートから視線を上げずに室町くんは軽く私をあしらう。今彼は英語の授業の予習をやっていて、私も同じ作業をやってるわけなんだけど、まったく進むペースが違う。私としては予習後の室町くんのノートを借りようとか考えていたわけで。彼はそれを許さないどころか俺以外のひとに借りるのも禁止自分の力でやれとか言ってきてそういうわけで監視ついでに私と一緒にお勉強会を開いているわけで

「ねぇねぇもしかして私と勉強会したいからっていう口実にノート借りるの禁」
「ほら15分保たなかっただろ。休憩無しな」

また顔も上げずに流されてしまった。ひどい。私は黙り込んでノートにほっぺたをくっつけた。突っ伏す。やる気が出ない。室町くんせっかくの休みくらいお外出て遊ぼうよぉリア充しようよぉ。勉強会じゃなくてデートがいい。心の中だけで文句言ってたらスコンと頭にかたいものが当たった。むっとして顔を上げる。室町くんが手を止めて私を見ていた。

「…今消しゴム投げた?ひどくない?ねぇひどくない?」
「勉強しろ」
「…英語ワカンナイ」
「辞書使え。貸してやるから」

室町くんの使っていた辞書が私の前に差し出される。まあ、ないよりずっとやる気アップだけど。優しさに甘えます。電源を入れると、直前まで室町くんが調べていた語句のページが出てくる。まぁ、電子辞書ってそういうもんだ。室町くんこの単語調べたんだー、と他人からすればどうでもいいことを知って1人で喜んだ。なんか、うん、喜んだ。

「室町くん」
「ん?」
「んーん、呼んだだけ」

えへへ、と小さく笑って、シャーペンを握る。室町くんが、きょとんとしてた。まばたきして、それから、少しだけ恥ずかしそうに目を逸らす。「そーかよ」と呟いて。だけど嫌そうじゃない。用もないのに呼ぶな馬鹿とも言わない。カワイイヤツめ。ふふ、とご機嫌になって、ぽちぽちと辞書のボタンを押していく。最近の辞書って便利で、和英も英和も広辞苑も使える。よく授業中暇になると辞書で遊ぶんだけど。広辞苑を開いて適当な言葉を入れてく。そのときの私はすっかり英語の予習のことを忘れていた。ただ室町くんに辞書という玩具をもらって、遊ぶ子どもになっていた。

「む」とひらがなで一文字入力しただけで、私はピンと来た。自然と「むろまち」と指が入力してしまう。当然のことながら、室町時代がどうとか、広辞苑はそんな感じの説明をしてくれる。好きな人の名前が辞書に出てくるっていいなぁ。室町って言葉も漢字も、なんか愛しく思えてしまう不思議。「むろまちくん」まで打ち込むと、当然ながら「候補が見つかりません」と出てくる。私の頭の中の辞書だったら、たくさん「むろまちくん」に意味が詰まってるのに。さらに付け加えて、むろまちくんすきーとか打ち込んでいたら、不意に室町くん本人に声をかけられて慌てて辞書をばちんと閉じた。

「辞書貸して」
「えっあっはははい」
「……おまえ今絶対辞書で遊んでただろ」
「そ、そんなことないよ」

そんなことあるけど!あーびっくりした!どきどきする心臓をおさえて私は大人しく辞書を引き渡した。遊び道具がなくなったので、今後こそ大人しく勉強する他ない。さてやるか、と英文に目を通して、数秒。室町くんのほうを見た。彼は電子辞書を受け取って開いたまま、固まっている。なにやってるんだろう?と不思議に思って、やっぱり数秒。ハッとした。

「あ!ちょ、ちょっと待って室町くん…!!」

直前に開いていたページ、「むろまちくんすきー」とか打ち込んだページのままじゃないか。いまさらちょっと待ってとか言っても遅い。室町くんの耳が真っ赤になって、それから、「な…っに恥ずかしいことしてんだよ…」ってめちゃくちゃ恥ずかしそうに呟く。恥ずかしいのは私も一緒だ。カーッと顔が熱くなって、俯く。今なら15分黙って勉強できると思う。それくらい、恥ずかしくて顔が見れない。

「……」
「…俺も」
「……は、はい」
「俺も、好き、だけど…」

私この人には一生かかっても勝てない気がする。