「室町くん、手貸して」
「は?…なんでですか」
「なんとなく」

突然他人に「手を出せ」といわれたら、人間は警戒するか、何か物をもらえるのかと期待するか、どっちかだと思う。というか、私はそのどっちかだ。そして室町くんは偶然、前者だったようで。私がにこにことエンジェルな笑顔のまま催促しているにも関わらず、彼はじっとりと疑いの目を向ける。なるほど、この反応からするに、千石あたりによく訓練されているようだ。イタズラには敏感。だけど残念、私は本当になんの仕掛けも用意していない。肩をすくめて苦笑いしてみせると、室町くんは数秒迷ってから、しぶしぶ片手をこっちへよこした。

「あ、やだ。両手がいいな」
「…なんなんですか、何か企んでるでしょう」
「ないない。これはホント。マジマジです」

むーっと未だ納得のいかない様子で、室町くんは両手を私へ差し出す。私はにこにこしながら、その両手をぎゅっと自分の両手で包む。一つ下の後輩とはいえ、女の子の手とはまた違った、男の子の手の感触。しばらくそのまま、確かめるようにぎゅっぎゅと握る。視線はなんとなく上げずに、二人の手が重なっているその部分だけを、じっと見つめた。室町くんはその、全くなんの意味のない行為、あるいは沈黙に耐えられないらしく、居心地悪くむずむずしていて、今にも手を解かれるかと思った。だけどそうしないのは、彼の優しさ。諦めたように溜息を吐いて、されるがままになっている。

「…手、なんか、冷たくないですか」
「そうかな。んー…最近急に冷え込むしねー、夜もちょっと肌寒いし」
「……はあ」
「うん」
「…いつ、手はなしてくれるんですか。そろそろよくないですか」
「もうちょっとだよー」
「手相でも見てるんですか」
「…室町くん生命線がない!」
「嘘吐け」
「うそです。えへへ」

手相は、テレビでちょっと取り上げられてるとき少し興味あったけど。結婚線がないって言われて、ショック受けて、それから信じないようになったっけな。生命線も薄いし。そんなことを思いながら、まだ室町くんの手をはなさない。室町くんが、黙って、黙って。私も黙る。

「俺の手触ったって、なんにも楽しいことないですよ」
「そんなことないよー」
「男らしくてかっこいい手だーとか、そんな期待してたなら、残念でしたね」
「わたし手とか指フェチじゃないもん」
「はあ…そうですか」
「それに、ちょっと経ったら、多分室町くんもそういう、男の人っぽい手になるよ」

だったらね私、今の室町くんの手いっぱい触っておかなきゃもったいないよ。私はそう言って視線を上げた。向き合っていた室町くんは私と目を合わせて、それから恥ずかしそうな、呆れたような、そんな顔をする。「だからっていきなり手握る意味が分かんないです」と。だから私はえへへと苦笑いして、それから、自分と室町くんの手をもう一度見る。あったかい手のひら。優しい手。自然と指を絡めると、なんだかやっぱり、優しい気持ちになる。

「わかんないけどね、室町くんに触りたくなったの」
「…ほんと、意味わかんないですね」
「でしょ。私もわかんないな。けど、さわりたかったの」
「変態っぽい」
「えー?女の子に言われたら嬉しくない?」
「あー…男が言えば変態ってことですかね」
「そうだね。男の子ってつらいね」
「男女差別ですね」
「ある意味男女平等だよー?女の子だってね、触りたくなるときがあるの」
「あ、そ… じゃあ、俺も触っていいですよね」

ん、って顔を上げたら、近くにあった室町くんの顔がもっと近くになって、唇にちゅって小さくキスされた。キスされる瞬間、絡めた指がもっとぎゅっと握られて、そのまま心臓まで一緒に鷲掴みされた気分になる。たった一瞬なのに、触れた部分から熱が溢れそうになる。きゅ、と心臓が痛くなるんだ。幸せなのに、なんだか泣きそうになる、不思議。そしてとどめの一言を、彼は囁く。「好きです」と、たった一言。


(この手がいつか大きくてかっこいい手になっても、繋ぐ相手は変わらないでほしいな)