これは夢だ。そう頭が理解した瞬間、はっと私は飛び起きた。そこは教室なんかじゃなくて、自分の部屋のベッドの上。ぽかんとしてしばらく頭がついていかない。思い出したように時計を見る。まだ目覚ましが鳴る時間ではない。そこでもう一度改めて思う。ああ、そうだ夢だ。今日も学校だ。そういえば英語の単語テストが五時間目にあるから、昨日の夜ちょっとだけ勉強してから寝て、それで、だから、夢だったんだ。さっきまでのは、夢だ。ほっとするどころか、私はサアっと血の気が失せるくらい、ぜつぼうした。

なんて夢を見ちゃったんだ、わたしは!








学校に着いていつもどおり授業を受けながらも私の心のなかはぐちゃぐちゃでどろどろだった。誰に責め立てられたわけでもなく、それでもただ恥ずかしい。恥ずかしくって死んでしまいたい。今朝見た夢の内容が、ほんとうに。誰かに話して笑い話にしよう、なんて考えはちっとも思いつかなかった。実際、そんな話誰にも出来るはずない。恥ずかしい、恥ずかしい。ろくにお話したこともない相手と、キス、する夢なんて。相手に悪い。ひどい、こんなの。誰にも言わなければバレるはずないけれど、もし本人にバレたら軽蔑どころの話じゃない。っていうか自分で自分を軽蔑する。なんなのわたし、欲求不満でなやんでるの!?私最低だ私実は変態だったんだ仲良くもない男の子とキスしたい願望がじつは自分でも気づかない心の奥底にあったっていうことなんだろうか、なんだろうもう、もう恥ずかしくてしんじゃいたい。

「痛ってぇー…うわ、紙で思いっきり手ぇ切った。やべー、血ぃ出てるよ血」
「馬鹿め。注意力が足りないのだよ」
「真ちゃん、バンソーコ持ってねぇ?」
「…世話が焼ける」

自分と少し離れたところで、高尾くんは友達の緑間くんとしゃべっていた。私はちらりとそちらに視線を上げてみるけれど、やっぱり見ていられなくて目を逸らす。だめだ、今朝の夢のせいで高尾くんの顔が見れない。なんともいえない罪悪感が胸にこみあげてきて、申し訳なくなってきて、勝手に夢の中に出させてごめんなさい出演料も払わずにごめんなさい私にキスするなんていう最悪な役を勝手に与えてごめんなさい許してくださいごめんなさいごめんなさいと何度も唱えた。今すぐ高尾くんに土下座したい。だけど余計に気味悪く思われそうでできない。なんの理由も聞かずに謝罪させてください理由は言えないけれど何か償いをさせてくださいごめんなさいごめんなさい高尾くん私はきもちわるい最低な人間です。自分の席で小さくなりながら、俯く。

「ム……無いな。どうやら昨日使ったので最後だったようだ。他を当たれ」
「げ。なんだよー、なんか真ちゃん常備してそーなイメージなのに」
「お前の運が悪いんだ。俺は今日たまたま持っていなかっただけなのだよ」
「あんらっきー」
「お前もおは朝の占いを見るようにすればいい。そうすればきっと今回のような…」
「宗教勧誘かっつーの!お〜い、誰かカワイソーな俺に絆創膏めぐんでー」

きわめて冷静で落ち着いた緑間くんの声とそれにかぶせるようにケタケタ笑ってる高尾くんの声。私はもう一度顔を上げた。先ほど自分で念じた「理由は聞かずに償いをさせてください謝罪させてください」の言葉を思い返す。どくん、と心臓が鳴った。一度鳴りだしてからはとまらない。ひたすら、どくんどくんと繰り返す。私はゆっくり、こっそり、鞄の中に入っていたポーチに手を伸ばした。どうしよう、これは、チャンスだ。自分の犯した最低な行為の、小さい、罪滅ぼし。椅子を恐る恐る引いた。立ち上がろうとして、ふと高尾くんと目が合う。途端に顔に熱が上ってきて、大袈裟に目を逸らす。下をみる。俯く。

「…ん?さん?」

夢の中の彼と同じ声で、名前を呼ぶ。私の挙動不審な様子を訝しむように。足がすくむ、けど、今しかない。今しかない。高尾くんの方へ一歩近付いて、声をだそうと口を開いて。のどがからからに干上がって、うまく言葉が出てこない。顔が、あつい。高尾くんの顔が見れない。

高尾くん良かったらばんそーこ「あ!あったあったー!高尾〜、あたしのバンソーコあげる〜!」


「お。なんだよー、向井が絆創膏なんて女子力高いモン常備してるとか意外すぎんだけど。ウケるわ〜」
「うっざ〜!やっぱ返せし!」
「返さねーし!」

そう言いながら、嬉しそうに楽しそうに笑い合う高尾くんと、向井さん。向井さんは、男の子とも仲がよくって、いつも笑顔であかるくて、おしゃれで、クラスでも目立つタイプの、おんなのこ、だ。その向井さんが、高尾くんに絆創膏を渡している。ピンクで、水玉模様のかわいいばんそーこだ。受け取りながら、高尾くんが「俺こーゆーバンソーコしちゃっていいんすかねー。超かわいくね?俺」とけたけた笑っている。いいぞ高尾イメージアップだぞーかわいいぞー、と男の子からも女の子からも笑いがおきた。いっきにその場が、笑顔でいっぱいになって、それで、わたしは、

「っと!そういやサンさっき俺になんか言いかけ…」
「ごめんなさい!!」
「え」

高尾くんが私の方に完全に向き直るより先に私は体を折り曲げて渾身の謝罪をしその場から走って姿を消した。姿を消したというか具体的に言うのなら教室を出て全力疾走でトイレに向かい一度も振り返ることなく個室に入り鍵を閉め扉に背をつけてぜえはあぜえはあ息を吐いた。恥ずかしい。恥ずかしいうわあもう何してるんだろうそうだよ高尾くんだって私なんかから絆創膏受け取るよりも向井さんにもらったほうがいいに決まってる。そのほうが高尾くんはしあわせだ私なんかの絆創膏を図々しく高尾くんに渡そうとするなんてわたしは本当自分の立場というものが分かっていないんだバカだわたし。図々しいにもほどがあるごめんなさい調子にのってほんとうにごめんなさい。

高尾くんのことを考えるだけで申し訳なくなって罪悪感がいっぱいで胸が潰れそうだ。今朝の夢のせいで私の学校生活はむちゃくちゃだ。まったく介入することなかった存在が、一夜の内にこんな、おおきく、頭の中で自己主張してる。顔があつい、息がくるしい、もうやだ、やだ。ぎゅっと握っていたせいでぐちゃぐちゃになった絆創膏が泣きたいくらいいまいましく思えて、ポケットに突っ込む。午後の英語の小テストは空欄ばっかりになってしまいそうだ。