「そんでさー、俺全然怒ってねーのに超謝りだして?つーかなんで謝んの?って話じゃん。もー俺どうしたらいいのか分かんなくて焦ったんだけどなんかもうその必死な様子見てたらあんまりにも必死過ぎて面白くなっちゃって?あれは笑ったねホント。いや本人はマジで謝ってんだけど見てる側としてはもう大爆笑」

その「必死な様子」を思い出したのか、緑間と向かい合いながら高尾はげらげら笑い出す。笑い声の合間に「も、ほんっとおっかしーのな」「あーれはもう、真ちゃんに見せてやりてーよ」と語るが、笑いが堪えきれてなくてところどころ声が震えて聞き取りにくい。とはいえ緑間は途中から話を右から左へ聞き流していたので、相槌も何も打たず、呆れたように溜息を吐くだけだ。いつも通り、自分の前の席の高尾は体を後ろに向けて、ぺらぺらと向い合ってくだらない話をしてくる。改めてもう一度、大袈裟に緑間は溜息を吐いた。今日の話のネタはクラスメートのという女子。昨日の放課後忘れ物を取りに教室へ戻った際、たまたま出くわして少しの間話したらしい。そこで「おもしろいこと」があったらしいが、いまいち高尾の話を聞いてもその面白さが伝わってこない。何がそんなにおもしろいのか、さっぱりだ。コレ以上話を聞く必要はないと判断して緑間が授業の用意をし始めたとき、高尾が何かに気づいて視線をそちらに移した。移された先は、たった今教室へ足を踏み入れたばかりのクラスメート、例のだった。もすぐに視線に気づき、はっとこちらに目をやる。高尾が目をつりあげてにんまりと笑う。それだけでは獣に見つかった兎のように、ヒッと後ずさった。顔を赤だか蒼にして、がくがくと肩を震わせて、目があって数秒で、涙目。

「おっはー、サンっ!鍵どーよ、職員室にあった?」
「は、……いああのあの、おは…、お、おはようございます今朝も朝からすみませんすいませんでしたほんとごめんなさいごめんなさい」
「アハハ意味わかんねーウケる〜」

離れたところから軽ーく手を上げ話しかける高尾。職員室の落とし物届けに鍵は結局あったらしいが「ありました」の意味の「はい」と「おはよう」のどちらを優先していいのかパニックになったような様子の。そして「朝から」「今朝も」「すみませんでした」という謝罪。この言葉は反射的に出てきたものであり、こめられた意味・原因の夢の内容はもちろん本人にしか分からない。しかし高尾も意味が分からないことについて深くはつっこまない。何に対して謝られているのかは知らない。今に限ったことじゃなく、昨日の放課後の「ごめんなさい」の意味も分からない。だがそれでいい。高尾にとって「意味が分からないこと」がおもしろいのだ。

「な?おもしろいだろ?」
「………」

会話の様子を見ていた緑間に、高尾はけたけた笑いながらそう言った。だが緑間は眉間にシワを寄せて微妙な顔をつくるだけだ。何がおもしろいのか。が涙目になって怯えている様子が?どもってばかりの喋り方が?理解できない、といった顔の緑間を放って、高尾はまだにやにや笑っていた。だが視線はから外されたので、の方は心底ほっとした様子でそそくさ自分の席に荷物を置きに行った。ちらりと緑間はの方を見て、それから目の前でニヤニヤ笑ってる男に視線を戻した。そして、眼鏡を押さえながらぼそりと呟く。

「よく分からんがクラスメートに嫌われるのがそんなに面白いことなのか。理解できない趣味なのだよ」
「え?」
「え、とはなんだ」
「誰が嫌われてんの?」
「…は?」
「は?」
「お前が」
「俺が?誰に?」
に」
サンに?」

きょとんとした様子の高尾に、緑間はますます眉を顰める。「お前…あんなに思い切り嫌われておいてそれに気づいてないのか」と呆れたような、同情するような声で呟いた。対して高尾はしばらくキョトンとしたまま。だが時間が経ってようやく言葉の意味を理解したのか、「いやいやいや、ちょい待ち!べつに俺嫌われてるわけじゃないっしょ!?」と声のトーンを上げた。緑間は高尾を改めて哀れみの目で見て、ハンっと鼻を鳴らす。

「どう見ても嫌われているだろう。お前と目が合っただけで泣きそうになっていたのだよ」
「いや、あれはーほら、照れ隠しみたいなもんじゃん?誰と喋るのも挙動不審…な子じゃねーの?」

誰にでもあんな感じだろ?と言い切れないのは、誰かと話すを意識して観察したことがないからだ。誰と仲がいいだの誰と話すときはこうだの、そんなの把握しているわけがない。あくまで彼女は自分にとって「クラスにいる目立たない子」だったから。どんな子だかなんて詳しくは知らなかった。もちろん緑間だって他人の交流関係など気にしたことはない。そして高尾に比べれば多少友人の幅は狭い。親しげに話す女友達などいないし、実際のところ今まで一番近い位置にいた女子といえば中学のときのバスケ部の女子マネージャーだろう。それだって、べつにとくべつ仲が良かったわけではないし。集団の中の一人として見ていただけだ。だがそんな緑間でも分かる。目を合わせたら泣きそうになるほどの人物が、好意的な関係に在るはずがない。

「お前の頭は本当におめでたいな」
「ちょっ…はあ!?ぜーったい違うかんな!俺だけにじゃねーって!」
「ふん」
「じゃあ真ちゃんもサンになんか話しかけてみろよ!」
「断る。何故俺がお前のくだらない実験に付き合」

緑間の言葉が言い終わらないうちに、高尾は緑間の机の上に出ていた消しゴムを拾い上げ、どこかにピッと投げた。「な!?何を…!」驚きと怒りに緑間がガタンと椅子から立ち上がる。高尾は悪びれる様子もなく、ただ目で合図する。どうやら投げた消しゴムはの机だか椅子の脚にコンと軽い音を立ててぶつかったらしく、不思議そうに彼女は足元を見下ろし、緑間の消しゴムを拾い上げた。そして持ち主を探そうと自分の左右をきょろきょろ見回す。高尾の意図を理解した緑間は、チィっと忌々しげに舌打ちし、ずんずんとの元へ向かった。

「…、すまない。それは俺の消しゴムだ」
「えっ、あ、緑間くんの?」
「ああ。手が滑って飛んでいったのだよ」
「そ、そっか。じゃあ、はい、どうぞ」

ぎこちなくはあるが、控えめに微笑んでは手に持っていた消しゴムを緑間に手渡した。「ああ、すまんな」と返事をして緑間は消しゴム片手に高尾の元へ帰ってくる。そして高尾が一連のやり取りについて何か意見を発するより先に、今度は緑間が高尾の机に転がっていた消しゴムをひっつかみのほうへ投げた。とてもイライラしているようだ。腹いせのように、投げた。だがしっかりその消しゴムはの足元に向かう。はまたもや、不思議そうにそれを拾い、きょろきょろと周りを見た。緑間のこの行動は高尾にとっても想定外だったが、「やってやろーじゃないか」という無駄な対抗心を燃やし、がたっと椅子を立つ。

さぁーん」
「!! は、はいなんでしょうか!?」
「ごめん、俺の消しゴムこっち飛んできたっしょ」
「!! ご、ごごごごごめんなさい私なんかが拾ってすみませんでしたお返し致しますごめんなさい」

慌ただしい手つきで消しゴムを高尾に返すと、さっと視線を逸らし教科書を逆さまに持ってパラパラとめくり始めた。用が済んだのでもう話しかけないでくださいお願いします、とその態度が物語っている。角度的に見えないだけで今は冷や汗をかき目を回しそうなくらい混乱している。そして高尾も固まっている。なかなかその場を動けないでいる高尾に、はビクビクと肩を震わせ縮こまって。ようやく高尾が席に戻り、緑間の前に向き直る。そして、真剣な顔で、真剣な声で、一言。

「真ちゃん。俺サンに嫌われてるかもしれない」
「だから俺は最初からそう言っているのだよ