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(出来ないよって言ったって、やってみろって言うんだ、みんなみんな) 人の気も知らないで、みんなそう言う。やってみなきゃ分かんないだろうって、だけど言葉通りやったって出来なかったら、次はどうするの。もっともっとやってみなさいって、みんな言う。頑張って頑張って出来なかったとき、一番つらいのは自分なのに、出来ないっていう現実が一番ショックなのは私なのに、ひとの気も知らないで。なら、頑張る前に諦めようって、そんな性格になってしまったのはいつからだっけ。頑張れって言われるのが怖くなったのは、いつだっけ。 (人に見られると、逃げ腰でダメダメな自分が見透かされているような気になって、怖くなったのは) (どうせ分かり合えないなら近付かないでいようって思ったのは、目を見るのが怖くなったのは、) |
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「ちゃん?」 呼ばれた声にハッとして、振り返る。大きくて硬いボールが、床に跳ねる音がした。私の背後から。私の視線の先に立っているのは、同じクラスの友達の早苗ちゃんで、彼女はキョトンと首を傾げ、私の顔と、私の背後のバスケットゴールを見比べた。「偉いねえ、試合前にシュートの練習してるの?」笑顔でそう言われて、私はとたんにカアッと顔が熱くなる。「ご、ごめん、試合中ぜんぜん役立たないのに、練習とか、あの、なんかごめん」「ええー、べつにそんな意味で言ったんじゃないよ?っていうかそんなに棘あった?私の言葉」心配そうに早苗ちゃんが眉を下げるから、私はもっともっと焦って申し訳なくて「違うの違うのごめんね!ごめん!」と繰り返す。ああもうなにやってるんだわたしは!! (ほんと、何やってるんだろう、シュートの練習、とか) やる気満々だね!と早苗ちゃんに言われたようで、恥ずかしい。どうせ、試合中、できないのに。ずーっとシュートの練習をしていると、まあそれなりに、十回に数回はゴールをすり抜けていくのだけれど、試合中に正面からこの距離で投げられるとは限らないし、っていうかそんな都合のいいシチュエーションそうそうないと思うし。やっぱり、試合になったらそううまくいかないんだろうなあと、思ってる。成功率が高いわけじゃないから、余計だ。何十回もシュートしに行くなんて、無理、だし。恥ずかしいし。どうせ入らないんだから引っ込めよって、思われそうだし。 「私達のチームの試合10分からだってー」 「そ、そっか、分かった!」 早苗ちゃんに返事をしてから、バスケットゴールを振り返る。まっすぐに見上げて、考えた。どうして上手い人って、あの籠の中にぽかすかボールを入れられるんだろう。だって考えてみたらあのゴールってボールがちょうど一つ通り抜けるくらいの直径なのに。いっきに二個は入らないのだし。もっとこう、サッカーゴールくらいの籠が設置されているならまだしも、あんな狭い籠に。シュートって、すごいなあ。サッカーのシュートよりだいぶ難易度が高いような、…いや分かんないな。私サッカーも苦手だから比べられない。そういえば高尾くんが、緑間くんは特にシュートがすごいんだーとかって言っていたような。 「……高尾くん、か」 ここ最近私を悩ませてばかりの人物の名前を呟いて、小さく溜息を吐く。そうだ、彼が、…彼のせいだ。私が、できないくせにシュートの練習してるの、高尾くんのせい。高尾くんが変な賭けを持ちだしてくるから、仕方なく練習、してるんだ。なんて、ここまで理由付けしないと、私は多分一生「シュートを打とう」なんて思わなかったんだろう。でも、逆に言えばどうして高尾くんに言われたらシュート打とうって思えたんだろう。本当にやりたくなかったらそんな賭け、無視してしまえばいいわけで、高尾くんの信用を無くそうが、嫌われようが、いいはず…なのに。(でも昨日、嫌われたかもなって想像したら胸が痛かったし、もう話しかけてこないのかなって思ったら、)(っていうか、どうして私に構ってくるのってきいたら、高尾くん、「仲良くなりたいから」って…それ、って…どういう) 「集合ーっ」 ピッと先生が笛を吹くと、私の頭の中の考え事は弾けてどっかに消えてしまって、同時に試合のことで頭がいっぱいになった。勝てるかなとか、シュート…できるかな、とか。こんなにドキドキしながら体育の授業を受けるのは久しぶりのような気がする。緊張?なんだろうか。どきどきする。バスケット選手って、バスケ部のひとたちって、…高尾くん、って、試合の前にいつもこんな気持ちになるのかなあ。 …って思いましたけど、開始三分で気づきました。シュートの練習はしてたけど私ドリブルも何も出来ないしルールも細かいところはよく分からないし、きっと高尾くんに「お前のボール遊びと一緒にすんな!」と怒られるくらいにはバスケらしいバスケを結局出来ていない。っていうかボール遊びすらしていない。ボール触ってない。人が固まってるほうに移動してくっついていくものの、「へいパス!」とか言える人間じゃないですし私、そんなの言えないですし。おろおろしながら、ボールを囲む人達の周りをうろついている。…と、ゴール下でボールの取り合いが始まって、誰かのパスが弾かれて。あ、と思うより先に体が動いていた。手を伸ばしたら、ちょうどキャッチできた。…、……あれ? 「ちゃん、シュート!シュート!」 早苗ちゃんの声がした。私の手にまあるい大きなボールがあって、ふと前を見上げたらバスケットのゴールがある。あ、ほんとに真ん前に立ってる、わたし。横からとかより多分全然、入れやすい位置だ。敵チームのみんなも、味方チームの早苗ちゃん以外のみんなも、意外そうに目を丸くしている。私がボールを持った手を、頭より少し高い位置に構えたから。シュートを打とうとしているからだ。おまえが打つのかって、意外そうに。ちゃんとしたフォームなんて分からない。ただ両手で、えいと投げる。弧を描いたそれ。空中を泳ぐそれ。それが、ゴールへ向かっていく。直後、気持ちのいい音がする。この音を知っている。ボールが、くぐりぬけていった音だ。何を?ゴールを。 そう、これって、っていうかこれが、シュートっていうもので。…あれ?今わたしもしかして、 「や…った?」 「すごい!ちゃんほんとに入った!」 「おおー!やるねやるねさんっ」 おんなじチームの子が笑って話しかけてきて、私はぽかーんとする。だけどだんだんと実感が湧いてきて、嬉しさがみるみる込み上げてきて、無意識にきょろきょろと首を動かしていた。うれしさにちょっとだけ口元を緩めながら、何かを探すように、きょろきょろ。この場にいるわけない人物の姿を探しているんだって気づいた時にハッと我に返って、急に恥ずかしくなって慌ててまた試合に集中しようと前に向き直った…とき、どこからか声が飛んでくる。いるわけない、はず、なのに。ドキッと大きく跳ねた心臓の音を、誤魔化せない。 「ナイッシュー!さん!」 |
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「何故また体育の授業中に抜け出して体育館に足を運ばなくてはいけないのだよ」 「いーじゃんいーじゃん、ちょっと付き合えって。おもしろいもん見れるかもしんねーし」 「お前の言う『おもしろい』はアテにならん」 「え。なんだよそのちょっとズレてるみたいな言い方!俺がいつツマンナイことでゲラゲラ騒いだよ?」 「先日ののことといい全然おも」 「そーそー!サン!分かってんじゃん真ちゃん!今からサンのバスケ風景観に行くから」 な?おもしろそーって気になっただろ?俺の言葉を聞いて真ちゃんはめちゃくちゃ呆れた顔をしたけど、なんだかんだついてきてるっていうのが面白い。もうむしろサンの前に緑間が面白い。あー、真ちゃんといいサンといい、面白い奴らばっかりだわー俺の周り。退屈しないわ。グラウンドのヤローどもの騒ぎ声やホイッスルが徐々に遠ざかり、俺と真ちゃんは体育館の裏側の開きっぱなしの扉へ辿り着く。さすがに正面の入り口から顔は出さない。ひょいと覗いて、「真ちゃん、サン探して。サン」と隣の図体でかい男にこそこそ話す。俺以上に身を隠すことに必死になってる奴は忌々しげに舌打ちして、視力の悪い目を凝らして体育館を見渡す。俺も探す。他人に探すの手伝うよう言ったくせに、すーぐ見つかる。真ちゃんはまだ探している。 「いないのだよ」 「いや、いるいる。ほらあそこ、シュートの練習してんじゃん」 「シュート?」 「そ。シュー、…」 自分の口で繰り返して、あ、と口が止まる。「え、サン、シュート練してんの?」「知るか。お前が今自分でそう言ったんだろう」真ちゃんも気づいたらしく、俺と同じ方向を見た。視線の先には、オレンジの丸いボールを、ゴールに向けて打っては拾い、打っては拾いを繰り返しているさんの姿がある。しばらく、ぽかんとその行動を見守った。真ちゃんが「下手だな」と小さく呟いたけど、俺はそんなのどうでもよくて、っつーかそれ以前の問題で。ぽかーんとした俺を振り返って真ちゃんが怪訝そうな顔をするから、俺は慌てて言葉を紡いだ。 「や、実はさ。なんで今日サンのこと探しに来たかっつーと、俺あの子とちょっと賭けしててさー」 「賭け?」 「そ。サンが今日の試合中にシュート入れたら俺の勝ち。入らなかったらサンの勝ち」 「……」 「アレ。何その目」 「…普通逆じゃないのか?」 「逆じゃねーよ?」 「……」 「だから何その目」 「別に。…そもそもその内容なら、試合中にシュートを打ちに行かなければ自動的にの勝ちなのだよ」 「まーな。そーなるわな」 「なら何故あいつはシュートの練習をしているんだ」 心底わけがわからない、という顔をさっきから隠そうともしない緑間は本当に本当にワケわかんなそーに俺へそう言ってきた。いやーそんなこと俺に言われても〜なんて、言わない。話している間に各自の練習時間が終わって、コートに集合がかかって、サンは整列しに行く。ここからでも、彼女の表情はよく見える。俺の目がイイのもあるけど。誰が見ても多分、分かる。爛々とした目で、そわそわと落ち着きない様子のさん。でも俺と話すときや大勢の前で話すときのようなビクビクソワソワじゃない。緊張は…してるんだろうけど、なんかこう、覚悟決めた顔というか。「あー緊張する!けど頑張ろ!」って感じの顔。なんかちょっと、口元が緩んでいるようにも見える。(何を、誰を、考えてたら、そんな顔すんのさ。俺には全然ないじゃんよ、そーゆーの)ふっ、と俺は眉を下げてちょっとだけ笑って、真ちゃんへの返事をだいぶ遅れて返した。 「多分、負けたいんじゃね?俺との賭けに」 やっぱり真ちゃんは変なものを見る目で俺を見たけど、ははっと笑って流しておいた。負けたくなったんじゃねーの?っていうか、頑張ってみたくなったんじゃねーの。俺だってよく分かんないけどね、あの子の考えることは。「だいたい、お前は何のためにそんな賭けをとしたのだよ」尋ねてくる真ちゃんは、訝しがりつつ、呆れつつ。「どうせロクなこと企んでない」とでも言いたげな目だ。 「いやー、後ろ向きな子だからさ。キッカケ適当に作ってあげてー、そんでちょっとは自信ついてくれたらいーなーって」 「自信も何も…べつにシュートをお前が教えたわけでもないだろう。入らなくて余計に自信を失くす可能性だってあるのだよ」 「たしかにー」 「なんの根拠があってがシュートを決めるなどと…」 「え、全然根拠とかねーし、むしろ素人なら試合中入る可能性のほうが低くね」 「……」 真ちゃんが「うわあ」てドン引きした顔してる。俺はあえてそっちを確認せずに、コートの中を必死にばたばた走ってるさんを見た。そうだ、べつに俺はシュートのやり方だのコツだの教えたわけじゃない。ただ、今までやらなかったことをやってみろって言っただけだ。出来なかったことを出来るように、なんて気遣いはしてない。だって、さんのソレは、「出来ない」じゃなくて「やらない」なんじゃないかって、思ったから。俺がシュートの仕方なんて教えなくてももし出来るんだったら、今日もし出来たなら、ほらやっぱり、やらなかっただけじゃんって。(まあ、もしシュート入らなかったらそれはまあ、それはそれじゃん?その場合の対処はそのとき考える、し…)って、 「なあ、真ちゃん、あれ」 肘で突付くと、面倒そうに真ちゃんもそっちに顔を向ける。はじき出されたボールがたまたま、さんの手に渡ったんだ。ゴールの正面。絶好のチャンスだ。俺は思わず身を乗り出す。前のめりになって、「おお!?」とこの先の展開にわくわくした。なんだかんだ真ちゃんも気になったようで、黙ってさんの様子を見守っている。ぐ、と一度ボールを胸の位置まで下げて、それから、頭の上へ。その動作全部がスローモーションに見えてしまうくらいに、いやさんの動作が遅いんじゃなくって、それほど俺らが集中して見つめてたってことなんだけど。押し出すように、その手からボールが離れる。すうっと宙を泳いでいく。もうその先を確かめるより早く俺らは分かった。あのシュートは、入る。確実に。 「やっ…た?」 そう呆然と呟くさんの口元。自分でも驚いてるみたいにさ。けど同じくらい驚いた様子のチームメイトがわっとさんのもとに駆け寄って、サンはそんなみんなに照れくさそうに笑ってー……、じゃなくて、きょろきょろと周囲を見回していた。そわそわ、何かを期待するように。あれだ、小学生が授業参観のとき自分の親を探すみたいに。わたしここだよ!見てる?みたいな。そんなふうに、見える。なに、探してんだろう。誰、探してんだろう。むず痒くなる。まさか、まさかなって思うけど、でも、やっぱ、…あーもう、我慢してらんない。 「ナイッシュー!さん!」 言えば、パッとさんがこっちを振り向いた。そんで、「えっ!」て顔して、みるみる顔赤くなって、けどそんな顔赤いままに、ふにゃってはにかんで。それはもう、かわいく笑ったわけだ。なんかこう、胸ン中にひとつ灯りがついたような、変な気持ちになって、俺は叫んだままの体勢で固まってたんだけど、いきなり頭上に真ちゃんのチョップが降ってきて鈍い痛みに「いって!」と声を漏らしたら、「何デカイ声を出しているのだよ…!バレるだろう!帰るぞ!」とイライラ半分焦り半分の言葉が返ってくる。あれ、もしかして注目浴びた?今の声で。そのまま俺を置いてさっさと帰ろうとするから、俺は慌てて真ちゃんの後を追う。一度だけさんのほうを振り返ってやろうと思ったのに、なんか妙にむず痒くて、振り返れない。「待てって!おいコラ!緑間っ!真ちゃーん!」 (なあさん、さっきシュート決まったとき、誰探したの。なんで俺の顔みて、嬉しそうに笑ったの) (もしかして、って 思わないやつがいるだろうか。なんで、ああもうなんでそんな顔で、調子狂うじゃん) |
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「さっきあっちの扉のほうから高尾の声しなかった?」 「したー。っつーかいたでしょ。見た?」 「え、なんかデカイのいなかった?あれ?高尾だった?」 「緑間クンじゃないの」 「それよりさー…『さん』って呼んでたよね?」 「はいそこー、おしゃべりしない!…けど、なに、サッカーやってるはずの男子生徒が体育館のぞきに来てたの?」 ざわざわ声を拾った先生がちょっと顔をしかめるので、私はハッと慌てて「来てないです!誰も!」と主張する。先程まで高尾くんの姿を見たと喋っていた女の子たちが顔を見合わせて、先生が疑うように首をかしげる。やばい、バレたら高尾くん、怒られちゃう。(あとたぶん緑間くんもいたっぽいし…!)正直本当に体育館をのぞきにくるだなんて考えもしなかったけど、さっき彼は確かに、来ていた。私に、ナイッシューって、言った。思い出すとちょっとだけ嬉しくて胸がホッとなるけど、いやいやそんな場合じゃない!どうにか先生の目を、ごまかさなくては、この雰囲気を、流れを…! 「さん?」 「あの、先生、さっきのは…」 「セーンセー!早く試合の続きしよーよー」 話の流れ的に何か関わりのありそうな私のほうに先生が近づいてきたけど、それを遮るように向井さんが駄々をこねるような甘えた声で試合の続きを促す。さっきの高尾くんの声を聞いて微妙にコート内が騒然として、中断したままだったんだ。先生はちょっと納得いかなそうにまだ首を捻っていたけど、そーだね、とホイッスルを短く鳴らして再開の合図とした。む、向井さんの力ってすごい。ぽけーっと感心していたら、向井さんと目が合って、びしっとブイサインをされた。私はますますほわあ〜…!と憧れに似た眼差しで向井さんを見つめて、それから、「ちゃん!続き続き!もっかいシュート打ってくれていーんだよ!」という早苗ちゃんの声に我に返った。そうだ、試合、そうだシュート…シュート、を…。 (ナイッシュー、て 言われた…!) 思い出せば、どきどきと心臓がうるさくなる。でもソレ以上に、うれしくってうれしくって、幸せだ。何が嬉しいんだろう?シュートが成功したこと?みんなに褒めてもらえたこと?高尾くんに褒めてもらえた、こと?見ていてくれたこと?考えてみると幸せになる要素がたくさんたくさんありすぎて、私はニヤニヤがとまらなくって、誰が見ても分かるくらいに浮かれていて、…その後一度もシュートが打てなかったのは、言うまでもないんです。 |