「あ、真ちゃんどこ行くんだよ。自販機ー?俺の分もー」
「断る」
「あそー。じゃあ俺も行ーこうっと」
「ついてくるな」
「そりゃねーだろ!」

理不尽な文句にも構わずけろりと笑う高尾に、緑間はフンと鼻を鳴らした。昼休みの廊下は、行き交う人が少なかろうが、各教室から聞こえてくる笑い声で騒がしい。そんながやがやした真っ直ぐな一本道の真ん中を、緑間はずんずんと進んで、その斜め後ろを高尾が歩く。高尾は頭の後ろで手を組んで、小学生のときは廊下の真ん中に点線のテープが貼ってあって、右側を歩きましょうだの、真ん中を歩くなだの言われたっけなあとぼんやり考えた。男子高校生の平均身長よりずいぶん頭の飛び出た緑間の後ろ姿を眺め、コイツ小学生のときもでかかったのかなーと考え、しかしながらちっとも可愛げのある小学生緑間の姿が想像できなくて、ひとりでにぶは!と噴き出して笑う。と、前を歩く緑間が立ち止まった。ぎく、と高尾の肩が揺れる。

「や、今のはべつに真ちゃんに対して笑ったわけじゃねーよ?うん」
「……」
「どした?」

ひょいと緑間の横から顔を出してそちらに目をやると、見覚えのある後ろ姿がそこにあった。自販機の前に。購入準備OKの合図のランプが点灯する自販機の前で、おろおろと人差し指を彷徨わせている女子生徒。おそらく、どれを飲むか決める前に金を投入し、なかなか決まらないままにいろんな飲み物に目移りしているのだろう。人差し指が、紅茶に向かったりオレンジジュースに向かったり緑茶に向かったりしている。高尾と緑間は無言のまま視線を合わせた。緑間の目的はどうせいつもの缶のおしるこだろう。校内の自販機でソレがある自販機は限られている。さっさと買って戻りたいところだろう。小さく溜息を吐いて、さっきからなかなか自販機の前を動かない人物に緑間が声をかけようとした時、高尾がそれを制す。人差し指を口元に添えて、静かに、と合図した。そして、緑間の代わりに高尾が一歩前に踏み出す。

「よっ!サンっ!早く決めねーと昼休み終わっちゃうぜー?」
「!!」

その声に驚いてが飛び上がり、振り返りながら後ずさる。あまり顔を合わせるのが得意でない相手だ。声だけで分かってしまう。友好的に片手をあげてそこに立っている高尾の姿を見て、さっと顔を赤とも青ともいえない色に変え、「すみませんすみません後ろで待っている人がいることに気づかなくて本当ごめんなさい高尾くんごめんなさい本当にすみません!!」と早口に謝って、それからハッとして自販機を見る。高尾もつられてそちらを見る。先程までのランプは消えていた。どうやら声をかけられた拍子にどれかのボタンを押してしまったらしい。恐る恐る、は取り出し口に手を入れた。

「……、…」
「おしるこ…」

隣から覗きこんで、高尾がの持つ缶のラベルに書かれた文字を読み上げる。しーんとお互いが無言になり、それからしばらく経って高尾が思い切りプッ!と噴きだした。

「ぎゃははは!!おしるこ!マジか!!ウケる!おしるこって!!真ちゃん以外で買う人見たことねえ!!」
「……」
「ひー、あーやべ腹いてえ!いや、事故だっつーのは分かってんだけど!けどよりによっておしるこって!」

が無言のまま缶を持ってずーんと落ち込み、その横で高尾が腹を抱えて笑っている。それはもう楽しそうに笑っている。も泣きそうだが、別の意味で高尾も涙が出そうになっている。そんな異常な光景を一歩引いたところで見ていた緑間が、はああと特大の溜息を吐き、二人の元へ近づく。そうしての手から缶を拾い上げた。キョトンとした顔のに構わず、緑間は自販機に硬貨を投入する。ちゃりん、という音にやっと高尾も笑うのをやめた。

「み、緑間くん…」
「間違えて買ったのならこれは俺が貰う。ちょうど買おうと思っていたものだしな」
「そそ、そうなんだ…!?」
「代わりにお前が買おうとしたものを俺が買ってやる。それで解決なのだよ」
「え、で、でも、そんな…申し訳ないです…」
「べつに奢ってやるわけじゃないのだから遠慮する必要はないだろう。いいから早くしろ。どれだ」

が指定したものを押してやろうと、手をすっと構える。高尾は目をぱちくりさせて二人の会話に耳をすませていた。は未だおろおろしているが、相手を待たせるのも、と懸命に自販機に並ぶ飲み物に目を走らせている。しかしなかなか決まらないらしい。「…早くするのだよ。昼休みが終わる」「ご、ごごごめん!あの、ほんと、水でいいです本当にお水ください…」「水?本当にそれでいいのか?」疑いつつも緑間がペットボトルの水のボタンを押そうとした時、高尾が話に割り込んでくる。

「いやいやサン遠慮してるだけだろー?こういうときはなんにも聞かずにピッと缶コーヒーの一つや二つ押してやるのが男っつーもんだろ真ちゃんっ」
「えっえっあの」
「……よく分からんがコーヒーにすれば満足か」
「えっ、や、わたしコーヒー飲めな」

言い切る前にピッという音が三人の耳に届いた。しーんと二度目の沈黙。ぎろりと緑間が高尾を睨んだ。











「えーと、そーゆーわけだからサン、好きなの選んでくだサイ」
「あの、ほんといいですほんとごめんなさい大丈夫です私コーヒー飲めます今なら飲める気がする」

数分後、すでに緑間の姿はそこになかった。取り出し口から缶コーヒーを引っ掴むと、高尾に投げて渡しおしるこ片手にさっさと教室へ戻っていった。残された高尾は緑間の意図を汲み取って、自分の財布から硬貨を入れる。誰一人自分の分の飲み物を自身で買うことが叶わなかったらしい。まあ、金額が変わらないのでべつに誰も損も得もしていないのだが。それにしてもまわりくどく、面倒なことになった。なかなかボタンを押そうとしないは、言わずもがな高尾に買ってもらうということが恐れ多いというか、気がひけるのだが。

「遠慮しなくていーって。つーか元はといえば俺が原因だし?」
「で、でも高尾くんに奢ってもらうのは…」
「いや…まわりまわって奢るっていうより交換?みたいなもんだし。気にしない気にしない」
「や、でも、本当、原因といえば私がもたもたしていたからであって高尾くんは全く悪くないので…」

ぶつぶつと呟きながら後退ろうとするに、高尾はどうしたものかと思案して、ランプのついた自販機を見上げる。なんだかなあ、と。確かに緑間に対してもオロオロしていたし、遠慮していた。けれど、自分に対しての「オロオロ」とは少し違う気がする。気がしてしまうだけかもしれないけれど。なんか微妙に、凹む。…いや、べつに気にしてない。凹んでなんかいない。気のせいだ。ふう、と一度気持ちを落ち着かせて、くるりと振り返る。

サンさ、紅茶とオレンジと緑茶で迷ってたじゃん?」
「…えっ!?う、うん…なんで分かったの…?」
「まあ、見てたから?んで、その三つならどれでもいい感じ?一つに絞れなかっただけ?」
「あ、う」
「うんうん。じゃあやるしかねーな」
「なななにを!?」
「和成くんとジャンケン大会〜」

そう言って、高尾がグーにした拳をぐるぐる回した。あっけにとられて、が目を丸くする。そんな彼女にニィっと笑って、今度は手のひらをグーパーグーパーさせる。「一回勝負だかんね。サンが勝ったら紅茶で、俺が勝ったらオレンジ。あいこはお茶ね」ぽかんとしたも、高尾がそう説明して「おっけ?」と首を傾げると、こくこくと何度も頷いた。

「よし!じゃーんけん、ぽん!」
「…あ、勝った」
「お。じゃあ今日のサンは紅茶で決まりー」

ピッ、と小さな電子音。続いて、ガコンと缶が取り出し口に落下した音。しゃがみこんで高尾はその缶を取って、はい、とに手渡す。戸惑いがちにも手を伸ばして、一瞬だけお互いの指が触れ合う。高尾は笑ったまま。は少しうつむいたまま。けれど、ふいに顔を上げる。

「ありがとう」

たったこれだけのことで、どうしてこの子はこんなに、悪者から助けられたお姫様ぐらい心底幸せそうに笑うんだろう。