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席替えのくじを引いて、書かれた番号のところへ机を動かす。あのときのクラス中そわそわわくわくしている空気、なんとなく好き。机を移動した時に、隣に誰がいるのか、わくわくしない人はきっといないんだ。私も少しどきどきしながら、机を動かす。けれど結構目的の位置が遠くて、それにみんな一斉に机を動かすから、横切る人たちに道を譲っていたらなかなか上手く前に進めず、周囲より移動にとっても時間がかかってしまった。もうみんな動かし終わっている中がたがたと机を動かすというのは、どうにも恥ずかしかったけど。机を移動する最後の一人になったとき、クラス中の目がこっちを向いたような気がしてぐっと息を呑む。俯き気味だった顔をそっと上げると、まず目に入ったのは、高尾くんだった。どき、と一瞬動きを止める。はっと見れば高尾くんの後ろには緑間くんの席があって、高尾くんの隣には向井さんの席があって、三人とも私を心なしかキョトンとした目で見ていた。え、と私も心のなかでぽかんとする。三人が固まっているあたり、私が今から机を置こうとしている位置と、近い、というか…緑間くんの横の、ぽっかりと空いたスペース。あそこが私の数字に書かれた席だ。 向井さんに「よろしくね」と言われて、私はなんだか緊張してしまって、口の中が乾く。「うん、よろしくね」とオウム返しに同じ言葉を口にしたつもりだったけど、声に緊張が伝わって、少しどもってしまった気がする。だけど向井さんによろしくと挨拶をされたことによって、私はハッとした。そうだ、挨拶、したほうがいいのかもしれない。よろしくねって、言わなくちゃ。そう思って、隣の席となった緑間くんを見上げた。よろしくお願いします、と唱えた声が、尻すぼみになる。ああもっと元気に言わなくちゃいけないのに。不快にさせなかっただろうか、と心配になるけど、緑間くんは一言、「ああ」と返事をしてくれた。ホッと胸をなでおろして、それから、高尾くんのほうへ視線を向けた。高尾くんにも、いわなくちゃ。そう決意して。ああでも、早く部活にいきたいよね、引き止めてもいいんだろうか。ぐるぐる思案して不安になるけど、気づくと、名前を呼んでいた。「たかお、くん!」元気に元気にと意気込んだせいで、語尾が少し上がる。ああどうしよう、うわずって変な声だったかな、はずかしいなどうしよう声かけないほうがよかったかな。泣きそうになるほど緊張してきた、そんな私に高尾くんは「ん?」って優しく訊き返す。たった一文字。ん?って。どうした?って訊くように、口の端を持ち上げて、なんてことないように、ごく自然に。私はそれだけで、何故だか胸がすっと軽くなるような気持ちになった。不思議だ。高尾くんが、私の目を見て、私の言葉を待ってくれる。それだけで、なんだか、なんだか、 そんな一日の出来事を思い返して昨夜は布団を被った。夢の内容はいつもと変わらない。もう「いつも」と表現せざるを得ないくらい当たり前のことになっている事実が恨めしい。だけど、変わらないんだ。何も。いつもみたいに、高尾くんが私の目の前にいて、それ以外のひとは誰もいない静かな教室で。さん、と彼は私を呼ぶ。紛れも無い彼の声。小さく笑ったその表情が、優しくって参ってしまう。私はなんの抵抗もせずに、夢のなかの彼のキスを受け入れる。唇が離れていくそのとき、小さく高尾くんが、何かを言った気がした。え?と私が目を丸くさせた、直後。 やっぱり、目がさめる。目が覚める直前に、夢のなかの彼が呟いた言葉。なんだっただろう。聞き取れなかったはずなのに、さっきから私の頭のなかにぼんやりと彼の声が響く。「俺がおはようって言うから、サンも、おはようって言って」これは夢のなかの彼の言葉だっけ、なんだっけ。寝起きでぼーっとする頭は、考え事には向かない。だけど、無意識にぽつりと、「あ。席替えしたんだっけ」と呟いたら、みるみる頭が冴えてきて、今日からあの高尾くんの笑顔が前よりずっと身近にあるんだって思ったら、かあ、と顔が熱くなった。(あの笑顔って、どの笑顔?)私に、キスするときの笑顔?――なんて。やっぱり、いつものごとく恥ずかしさでベッドの上を転がりまわった。 |