「あ。ねっねっ、体育今バスケじゃん?今週で最後らしいよ〜」
「えっ!…そ、っかぁ…」
「さっき体育のセンセーに聞いちゃった。次は何やんだろー」
「うん…」
「…あ〜チャンはバスケ好きだもんね、ガッカリ?」
「へっ!?え、わっわたし、バスケ…」
「違うの?だって毎回めっちゃ張り切ってるっていうか頑張ってるっていうか」
「わああああ!!」
「えっなになんかマズイこと言った!?」


休み時間、すぐ横で繰り広げられる向井とさんの会話に、内心どきりとしながらも、わざと俺はそっちに顔を向けない。向井の「さんはバスケが好き」という言葉。「毎回張り切ってる」「頑張ってる」…ねえ。俺はあの日、サンが初めてシュートを決めたとき以来、女子の体育を覗きに行ったり調子はどうだとか、聞いてない。俺との賭けのときだけ張り切って、その次からはまた前みたいにただのモブとしてのバスケをする…ような子には感じなかったから。あれだけ嬉しそうな顔をして「ありがとう」と言ってきたんだ。きっと、その後も、少し変わってくるだろうなとは思ってた。けどまさか本当に、バスケ好きなんでしょ?と周囲に思われるくらい、頑張って、そんで、楽しんでくれてるとは。こう言っちゃうとちょっと自惚れ入ってるように聞こえるけど、でもまあ、たぶん、俺との一件があったからだよな?今だって、顔を真っ赤にして向井の言葉を遮ったかと思うと、バッと俺の顔色を伺う。そんで、俺に聞こえてないのを確認すると、赤い顔のまま、ほうっと安心したように息を吐いた。からかわれると思ったから?俺のおかげじゃん、ってニヤニヤすると思ったから?俺に知られんの恥ずかしい?――安心してるとこ悪いけど、俺ちゃんっと聞こえてますからネ!一息吐いたのを見計らって、わざとこのタイミングでくるりと首を動かす。

「へ〜!サンあの後もバスケの授業頑張ってんだ!」
「!! 高尾くん、聞いてた!?」

椅子ごと後ろにひっくり返るんじゃないかってくらい大げさに狼狽えたサンが、顔真っ赤で、恥ずかしさで泣きそうな目で俺を見る。だから俺はあえてにーっこり笑って返事とする。「べつに聞かれて嫌な気分になることじゃねーじゃんよ?むしろ俺、嬉しいけど?」そう言ったら、サンが一瞬ぽかんとして、それから、泣きそうだったのがみるみる嬉しそうな顔に変わる。ぱああっと、ほっとしたようにも見える笑顔。今度はこっちが身を引く番だった。仕掛けたほうはこっちなのに、なんだか、照れくさくなる。けど、もったいないから目は逸らさないでおく。(あーおれってば正直者)

「あ、何?『あの後』って、アレ?サンがシュート入れた時高尾がデカイ声で『ナイッシュー!』ってラブコール送ったアレ?」
「ラブ…っ!?」

さらっと俺とサンの間に入った向井が口にした「ラブコール」という言葉に内心すっげー動揺して嫌な汗かいた。サンがぶっ倒れそうなくらい顔真っ赤にして耳を疑ってる。俺は顔には出さないけど。出したらなんかこう、だめな気がする。けど心の中で「くっそー向井余計なこと言いやがって!」と恨めしげに文句を垂れる。相手が向井一人だったら「お前まだ引きずってんのそのネター」くらいに肩をすくめてみせたけど、この場にはサンもいる。いや、べつにだからって特に変わらず、肩をすくめる仕草をすればいいんだろうけど。けどな、どうすっかな。悩んだのは一瞬だけで、俺はサンに向かってへらりと笑顔を向けた。

「そーそー、アレな〜。サンが頑張ってんの見てつい、嬉しくなっちゃったわけよ。俺ら仲良しだもんねー、サン!」
「はー?あたしとチャンのほうが仲良しだし〜。ね〜?」
「へ…あっ!あ、う っうん!」
「え。今のウンはどっちに対するウンなの?」
「え、えへ…」

恥ずかしそうに、うつむきがちに少し笑うさん。ほっとしたように、胸を押さえながら。「ああそうかラブコールって言葉に過剰に反応しなくてもよかったのかーそういう意味かーここはふざけて流しちゃえばいいのかー」くらいに思ってそうだ。彼女のことだから、過剰に反応しちゃって恥ずかしいな空気読めなくて申し訳ない、とか行き過ぎた感じに気を病んだかもしれないけど、…けど。自分で否定するのは簡単なのに、サンの口から「そんな仲じゃないよ高尾くんとはただのなんでもないクラスメートです!」とか言われたらなんか多分ちょっと、もやっとする気がした。だから、こうやって茶化すことしかできない。(前に一度言われたはずなのにな。好きでも嫌いでもない、って)

「あれは…その、ちょっと、高尾くんと賭けをしていて…」
「賭け?」
「うん。私が、シュートを入れたら高尾くんの勝ちで、入れられなかったら、私の勝ちだったの」
「ぷっ!なにそれ、変な賭けだね〜」
「で、でも!そのおかげで、シュート…できたし、た、高尾くんの優しさっていうか!」
「優しさ、ねぇ。…あ!ってことは賭けは高尾の勝ちなわけだ!」


両手をぱんっと合わせて、俺とサンを見渡す向井に、俺ら二人はキョトンと首を捻る。そういえば、勝ち負けの決め方をはっきりさせていたのに、あのあと「俺の勝ち!」と言うわけでもなく、「シュート決まってよかったね」で終わったっけな。まあ、そりゃあ、勝って何をしようって企んでいたわけじゃない。ただ、「やってみてごらん」ってことを伝えたかっただけで。だから、今更「勝ちだね」と言われても、そんなこと知ってるけど…くらいにしか思わない。置いてけぼりの俺とサンとは別に、にやにや、やけに楽しそうに笑う向井。

「じゃあチャンに罰ゲームじゃん!」
「ええっ!?」
「あー、そっか。そういやなんも決めてなかったな〜」
「なんで賭けるもん決めずに賭けなんかすんのよあんたら」
「そ、そっか…でも確かに私、負けですし…」
「ははっ!ん〜、じゃあ何させちゃおっかな〜」
「あんまりひどくないのがいいな…」
「あ。それかさー、負けたほうに罰ゲームっていうより、勝ったほうにご褒美ってのがいいんじゃない?」
「お!いーじゃん。例えばどんなのよ」
「え?…ん〜…たとえばぁ…サンが高尾にチューしてあげるとか?」
「な…っお、まえはぁ!!アホか!」
「え〜?うれしーんじゃなーい?高尾クン顔真っ赤でちゅよー」
「ふーざーけーんーなっつの!」
「あっは!いーじゃんべつにぃ。王様ゲーム感覚で」
「しねーよ!バーカ」
「えー、つまんなー」
「あのなぁ、俺とサンがキスなんかするわけねぇだろ!」

「な?サンも何か言っ……」


てっきり、こういうネタでからかわれることに慣れないサンのことだから、ショートしそうなくらい顔を真っ赤にして、口をぱくぱく動かして、「信じらんない!」みたいな顔してるのかと思った。俺と向井が軽口叩き合って、ふっとサンのほうへ目を向けた瞬間、すっと空気が変わったかと思うくらいに、いろんな意味で熱くなってた頭が急激に冷える。ぐ、と痛いくらい強く噛んだ唇。眉を下げて、泣きそうに歪めた表情。いや、違う、泣きそう、とかじゃなく て

「っ、ごめんなさい!!」
「ちょっ、ええ!?」

頭を下げる直前、確かに零れた涙に俺は頭が真っ白になる。なんにも言葉が出ないでいる俺を確認するわけでもなく、さんがその場から走って逃げ出した。それにようやくハッとして、咄嗟にさん!!」とその背中に呼びかける。当然、振り返らず教室から出て行くあの子。向井が柄にもなく取り乱したようにおろおろしていて、俺とさんが消えた方向を交互に見る。クラスメートが何事かとざわざわし始めるけど、俺はそんなの構ってられなくて、勢い良く椅子から立ち上がって、教室を出て行く。出口のところで、トイレにでも行っていたのか、今まさに教室へ入ろうとした真ちゃんに鉢合わせた。俺と顔を合わせるまで、怪訝そうな顔で廊下を見ていたので、勢い良く飛び出していったさんの背中を目で追ったんだろう。「今度はお前か」とでも言いたげに眉を寄せる真ちゃんに、なんにも言わず廊下へ飛び出す。ああわけわかんないだろうよ、俺もわかってねーもん!(なんでさんがあんな顔したのかも、なんでこんなに胸が騒がしいのかも