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「あ!今日も早いねおはよーちゃーん」 「あ、おは…」 「じゃなくて!!」 「はい!?」 「昨日は本っ当にごめん!!」 登校し席についた途端、前の席に座る向井が振り返って声を掛けてきたかと思うと、セルフツッコミのようなテンポの良さで頭を下げだす。そんな新鮮すぎる見慣れない事態にがびくっと後ずさった。両手を合わせて、深々と頭を下げ、「このとーりです!」と謝り続ける。そんな様子にわたわたとが「いや、全然!向井さんが謝ることなんてひとっつもないです!」と慌て始める。ちら、と視線をやった向井の隣の席には誰も居ない。バスケ部の朝練はまだ終わっていないようだ。 「だってえ〜!ガチ泣きくるとは思わなくてええ!もうめっちゃ申し訳ないというか罪悪感とゆーか」 「そ、そんな…私が勝手に泣き出しちゃって…あの、その、私があの件について、敏感なだけというか…」 向井の言う「昨日」とは、高尾とに向かって「ちゅーしちゃえばー?」とはやし立てたこと、その結果を泣かせたことだ。悪気は無かったとはいえ、大人しそうな女子を泣かせてしまったのはとても罪悪感がある。あのあと高尾に連れられて教室に戻ってきたに向井は何度も謝り、も「謝らないで!」と必死に首を振ったが、向井はまだ謝り足りないらしい。前々から高尾とのことはくっつかないかなと応援していたのに、危なく自分の手で二人の仲を引き裂いてしまいそうになったことが、無性に心が痛むようだ。 「敏感…うーんやっぱデリケートな問題だよねぇ…ちょっとあたしもせっついちゃったよね〜やりすぎたよね〜…」 「や、あの、向井さんが冗談で言ったことは分かってるし!わ、私が笑って流せばよかっただけで!い、いやな気持ちにさせちゃってごめんね…!」 「ちーがうってばー!あたしが調子乗っちゃったの〜!笑って流せないよね〜、相手高尾だもんね〜…」 「!! たっ…い、いや、その、たたたかおくんだからってわけじゃ…!」 そう必死に手をぶんぶん振りつつも、明らかに「相手が高尾だから」昨日の一件で取り乱したわけだが。は、どうして向井が「相手高尾だもんね」と言ったのか、その言葉に含ませた意味を知らない。どうしてそんなこと言うんだろう向井さん私の夢の内容しってるの!?しらないよね!?と心臓を押さえる。向井は向井で、両思いだったりして?の思惑でつい、口にしてしまったことだ。だがしかしすぐにハッと我に返る。こういうことを下手に言うとまた泣かせるのでは、と心配する。それとなく気を取り直し、向井はの机に肘をついて、へらーっと笑う。 「あ、ほら、敏感っていうと…えーと、あれかなもしかして。キスに嫌な思い出でもあるとか!」 「!! い…嫌っていうか…」 「元カレとのキス失敗談とかー?いーじゃんせっかく高尾もまだ来ないわけだし恋話でもしちゃおー」 「(だからどうしてそこで高尾くんの名前が!?エスパーなの!?)え、あ、あの」 「恋の悩みに関しては友達の中でも頼りになるって評判なんだから〜!人生相談とか重いのはあたし頭悪いからパスだけど。あ、でもあんまし重くないなら多少相談してもオッケーオッケー」 「…な、悩み……」 ここ最近の悩み、と言われて真っ先に浮かぶのは、あの夢の内容だ。今朝の夢がいつもの夢とどこか違っていたのかは詳しく思い出せないけれど、でも、登場人物である「彼」と、その彼にされることは、絶対に変わらない。あの日からずーっと、変わらない。思い出して、かーっとの顔が赤くなる。けれど、以前のような自分を嫌いになるくらいの罪悪感は襲ってこない。自分はなんて恥ずかしい人間なんだ、と思うことはどうやったって止まらないけれど、「俺ちっとも嫌じゃないよ」と言ってくれた高尾の顔がすぐに浮かんで、違う意味で心臓が音を立てるのだ。どうして、と訊いたときの、「俺もわかんねー」って答えや、ぎゅっと握った手のあたたかさ。それらがいっぺんに思い出されて、いつの間にか「夢」というよりは、現実での高尾とのやりとりに頭がいっぱいになる。 「ちゃーん?」 「! あ、はははい!いや、あの、悩みっていうか、そういうんじゃ…」 「キス失敗談?」 「ち、ちが…あの、あまり、話すのは…」 「だーいじょうぶ!あたし口カタイから!あ、そう見えない?あは」 「ええ!?疑ってるわけじゃ、ないんだけど…」 「うーん?」 「……その…言ったら…ひくと思うので、あんまり…」 「ひーかーなーいー!悩んでるなら力になるって約束する!」 「う…」 できることならもちろん、他人に話したくはない。気持ち悪がられて、嫌われるのはつらい。せっかく、仲良くなれたと思えたクラスメイトに。高尾の存在もそうだが、向井のような女子とだっては関わりなく生きていくのだと思っていた。あまり自分の周りにはいないタイプの人間だ。だけどどうしてか最近、話す機会が多い。もちろん、席替えが大きな原因だとは思うが。が知らないだけで、裏にはもうひとつ大きな原因があるけれど。どくんどくんとうるさく緊張を訴えてくる心臓をおさえ、はそっと向井と目を合わせる。ぎらぎらと張り切ったような彼女の瞳。親身になってくれている。真剣に話を聞いてくれている。それが分かるので、さんざん迷って、は口を開く。 「あの…む、向井さんは…クラスメートの男の子と、き…キスする夢を見たとしたら…」 「クラスメート?あー、好きでもない奴にチューされる夢ってこと?」 「う…あの」 「いやあ、それは最悪だわ」 ぐさ、と胸に突き刺さりが顔を青くする。しかし、彼女が続けた言葉に、きょとんと耳を疑う。 「だってなんの許可があってあたしにキスとかしてんの?って感じじゃん?」 「え?…あ、あれ?逆じゃなくって?相手に、悪い…とか」 「ええ!?いやいや、そりゃないっしょ!だってそっちが勝手に夢に出てきてんだもん!」 「う、あ、あれ!?だって、でも、相手も出てきたくて出てきたわけじゃないっていうか」 「やだあ。こっちだってそんな夢見たくて見てんじゃないもん。朝目ぇ覚めたときめっちゃテンション下がるねー。うえーキモーって」 そんな様子を再現するように顔をしかめて手をぶんぶん振ってハエでも払うようなジェスチャーをする向井に、がぽかーんとする。逆転の発想すぎてついていけないらしい。文字通り本当に、とは真逆からの考え方だけれど。いや、そもそも性格の違いが原因なんだろうけれど。そんなこと考えたことなかった、と茫然とするをよそに、向井は自分の唇に指先をちょんとのせて、うーむと考えこむ。 「まー、でもアレかな。相手にも寄るかなぁ?」 「え…えと、クラスメート…」 「クラスメートはクラスメートでもさ」 「うん…?」 「あ、何?チャン、そーゆー夢見て困ってたんだ?」 「!! あ、ち、ちが…あの…」 「んで…目ぇ覚めてもそいつに対して『きもー』とか思わなかったの?」 「おっおもわないよ!だって…」 「嫌じゃなかったってことはさあ、好きなんじゃないの?」 「え…?」 「え、だからさ、好きなんじゃないの?」 「あたしだってさ、好きじゃないやつとそんなことする夢見たら超うぜーきもーテンション下がるわ〜って思うよ。でも好きな相手とかだったら、ならないかなーって思って」そう言いながら、うんうんと向井はひとりでに納得する。はますます言葉を失って、ぽかんと口を開けていた。真っ白な頭のなかで、ゆっくり、少しずつ、整理していく。夢の中で、キスされて、起きたとき…気持ち悪いって思った。だけどそれは、そんな夢を見る自分に対してだ。相手を気持ち悪いと思ったことなんて一度もない。だってそんなのお門違いもいいところで…八つ当たりすぎるし…つまり嫌じゃないということだ。自分が、「彼」にキスされても、嫌じゃない。そこまで考えが行き着いたところで、ぶんぶんっと首を振って払う。違う、そういう問題じゃなくて。そこじゃなくて、自分がどうしてそんな夢を見てしまうのかっていうことで。 「自分でも気づいてないところで、その人を好きになっちゃってるから夢に出てくるのかもねぇ〜。いや、めっちゃ嫌いな奴とかだったら『んなわけない』ってなるけど。そうじゃない限り、やっぱ気になるから夢に出てくるんじゃない?」 ぐるぐるとパンクしそうな頭に、さらに向井が追い打ちをかける。好きじゃなかったら、夢に出てきた相手をきもちわるくおもう?きもちわるくおもわないってことは、好き?そもそも夢に出てきたのは、好きだから?(――いや、でも、あの夢を見るまで、べつに高尾くんとまともに喋ったことなんて、なかったし。好きとか、そういうんじゃ。あれ、でも今はどうなのかって、いや、だから、そういうんじゃ、なくて。)お悩み相談どころか完全にの考えを引っ掻き回す向井は、煙でも出そうなくらい混乱した様子で頭を抱えるの様子を眺め、首を傾げる。そんな時、がらりと教室の扉を開けて、真っ直ぐに向井との元へやってくる人物が一人。その後ろからもう一人。 「おっはよー、サン!」 「わあっ!?」 「あー向井もはよー」 「あたしへの挨拶はついでみたいな言い方ー。むかつくんですけどぉ〜」 「はは、気のせいだって。どしたー?サン、頭抱えてたけど。また向井がいじめてんの?」 「またってなんだし!いじめてない〜!」 「…、…た」 「ん?た?」 「…た、かおくんおはよう」 「お?おおー、おはよ?」 「緑間ー、緑間はあたしにオハヨーはないの?オハヨー」 「今日も朝からうるさいのだよ向井」 無愛想な緑間にぎゃいぎゃいちょっかいを出しはじめた向井の声を遠くに聞きながら、は高尾の顔を見上げる。今日の高尾は(昨日といろいろあったおかげで)朝からごきげんだ。おはよーと声をかけてきた時点で声が明るく、表情も一段と機嫌よさそうだった。高尾のことを考えていたところでその「おはよう」が聞こえたので、は大袈裟に驚いた声を出してしまったけれど。どこかぽかんとした表情のに、高尾が「ん?」とちょっと笑いながら首を傾げる。黙って、高尾の顔をじっと見つめる。顔を逸らすわけでもなく、見つめ返す高尾。だが徐々にさっき向井に言われた言葉を思い出して、の顔がぼぼぼっと赤くなる。ぱくぱくと口を動かすけれど、なんて言えばいいのかわからない。そのうち真っ赤な顔のままもじもじと指先を擦り合わせて、視線を降下させていく。その顔色の変化に、高尾もドキ!と微妙に気まずい雰囲気を味わい始めて、なかなか二の句が継げない。 「(どっどうしようせっかく今日から高尾くんともっとちゃんとおしゃべりできるようにしようって思ったのに顔が見れない!もう必要以上にびくびくしないって約束したのに…ううでもこれはそういうびくびくじゃなくって、とか説明できるわけもないしどうしよう高尾くん嫌な気持ちにさせちゃってるかな…!でもやっぱりなんだか恥ずかしいどうしようどうしよう)」 「(え、なんだろこの反応。べつにビクビク謝られるわけでもないから昨日までとは違うんだろうけど、吹っ切れてくれたと思うんだけど、すっげーかわいそうなくらい顔真っ赤!俺なんかしたか!?や、でもべつに嫌とかじゃなくて、なんか、この反応、かわいいんですけど)」 「何してんのあんたら顔まっ」 「わああ!? あ、あの、みみみどりまくんおはよう」 「あ、ああ…」 (こそっ) 「おい向井…お前さんになんか余計なこと言ってねーよな?」 「はあ?言ってないけど?人生相談はされた。…ん?アレ恋愛相談かな?」 (ふたりとも、そろそろ本格的に逃げられなくなってきてるんでしょう) |